仲筋井戸(共通語)

概要

この仲筋井戸を作った神様は、源氏と平氏の戦いの屋島の戦いに負け戦をして、沖永良部まで来て、それから船にも乗れないから馬に乗ったまま、八重山に漂流して来て、竹富の子(に)の方(ふぁ)の方向の北崎に上陸したという話ですよね。そして、竹富に根拠を置いたところが、惜しいことに一番肝心なものは水が無いから、それで、こっちのこの道を通って行った一〇メートルぐらい上にですね、ちょっとこれくらいの井戸があるんですよ。そこで、水をやっぱ飲まんといけんと一生懸命岩を掘るんだけども、あの時は、こっちには、鍛冶屋もないし、鉄もないから、石でやっぱ石器でへらみたいなものを作ってですね、そこの珊瑚礁の硬い石をですね、水を上げるために掘ったというんだけれど、そこはもう水が順調に出ないから、そこからまたちょっと南側に行って、今の学校の裏門通りを真っすぐ海岸に行ったコンドイに行くところに、道の真ん中にスバラーという岩があるんですよね、それでもう岩が見つかったから、「こっちで寝泊まりしよう。」と言って、向こうに寝泊まりしたんだけれど、やっぱり水が無くて、もう死にそうになったんだから、仕方がなくて、自分がせっかく乗って来た愛馬をつぶして、血を飲んで生きて、それから、また、「水の出所を発見しよう。」と言って、南に行って、今のコンドイでですね、向こうでまた井戸を掘ったところが、向こうで掘ったのは塩水らしいですよ。塩水では飲めないから、それからまたもう一つ南に進んで行って、そして、カイジというところで、もういっぺん井戸を掘ったところが、向こうもやっぱり塩水でもう飲めないということになったんだから、それで、また移って来て、向こうの一番南っ側の方にね、武佐志(ぶさし)というところに岩があったから、その下で生活をするんです。 そこでは、まあ、あの頃は魚が豊富に取れるから、魚を取って食べたり、また、あそこには非常にいい貝ですね、シャコ貝とかああいうのいっぱいおったっていうんですから、それを取って食べたそうです。この武佐志には、今お宮があるんですよ。あのお宮の下のあたりで暮らしていたら、どっちからか来たとわからないけれど、山犬が来てね、自分が捨てた残飯をどんどん食べているから、「これは珍しい犬が来ているなあ。」と思っていたら、後はもう馴れてですね、それだからその犬をこれはもう神様じゃないかなと思うぐらいにして、非常にかわいがって育てたら、一緒にもう着いて来て一緒に歩くようになっていたそうだ。だけど、「この島は、いくら探しても水のない島だ。」と思っていたら、ある日、犬がね、尻尾を濡らして来て、しきりに鳴きながらその尻尾を振るもんだから、「なんだか水を発見して知らせじゃないか。」と言って、この犬を撫でてね、その犬の尻尾を絞ってなめて見たら、それが水だってことがはっきり分かって、その夜中に外に出て行く犬の後をどんどん追って行ったらね、犬は、ちょうど今の仲筋井戸の所に来てですよね、蟹の穴に尻尾を突っ込んで濡らしているから、その蟹の穴には、ちゃんと水が溜まっとるのを発見して、で、「ようし、もう水発見した。こっちはすぐ井戸がある。この犬のお蔭で水を戴けてこの島におれる。この犬は大恩人だ。」ってことで、そのときにこの井戸は、この神様が全部この犬がこんな座ってる形に石でよ作ったって。
 そして初めてあの人が、この島で家を作ったところが、ちょうど島の中心になるらしいですね。それであの人の家の屋号は、島の本(もと)と言って島本と言って名付けられたという話もあります。またちょっと真ん中に来るから、島仲と言って名付けたという伝説もあるんですよ。それで、この神様が祀られた御嶽(おたけ)というのが仲筋御嶽(さーじおたけ)という御嶽ですよね。
・仲筋井戸‥‥竹富島の仲筋部落の酋長、新志花重成殿の犬が見つけた井戸。犬に感謝するという意味で、
犬の形に作った。正月元旦の若水、初水、出産祝いの命名水など、おめでたいことがあった時には、必ずこ
の井戸の水を使用するようになった。・屋島の戦い‥‥一一八五年、香川県屋島で行われた源平の合戦。平
家は源氏に破れ、敗走した。・沖永良部‥‥鹿児島から南南西へ五二三キロ、名護市から南西へ一五六キロ
の洋上に位置する島。・北崎‥‥北の崎という意味。・仲筋御嶽‥‥竹富小中学校の西側に位置する。沖縄
本島より渡来したといわれる新志花重成が祀られている。

再生時間:7:58

民話詳細DATA

レコード番号 47O200419
CD番号 47O20C025
決定題名 仲筋井戸(共通語)
話者がつけた題名
話者名 大山貞雄
話者名かな おおやまさだお
生年月日 19041107
性別
出身地 沖縄県八重山郡竹富町字竹富
記録日 19961110
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 竹富町字竹富T125B3
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 沖国大国文学科平成8度卒業論文 竹富島の民話 P14
キーワード 源氏,平家,屋島,犬
梗概(こうがい) この仲筋井戸を作った神様は、源氏と平氏の戦いの屋島の戦いに負け戦をして、沖永良部まで来て、それから船にも乗れないから馬に乗ったまま、八重山に漂流して来て、竹富の子(に)の方(ふぁ)の方向の北崎に上陸したという話ですよね。そして、竹富に根拠を置いたところが、惜しいことに一番肝心なものは水が無いから、それで、こっちのこの道を通って行った一〇メートルぐらい上にですね、ちょっとこれくらいの井戸があるんですよ。そこで、水をやっぱ飲まんといけんと一生懸命岩を掘るんだけども、あの時は、こっちには、鍛冶屋もないし、鉄もないから、石でやっぱ石器でへらみたいなものを作ってですね、そこの珊瑚礁の硬い石をですね、水を上げるために掘ったというんだけれど、そこはもう水が順調に出ないから、そこからまたちょっと南側に行って、今の学校の裏門通りを真っすぐ海岸に行ったコンドイに行くところに、道の真ん中にスバラーという岩があるんですよね、それでもう岩が見つかったから、「こっちで寝泊まりしよう。」と言って、向こうに寝泊まりしたんだけれど、やっぱり水が無くて、もう死にそうになったんだから、仕方がなくて、自分がせっかく乗って来た愛馬をつぶして、血を飲んで生きて、それから、また、「水の出所を発見しよう。」と言って、南に行って、今のコンドイでですね、向こうでまた井戸を掘ったところが、向こうで掘ったのは塩水らしいですよ。塩水では飲めないから、それからまたもう一つ南に進んで行って、そして、カイジというところで、もういっぺん井戸を掘ったところが、向こうもやっぱり塩水でもう飲めないということになったんだから、それで、また移って来て、向こうの一番南っ側の方にね、武佐志(ぶさし)というところに岩があったから、その下で生活をするんです。 そこでは、まあ、あの頃は魚が豊富に取れるから、魚を取って食べたり、また、あそこには非常にいい貝ですね、シャコ貝とかああいうのいっぱいおったっていうんですから、それを取って食べたそうです。この武佐志には、今お宮があるんですよ。あのお宮の下のあたりで暮らしていたら、どっちからか来たとわからないけれど、山犬が来てね、自分が捨てた残飯をどんどん食べているから、「これは珍しい犬が来ているなあ。」と思っていたら、後はもう馴れてですね、それだからその犬をこれはもう神様じゃないかなと思うぐらいにして、非常にかわいがって育てたら、一緒にもう着いて来て一緒に歩くようになっていたそうだ。だけど、「この島は、いくら探しても水のない島だ。」と思っていたら、ある日、犬がね、尻尾を濡らして来て、しきりに鳴きながらその尻尾を振るもんだから、「なんだか水を発見して知らせじゃないか。」と言って、この犬を撫でてね、その犬の尻尾を絞ってなめて見たら、それが水だってことがはっきり分かって、その夜中に外に出て行く犬の後をどんどん追って行ったらね、犬は、ちょうど今の仲筋井戸の所に来てですよね、蟹の穴に尻尾を突っ込んで濡らしているから、その蟹の穴には、ちゃんと水が溜まっとるのを発見して、で、「ようし、もう水発見した。こっちはすぐ井戸がある。この犬のお蔭で水を戴けてこの島におれる。この犬は大恩人だ。」ってことで、そのときにこの井戸は、この神様が全部この犬がこんな座ってる形に石でよ作ったって。  そして初めてあの人が、この島で家を作ったところが、ちょうど島の中心になるらしいですね。それであの人の家の屋号は、島の本(もと)と言って島本と言って名付けられたという話もあります。またちょっと真ん中に来るから、島仲と言って名付けたという伝説もあるんですよ。それで、この神様が祀られた御嶽(おたけ)というのが仲筋御嶽(さーじおたけ)という御嶽ですよね。 ・仲筋井戸‥‥竹富島の仲筋部落の酋長、新志花重成殿の犬が見つけた井戸。犬に感謝するという意味で、 犬の形に作った。正月元旦の若水、初水、出産祝いの命名水など、おめでたいことがあった時には、必ずこ の井戸の水を使用するようになった。・屋島の戦い‥‥一一八五年、香川県屋島で行われた源平の合戦。平 家は源氏に破れ、敗走した。・沖永良部‥‥鹿児島から南南西へ五二三キロ、名護市から南西へ一五六キロ の洋上に位置する島。・北崎‥‥北の崎という意味。・仲筋御嶽‥‥竹富小中学校の西側に位置する。沖縄 本島より渡来したといわれる新志花重成が祀られている。
全体の記録時間数 8:00
物語の時間数 7:58
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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