木泊村の津波(共通語)

概要

通り池の西側にキドゥマ(木泊村)という部落があった。そこには住民はあまり住んでいなかった。五百年前、ミサトの女性がキドゥマに嫁いで子供を産む。ある晩、その子がお婆さんに会いたいとねだるが、家族の者達は聞かない。それでもしつこく泣くので、実家に何か禍でも起きたのかと思い、夫婦は夜中に子供を連れてミサトの実家へ帰った。実家には何事もなかった。翌朝、朝ご飯を食べて自分の家へ戻ると、下地島は津波で押し流され、木も草も何もかもなくなり、木泊部落の人達もみんないなくなっていた。すべてが無くなったためそこには住めなくなったが、今から百年ほど前、ある賢い人が、この広っぱをそのままにしておくのは勿体ないと思い、牧場にするのが有効だと沖縄の王様に進言し、牧場を作ったとのことである。

再生時間:5:10

民話詳細DATA

レコード番号 47O235528
CD番号 47O23C295
決定題名 木泊村の津波(共通語)
話者がつけた題名 キドゥマの話
話者名 新里寛林
話者名かな しんざとかんりん
生年月日 18880617
性別
出身地 伊良部村字仲地
記録日 19760725
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 伊良部T46A04
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 いらぶの民話P297
キーワード 通り池の西側,キドゥマ,ミサトの女性,子供,夫婦,下地島,津波
梗概(こうがい) 通り池の西側にキドゥマ(木泊村)という部落があった。そこには住民はあまり住んでいなかった。五百年前、ミサトの女性がキドゥマに嫁いで子供を産む。ある晩、その子がお婆さんに会いたいとねだるが、家族の者達は聞かない。それでもしつこく泣くので、実家に何か禍でも起きたのかと思い、夫婦は夜中に子供を連れてミサトの実家へ帰った。実家には何事もなかった。翌朝、朝ご飯を食べて自分の家へ戻ると、下地島は津波で押し流され、木も草も何もかもなくなり、木泊部落の人達もみんないなくなっていた。すべてが無くなったためそこには住めなくなったが、今から百年ほど前、ある賢い人が、この広っぱをそのままにしておくのは勿体ないと思い、牧場にするのが有効だと沖縄の王様に進言し、牧場を作ったとのことである。
全体の記録時間数 5:26
物語の時間数 5:10
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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