スス払い由来(シマグチ)

概要

二十四日はスス払いだよな、沖縄じゅう。旧暦の二十四日になると、火の神を信じて、朔日(ついたち)や大晦日(おおみそか)の晩になっても、ひまのない人たちは、 ウトゥーシをやるんだ。今は電気製品の台所用品に変ったがそれでもウトゥーシをやるんだ。これは 真玉橋(まだんばし)マサラーの由来からなんだ。真玉橋マサラーが与那原(よなばる)から真玉橋へ歩いてくるんだ、夜。そんなとき、天から「真玉橋マサラーは女をたぶらかす邪魔者(じゃまもの)だから、悪い奴だから、この世の悪者だから、そいつの精魂を取って来い。」と天から言いつけられた者があったんだ。ちょうどマサラーが真玉橋に向っているときに、年寄りが前を通るので、マサラーが「ちょっと、どこにですか、お年寄りでいらっしゃるのにどこにお行きですか。」と言うと、「真玉橋にだよ。」と。「そうですか、私も真玉橋にですから、私の馬をお借りください、私は年も若いので歩くから。」といって、歩いて、その神様を乗せたよな。そのお年寄りを乗せて、真玉橋で馬を降りるので、「何のご用があって、ここに、年寄りがお降りになるか。」と言うと、「はあ、ここに、あれこれと女をつかまえる男が、邪魔者が居って、こいつの精を取ってこいと、天からの使いなんだ。」と言うので、マサラーが「そうか、天からの使いで精を取ってこいとのことですが、真玉橋マサラーというのは私ですが、助けることはできませんか。」と言うと、「ああ、そうか、君は今、すじんがあって、私を馬に乗せた恩儀がある、あのな、あの神というのは、年から年中おしゃべりなのだが、人間の悪欲のことを煙に書いて、天に報告するんだよ。ならば、頼みを聞いてやるから、正月二十四口、右はカマドのススを全部払い消してから、火の神というと竈なんだよなぁ、四つのシンメーを置いてある竈(かま)、それに手を当てると、竈(かま)がものを言いなさるので、右は同年者の竈の所に行ってそれに手を当てて来い。」と言うんだ。それでマサラーは同年者の所に行って手を当てると「私の家、ここには悪い心の者はいないぞ、帰れ。」と竈がものを言ったんだ。マサラーが「こう言いましたよ。」と報告すると、お年寄りの神は、「ああ、そうか。」と。「じゃあ、ほかに君の同年者がいたらそこに行け。」と言う。マサラーが別の同年者の所に行って、カマドに手を当てると、「この者は悪い心の者だ、年から年中悪心な者だ、カマドの前でおしゃべりが多くて、煙で書いた記録も多くて散らばるぐらいだ、今日、早く精を取って連れて行け。」とまたも竈がものを言ったんだ。それで、真玉橋マサラーと取り替えられて、マサラーの命は助かったという訳だ。それで、神の言いつけで、ススはこうしてかき消して払うという道理ということなんだよ。どこも、どこもかき消しているんだよ、沖縄じゅう。

再生時間:3:14

民話詳細DATA

レコード番号 47O375139
CD番号 47O37C206
決定題名 スス払い由来(シマグチ)
話者がつけた題名 シーシミチ
話者名 長浜善二
話者名かな ながはまぜんじ
生年月日 18951124
性別
出身地 沖縄県恩納村仲泊
記録日 19760223
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 恩納村T06A16
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 民俗
発句(ほっく)
伝承事情 部落の老人から集会などの時に聞いた
文字化資料
キーワード 二十四日はスス払い,火の神,ウトゥーシ,真玉橋マサラーの由来
梗概(こうがい) 二十四日はスス払いだよな、沖縄じゅう。旧暦の二十四日になると、火の神を信じて、朔日(ついたち)や大晦日(おおみそか)の晩になっても、ひまのない人たちは、 ウトゥーシをやるんだ。今は電気製品の台所用品に変ったがそれでもウトゥーシをやるんだ。これは 真玉橋(まだんばし)マサラーの由来からなんだ。真玉橋マサラーが与那原(よなばる)から真玉橋へ歩いてくるんだ、夜。そんなとき、天から「真玉橋マサラーは女をたぶらかす邪魔者(じゃまもの)だから、悪い奴だから、この世の悪者だから、そいつの精魂を取って来い。」と天から言いつけられた者があったんだ。ちょうどマサラーが真玉橋に向っているときに、年寄りが前を通るので、マサラーが「ちょっと、どこにですか、お年寄りでいらっしゃるのにどこにお行きですか。」と言うと、「真玉橋にだよ。」と。「そうですか、私も真玉橋にですから、私の馬をお借りください、私は年も若いので歩くから。」といって、歩いて、その神様を乗せたよな。そのお年寄りを乗せて、真玉橋で馬を降りるので、「何のご用があって、ここに、年寄りがお降りになるか。」と言うと、「はあ、ここに、あれこれと女をつかまえる男が、邪魔者が居って、こいつの精を取ってこいと、天からの使いなんだ。」と言うので、マサラーが「そうか、天からの使いで精を取ってこいとのことですが、真玉橋マサラーというのは私ですが、助けることはできませんか。」と言うと、「ああ、そうか、君は今、すじんがあって、私を馬に乗せた恩儀がある、あのな、あの神というのは、年から年中おしゃべりなのだが、人間の悪欲のことを煙に書いて、天に報告するんだよ。ならば、頼みを聞いてやるから、正月二十四口、右はカマドのススを全部払い消してから、火の神というと竈なんだよなぁ、四つのシンメーを置いてある竈(かま)、それに手を当てると、竈(かま)がものを言いなさるので、右は同年者の竈の所に行ってそれに手を当てて来い。」と言うんだ。それでマサラーは同年者の所に行って手を当てると「私の家、ここには悪い心の者はいないぞ、帰れ。」と竈がものを言ったんだ。マサラーが「こう言いましたよ。」と報告すると、お年寄りの神は、「ああ、そうか。」と。「じゃあ、ほかに君の同年者がいたらそこに行け。」と言う。マサラーが別の同年者の所に行って、カマドに手を当てると、「この者は悪い心の者だ、年から年中悪心な者だ、カマドの前でおしゃべりが多くて、煙で書いた記録も多くて散らばるぐらいだ、今日、早く精を取って連れて行け。」とまたも竈がものを言ったんだ。それで、真玉橋マサラーと取り替えられて、マサラーの命は助かったという訳だ。それで、神の言いつけで、ススはこうしてかき消して払うという道理ということなんだよ。どこも、どこもかき消しているんだよ、沖縄じゅう。
全体の記録時間数 3:14
物語の時間数 3:14
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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