安里屋クヤマは、あの頃の竹富では、一番の美人ですよね。昔は、やっぱり今の政府になる首里城の使いが八重山に来るってゆって、で、八重山からは各離島に出張を命じたっていうんですよ。そいで、その時にこの島に派遣を命じられた役人が目差(ミサシ)という階級で、それから、シマブサ、ムラブサっていっていろんな階級があったんです。その目差主が竹富にこられた際に、部落の全部でよ、「この目差主を喜ばせてあげる。」と言って、賄いって言うんですがね、目差主には、安里屋クヤマがですよ、賄になって料理を持って出るように言われたわけですよ。こっちでは、十五夜祭のときにも、この賄い役が今でもありますよ。だけど、このクヤマが言うにはね、「島のぶとぅむちばどぅあとぅぬためなるとぅそよ。」てさ。「将来を考えたらこの島の夫を持たなければ、この島の発展ていうことはないから、あんたがた、目差主が偉い人であっても、自分は絶対あなたとは結婚しない。」と目差主に言って、目差主が言い寄ると追い返して、頑張ったんです。
この安里クヤマは、とにかくこっちらで、まあ充分役人を引き止めて、その人の功績も名誉も残されたんだから今、安里屋っていう家にはちゃんと祀られてあるんですよね。それだから、だいたい観光客の水牛車に乗るとね、ちゃんとこの前を通って行って、「竹富の有名の安里屋ユンタの家はこっちですよ。」と言うているんです。この安里屋の家は、こっちから歩いても三分ぐらいの公民館からずっと西側に三番か二番目の道のちょっと過ぎたところにありますよ。
・シマブサ・ムラブサ‥‥村・部落の役職の内の一つ。・十五夜祭‥‥竹富島の十五夜の行事は、西塘が首里三ヵ村、赤田、崎山、鳥堀の行事を伝えたものと言われている。十五夜は男の子の祝日とされ、各戸では赤豆餅(餅にあずきをつけたもの)を作り、庭に臼を出してこれに餅やその他の供え物をして、月に今年の豊作と家中の者の健康を祈願する。古老の伝えでは、十五夜の月の晴れ、曇りによって麦作の豊凶を占ったと言う。即ち月が昇天して地上に現れる時、雲がかからず照り輝いた時は豊作、雲がかかった時は凶作、一時曇った後輝けば麦の後蒔きは豊作とされた。
| レコード番号 | 47O200390 |
|---|---|
| CD番号 | 47O20C023 |
| 決定題名 | 安里クヤマ(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 大山貞雄 |
| 話者名かな | おおやまさだお |
| 生年月日 | 19041107 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県八重山郡竹富町字竹富 |
| 記録日 | 19950910 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 竹富町字竹富T31A02 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 沖国大国文学科平成8度卒業論文 竹富島の民話 p65 |
| キーワード | 美人,目差主 |
| 梗概(こうがい) | 安里屋クヤマは、あの頃の竹富では、一番の美人ですよね。昔は、やっぱり今の政府になる首里城の使いが八重山に来るってゆって、で、八重山からは各離島に出張を命じたっていうんですよ。そいで、その時にこの島に派遣を命じられた役人が目差(ミサシ)という階級で、それから、シマブサ、ムラブサっていっていろんな階級があったんです。その目差主が竹富にこられた際に、部落の全部でよ、「この目差主を喜ばせてあげる。」と言って、賄いって言うんですがね、目差主には、安里屋クヤマがですよ、賄になって料理を持って出るように言われたわけですよ。こっちでは、十五夜祭のときにも、この賄い役が今でもありますよ。だけど、このクヤマが言うにはね、「島のぶとぅむちばどぅあとぅぬためなるとぅそよ。」てさ。「将来を考えたらこの島の夫を持たなければ、この島の発展ていうことはないから、あんたがた、目差主が偉い人であっても、自分は絶対あなたとは結婚しない。」と目差主に言って、目差主が言い寄ると追い返して、頑張ったんです。 この安里クヤマは、とにかくこっちらで、まあ充分役人を引き止めて、その人の功績も名誉も残されたんだから今、安里屋っていう家にはちゃんと祀られてあるんですよね。それだから、だいたい観光客の水牛車に乗るとね、ちゃんとこの前を通って行って、「竹富の有名の安里屋ユンタの家はこっちですよ。」と言うているんです。この安里屋の家は、こっちから歩いても三分ぐらいの公民館からずっと西側に三番か二番目の道のちょっと過ぎたところにありますよ。 ・シマブサ・ムラブサ‥‥村・部落の役職の内の一つ。・十五夜祭‥‥竹富島の十五夜の行事は、西塘が首里三ヵ村、赤田、崎山、鳥堀の行事を伝えたものと言われている。十五夜は男の子の祝日とされ、各戸では赤豆餅(餅にあずきをつけたもの)を作り、庭に臼を出してこれに餅やその他の供え物をして、月に今年の豊作と家中の者の健康を祈願する。古老の伝えでは、十五夜の月の晴れ、曇りによって麦作の豊凶を占ったと言う。即ち月が昇天して地上に現れる時、雲がかからず照り輝いた時は豊作、雲がかかった時は凶作、一時曇った後輝けば麦の後蒔きは豊作とされた。 |
| 全体の記録時間数 | 5:23 |
| 物語の時間数 | 5:20 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |