昔ね、この人たちが子どものときにね、小さいころにね、姉さんとね、お話しする妹とがねいたそうだよ。そして、その人たちはね、大変貧乏者でね。貧乏者だったので、ある部落にね、移ったらね、また、隣は大変な金持ちだったんだってさ。そんなに金持ちだったがね、さあて、昔の二十五貫というのは 五十銭だ。大きなのがあったよ、アメリカの今の五十セントのようなのがあったがね、昔は。その五十銭が無くなったといってね、仏壇から無くなったといってね。そして、そこの金持ちの家の人がね、「お前の子どもたちが盗んだんだろう。」と言ってきてね。それではと、「そうなのか、お前たちがあちらさまの物を盗んだのか、お前たちははっきり言わないといけないよ。」とね、親たちが言ったって。すると、子どもたちは、「どうして私たちが盗んでないのに、盗んだと言うのか。」とね、言ったそうだ。そしたらね、その金持ちの人はね、「お前たちは他人の物を盗んで食べているからね、食べているので腹を裂かれ死んでしまうぞ、死んでしまえ。」とか言って、大げんかになってしまってね。それからね貧乏者の親たちは、「もしも私たちの子どもたちがね、とって食べてなかったらね、その時はあなたたちが、腹を裂いて死ぬんだな。」といってね、こんなにけんかしたんだって。そんなにけんかするとね、それで今度はその昔は、砂糖、今、砂糖車といってね、そこのハブセンターで、今、引いているでしょう。見てきたか。ちょうどああいうふうにしてね。沖縄は砂糖車を使ったんだよ。そして、そんなときは、また、自分のさとうきびは、自分でたいていたんだよ。そんなふうにして砂糖のたきぎといって、松の枝ね、それを取りに行ったわけさ。砂糖のたきぎといって、それでもう砂糖を煮なければいけないから、早いうちに枝を落としてね、下の枝を落して枯らさないと使えないからね。それで、その、砂糖のたきぎといって、松の木のね、下の枝を落としに行ったわけさ。金持ちの家の人がね。そんなに木の枝を落としに行ったのだが、そんなに、下の枝を落として、そして、すぐまた、少しはまた、上の枝を落すには、足を枝にかけるでしょう。それで、少しは残しておくんだよ。こうして、そして、そうして残してある枝にね、腹をひき裂かれてそのお父さんはね、死んでしまってね金持ちの家の人は。それで、「こんなに、お前たちが子ども、お前たちが子どものころにね、お婆さんが話した話なんだってよ。今話をするのは、その姉さんに、その姉さんに話した話だよ。もうお前たちが子どものころにね、私たちが話をしてもわからないからね。これからお前たちは、旅に行くならね、いうならば紡績に行くでしょう。旅に行ったら、ま、心は誠実でいなさいよ、そうしなければいけないよ。昔はあんなこともあったんだよ。」とね。旅に行くときに、初めてね、聞いたんだってよ、その話を。それでね、旅に行くときは、何というかね、「誠実でないといけないよ、誠実にしておけば、弓の矢もたたない、という話もあるからね、そう、そこだよ、お前たちが、子どものころに、そんな話があったのだから、初めてお前たちに、聞かすんだよ。」といってね、そのお婆さんが聞かせてあげてたんだって。
| レコード番号 | 47O375622 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C226 |
| 決定題名 | 仏壇の金(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 宮城キヨ |
| 話者名かな | みやぎきよ |
| 生年月日 | 19090328 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県恩納村仲泊 |
| 記録日 | 19760227 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 恩納村T19A04 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 世間話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 紡績にいる時に聞いた話も多い。 |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 姉と妹,貧乏,隣は大金持ち,仏壇から50銭がなくなった,サーターダムン |
| 梗概(こうがい) | 昔ね、この人たちが子どものときにね、小さいころにね、姉さんとね、お話しする妹とがねいたそうだよ。そして、その人たちはね、大変貧乏者でね。貧乏者だったので、ある部落にね、移ったらね、また、隣は大変な金持ちだったんだってさ。そんなに金持ちだったがね、さあて、昔の二十五貫というのは 五十銭だ。大きなのがあったよ、アメリカの今の五十セントのようなのがあったがね、昔は。その五十銭が無くなったといってね、仏壇から無くなったといってね。そして、そこの金持ちの家の人がね、「お前の子どもたちが盗んだんだろう。」と言ってきてね。それではと、「そうなのか、お前たちがあちらさまの物を盗んだのか、お前たちははっきり言わないといけないよ。」とね、親たちが言ったって。すると、子どもたちは、「どうして私たちが盗んでないのに、盗んだと言うのか。」とね、言ったそうだ。そしたらね、その金持ちの人はね、「お前たちは他人の物を盗んで食べているからね、食べているので腹を裂かれ死んでしまうぞ、死んでしまえ。」とか言って、大げんかになってしまってね。それからね貧乏者の親たちは、「もしも私たちの子どもたちがね、とって食べてなかったらね、その時はあなたたちが、腹を裂いて死ぬんだな。」といってね、こんなにけんかしたんだって。そんなにけんかするとね、それで今度はその昔は、砂糖、今、砂糖車といってね、そこのハブセンターで、今、引いているでしょう。見てきたか。ちょうどああいうふうにしてね。沖縄は砂糖車を使ったんだよ。そして、そんなときは、また、自分のさとうきびは、自分でたいていたんだよ。そんなふうにして砂糖のたきぎといって、松の枝ね、それを取りに行ったわけさ。砂糖のたきぎといって、それでもう砂糖を煮なければいけないから、早いうちに枝を落としてね、下の枝を落して枯らさないと使えないからね。それで、その、砂糖のたきぎといって、松の木のね、下の枝を落としに行ったわけさ。金持ちの家の人がね。そんなに木の枝を落としに行ったのだが、そんなに、下の枝を落として、そして、すぐまた、少しはまた、上の枝を落すには、足を枝にかけるでしょう。それで、少しは残しておくんだよ。こうして、そして、そうして残してある枝にね、腹をひき裂かれてそのお父さんはね、死んでしまってね金持ちの家の人は。それで、「こんなに、お前たちが子ども、お前たちが子どものころにね、お婆さんが話した話なんだってよ。今話をするのは、その姉さんに、その姉さんに話した話だよ。もうお前たちが子どものころにね、私たちが話をしてもわからないからね。これからお前たちは、旅に行くならね、いうならば紡績に行くでしょう。旅に行ったら、ま、心は誠実でいなさいよ、そうしなければいけないよ。昔はあんなこともあったんだよ。」とね。旅に行くときに、初めてね、聞いたんだってよ、その話を。それでね、旅に行くときは、何というかね、「誠実でないといけないよ、誠実にしておけば、弓の矢もたたない、という話もあるからね、そう、そこだよ、お前たちが、子どものころに、そんな話があったのだから、初めてお前たちに、聞かすんだよ。」といってね、そのお婆さんが聞かせてあげてたんだって。 |
| 全体の記録時間数 | 2:32 |
| 物語の時間数 | 2:32 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |