私の先祖は首里城の王様の三男であったって。三男の子どもは首里城には住まないさね。首里城の西の三本松のところに安里という家であったって。昔はあんなに人頭税で偉い人は農民を攻めたでしょう。だから、王様のその家に祟りがあったかも分からんけれどよ、貧乏なったから、貧しい家に住んでいたらしい。家は貧乏でも王様の孫で偉い人だから、王様から八重山統一して来なさいと命令して行かしたって。だから、妻子と離れて船で来たら、八重山に着かないうちに宮古のトゥンガニという人が、多分偉い人が来たから憎いんじゃないかな。その首里から来た人を半殺しにしてくり舟乗せて流したら、一週間もたってから、その人は生きてこの島の浜辺に着いたはずよ。だから、くり舟を浜辺にくるっと転がして降りてからよ、「生きたんだね。私は生きたんだね。」と。その大泊浜の上には水は流れてきて溜まるところがあるさ。あそこは今は使わんから砂もとって捨てないから砂でいっぱいなっているはずだが、大きい池だったから、私なんかあっちは畑があるからね、いつもあそこから水を汲んできて飲んだよ。あそこに上がってきて、そこの水のところに来たから、「この水を飲んだら生きるんだねえ。」と思って飲んでから、晩は側に岩の下に眠って、どうにかして生きていこうと思ってよ、どこかに食べるものがあったはずと草葉を取って食べて、そして夜が明けて朝なったらよ、人がいるなから道があるはずと思って見たらよ、その歩いた道があったから、その道を辿ってこっちの村まで来たって。「村があるから人間がおるはずだから自分はどうにかして生きれるかなあ。」と思って来て、この家に着いたって。着いてみると女一人がいらっしゃったから、その家に行って、「自分食わしてください。」と言って、その家に住んで一緒に夫婦なっていらっしゃったけれど、その子孫は、東にある家は東里(ひがさと)、こっちは西であったから西里と名前を付けたってよ。 そしたら、東里の女の子がね、ひもじいからと言って、自分なんかお家から何取って食べたり、この家からも何取って食べたりしていたが、そんなにしてそのまま死んだって。その東里の家の婆ちゃん爺ちゃんなんかは、子どもが若い時に死んだから、ユタに聞いたら、先祖を拝まないから祟りがあるとおっしゃって。だから、ユタから聞いて沖縄の三男の家に行ってちゃんと拝んできた。その家は貧乏なってからよ、トタン家のまずい家であったけれど、何か上等な玉手箱みたいな大きい箱が飾ってあった。その家では、「先祖を拝みに来る子孫は、その宝物みたいな箱を祀りなさい。」と言っていたから、自分なんかはあそこの家の箱を拝んできたよ。
| レコード番号 | 47O201461 |
|---|---|
| CD番号 | 47O20C075 |
| 決定題名 | 波照間の西里門中(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 西里好 |
| 話者名かな | にしざとよし |
| 生年月日 | 19171021 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県八重山郡竹富町波照間 |
| 記録日 | 19960319 |
| 記録者の所属組織 | 竹富町口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 竹富町字波照間T37B05 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 首里,くり舟,たたり |
| 梗概(こうがい) | 私の先祖は首里城の王様の三男であったって。三男の子どもは首里城には住まないさね。首里城の西の三本松のところに安里という家であったって。昔はあんなに人頭税で偉い人は農民を攻めたでしょう。だから、王様のその家に祟りがあったかも分からんけれどよ、貧乏なったから、貧しい家に住んでいたらしい。家は貧乏でも王様の孫で偉い人だから、王様から八重山統一して来なさいと命令して行かしたって。だから、妻子と離れて船で来たら、八重山に着かないうちに宮古のトゥンガニという人が、多分偉い人が来たから憎いんじゃないかな。その首里から来た人を半殺しにしてくり舟乗せて流したら、一週間もたってから、その人は生きてこの島の浜辺に着いたはずよ。だから、くり舟を浜辺にくるっと転がして降りてからよ、「生きたんだね。私は生きたんだね。」と。その大泊浜の上には水は流れてきて溜まるところがあるさ。あそこは今は使わんから砂もとって捨てないから砂でいっぱいなっているはずだが、大きい池だったから、私なんかあっちは畑があるからね、いつもあそこから水を汲んできて飲んだよ。あそこに上がってきて、そこの水のところに来たから、「この水を飲んだら生きるんだねえ。」と思って飲んでから、晩は側に岩の下に眠って、どうにかして生きていこうと思ってよ、どこかに食べるものがあったはずと草葉を取って食べて、そして夜が明けて朝なったらよ、人がいるなから道があるはずと思って見たらよ、その歩いた道があったから、その道を辿ってこっちの村まで来たって。「村があるから人間がおるはずだから自分はどうにかして生きれるかなあ。」と思って来て、この家に着いたって。着いてみると女一人がいらっしゃったから、その家に行って、「自分食わしてください。」と言って、その家に住んで一緒に夫婦なっていらっしゃったけれど、その子孫は、東にある家は東里(ひがさと)、こっちは西であったから西里と名前を付けたってよ。 そしたら、東里の女の子がね、ひもじいからと言って、自分なんかお家から何取って食べたり、この家からも何取って食べたりしていたが、そんなにしてそのまま死んだって。その東里の家の婆ちゃん爺ちゃんなんかは、子どもが若い時に死んだから、ユタに聞いたら、先祖を拝まないから祟りがあるとおっしゃって。だから、ユタから聞いて沖縄の三男の家に行ってちゃんと拝んできた。その家は貧乏なってからよ、トタン家のまずい家であったけれど、何か上等な玉手箱みたいな大きい箱が飾ってあった。その家では、「先祖を拝みに来る子孫は、その宝物みたいな箱を祀りなさい。」と言っていたから、自分なんかはあそこの家の箱を拝んできたよ。 |
| 全体の記録時間数 | 12:49 |
| 物語の時間数 | 12:20 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |