あんたなんかそんな話はまだ聞いていないんですか。築登之(ちくどぅん)というのが、沖縄では、位ですよ。〔築登之(ちくどぅん)親雲上(べぇちん)というのが、上の私のお祖父さん。あの人なんかはね、大山家から、お母さんが嫁に行ったけど、結局はほら、あんたなんかぐんぼって分かる。妾さんのこと。そういう人の子供で、ずうっとこの人なんかの夫の祖父(じい)ちゃん達と、うちのほんとこのうった関係なのでね、直接はあまり、ずっと家の人達よ。あれなんですよね。だからあっちの本家と、大きなお家がね、あって、あっちの祖父(じい)ちゃん達も亡くなって、私らの父が向こうの出だから、うちの父も亡くなって、今あっち、空き部屋で、私のすぐ婆(ばあ)ちゃんが、築登之(ちくどぅん)の奥さんだったんですね。築登之は、こちらで役職をもらってるんですよね。役職は沖縄から、こう役人がいらして、これを命令するんじゃない。そういうことで、とてもこの大山門中は、このやっぱし昔の人はほらね。こう偉いと女が沢山いるでしょ。そういうので随分、従兄、はとこが多い旧家なんですよ。石垣では、宮良殿内(めぇらどぅんち)ていらした。宮良殿内(めぇらどぅんち)はあっちの殿様のですよね。宮良殿内(めぇらどぅんち)の六代目の子孫がこっちの大山家にいらして、大山家を建てたらしいです。あんな人が竹富にいらして、また黒島にいらしてもいる。いろいろと向こうにも分家あるらしいですよね。だけど、宮良殿内(みやらどぅんち)から出たけど、こっちもやっぱし、宮良は名乗らんですね。やっぱし大山って名乗ってるんですよね。だからその妾さんの子というんですか。あんなってやっぱし、名前を新たにもらったんじゃないでしょうかね。だけど、ずっと昔の人から大山って言ってるんです。大山親雲上(べぇちん)、大山築登之(ちくどぅん)とか言われてるから、もうずっと祖父(じい)ちゃん達から、大山って言われてるんですよね。こちらの宮良殿内(めぇらどぅんち)の人がこちらに渡って来て、私の父の母は八代目。今現在の大山を継いでいるのは十代目です。
・築登之(ちくどぅん)‥‥首里王府の位階名および称号。冠は赤。・親雲上(べぇちん)‥‥・首里王府の位階名および称号。先島では頭や地頭代が親雲上(べぇちん)と称していた。・宮良殿内(みやらどぅんち)‥‥石垣市大川にある王府時代の建造物。国指定文化財。・大川‥‥石垣市の字。商業経済活動の中心をなす。・黒島‥‥石垣島南西約一九キロ。八重山諸島のほぼ中央に位置する。人口約二百人。島の一面に牧場が広がり、牛の島として名をとどろかす。
| レコード番号 | 47O200244 |
|---|---|
| CD番号 | 47O20C014 |
| 決定題名 | 竹富の大山門中(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 細原千代 |
| 話者名かな | くまばらちよ |
| 生年月日 | 19200124 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県八重山郡竹富町字竹富 |
| 記録日 | 19950322 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 竹富町字竹富T3A01 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 民俗 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 沖国大国文学科平成8度卒業論文 竹富島の民話 p30 |
| キーワード | 築登之,親雲上,宮良殿内 |
| 梗概(こうがい) | あんたなんかそんな話はまだ聞いていないんですか。築登之(ちくどぅん)というのが、沖縄では、位ですよ。〔築登之(ちくどぅん)親雲上(べぇちん)というのが、上の私のお祖父さん。あの人なんかはね、大山家から、お母さんが嫁に行ったけど、結局はほら、あんたなんかぐんぼって分かる。妾さんのこと。そういう人の子供で、ずうっとこの人なんかの夫の祖父(じい)ちゃん達と、うちのほんとこのうった関係なのでね、直接はあまり、ずっと家の人達よ。あれなんですよね。だからあっちの本家と、大きなお家がね、あって、あっちの祖父(じい)ちゃん達も亡くなって、私らの父が向こうの出だから、うちの父も亡くなって、今あっち、空き部屋で、私のすぐ婆(ばあ)ちゃんが、築登之(ちくどぅん)の奥さんだったんですね。築登之は、こちらで役職をもらってるんですよね。役職は沖縄から、こう役人がいらして、これを命令するんじゃない。そういうことで、とてもこの大山門中は、このやっぱし昔の人はほらね。こう偉いと女が沢山いるでしょ。そういうので随分、従兄、はとこが多い旧家なんですよ。石垣では、宮良殿内(めぇらどぅんち)ていらした。宮良殿内(めぇらどぅんち)はあっちの殿様のですよね。宮良殿内(めぇらどぅんち)の六代目の子孫がこっちの大山家にいらして、大山家を建てたらしいです。あんな人が竹富にいらして、また黒島にいらしてもいる。いろいろと向こうにも分家あるらしいですよね。だけど、宮良殿内(みやらどぅんち)から出たけど、こっちもやっぱし、宮良は名乗らんですね。やっぱし大山って名乗ってるんですよね。だからその妾さんの子というんですか。あんなってやっぱし、名前を新たにもらったんじゃないでしょうかね。だけど、ずっと昔の人から大山って言ってるんです。大山親雲上(べぇちん)、大山築登之(ちくどぅん)とか言われてるから、もうずっと祖父(じい)ちゃん達から、大山って言われてるんですよね。こちらの宮良殿内(めぇらどぅんち)の人がこちらに渡って来て、私の父の母は八代目。今現在の大山を継いでいるのは十代目です。 ・築登之(ちくどぅん)‥‥首里王府の位階名および称号。冠は赤。・親雲上(べぇちん)‥‥・首里王府の位階名および称号。先島では頭や地頭代が親雲上(べぇちん)と称していた。・宮良殿内(みやらどぅんち)‥‥石垣市大川にある王府時代の建造物。国指定文化財。・大川‥‥石垣市の字。商業経済活動の中心をなす。・黒島‥‥石垣島南西約一九キロ。八重山諸島のほぼ中央に位置する。人口約二百人。島の一面に牧場が広がり、牛の島として名をとどろかす。 |
| 全体の記録時間数 | 6:54 |
| 物語の時間数 | 4:55 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ○ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |