曲玉と野底家(共通語)

概要

何かあれは、あんた、誰が持ってきたかも分からんよ。曲玉というか、曲玉が、曲玉というの、家の本家にあるんですよね。これはああ、何百年なのかは分からんけど、山田ブファメーという人、偉い人がいらっしゃったんだって。山田ブファメーという人が、ブファメーという人。聞いたことないんですか。ブファメー、でこの人のお墓はあるよ。この人の長女が、野底という家に嫁に、嫁に来た、行った。行ったって、そしてその人がこれは、家の母から聞いた話だけどね、あれ持ってきてからも、家の母なんかもいつ来てると分からないんですよね。ここからこう飾りの玉もいっぱいあるし、こっちから帯締めるところの、踊り、昔、あそこにあるよ。そしてね、曲玉がね、こうこっちの天照大御神なんかもはいている、あんときみたいな、こんなのもあるし、また三角、算盤の玉みたいのもあるしね、あんなの交互に抜かれてるのがあったんですよね。そしてときのあの糸、紡ぐブー、ブーという、麻もちゃんと昔、あの時代からあるんですよ。たくろもちゃんとあれに入ってね、小さい玉は、そしてみんな帯にも付いているし、頭にかぶるのか何か知らんけど、あれにもあるしね、着物といったら、思ったらね、私なんか今考えたらね、元禄時代か、徳川時代かなあ、と思うんだけど、それもそでないと。きのですね洋服、着物、黒い着物がね、私四年で見てから見たことなかった。四年生の時ね、出すけど行ったことないのに、そんな。〔年に一回、〕そう、シチ、節祭(しちまつ)りの中に、だから今度は十一月にか、今度行って見てこようかな。それで、そのそれをね、大きな箱があるんですよね、今までちっとも動かないさ、何百年か分からんでしょうね、昔の、それにね、袋にちゃんと玉も入って縛られているし、麻、麻糸もまだ、紡いでない糸もあるし、だから何かね下袴(はかん)といったらほらスカートみたいなもの、今いえば、幅よ、それが襞がこんな小さくとられてよ、あんなのがね、あるよ二つ。だけと、ふされても絞り、絞りの布けどよ、あんなふされているさ。あんなになるまで着ているわけ。あんなのがね、家に今まだあるわけよ。保管されている、箱の、〔毎年節の行事の時なんか出して、貝敷さんのお家にあるんですか。〕私の里に、〔里、どうしてそれが、そういうね、使うようなものが、こっち来たのか分かりますか。〕ま、偉い人が持ってきたのかそれも分からない。だから、今は神様みたいに崇めていますね。今も節(しち)のねなかの日に、ほし、干したり出したりするんですけど、家の長女から以外は、あ、全然触っていかないといって、私なんか一番お尻だから、こんなにして見るだけでまだ触ったことないんです。曲玉はとにかく綺麗です。だから私の叔父、がね、言っていたんですよね、叔父さんがね、「もったいない、こんなの家に閉じ込めておくくらいだったら、東京の博物館に持っていって飾ろうか。」と言ったら、「ああ、叔父さん、あんたこれを持っていったらよ、陸に上がらない内に亡くなるはずよ。」と言って、もの笑いした。笑ったんですよ。そして、ある、これも本当か本当でないか、これも母から聞いた話だけどね。あら、新城という、先生が、がっ学校の先生が昔さ、おったんだって。で、この人がね、お母さんという人がね、「人が触るなというのは触るなよ、触るなよ。」と言ったら、「そんなことがあるか。」と言ってね、自分にかてとりなんかかんかしてから、新城先生、ペミシクの、そしたら、そしてね、一つ盗んだんじゃないの。そしてね、夢見たら、私の父が夢見たらね、曲玉が一つないけど、って夢見たって。そしたらね、だけど、これは絶対よ、陸に上がらない、と夢見たんだって、夢か何か知らないけど、とにかく言うたって。これも、お母さんから聞いた話ですよ。そしたらね、この先生という人はね、石垣に帰る途中で、時帆船でしょ。今みたいな機械船でなくして、帆船でした。船に乗ってからね、人が乗った船がね、お母さんも乗って、家のまた叔父さんが、ちんじょうして行ってらしいですけど、船に乗った先生という人がね、転んで落ちるんだって、それでまたロープで上げて、また上げたら、また引っ繰り返って、落ちるんだって。仕方ないから捨ててから行ったんだ。そしたらね、曲玉盗んでから行ったからね、この曲玉絶対陸に上がらないっていうユタの話だろ。他に行ったっていう話も聞かされていた。そして、曲玉っていうのは、全然陸には上がらないって。〔今、一三、〕あるかなあ。何年前きたというけど、分からないなあ、その人は自分はね、石、え、石、西表のね、石の中に挟まって死んだ。全然助けられなかったって。〔新城先生。〕新城のよ。これは本当にあったことみたいですよ。うん、これは、うん、お母さんなんかが、私も、家の母なんかもよくあんな話してよ、これただあんなによ、無茶に触りもするなよ、と言ってね、箱を出すのは、大きいから長男が出す。中の干し、干したり入れたりするのは、長女がやる。私なんか一番末(ちび)生まれだから、だから出来ないわけよ。そしたらまた、ほらユミちゃんがやるけど、ユミちゃんも沖縄にいるでしょ、出来ないから、今イッちゃんがやってる。あんまりいかない、よくない、と言うている、と言ってからよ、自分の線香立てたら、自分の前にぼんと飛んできたからやめる、と言ってさ。〔貝敷さんのあれなんだ、実家、実家、旧姓が野底さんなんですか。〕私の里です、そう。〔でそれは、野底さんの兄弟の長女しか触ったら駄目なんだ。〕そうそう、だから私なんか全然、六番目だから、〔それ全部島の外から来た、ものです、曲玉とか。〕そうだろうと思うね。波照間にまさかそんなもの無かったんだと、んじゃないの。曲玉あんまり見たことないよ、だから出すよ出すよ、というけど、見たことない。だけども、着物なんかねぼろぼろになってるみたい、あちこちよ、縫い目から破れてよ。このスカートの腰なんかね落ちている。だからあなふしたの、このぐらいのね絞りの生地、切れて、みんな塞いで、着て、古くなったんじゃないの。もっとすごいのがあるんです。いまの貝敷の家に、波照間でね、一番大切、ううん、お家には、何にもないよ、ないけど、一番波照間の島起こしは、貝敷家です。

再生時間:9:38

民話詳細DATA

レコード番号 47O201294
CD番号 47O20C062
決定題名 曲玉と野底家(共通語)
話者がつけた題名
話者名 貝敷政
話者名かな かいしきまさ
生年月日 19171012
性別
出身地 沖縄県八重山郡竹富町波照間
記録日 19950910
記録者の所属組織 竹富町口承文芸学術調査団
元テープ番号 竹富町字波照間T18A05
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード ヤマダプファメー,シチマツリ
梗概(こうがい) 何かあれは、あんた、誰が持ってきたかも分からんよ。曲玉というか、曲玉が、曲玉というの、家の本家にあるんですよね。これはああ、何百年なのかは分からんけど、山田ブファメーという人、偉い人がいらっしゃったんだって。山田ブファメーという人が、ブファメーという人。聞いたことないんですか。ブファメー、でこの人のお墓はあるよ。この人の長女が、野底という家に嫁に、嫁に来た、行った。行ったって、そしてその人がこれは、家の母から聞いた話だけどね、あれ持ってきてからも、家の母なんかもいつ来てると分からないんですよね。ここからこう飾りの玉もいっぱいあるし、こっちから帯締めるところの、踊り、昔、あそこにあるよ。そしてね、曲玉がね、こうこっちの天照大御神なんかもはいている、あんときみたいな、こんなのもあるし、また三角、算盤の玉みたいのもあるしね、あんなの交互に抜かれてるのがあったんですよね。そしてときのあの糸、紡ぐブー、ブーという、麻もちゃんと昔、あの時代からあるんですよ。たくろもちゃんとあれに入ってね、小さい玉は、そしてみんな帯にも付いているし、頭にかぶるのか何か知らんけど、あれにもあるしね、着物といったら、思ったらね、私なんか今考えたらね、元禄時代か、徳川時代かなあ、と思うんだけど、それもそでないと。きのですね洋服、着物、黒い着物がね、私四年で見てから見たことなかった。四年生の時ね、出すけど行ったことないのに、そんな。〔年に一回、〕そう、シチ、節祭(しちまつ)りの中に、だから今度は十一月にか、今度行って見てこようかな。それで、そのそれをね、大きな箱があるんですよね、今までちっとも動かないさ、何百年か分からんでしょうね、昔の、それにね、袋にちゃんと玉も入って縛られているし、麻、麻糸もまだ、紡いでない糸もあるし、だから何かね下袴(はかん)といったらほらスカートみたいなもの、今いえば、幅よ、それが襞がこんな小さくとられてよ、あんなのがね、あるよ二つ。だけと、ふされても絞り、絞りの布けどよ、あんなふされているさ。あんなになるまで着ているわけ。あんなのがね、家に今まだあるわけよ。保管されている、箱の、〔毎年節の行事の時なんか出して、貝敷さんのお家にあるんですか。〕私の里に、〔里、どうしてそれが、そういうね、使うようなものが、こっち来たのか分かりますか。〕ま、偉い人が持ってきたのかそれも分からない。だから、今は神様みたいに崇めていますね。今も節(しち)のねなかの日に、ほし、干したり出したりするんですけど、家の長女から以外は、あ、全然触っていかないといって、私なんか一番お尻だから、こんなにして見るだけでまだ触ったことないんです。曲玉はとにかく綺麗です。だから私の叔父、がね、言っていたんですよね、叔父さんがね、「もったいない、こんなの家に閉じ込めておくくらいだったら、東京の博物館に持っていって飾ろうか。」と言ったら、「ああ、叔父さん、あんたこれを持っていったらよ、陸に上がらない内に亡くなるはずよ。」と言って、もの笑いした。笑ったんですよ。そして、ある、これも本当か本当でないか、これも母から聞いた話だけどね。あら、新城という、先生が、がっ学校の先生が昔さ、おったんだって。で、この人がね、お母さんという人がね、「人が触るなというのは触るなよ、触るなよ。」と言ったら、「そんなことがあるか。」と言ってね、自分にかてとりなんかかんかしてから、新城先生、ペミシクの、そしたら、そしてね、一つ盗んだんじゃないの。そしてね、夢見たら、私の父が夢見たらね、曲玉が一つないけど、って夢見たって。そしたらね、だけど、これは絶対よ、陸に上がらない、と夢見たんだって、夢か何か知らないけど、とにかく言うたって。これも、お母さんから聞いた話ですよ。そしたらね、この先生という人はね、石垣に帰る途中で、時帆船でしょ。今みたいな機械船でなくして、帆船でした。船に乗ってからね、人が乗った船がね、お母さんも乗って、家のまた叔父さんが、ちんじょうして行ってらしいですけど、船に乗った先生という人がね、転んで落ちるんだって、それでまたロープで上げて、また上げたら、また引っ繰り返って、落ちるんだって。仕方ないから捨ててから行ったんだ。そしたらね、曲玉盗んでから行ったからね、この曲玉絶対陸に上がらないっていうユタの話だろ。他に行ったっていう話も聞かされていた。そして、曲玉っていうのは、全然陸には上がらないって。〔今、一三、〕あるかなあ。何年前きたというけど、分からないなあ、その人は自分はね、石、え、石、西表のね、石の中に挟まって死んだ。全然助けられなかったって。〔新城先生。〕新城のよ。これは本当にあったことみたいですよ。うん、これは、うん、お母さんなんかが、私も、家の母なんかもよくあんな話してよ、これただあんなによ、無茶に触りもするなよ、と言ってね、箱を出すのは、大きいから長男が出す。中の干し、干したり入れたりするのは、長女がやる。私なんか一番末(ちび)生まれだから、だから出来ないわけよ。そしたらまた、ほらユミちゃんがやるけど、ユミちゃんも沖縄にいるでしょ、出来ないから、今イッちゃんがやってる。あんまりいかない、よくない、と言うている、と言ってからよ、自分の線香立てたら、自分の前にぼんと飛んできたからやめる、と言ってさ。〔貝敷さんのあれなんだ、実家、実家、旧姓が野底さんなんですか。〕私の里です、そう。〔でそれは、野底さんの兄弟の長女しか触ったら駄目なんだ。〕そうそう、だから私なんか全然、六番目だから、〔それ全部島の外から来た、ものです、曲玉とか。〕そうだろうと思うね。波照間にまさかそんなもの無かったんだと、んじゃないの。曲玉あんまり見たことないよ、だから出すよ出すよ、というけど、見たことない。だけども、着物なんかねぼろぼろになってるみたい、あちこちよ、縫い目から破れてよ。このスカートの腰なんかね落ちている。だからあなふしたの、このぐらいのね絞りの生地、切れて、みんな塞いで、着て、古くなったんじゃないの。もっとすごいのがあるんです。いまの貝敷の家に、波照間でね、一番大切、ううん、お家には、何にもないよ、ないけど、一番波照間の島起こしは、貝敷家です。
全体の記録時間数 9:38
物語の時間数 9:38
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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