恩納間切の由来(シマグチ)

概要

佐渡山里之子は首里王朝の芸能を担当しておられたが、非常に芸能や踊りが上手であったらしい。それで、王府から認められて、「それではお前を地頭にしよう。」とおっしゃったので、「地頭にするならどこを与えようか。」と、王府はお考えになり、「それでは、お前には恩納から安富祖と瀬良垣を、名嘉真は金武から、また谷茶からずうっと宇加地までは読谷から。」と恩納間切を作って、「ここの地頭になりなさい。」とおっしゃって、分け与えたそうだ。それで、その後だったかと思うが、王府から万座毛に王様がいらした時、恩納ナビーが、「間切(まじり)一(てい)ちやりば 早(はや)拝(うが)むやしが〔間切りが一つであれば 早くお顔を拝めましたのに〕間切(まじり)分(わか)さりてぃ 今(なま)どぅ拝(うが)む〔間切が分けられてしまったので、今になってしまいました。〕。」という歌を詠んで王様にお聞かせになったという話。伝説かなと思っている。


再生時間:1:32

民話詳細DATA

レコード番号 47O375223
CD番号 47O37C210
決定題名 恩納間切の由来(シマグチ)
話者がつけた題名 恩納間切の始まり
話者名 長嶺安有
話者名かな ながみねあんゆう
生年月日 18991218
性別
出身地 沖縄県恩納村南恩納
記録日 19760223
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 恩納村T09A14
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情 親や先輩から聞いた
文字化資料 『恩納村の民話 伝説編』P1
キーワード 佐渡山里之子,首里王朝の芸能を担当,地頭,恩納,安富祖,瀬良垣,名嘉真,金武,谷茶,宇加地,読谷,恩納間切
梗概(こうがい) 佐渡山里之子は首里王朝の芸能を担当しておられたが、非常に芸能や踊りが上手であったらしい。それで、王府から認められて、「それではお前を地頭にしよう。」とおっしゃったので、「地頭にするならどこを与えようか。」と、王府はお考えになり、「それでは、お前には恩納から安富祖と瀬良垣を、名嘉真は金武から、また谷茶からずうっと宇加地までは読谷から。」と恩納間切を作って、「ここの地頭になりなさい。」とおっしゃって、分け与えたそうだ。それで、その後だったかと思うが、王府から万座毛に王様がいらした時、恩納ナビーが、「間切(まじり)一(てい)ちやりば 早(はや)拝(うが)むやしが〔間切りが一つであれば 早くお顔を拝めましたのに〕間切(まじり)分(わか)さりてぃ 今(なま)どぅ拝(うが)む〔間切が分けられてしまったので、今になってしまいました。〕。」という歌を詠んで王様にお聞かせになったという話。伝説かなと思っている。
全体の記録時間数 1:32
物語の時間数 1:32
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP