中城(なかぐしく)の伊舎堂(いしゃどう)、そこにもうとっても美人の妻をめとって、子どもも産んでいるが(妻が)美しいので子どもより妻をかわいがったそうだ。夫は、「もう子どもも産んでいるから今からどうということもないはずだが、妻がいなくなったら、私はどうなるのかなあ。」と心配して病気になってやせほそってしまったそうだ。それで妻は、「どうしたのですかあなたは見るたびにそんなに物思いをしているみたいにやせているが、どうしたのですか。」とたずねると、「そう言われても言えないこともある。」と言ったようだ。「なんなの、夫婦の仲なのに言えないことがあるものかどんなことでしょうか。」とたずねると、「実はねお前がとても美人なので、お前の顔を見ていないと私は気が狂いそうでたまらない、子どもも産まれたから今からどうもないだろうと思うけど、お前としては、他の人が見たらどうなってしまうかと思って心配しているのだよ。」と言ったようだ。ほら、そのとき子どももいたが妻は若くて、「それなら、あなたがそんなふうに思っているのなら、私が絵を描くから棒の先にかけておいて、それを見なから芋を掘りなさい。」と言ったようだ。そうしたら、「はい。」と言ってそのとおりにしたら、竜巻がふいてきてね、その絵を飛ばしてしまい城の中に落としてしまったようだ。お城に落ちたところ、唐の人で瓦焼きを頼まれて、瓦を焼いたりかめを焼いたり何もかも、沖縄で使う道具、責任を持たされている人がいたらしい。その人は望みどおりになんでもかなえてやるといって頼んできてあるのでお礼にお金を渡そうとしても、「私は、お金はいらない。もうお金なら国から送ってくるからいらない。」「それじゃ何がいるのか。」と言ったら、「沖縄の一番の美人。私はこれが一番の望みだ。」と答えたようだ。その人は美人を選ぶために国々をまわってみたものの、もう任期もやがてきれるというのに、国々をまわってみてもそんなに美人は見つけることができなかったようだ。すると、その絵がお城の庭に落ちてきたので、それを見てね、「おおこんな美しい人もいるのか。」とそれを見せたので、「よしこれを妻にする。」と言って、子どももいる妻を生き別れにさせてつれて行ってその唐の人の妻にさせた。生き別れになってつれて行かれて妻になってから、いつも瓦屋の上に登って夫の家の方をいつもながめていた。夫の唐人とは何も関係をもたなかったようだ。いつも病気だといつわって。それで、この琉歌にあるように、「島浦は見えてもあの人は見えない。」というのはあの御殿(うどぅん)からはあそこの中城あたりは浦になって見えるでしょう。中城あたりが。「真南。」というと那覇になるね。那覇の町はなんでも、買い物をする所でしょう、「たしかにそこに来るはずだ。一目だけでも見たいものだ。」といって、「どうすれば夫の顔が見れるだろうか。」と考えていて。が、子どもの方は、反対に母親の顔もわからなくなり、親に会いたいと思っていたが、ある日とうとう親たちの事情をひとから聞き、お前の親たちはこんなわけだと聞いて、馬をつれて那覇の町に通っていた。するとその子どもを母親が見て、「私の子どももきっとこんなに大きくなって同じ年ごろになっているだろうな。」と思って、自分の子だとはわからないそうだ。ほら、赤ん坊のころ別れたからね。それで、「私の子どももこんなに大きくなっただろうな。」と心から思ってお金を、「かわいそうな者だね。このお金を持って行っておかあさんにあげなさい。」と言って渡すと、「私のお婆さんが知らない人から金をもらうなと言っていたから私はもらいません。」と言ったようだ。しかしそれでも、「ぜひもらって行きなさい。」と言ったのでもらって帰った。ある日またその道を通ると、不思議に思って、「お前をこれで二回見るのだが、お前の村はどこだね。」と聞くと、「中城(なかぐしく)伊舎堂(いしゃどう)。」と答えた。「伊舎堂(いしゃどう)の何という家だ。」と聞くと、「タマイーという家の子だ。」と答えた。「それではお前は私の子だ。」とそれから親子はいっしょに暮らし、そしてかたきをうつ準備をその子がしてね。あの生き別れをさせて、母親を無理に妻にしようとした男はかたきになるからね、そしてその子はそのかたきをうったという話
| レコード番号 | 47O376025 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C242 |
| 決定題名 | 瓦屋節(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | 瓦屋節 |
| 話者名 | 宜志富マツ |
| 話者名かな | ぎしとみまつ |
| 生年月日 | 18980518 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県名護市宮里 |
| 記録日 | 19760530 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 恩納村T41B01 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 若い頃、父から聞いた。 |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 中城の伊舎堂,美人の妻,物思い,絵,芋,唐の人,瓦焼き,妻を生き別れ,唐の人の妻,中城,那覇の町 |
| 梗概(こうがい) | 中城(なかぐしく)の伊舎堂(いしゃどう)、そこにもうとっても美人の妻をめとって、子どもも産んでいるが(妻が)美しいので子どもより妻をかわいがったそうだ。夫は、「もう子どもも産んでいるから今からどうということもないはずだが、妻がいなくなったら、私はどうなるのかなあ。」と心配して病気になってやせほそってしまったそうだ。それで妻は、「どうしたのですかあなたは見るたびにそんなに物思いをしているみたいにやせているが、どうしたのですか。」とたずねると、「そう言われても言えないこともある。」と言ったようだ。「なんなの、夫婦の仲なのに言えないことがあるものかどんなことでしょうか。」とたずねると、「実はねお前がとても美人なので、お前の顔を見ていないと私は気が狂いそうでたまらない、子どもも産まれたから今からどうもないだろうと思うけど、お前としては、他の人が見たらどうなってしまうかと思って心配しているのだよ。」と言ったようだ。ほら、そのとき子どももいたが妻は若くて、「それなら、あなたがそんなふうに思っているのなら、私が絵を描くから棒の先にかけておいて、それを見なから芋を掘りなさい。」と言ったようだ。そうしたら、「はい。」と言ってそのとおりにしたら、竜巻がふいてきてね、その絵を飛ばしてしまい城の中に落としてしまったようだ。お城に落ちたところ、唐の人で瓦焼きを頼まれて、瓦を焼いたりかめを焼いたり何もかも、沖縄で使う道具、責任を持たされている人がいたらしい。その人は望みどおりになんでもかなえてやるといって頼んできてあるのでお礼にお金を渡そうとしても、「私は、お金はいらない。もうお金なら国から送ってくるからいらない。」「それじゃ何がいるのか。」と言ったら、「沖縄の一番の美人。私はこれが一番の望みだ。」と答えたようだ。その人は美人を選ぶために国々をまわってみたものの、もう任期もやがてきれるというのに、国々をまわってみてもそんなに美人は見つけることができなかったようだ。すると、その絵がお城の庭に落ちてきたので、それを見てね、「おおこんな美しい人もいるのか。」とそれを見せたので、「よしこれを妻にする。」と言って、子どももいる妻を生き別れにさせてつれて行ってその唐の人の妻にさせた。生き別れになってつれて行かれて妻になってから、いつも瓦屋の上に登って夫の家の方をいつもながめていた。夫の唐人とは何も関係をもたなかったようだ。いつも病気だといつわって。それで、この琉歌にあるように、「島浦は見えてもあの人は見えない。」というのはあの御殿(うどぅん)からはあそこの中城あたりは浦になって見えるでしょう。中城あたりが。「真南。」というと那覇になるね。那覇の町はなんでも、買い物をする所でしょう、「たしかにそこに来るはずだ。一目だけでも見たいものだ。」といって、「どうすれば夫の顔が見れるだろうか。」と考えていて。が、子どもの方は、反対に母親の顔もわからなくなり、親に会いたいと思っていたが、ある日とうとう親たちの事情をひとから聞き、お前の親たちはこんなわけだと聞いて、馬をつれて那覇の町に通っていた。するとその子どもを母親が見て、「私の子どももきっとこんなに大きくなって同じ年ごろになっているだろうな。」と思って、自分の子だとはわからないそうだ。ほら、赤ん坊のころ別れたからね。それで、「私の子どももこんなに大きくなっただろうな。」と心から思ってお金を、「かわいそうな者だね。このお金を持って行っておかあさんにあげなさい。」と言って渡すと、「私のお婆さんが知らない人から金をもらうなと言っていたから私はもらいません。」と言ったようだ。しかしそれでも、「ぜひもらって行きなさい。」と言ったのでもらって帰った。ある日またその道を通ると、不思議に思って、「お前をこれで二回見るのだが、お前の村はどこだね。」と聞くと、「中城(なかぐしく)伊舎堂(いしゃどう)。」と答えた。「伊舎堂(いしゃどう)の何という家だ。」と聞くと、「タマイーという家の子だ。」と答えた。「それではお前は私の子だ。」とそれから親子はいっしょに暮らし、そしてかたきをうつ準備をその子がしてね。あの生き別れをさせて、母親を無理に妻にしようとした男はかたきになるからね、そしてその子はそのかたきをうったという話 |
| 全体の記録時間数 | 8:11 |
| 物語の時間数 | 8:11 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |