火玉(共通語)

概要

私はね、仲底と小底との間は空き屋敷なっているから、私は昔から何で向こうだけは家は出来ないのか不思議だと思ったわけさ。また、通り西には私(うち)の婆さんの兄弟になっている嘉数っていう人なんかがちゃんと家(やー)造ってあったのに。通りの東には家を全然造ったことがないわけさ。今は沖縄に行っておるけれども私と同級の花城正男っていう人が、旧暦の一二月に夜遅くなって家に帰ろうとしてね、今は花城の家無いけれどもあの家は仲底の東で米盛の前家(まえやー)だったから、帰って行ったらね、月の夜じゃなくて暗いのにこっちあるガジマルの木がぼおっと明るくなっていて、良く見たら向こうに火が燃えていて、その火がバアっと来るわけさ。友達の花城はもう家が近いから、「うわあ。」ってって家に逃げ帰ってるわけさ。私はもう暗い中でガジマルの下にいてしばらく火だけ見て震えていたけど、ちょうど私のお母さんが、蛸の皮をむいて白くしてから浜で塩水できれいに洗ってから干すお正月用のはり蛸ってって蛸を洗っているところに帰って、「え、うり見るおりみ。」ってお母さんに言ったら、火がぱっと消えたわけさ。だから、蛸を洗っとった母に、「あんまー、実はこうこうであったんだよ。」と言うと、母は、「へえ、火が見えておった。」と言っておったよ。私はもう何か見ると年寄りから必ず聞かんと気が済まんわけさ。私はそういう人だから、おかしいなあと思って仲底の前の東の井戸の方に行ってね、この仲底家(なかそこやー)の通事という子どもなんかに昨日の火玉のことを聞いたけど、分からないから、私の伯母は、仲底に嫁に行ってるからよ。仲底の家に行って、「伯母さん、私は、こっちのガジマルの木に火が燃えているのを昨日見たからよ、これが気になってならんさあ。何かがあったんじゃないか。」って私はわざわざ聞きに行ったんだよ。そしたらね、昔ね、雨が降らんでね、もう大変な火みたいに暑い旱魃で作り物もよ、芋さえも枯れてしまって食べるのも全然無いって。その時にね、仲底と小底との間は空き屋敷なっているところにあった家のお母さんは子どもにおっぱいを吸わせながら倒れて親子で死んだ話が言い伝えられていると聞いたんだよ。それでこっちには家が造られなかったのいうんだよ。だから、人間は死んでも魂ってのはあってね、やっぱしここで母と子が死んだときに、魂抜(じーぬき)かなんかやらんかったか知らないけどもそういうのがあるわけさ。

再生時間:5:25

民話詳細DATA

レコード番号 47O200651
CD番号 47O20C038
決定題名 火玉(共通語)
話者がつけた題名
話者名 鳩間真吉
話者名かな はとましんきち
生年月日 19300215
性別
出身地 沖縄県八重山郡竹富町字鳩間 
記録日 19971120
記録者の所属組織 竹富町口承文芸学術調査団
元テープ番号 竹富町字鳩間107B06
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 俗信
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 沖国大国文学科平成9度卒業論文 鳩間島の民話 p45
キーワード 空き屋敷,ガジマル
梗概(こうがい) 私はね、仲底と小底との間は空き屋敷なっているから、私は昔から何で向こうだけは家は出来ないのか不思議だと思ったわけさ。また、通り西には私(うち)の婆さんの兄弟になっている嘉数っていう人なんかがちゃんと家(やー)造ってあったのに。通りの東には家を全然造ったことがないわけさ。今は沖縄に行っておるけれども私と同級の花城正男っていう人が、旧暦の一二月に夜遅くなって家に帰ろうとしてね、今は花城の家無いけれどもあの家は仲底の東で米盛の前家(まえやー)だったから、帰って行ったらね、月の夜じゃなくて暗いのにこっちあるガジマルの木がぼおっと明るくなっていて、良く見たら向こうに火が燃えていて、その火がバアっと来るわけさ。友達の花城はもう家が近いから、「うわあ。」ってって家に逃げ帰ってるわけさ。私はもう暗い中でガジマルの下にいてしばらく火だけ見て震えていたけど、ちょうど私のお母さんが、蛸の皮をむいて白くしてから浜で塩水できれいに洗ってから干すお正月用のはり蛸ってって蛸を洗っているところに帰って、「え、うり見るおりみ。」ってお母さんに言ったら、火がぱっと消えたわけさ。だから、蛸を洗っとった母に、「あんまー、実はこうこうであったんだよ。」と言うと、母は、「へえ、火が見えておった。」と言っておったよ。私はもう何か見ると年寄りから必ず聞かんと気が済まんわけさ。私はそういう人だから、おかしいなあと思って仲底の前の東の井戸の方に行ってね、この仲底家(なかそこやー)の通事という子どもなんかに昨日の火玉のことを聞いたけど、分からないから、私の伯母は、仲底に嫁に行ってるからよ。仲底の家に行って、「伯母さん、私は、こっちのガジマルの木に火が燃えているのを昨日見たからよ、これが気になってならんさあ。何かがあったんじゃないか。」って私はわざわざ聞きに行ったんだよ。そしたらね、昔ね、雨が降らんでね、もう大変な火みたいに暑い旱魃で作り物もよ、芋さえも枯れてしまって食べるのも全然無いって。その時にね、仲底と小底との間は空き屋敷なっているところにあった家のお母さんは子どもにおっぱいを吸わせながら倒れて親子で死んだ話が言い伝えられていると聞いたんだよ。それでこっちには家が造られなかったのいうんだよ。だから、人間は死んでも魂ってのはあってね、やっぱしここで母と子が死んだときに、魂抜(じーぬき)かなんかやらんかったか知らないけどもそういうのがあるわけさ。
全体の記録時間数 5:29
物語の時間数 5:25
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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