ヤグハカマリは、タレーウニが上納船の船頭していたとき、船員だったらしいですね。タレーウニは支那とかタイ辺りに行く途中で水を補給したり、魚を貰ったりして通っておったらしい。ヤグハカマリはそれを知っておるもんだからね、あそこに行けば頼れると分かって上納船を盗んで台湾の近くの蘭嶼島という小さな島に来て住み着いたんです。その島に私も行ってみたが、機織りも、地機(じーばた)よ。農業は戦後まで昔僕らの小さい時に波照間でやっていた焼き畑農業をあれをやっているんです。アダン林を焼いてから黍や粟を蒔いたり、芋を植えたりしていて、私が行ったときは五月だったからね、粟刈りをしておった。その粟を束っていたから、それを持ってきて波照間で見せたらやっぱし似てるなあと言っていた。その島にヤグハカマリが住んで一カ年もならないうちにですね、タレーウニの船がね、水貰いに来たって。そしたらね、夜、松明を付けてからイザリをしている人がいて、その人が歌っている歌が昔のジラバとかの歌で、その声がヤグハカマリだから、タレーウニは降りてきて、「あい、ハカマリ。お前ここにおったんか。」と言ったので、ヤグハカマリは、「はっ、何しに来たか。俺を捕まえにきたか。お前が俺を捕まえに来来てるのなら、陸に上がったら殺してやる。」と言いよったって。タレーウニは、「いや、この島には上がらない。島に帰るまであと二日かかるから、水を貰いにきた。」と言ったら、「そんなら水は僕が運んできてやるから、ここに待っておれ。」と言うから待っていたら、やがて波照間ではガイズと言っている約一斗ぐらいの水が入る盥みたいな編んだものに水を入れて二、三名の人が三回も四回も担いで持ってきたそうだ。このときヤグハカマリは、「タレーウニが帰った後、琉球王に報告したら自分たちは命はない。」と思ったんじゃあないかなあ。そのとき、タレーウニはヤグハカマリが運ばせた水を担いで船に積もうとしているときに足を尖った石にぬかれたと。タレーウニは、その島を出るときは一応生きていたが、島に帰るまでに破傷風かなんかで死んでしまったと。しかし、もうヤグハカマリは、「タレーウニが島に帰ってから、琉球王にヤグハカマリは、ここにおるということを報告されたら、もう自分たちはどうになるか。」と思ってさらに向こうのタイまで逃げたんじゃないかな。だから波照間の親盛家には、七十、八十センチメートルぐらいのと小さいのと二つタイの太鼓がありますよ。
| レコード番号 | 47O201429 |
|---|---|
| CD番号 | 47O20C072 |
| 決定題名 | 蘭嶼島にいたヤグハカマリ(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 新城康佑 |
| 話者名かな | あらしろこうゆう |
| 生年月日 | 19191003 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県八重山郡竹富町波照間 |
| 記録日 | 19960319 |
| 記録者の所属組織 | 竹富町口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 竹富町字波照間T35B01 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | タレーウニ, |
| 梗概(こうがい) | ヤグハカマリは、タレーウニが上納船の船頭していたとき、船員だったらしいですね。タレーウニは支那とかタイ辺りに行く途中で水を補給したり、魚を貰ったりして通っておったらしい。ヤグハカマリはそれを知っておるもんだからね、あそこに行けば頼れると分かって上納船を盗んで台湾の近くの蘭嶼島という小さな島に来て住み着いたんです。その島に私も行ってみたが、機織りも、地機(じーばた)よ。農業は戦後まで昔僕らの小さい時に波照間でやっていた焼き畑農業をあれをやっているんです。アダン林を焼いてから黍や粟を蒔いたり、芋を植えたりしていて、私が行ったときは五月だったからね、粟刈りをしておった。その粟を束っていたから、それを持ってきて波照間で見せたらやっぱし似てるなあと言っていた。その島にヤグハカマリが住んで一カ年もならないうちにですね、タレーウニの船がね、水貰いに来たって。そしたらね、夜、松明を付けてからイザリをしている人がいて、その人が歌っている歌が昔のジラバとかの歌で、その声がヤグハカマリだから、タレーウニは降りてきて、「あい、ハカマリ。お前ここにおったんか。」と言ったので、ヤグハカマリは、「はっ、何しに来たか。俺を捕まえにきたか。お前が俺を捕まえに来来てるのなら、陸に上がったら殺してやる。」と言いよったって。タレーウニは、「いや、この島には上がらない。島に帰るまであと二日かかるから、水を貰いにきた。」と言ったら、「そんなら水は僕が運んできてやるから、ここに待っておれ。」と言うから待っていたら、やがて波照間ではガイズと言っている約一斗ぐらいの水が入る盥みたいな編んだものに水を入れて二、三名の人が三回も四回も担いで持ってきたそうだ。このときヤグハカマリは、「タレーウニが帰った後、琉球王に報告したら自分たちは命はない。」と思ったんじゃあないかなあ。そのとき、タレーウニはヤグハカマリが運ばせた水を担いで船に積もうとしているときに足を尖った石にぬかれたと。タレーウニは、その島を出るときは一応生きていたが、島に帰るまでに破傷風かなんかで死んでしまったと。しかし、もうヤグハカマリは、「タレーウニが島に帰ってから、琉球王にヤグハカマリは、ここにおるということを報告されたら、もう自分たちはどうになるか。」と思ってさらに向こうのタイまで逃げたんじゃないかな。だから波照間の親盛家には、七十、八十センチメートルぐらいのと小さいのと二つタイの太鼓がありますよ。 |
| 全体の記録時間数 | 5:41 |
| 物語の時間数 | 5:41 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | × |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |