西堂(共通語)

概要

西堂(にしどう)はよ、宮古から鳩間島にねいらっしゃったって。鳩間島では、友利御嶽(ともりうたけ)西堂、新川(あらかあ)は水元(みじもと)とがいうさ。また、海岸端にある鬚川(ぴない)。前泊(まえどまり)は前はよ、カズコとあったんだけどさ、今は前泊とある。だからよ、西堂におられる方は、宮古からいらっしゃってがこっちにお墓はある。自分は宮古出身だから、宮古に向かわしてお墓を作りなさいよと。あんだけしか分からん。西堂(にしと)はよ、またん真っ直ぐ中森行く道があるでしょね。あっちにいかん前に鳥居がある。あれはよ、友利御嶽(ともりうたけ)だから、一番鳩間の神。西堂も二人がいらっしゃるという話あったんだけど。夫婦二人であったか分からん。「自分なんかはよ、宮古から来ているから宮古に向かわして作りなさいよ。」と。あれだけしか分からん。私(うち)の主人のお母さんがよ、あっちを拝んでいらっしゃったさ。あれから、また娘がよ拝んでいたんだけどさ、あれからまたうちの娘、あれは何年かな、ちょっとしか拝まなかったんだけども。あれからやっていないけどもさ。婆さんはよ、ただはおかれないとしてよ、一日(ついだち)と一五日、あれは遠くはあるんだけどもさ、中森のずっと下にがおるから。中森をこっちと思ったら、中森の西からちょっと上にあがって左側にいったら、ちゃんと鳥居はあるからよ、遠かってもさゆっくりゆっくり休んでいって、昨日が八月のお茶湯はしてきたさ。宮古からいらっしゃっている。あれだけしか話はお母さんから聞かなかったんだけども。あんな話はあるさ。宮古から来ているからかんなず宮古に向かわれて、向こうに向かっていらっしゃるよ。どんな人だったかっていう話は分からないど。ただ、お母さんからは聞いていない。あんな話があるから。「宮古からいらっしゃっているからが、必ず宮古に向かわして自分なんかの墓を作りなさいとよ。」と言われた。あんだけしか分からん。だからよ、鳩間のよ長らく旱魃するでしょ。歌があるよね。雨乞(あまんぐ)としてよ。あっちは歌あるけど、婆さんなんかは遠いからよ、あれは雨の降らない時にしか歌われないが。あれは、練習してということもない。教えたらこれよ、神に御無礼(ごぶりい)するって。すまないんだからよ。あれは、いついつまでもよあの歌は歌われない。雨が降らない時期に旱魃にあの歌は歌うとしてよ。あれによ、国元(くにむとぅ)の守(まぶ)る主(しゅ)、親神(うやがみ)の神加那志(かみがなし)。この歌聞いたらよ、国元(くにむとぅ)ってがあるど。だからこの人が初め鳩間にいらっしゃって、鳩間島に作られてが分からんさな。国元(くにむとぅ)ぬ守(まぶ)る主(しゅ)、親神(うやがめ)の神加那志(かみがなし)とがあるど。あの歌は歌ったことはないよ。婆さんなんか。あれはよ、歌は次第次第に教えていかないと分からんでしょ。昔の人よ。「危ない、危ない危ない。」としてよ。これ一回は雨願(あまねが)いとしてよ、友利の女の人が鳩間のよ一番のサカサであったさ。あの人は。あの家で一回は歌われたんだけれどもよ、おばさんが全然分からんど。初めて聞いたんだから。どんなに歌うか分からんよ、聞いているがよ。今見たらよ、国元(くにむとぅ)、私なんか墓代だからと、簡単にはできないど。だから、婆さんはよ、今はサカサはいらっしゃらない。だから部落からの行事があるさ。鳩間ではよ、二月の願(にが)いから始まって、世願(ゆうにが)いはまたよ御嶽を全部回るさ。部落の人みんなで、全部回るさね。また豊年祭。豊年祭済んだらあの九月九日、芋祭があるでしょね。名々の家庭からよお芋を必ず出して、こっちで炊いてからよ、名々のお宮の重箱を作る。お芋も上等に作ってよ。あれからまた、十月願(にが)い、一二月願(にが)いも必ずまた御馳走作る。終わりの結(す)び願(にが)い。終わりの願(にが)いね。この西堂の神様はどんな神様か、婆さんなんかは名前も分からけどさ。ずっと聞いておかれたらよかったさ。あんなもの聞かれないんだからただ婆さんなんかはよ、「自分が死んだら宮古に向かわして、墓作りなさい。」と、これだけしか聞いていないからよ。だから、歌もあるのにね。偉いど。国元(くにむとぅ)の守(まぶ)る主(しゅ)ど。親神(おやがみ)の神加那志(かみがなし)。島を建てられた、一番初めに鳩間に来てから作られたか分からんど。鳩間にいらっしゃって。だから、国元(くにむとう)守(まぶ)る主(しゅ)。守(まぶ)る主(しゅ)としたら、守っている神様。鳩間を。国でしょ鳩間も。国の元、守(まぶ)る主(しゅ)と。偉いど。「宮古に向かしてが、墓は作れ。」と。あれは、全部、婆さんなんかはどんなどんななっているとは分からん。話は聞いたことないど。あんな話があるからが、これが覚えているわけさ。今歌聞いたらね、書いているのがあるさね。雨乞い。国元(くぬむとぅ)ぬ守(まぶ)る主(しゅ)、偉いどう。
①カズコ‥‥前泊御嶽のこと。②サカサ‥‥司のこと。沖縄本島地方のノロや根神にあたる神女の宮古・八重山での一般的呼称。個々の御嶽の司祭者。③二月願い‥‥友利御嶽にておこなう虫祓い。④世願い‥‥オーセと称する聖域で祈願をし、各御嶽と彌勒家をサカサ、ティヂリビーが祈願をして廻る。⑤豊年祭‥‥旧暦の六月におこなわれる収穫祭。鳩間島島で一番盛大な行事。様々な予祝芸能がある。⑥芋祭り‥‥旧暦九月九日にイモの豊穣を祈願する祭りである。各家ではお酒に菊の葉を浮かべて飲む。⑦十月願い‥‥旧暦十月に友利御嶽でおこなう。⑧結び願い‥‥旧暦十二月に友利御嶽で、一年間の感謝、お礼をする。

再生時間:11:38

民話詳細DATA

レコード番号 47O200563
CD番号 47O20C034
決定題名 西堂(共通語)
話者がつけた題名
話者名 鳩間ヒヤマ
話者名かな はとまひやま
生年月日 19061020
性別
出身地 沖縄県八重山郡竹富町字鳩間
記録日 19960915
記録者の所属組織 竹富町口承文芸学術調査団
元テープ番号 竹富町字鳩間T122A06
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 沖国大国文学科平成9度卒業論文 鳩間島の民話 p11
キーワード 宮古,御嶽,墓
梗概(こうがい) 西堂(にしどう)はよ、宮古から鳩間島にねいらっしゃったって。鳩間島では、友利御嶽(ともりうたけ)西堂、新川(あらかあ)は水元(みじもと)とがいうさ。また、海岸端にある鬚川(ぴない)。前泊(まえどまり)は前はよ、カズコとあったんだけどさ、今は前泊とある。だからよ、西堂におられる方は、宮古からいらっしゃってがこっちにお墓はある。自分は宮古出身だから、宮古に向かわしてお墓を作りなさいよと。あんだけしか分からん。西堂(にしと)はよ、またん真っ直ぐ中森行く道があるでしょね。あっちにいかん前に鳥居がある。あれはよ、友利御嶽(ともりうたけ)だから、一番鳩間の神。西堂も二人がいらっしゃるという話あったんだけど。夫婦二人であったか分からん。「自分なんかはよ、宮古から来ているから宮古に向かわして作りなさいよ。」と。あれだけしか分からん。私(うち)の主人のお母さんがよ、あっちを拝んでいらっしゃったさ。あれから、また娘がよ拝んでいたんだけどさ、あれからまたうちの娘、あれは何年かな、ちょっとしか拝まなかったんだけども。あれからやっていないけどもさ。婆さんはよ、ただはおかれないとしてよ、一日(ついだち)と一五日、あれは遠くはあるんだけどもさ、中森のずっと下にがおるから。中森をこっちと思ったら、中森の西からちょっと上にあがって左側にいったら、ちゃんと鳥居はあるからよ、遠かってもさゆっくりゆっくり休んでいって、昨日が八月のお茶湯はしてきたさ。宮古からいらっしゃっている。あれだけしか話はお母さんから聞かなかったんだけども。あんな話はあるさ。宮古から来ているからかんなず宮古に向かわれて、向こうに向かっていらっしゃるよ。どんな人だったかっていう話は分からないど。ただ、お母さんからは聞いていない。あんな話があるから。「宮古からいらっしゃっているからが、必ず宮古に向かわして自分なんかの墓を作りなさいとよ。」と言われた。あんだけしか分からん。だからよ、鳩間のよ長らく旱魃するでしょ。歌があるよね。雨乞(あまんぐ)としてよ。あっちは歌あるけど、婆さんなんかは遠いからよ、あれは雨の降らない時にしか歌われないが。あれは、練習してということもない。教えたらこれよ、神に御無礼(ごぶりい)するって。すまないんだからよ。あれは、いついつまでもよあの歌は歌われない。雨が降らない時期に旱魃にあの歌は歌うとしてよ。あれによ、国元(くにむとぅ)の守(まぶ)る主(しゅ)、親神(うやがみ)の神加那志(かみがなし)。この歌聞いたらよ、国元(くにむとぅ)ってがあるど。だからこの人が初め鳩間にいらっしゃって、鳩間島に作られてが分からんさな。国元(くにむとぅ)ぬ守(まぶ)る主(しゅ)、親神(うやがめ)の神加那志(かみがなし)とがあるど。あの歌は歌ったことはないよ。婆さんなんか。あれはよ、歌は次第次第に教えていかないと分からんでしょ。昔の人よ。「危ない、危ない危ない。」としてよ。これ一回は雨願(あまねが)いとしてよ、友利の女の人が鳩間のよ一番のサカサであったさ。あの人は。あの家で一回は歌われたんだけれどもよ、おばさんが全然分からんど。初めて聞いたんだから。どんなに歌うか分からんよ、聞いているがよ。今見たらよ、国元(くにむとぅ)、私なんか墓代だからと、簡単にはできないど。だから、婆さんはよ、今はサカサはいらっしゃらない。だから部落からの行事があるさ。鳩間ではよ、二月の願(にが)いから始まって、世願(ゆうにが)いはまたよ御嶽を全部回るさ。部落の人みんなで、全部回るさね。また豊年祭。豊年祭済んだらあの九月九日、芋祭があるでしょね。名々の家庭からよお芋を必ず出して、こっちで炊いてからよ、名々のお宮の重箱を作る。お芋も上等に作ってよ。あれからまた、十月願(にが)い、一二月願(にが)いも必ずまた御馳走作る。終わりの結(す)び願(にが)い。終わりの願(にが)いね。この西堂の神様はどんな神様か、婆さんなんかは名前も分からけどさ。ずっと聞いておかれたらよかったさ。あんなもの聞かれないんだからただ婆さんなんかはよ、「自分が死んだら宮古に向かわして、墓作りなさい。」と、これだけしか聞いていないからよ。だから、歌もあるのにね。偉いど。国元(くにむとぅ)の守(まぶ)る主(しゅ)ど。親神(おやがみ)の神加那志(かみがなし)。島を建てられた、一番初めに鳩間に来てから作られたか分からんど。鳩間にいらっしゃって。だから、国元(くにむとう)守(まぶ)る主(しゅ)。守(まぶ)る主(しゅ)としたら、守っている神様。鳩間を。国でしょ鳩間も。国の元、守(まぶ)る主(しゅ)と。偉いど。「宮古に向かしてが、墓は作れ。」と。あれは、全部、婆さんなんかはどんなどんななっているとは分からん。話は聞いたことないど。あんな話があるからが、これが覚えているわけさ。今歌聞いたらね、書いているのがあるさね。雨乞い。国元(くぬむとぅ)ぬ守(まぶ)る主(しゅ)、偉いどう。 ①カズコ‥‥前泊御嶽のこと。②サカサ‥‥司のこと。沖縄本島地方のノロや根神にあたる神女の宮古・八重山での一般的呼称。個々の御嶽の司祭者。③二月願い‥‥友利御嶽にておこなう虫祓い。④世願い‥‥オーセと称する聖域で祈願をし、各御嶽と彌勒家をサカサ、ティヂリビーが祈願をして廻る。⑤豊年祭‥‥旧暦の六月におこなわれる収穫祭。鳩間島島で一番盛大な行事。様々な予祝芸能がある。⑥芋祭り‥‥旧暦九月九日にイモの豊穣を祈願する祭りである。各家ではお酒に菊の葉を浮かべて飲む。⑦十月願い‥‥旧暦十月に友利御嶽でおこなう。⑧結び願い‥‥旧暦十二月に友利御嶽で、一年間の感謝、お礼をする。
全体の記録時間数 11:42
物語の時間数 11:38
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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