多山フェーレーと久良波首里登殿内(共通語)

概要

首里の悪いことをした人が、フェーレーといいます。今の追いはぎですね。強盗、あれをやって、飯を食って居る人が居るから、歌にもありますよ。多幸山ぐゎーといって、あれをしのぐために、公儀というた、昔は、こっちに偉い武士が居って、喜名タカハンジャーといって、あの人でなければ治めることは出来ないといって、三味線ぐゎーを弾いて、その人はまた偉い人であったそうです。穏便な人、人を殺そうと思う人ではなかった。が、この三味線ぐゎーを弾いて、多幸山という歌をしゃべって、歩いておる。出ては来ない。これを喜名タカハンジャー、これには剣なんかは入用はない。剣を振りまわして、もうこの人には勝わないというて、フェーレーは出て来ないそうです。これは、まあ治めることは是非治めんといけないといって、女に俵を頭に載させてそして知らんふりで先にして、昔のカキジュー(吊るしカギ)といってですね。それを引っ掛けたら、すぐその砂俵は落ろしたそうです。その女は。それで(フェーレーは)頭をすぐ石にぶちあてて死んだそうです。それでこのフェーレーを捕えたということです。また、このフェーレーばかしでない。名護から来る人は、また夜になったらこっちを通れんから、久良波首里殿内という所に泊る。あっちもまた、その女がお金、昔のお金はもうすぐ分るでしょう。十円でも、目抜ちゃー(一厘銭(いちりんせん))とか、お金を持っておると思ったら殺す、そして「入る人や居しが出る人は居らない。」という、その歌もあったそうです。

再生時間:3:26

民話詳細DATA

レコード番号 47O370001
CD番号 47O37C001
決定題名 多山フェーレーと久良波首里登殿内(共通語)
話者がつけた題名 多山フェーレーと久良波首里登殿内
話者名 比嘉正貞
話者名かな ひがせいてい
生年月日 19000925
性別
出身地 沖縄県読谷村喜名
記録日 19761017
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第一班
元テープ番号 読谷村喜名T01A01
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集2喜名の民話 P250
キーワード 多幸山フェーレー,喜名タカハンジャー,久良波首里殿内
梗概(こうがい) 首里の悪いことをした人が、フェーレーといいます。今の追いはぎですね。強盗、あれをやって、飯を食って居る人が居るから、歌にもありますよ。多幸山ぐゎーといって、あれをしのぐために、公儀というた、昔は、こっちに偉い武士が居って、喜名タカハンジャーといって、あの人でなければ治めることは出来ないといって、三味線ぐゎーを弾いて、その人はまた偉い人であったそうです。穏便な人、人を殺そうと思う人ではなかった。が、この三味線ぐゎーを弾いて、多幸山という歌をしゃべって、歩いておる。出ては来ない。これを喜名タカハンジャー、これには剣なんかは入用はない。剣を振りまわして、もうこの人には勝わないというて、フェーレーは出て来ないそうです。これは、まあ治めることは是非治めんといけないといって、女に俵を頭に載させてそして知らんふりで先にして、昔のカキジュー(吊るしカギ)といってですね。それを引っ掛けたら、すぐその砂俵は落ろしたそうです。その女は。それで(フェーレーは)頭をすぐ石にぶちあてて死んだそうです。それでこのフェーレーを捕えたということです。また、このフェーレーばかしでない。名護から来る人は、また夜になったらこっちを通れんから、久良波首里殿内という所に泊る。あっちもまた、その女がお金、昔のお金はもうすぐ分るでしょう。十円でも、目抜ちゃー(一厘銭(いちりんせん))とか、お金を持っておると思ったら殺す、そして「入る人や居しが出る人は居らない。」という、その歌もあったそうです。
全体の記録時間数 3:26
物語の時間数 3:26
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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