乗瀬御嶽由来(共通語)

概要

タマメガが余りに美しいので、外へ出る時は必ず額に鍋のすすをつけていた。ある時、長いこと雨が降らないので、村の役人だった父親は、雨乞いを習いに八重山へ行った。父親が留守の時に、母親の言い付けでタマメガは潮水を汲みに出掛けるが、うっかりしてすすを付け忘れ、その時、さらわれて帰って来なかった。母親は帰りが遅いので娘を探しに浜へ行くと、そこに道具はあるがタマメガの姿はなかった。母親が「タマメガー」と呼ぶと、山の方で「ハーイ」という声が聞こえた。ところが山の中も探すがタマメガは見付からなかった。母親は毎日泣いて娘の帰りを待っていたが、とうとう諦めた。ある日、母親が糸を紡いで、それから畑仕事に出かけ、帰って来てみると、それがきちんと織られていた。不思議に思って、隣のおばあさんに「誰がそうしてくれているか」と尋ねると、「それはあんたの娘が来てそうしてくれているから、畑に行く振りをして、隠れて見なさい」と言う。言われたとおり隠れて見ていると、娘のタマメガが一層美しくなって、機を織っていた。母親は「ああ、ありがたいことだ。自分の娘は生きていたんだ」と、「タマメガー」と呼んで抱きつこうとすると、「もう私はあなたの子ではない。私は神になっています」と言って、母親の手に着物の裾を残して消えてしまう。娘へのおみやげを持って八重山から帰った父親は、娘がいなくなったことを知り、嘆き悲しんでとうとう死んでしまう。死ぬ時に「娘の一番近いところに葬ってくれ」と遺言した。それで向こうには二つの御嶽があって、父親の御嶽をウプカニ御嶽といい、娘の方を乗瀬御嶽と呼び、タマメガが祀られている。雨乞いの歌は村人達に教えられたそうだ。

再生時間:9:23

民話詳細DATA

レコード番号 47O235372
CD番号 47O23C285
決定題名 乗瀬御嶽由来(共通語)
話者がつけた題名
話者名 西原方英
話者名かな にしはらほうえい
生年月日 19071003
性別
出身地 伊良部村仲地
記録日 19760726
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 伊良部T38B02
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 いらぶの民話P283
キーワード タマメガ,美しい,額に鍋のすすを,父親,雨乞いを,八重山,糸,ウプカニ御嶽,乗瀬御嶽
梗概(こうがい) タマメガが余りに美しいので、外へ出る時は必ず額に鍋のすすをつけていた。ある時、長いこと雨が降らないので、村の役人だった父親は、雨乞いを習いに八重山へ行った。父親が留守の時に、母親の言い付けでタマメガは潮水を汲みに出掛けるが、うっかりしてすすを付け忘れ、その時、さらわれて帰って来なかった。母親は帰りが遅いので娘を探しに浜へ行くと、そこに道具はあるがタマメガの姿はなかった。母親が「タマメガー」と呼ぶと、山の方で「ハーイ」という声が聞こえた。ところが山の中も探すがタマメガは見付からなかった。母親は毎日泣いて娘の帰りを待っていたが、とうとう諦めた。ある日、母親が糸を紡いで、それから畑仕事に出かけ、帰って来てみると、それがきちんと織られていた。不思議に思って、隣のおばあさんに「誰がそうしてくれているか」と尋ねると、「それはあんたの娘が来てそうしてくれているから、畑に行く振りをして、隠れて見なさい」と言う。言われたとおり隠れて見ていると、娘のタマメガが一層美しくなって、機を織っていた。母親は「ああ、ありがたいことだ。自分の娘は生きていたんだ」と、「タマメガー」と呼んで抱きつこうとすると、「もう私はあなたの子ではない。私は神になっています」と言って、母親の手に着物の裾を残して消えてしまう。娘へのおみやげを持って八重山から帰った父親は、娘がいなくなったことを知り、嘆き悲しんでとうとう死んでしまう。死ぬ時に「娘の一番近いところに葬ってくれ」と遺言した。それで向こうには二つの御嶽があって、父親の御嶽をウプカニ御嶽といい、娘の方を乗瀬御嶽と呼び、タマメガが祀られている。雨乞いの歌は村人達に教えられたそうだ。
全体の記録時間数 10:12
物語の時間数 9:23
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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