波照間の部落(共通語)

概要

 富嘉部落ちょっと外れにヤグ村とかがあったみたいで、逃亡して行った牛か井戸をみつけたシムス村とかもあったらしいよ。また、南はオヤケ赤蜂の生まれた村でしょう。それから前部落、名石があって、ミシュク部落はね、富嘉のずっと向こうの海の側よ。そのミシュク村には昔たくさん人間がおってね、土地も狭いし土も少ないから、雨が降るときに、大きな草鞋(わらじ)を作って履いて、土が盛り上がっている余所の畑の土を踏んで草鞋(わらじ)に土をつけて来て、石のあるところに落としてからよ、また踏んできて落とし、落とししてから土置いて、そしてよ、そこに食べる韮を植えたって。だからね、この島のあちこちには、石がいっぱいあるところにね、韮が生えてるさ。そんなに人口がたくさんおったから、政府からの強制移民で石垣の白保にも分けるでしょ。また崎山という部落にも波照間からたくさん移民したさあね。こうして強制移民でたくさん行ったからヤグ村、シムス村は今全然無い。だけどね、あの部落の跡はね、土地改良された後でも、あまり無いはずだけど、石囲いされた跡は残っていたよ。またあの周辺には墓もあったんですよ。

再生時間:3:47

民話詳細DATA

レコード番号 47O201468
CD番号 47O20C075
決定題名 波照間の部落(共通語)
話者がつけた題名
話者名 大泊ミツフ
話者名かな おおどまりみつふ
生年月日 19220801
性別
出身地 沖縄県八重山郡竹富町波照間
記録日 19960319
記録者の所属組織 竹富町口承文芸学術調査団
元テープ番号 竹富町字波照間T38A07
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード ニラ
梗概(こうがい)  富嘉部落ちょっと外れにヤグ村とかがあったみたいで、逃亡して行った牛か井戸をみつけたシムス村とかもあったらしいよ。また、南はオヤケ赤蜂の生まれた村でしょう。それから前部落、名石があって、ミシュク部落はね、富嘉のずっと向こうの海の側よ。そのミシュク村には昔たくさん人間がおってね、土地も狭いし土も少ないから、雨が降るときに、大きな草鞋(わらじ)を作って履いて、土が盛り上がっている余所の畑の土を踏んで草鞋(わらじ)に土をつけて来て、石のあるところに落としてからよ、また踏んできて落とし、落とししてから土置いて、そしてよ、そこに食べる韮を植えたって。だからね、この島のあちこちには、石がいっぱいあるところにね、韮が生えてるさ。そんなに人口がたくさんおったから、政府からの強制移民で石垣の白保にも分けるでしょ。また崎山という部落にも波照間からたくさん移民したさあね。こうして強制移民でたくさん行ったからヤグ村、シムス村は今全然無い。だけどね、あの部落の跡はね、土地改良された後でも、あまり無いはずだけど、石囲いされた跡は残っていたよ。またあの周辺には墓もあったんですよ。
全体の記録時間数 3:59
物語の時間数 3:47
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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