昔、この島に、シドゥブジという兄と、アパレジという妹がいて、この兄と妹が、海の中を浮いて来る木を見て、「こっちの木でも浮くようになって、その木に乗ったら海を渡れるじゃないかな。」ということで、あれら二人が枯れ木を倒して、その木に人が乗れるように穴を掘って、とりあえず始めてこのアーパー石のなんとそれも錨を持ってきて取り付けて、そして、ひじょうにこう眺めておったところが、ようやくそれはもう浮いて、二人まで乗っても沈まないから、「これは本当に、人間が乗って行けるんだな。」言うと、二人が相談して、そして、その頃は、細引とかロップとかのような綱はなかった時代だから、草の蔓のあれを持ってきて、錨に取り付けてアーパー石にちゃんとそれも取り付けておいてあったら、それが二月には、二月風回りといってね。恐ろしいほんとに台風みたいな突風が来るんですよ。その二月風回りの突風でアーパー石に結んだこの蔓がとうとう切れたから、せっかく木で作ったものが、今度は流されて行ってもうなくなったらしいですよね。「だあ、これはもう残念だな。せっかくそこまで来たんだけど、それがなくなったのは、これは残念なことだ。」と言っていたら、ちょうど三年後にですね、この二人が作った木の乗物が黒島の海岸に流れてきているらしいですよ。そしたら、そこに東から黒島の運道家という家の親父が投げ網をするから、投げ網をやろうとして来て、また西からは、島仲家と親父が、やっぱり投げ網をしていたから、そこに来て、二人がね、ずっと遠い所を見たら、「これは珍しいね。岩と思えば岩でもない。また波が来ると上に上がったり、下がったり、上に上がったり下がったりするけど。どっちからこういうものがこっちに来るかな。」と言って、もう二人ともちょうどそれを見つけたから、二人ともで手伝って、それを寄せて、「これは、流れて来ておるが、人が乗っても大丈夫沈まんようになっているんじゃないかな。」って言って、二人で始めて、その上に乗って、みたところがもう二人ともちゃんと軽く持っとるから、「これはもう海の上で人が乗っても沈まんな。しかし、これはどうしたら進めることができるかな。」とこれに乗って航海を始めるかというとですね。それで、二人がひじょうにあっちこっち見ておったら、ちょうど黄色っぽい鰻がね、身体を振ってヒユゥーゥゥゥと行くのがもうちょうど見えたから、「ようし、今度は、今の鰻みたいになる、櫓を作ろう。」と言って、その人達が櫓と櫂と作って、黒島から、その人も乗って竹富に来たのがちょうど、それから三年後らしいですよね。
それだから、舟と航海の始まりは、このやっぱり向こうのアーパー石のところだから、そこに一つは鳥居は東に向けてやってるのがこれ本尊の神様で、親鷲(うやまし)嘉例吉(かりゆし)というこの舟の名の御願があるんですよね。下に鳥居作っているのは、船の運航の嘉例吉(かりゆし)舟魂(ふなだま)と言って、航海の始まりのお宮ですよ。そこには、このお宮二つ作ってあって、昔の軍国時代には、二十歳になると、徴兵検査があって、その検査で合格して召集令で行く場合には、向こうに行って必ず清めて、そして、無事に満期を済んで帰りなさいよということで、こっちの司がですね、その青年の首に、守り本尊の魂をお守りつけて、「これは帰るまで絶対どっちにも落とすなよ。」ということを言うてました。兵隊から無事に三年間満期を過んて帰って来ると、このお守りをこの二つのお宮に持ってきて、あの神様にありがとうとして礼状あげて、これを返してましたよ。このお宮は、今でも、漁民は全部来て、向こうで拝むんです。今でも。漁民の人はもう。それから、私らも内地に行く場合ですね、向こうで、神様に、「みんな健康で、海上とも空路とも、陸上とも、無事に帰してください。」と念願をしてから行くんですよ。シドゥブジという兄とアパレジという妹が住んでるところは、仲筋部落の南にですね、島仲御嶽(おたけ)という御嶽(おたけ)があるんですよ。向こうが二人の兄と妹のお宮だっていわれているんです。
・アーパー石‥‥アーパーとは、おばあちゃんを格下げした言い方。竹富島の北、美崎御嶽を越えた海にぽつんと立つ。干潮時になると人が座り込んだようなはっきりとした形で現れる石。・黒島‥‥竹富町の一字。竹富島の南西約一一キロ。八重山諸島のほぼ中央に位置する。シドゥブジ、アパレジの舟が漂着した場所は阿名泊(あなどまり)といい、そこに航海の神として阿名泊御嶽を建設し黒島の人々によって信仰されている。黒島では阿名泊御嶽由来として語られる。・親鷲(うやまし)嘉例吉(かりゆし)‥‥親鷲(うやまし)とは船の名。嘉例吉(かりゆし)とは、めでたいという意味。シドゥブジの作った舟はアパレジによって「島ムイ フンムイ 五句七句 カリユシ舟」と名付けられた。シドゥブジは縁起のよい名前だといって大変喜んだ。・御願‥‥村人が祈願する場所。・シドゥブジ‥‥仲筋部落の島仲屋に生まれた二人兄妹の兄。・アパレジ‥‥仲筋部落の島仲屋に生まれた二人兄弟の妹。・島仲御嶽(しまなかおたけ)‥‥シドゥブジが船材を取ったという島の中央にあるシマフ(地名)の森に島布御嶽(しまふおん)が建てられ、旧暦九月九日に願い事を行う。島仲御嶽とはこの島布御嶽(しまふおん)のことを、話者が兄妹の姓をあてていっていると思われる。
| レコード番号 | 47O200410 |
|---|---|
| CD番号 | 47O20C025 |
| 決定題名 | 竹富の舟と艪の始まり(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 大山貞雄 |
| 話者名かな | おおやまさだお |
| 生年月日 | 19041107 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県八重山郡竹富町字竹富 |
| 記録日 | 19961110 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 竹富町字竹富T125A2 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 兄と妹, |
| 梗概(こうがい) | 昔、この島に、シドゥブジという兄と、アパレジという妹がいて、この兄と妹が、海の中を浮いて来る木を見て、「こっちの木でも浮くようになって、その木に乗ったら海を渡れるじゃないかな。」ということで、あれら二人が枯れ木を倒して、その木に人が乗れるように穴を掘って、とりあえず始めてこのアーパー石のなんとそれも錨を持ってきて取り付けて、そして、ひじょうにこう眺めておったところが、ようやくそれはもう浮いて、二人まで乗っても沈まないから、「これは本当に、人間が乗って行けるんだな。」言うと、二人が相談して、そして、その頃は、細引とかロップとかのような綱はなかった時代だから、草の蔓のあれを持ってきて、錨に取り付けてアーパー石にちゃんとそれも取り付けておいてあったら、それが二月には、二月風回りといってね。恐ろしいほんとに台風みたいな突風が来るんですよ。その二月風回りの突風でアーパー石に結んだこの蔓がとうとう切れたから、せっかく木で作ったものが、今度は流されて行ってもうなくなったらしいですよね。「だあ、これはもう残念だな。せっかくそこまで来たんだけど、それがなくなったのは、これは残念なことだ。」と言っていたら、ちょうど三年後にですね、この二人が作った木の乗物が黒島の海岸に流れてきているらしいですよ。そしたら、そこに東から黒島の運道家という家の親父が投げ網をするから、投げ網をやろうとして来て、また西からは、島仲家と親父が、やっぱり投げ網をしていたから、そこに来て、二人がね、ずっと遠い所を見たら、「これは珍しいね。岩と思えば岩でもない。また波が来ると上に上がったり、下がったり、上に上がったり下がったりするけど。どっちからこういうものがこっちに来るかな。」と言って、もう二人ともちょうどそれを見つけたから、二人ともで手伝って、それを寄せて、「これは、流れて来ておるが、人が乗っても大丈夫沈まんようになっているんじゃないかな。」って言って、二人で始めて、その上に乗って、みたところがもう二人ともちゃんと軽く持っとるから、「これはもう海の上で人が乗っても沈まんな。しかし、これはどうしたら進めることができるかな。」とこれに乗って航海を始めるかというとですね。それで、二人がひじょうにあっちこっち見ておったら、ちょうど黄色っぽい鰻がね、身体を振ってヒユゥーゥゥゥと行くのがもうちょうど見えたから、「ようし、今度は、今の鰻みたいになる、櫓を作ろう。」と言って、その人達が櫓と櫂と作って、黒島から、その人も乗って竹富に来たのがちょうど、それから三年後らしいですよね。 それだから、舟と航海の始まりは、このやっぱり向こうのアーパー石のところだから、そこに一つは鳥居は東に向けてやってるのがこれ本尊の神様で、親鷲(うやまし)嘉例吉(かりゆし)というこの舟の名の御願があるんですよね。下に鳥居作っているのは、船の運航の嘉例吉(かりゆし)舟魂(ふなだま)と言って、航海の始まりのお宮ですよ。そこには、このお宮二つ作ってあって、昔の軍国時代には、二十歳になると、徴兵検査があって、その検査で合格して召集令で行く場合には、向こうに行って必ず清めて、そして、無事に満期を済んで帰りなさいよということで、こっちの司がですね、その青年の首に、守り本尊の魂をお守りつけて、「これは帰るまで絶対どっちにも落とすなよ。」ということを言うてました。兵隊から無事に三年間満期を過んて帰って来ると、このお守りをこの二つのお宮に持ってきて、あの神様にありがとうとして礼状あげて、これを返してましたよ。このお宮は、今でも、漁民は全部来て、向こうで拝むんです。今でも。漁民の人はもう。それから、私らも内地に行く場合ですね、向こうで、神様に、「みんな健康で、海上とも空路とも、陸上とも、無事に帰してください。」と念願をしてから行くんですよ。シドゥブジという兄とアパレジという妹が住んでるところは、仲筋部落の南にですね、島仲御嶽(おたけ)という御嶽(おたけ)があるんですよ。向こうが二人の兄と妹のお宮だっていわれているんです。 ・アーパー石‥‥アーパーとは、おばあちゃんを格下げした言い方。竹富島の北、美崎御嶽を越えた海にぽつんと立つ。干潮時になると人が座り込んだようなはっきりとした形で現れる石。・黒島‥‥竹富町の一字。竹富島の南西約一一キロ。八重山諸島のほぼ中央に位置する。シドゥブジ、アパレジの舟が漂着した場所は阿名泊(あなどまり)といい、そこに航海の神として阿名泊御嶽を建設し黒島の人々によって信仰されている。黒島では阿名泊御嶽由来として語られる。・親鷲(うやまし)嘉例吉(かりゆし)‥‥親鷲(うやまし)とは船の名。嘉例吉(かりゆし)とは、めでたいという意味。シドゥブジの作った舟はアパレジによって「島ムイ フンムイ 五句七句 カリユシ舟」と名付けられた。シドゥブジは縁起のよい名前だといって大変喜んだ。・御願‥‥村人が祈願する場所。・シドゥブジ‥‥仲筋部落の島仲屋に生まれた二人兄妹の兄。・アパレジ‥‥仲筋部落の島仲屋に生まれた二人兄弟の妹。・島仲御嶽(しまなかおたけ)‥‥シドゥブジが船材を取ったという島の中央にあるシマフ(地名)の森に島布御嶽(しまふおん)が建てられ、旧暦九月九日に願い事を行う。島仲御嶽とはこの島布御嶽(しまふおん)のことを、話者が兄妹の姓をあてていっていると思われる。 |
| 全体の記録時間数 | 12:23 |
| 物語の時間数 | 12:19 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |