僕らの東の旗頭もですね、本当に僕のちっちゃい時も、ずうっと家のお父さん、お母さん時代も家にあったんですよ。で、僕らはまた二十年余り、また島を離れて歩いて、帰って来たら、また、「よその家にあるのを僕の家に移しなさい。」というわけで、僕のところに今度来てからは、二十年余りにしかならないんです。そういうわけで、旗頭は、やっぱりこの自分の部落のシンボルだから大事に保存するようにというわけで、そこで、責任感もあるし、大事にもうやる家を見て、「この人だったら大丈夫だ。」と、預けたりしていたわけですよ。だから、この神司だとか。今おっしゃるこのいろんなのは、世襲と言いますかもうずうっとその家に関係して継いで行きますけれども、旗頭を預かる家はそんなのないですね。
だから、この今の弥勒奉安殿(みるくほうあんでん)なんていうのは島のこれは農民の神といって、これを中心に種取り祭もやっていますけれども、あれなど大山家というところに、ずうっとこれ世襲で保管してあったんですよ。ところが、向こうの大山家もどんどん高齢化になって、いつまでも、子供たちも旅に行っているから、だから、「奉安殿を作って移そうじゃないか。」というわけで、奉安殿を作って移してあるんですよ。そのように弥勒(ミルク)なんとか、あるいは神司というのもこれは世襲ということで、やっぱり
彼たちでないといけないということもありますけれども、旗頭の場合は、東でも今転々として預かって、まあ一番長く預かっているのは、僕のところだと思っています。西部落でも今は海勢頭にありますけど、前はまたよその家にあって転々としていますね。
| レコード番号 | 47O200309 |
|---|---|
| CD番号 | 47O20C018 |
| 決定題名 | 東の旗頭(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 高那石吉 |
| 話者名かな | たかないしきち |
| 生年月日 | 19080714 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県八重山郡竹富町字竹富 |
| 記録日 | 19950910 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 竹富町字竹富T25B3 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 民俗 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 沖国大国文学科平成8度卒業論文 竹富島の民話 p28 |
| キーワード | 弥勒奉安殿 |
| 梗概(こうがい) | 僕らの東の旗頭もですね、本当に僕のちっちゃい時も、ずうっと家のお父さん、お母さん時代も家にあったんですよ。で、僕らはまた二十年余り、また島を離れて歩いて、帰って来たら、また、「よその家にあるのを僕の家に移しなさい。」というわけで、僕のところに今度来てからは、二十年余りにしかならないんです。そういうわけで、旗頭は、やっぱりこの自分の部落のシンボルだから大事に保存するようにというわけで、そこで、責任感もあるし、大事にもうやる家を見て、「この人だったら大丈夫だ。」と、預けたりしていたわけですよ。だから、この神司だとか。今おっしゃるこのいろんなのは、世襲と言いますかもうずうっとその家に関係して継いで行きますけれども、旗頭を預かる家はそんなのないですね。 だから、この今の弥勒奉安殿(みるくほうあんでん)なんていうのは島のこれは農民の神といって、これを中心に種取り祭もやっていますけれども、あれなど大山家というところに、ずうっとこれ世襲で保管してあったんですよ。ところが、向こうの大山家もどんどん高齢化になって、いつまでも、子供たちも旅に行っているから、だから、「奉安殿を作って移そうじゃないか。」というわけで、奉安殿を作って移してあるんですよ。そのように弥勒(ミルク)なんとか、あるいは神司というのもこれは世襲ということで、やっぱり 彼たちでないといけないということもありますけれども、旗頭の場合は、東でも今転々として預かって、まあ一番長く預かっているのは、僕のところだと思っています。西部落でも今は海勢頭にありますけど、前はまたよその家にあって転々としていますね。 |
| 全体の記録時間数 | 5:09 |
| 物語の時間数 | 3:57 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ○ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |