西塘(共通語)

概要

 アカハチ退治の兵隊が来たと言って恐がってみんな逃げて隠れたって。西塘だけは隠れもしないで大きな桑の木に登って桑の実を食べておったから、「降りてきなさい。私はおいしいものを持っておる。」と言うと西塘が降りてきたから、「これを食べれ、」と言って蜜柑を上げたら、普通の人であったら、一方食べて終わってから別な方を食べるんだが、西塘は両方にこう分けて、こう今はこれ食べ、今はこれを食べ交互に食べておったから、「この手のものと、この手のとどっちがおいしいか。」と質問したらしい。そうすると西塘は、蜜柑を下に置いて、手をパチパチ叩いて、「じゃ、どこの手が音を出したか。」と質問したらしい。あんた達も回答出来るか。それから、「これは簡単なものじゃない。」と言って、ジンブンのある子とない子はすぐ分かるから西塘を沖縄に連れて行って、学校に行かすわけですよ。長田大主もそうだよ。長田大主も生まれてから八歳になったら沖縄に連れていって、勉強させてあるわけ。西塘も木の上にいるのを降ろして、親にも相談しないで、「これは魂のある子だから。」とすぐに連れて行ったらしいんですよ。西塘を首里に連れて行ったらね、首里は全部士族なんだから、偉い人の家に預けて生活させようと立派な家に、宿はとらしたらしい。その立派なお家に行ったらね、私なんかの時代までも、二番座にはこう折り曲げる屏風というのがあったさ。その屏風の内側に西塘を寝かせたって。そこで西塘は、屏風を見てこうこう曲げると倒れないというこの理屈をね、寝ておりながら考えたらしいんですよ。そして、「じゃ、何をさせるか。」と言ったら、「あんたは、首里城を作っても作ってもその石垣が崩れるから、石垣の修理しなさい。」と言われて、人夫として、しょっちゅう首里城に行きよったって。そうすると首里城の石垣を真っ直ぐに積んでおるらしいですよ。真っ直ぐだから崩れるのは当然さな。だから、その子は毎日こう通っておって家の人に、「あんた達はこんなに積んでいるから、いくらやっても崩れるのは道理だ。私に責任任したら絶対崩れない。」と言いだしたらしいさ。そうすると、「それじゃ、あんたが作ってみい。」ということで、任せられたら、この屏風が曲がったような理屈を応用して石を積んだというんですよ。そうすると西塘の積んだところは絶対崩れなかったということですね。だから、ますます西塘は偉くなったわけ。そして、昔は、日本でも外国でも城を築いた人はね、城が出来上がったら打ち首であったのが普通であったって。なぜ打ち首するかというと、この城の秘密をね、みんなにばらした場合は危ないからということで、城を作るときには御馳走もたっぷり食べさせて終わったら打ち首にしていたが、西塘は殺しはせんで、「八重山を治めれ。」と、島流しみたいに遠いところの八重山に行かしてあるわけ。そうすれば遠いから、秘密も守れるということですよ。それで西塘は、また竹富に戻して、長田大主の次に八重山を治めさせたというね。

再生時間:0:00

民話詳細DATA

レコード番号 47O201484
CD番号 47O20C077
決定題名 西塘(共通語)
話者がつけた題名
話者名 勝連文雄
話者名かな かつれんふみお
生年月日 19170518
性別
出身地 沖縄県八重山郡竹富町波照間
記録日 19971122
記録者の所属組織 竹富町口承文芸学術調査団
元テープ番号 捜索中
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 手を叩く,屏風
梗概(こうがい)  アカハチ退治の兵隊が来たと言って恐がってみんな逃げて隠れたって。西塘だけは隠れもしないで大きな桑の木に登って桑の実を食べておったから、「降りてきなさい。私はおいしいものを持っておる。」と言うと西塘が降りてきたから、「これを食べれ、」と言って蜜柑を上げたら、普通の人であったら、一方食べて終わってから別な方を食べるんだが、西塘は両方にこう分けて、こう今はこれ食べ、今はこれを食べ交互に食べておったから、「この手のものと、この手のとどっちがおいしいか。」と質問したらしい。そうすると西塘は、蜜柑を下に置いて、手をパチパチ叩いて、「じゃ、どこの手が音を出したか。」と質問したらしい。あんた達も回答出来るか。それから、「これは簡単なものじゃない。」と言って、ジンブンのある子とない子はすぐ分かるから西塘を沖縄に連れて行って、学校に行かすわけですよ。長田大主もそうだよ。長田大主も生まれてから八歳になったら沖縄に連れていって、勉強させてあるわけ。西塘も木の上にいるのを降ろして、親にも相談しないで、「これは魂のある子だから。」とすぐに連れて行ったらしいんですよ。西塘を首里に連れて行ったらね、首里は全部士族なんだから、偉い人の家に預けて生活させようと立派な家に、宿はとらしたらしい。その立派なお家に行ったらね、私なんかの時代までも、二番座にはこう折り曲げる屏風というのがあったさ。その屏風の内側に西塘を寝かせたって。そこで西塘は、屏風を見てこうこう曲げると倒れないというこの理屈をね、寝ておりながら考えたらしいんですよ。そして、「じゃ、何をさせるか。」と言ったら、「あんたは、首里城を作っても作ってもその石垣が崩れるから、石垣の修理しなさい。」と言われて、人夫として、しょっちゅう首里城に行きよったって。そうすると首里城の石垣を真っ直ぐに積んでおるらしいですよ。真っ直ぐだから崩れるのは当然さな。だから、その子は毎日こう通っておって家の人に、「あんた達はこんなに積んでいるから、いくらやっても崩れるのは道理だ。私に責任任したら絶対崩れない。」と言いだしたらしいさ。そうすると、「それじゃ、あんたが作ってみい。」ということで、任せられたら、この屏風が曲がったような理屈を応用して石を積んだというんですよ。そうすると西塘の積んだところは絶対崩れなかったということですね。だから、ますます西塘は偉くなったわけ。そして、昔は、日本でも外国でも城を築いた人はね、城が出来上がったら打ち首であったのが普通であったって。なぜ打ち首するかというと、この城の秘密をね、みんなにばらした場合は危ないからということで、城を作るときには御馳走もたっぷり食べさせて終わったら打ち首にしていたが、西塘は殺しはせんで、「八重山を治めれ。」と、島流しみたいに遠いところの八重山に行かしてあるわけ。そうすれば遠いから、秘密も守れるということですよ。それで西塘は、また竹富に戻して、長田大主の次に八重山を治めさせたというね。
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言語識別 共通語
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テープ番号
予備項目1

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