竹富島の島建(方言)

概要

 ええ、申しあげます。天の大明加那志という神様がおいでになって、「さあ、行って島を造って来い。村を建てて来い。」と於茂登神という神様と清明という神様との二柱を天から降ろしてお遣わしになったそうだ。そうしたところ石垣島の於茂登岳を造り、竹富の清明の神は小さな小さな竹富元の島というのを造って、竹富島は生まれたそうだ。そうしているうちに、天の神様は、「山は造って来たか。島も造ったか。」と於茂登の神と清明の神を呼んだので、「はい、私たちは造りました。」「島はどこだ。」と覗いてみると、小さな小さな鍋の蓋に似た竹富島が生まれ、造られていたそうだ。また、於茂登の神は八重山一の山を造ってその山の上に於茂登の神はおいでになったそうだ。それぞれの島と山を造り終えた後、於茂登の神様から、「おい、清明よ。お前は島を造ろうとしていたが、どうしてこんな鍋の蓋に似た小さな島を造ったのか。造るなら大きな島を造らなくちゃだめだ。」と言われたので、この清明の神は、「そんなことは俺の力には及ばない。初めてなので小さな小さな島を造ったんだ。お前と俺といっしょに力を合わせて造るなら大きな島ができるだろう。」と言ったので、「では、造ろう。」とそれから石垣島もできたそうだ。だから最初には竹富の島が造られ、その次にできたのが石垣島だと言われていて、島の始まりは竹富島、山の高さは於茂登岳と歌にも話にも残っているんだよ。それで、島の元の御嶽として、学校の側の島の真中に於茂登の香炉と清明の香炉と二つの香炉が兄弟神として並んでいるよ。この御嶽は、願いごとの始まりなので、村の結願祭、雨乞いの行事、豊作の祈願も島をお造りになったこの清明の神の前で行なわれるのですよ。

再生時間:3:55

民話詳細DATA

レコード番号 47O200159
CD番号 47O20C010
決定題名 竹富島の島建(方言)
話者がつけた題名
話者名 上勢頭享
話者名かな うえせどとおる
生年月日 19101025
性別
出身地 沖縄県八重山郡竹富町字竹富
記録日 19750807
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 竹富町字竹富T40B2
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく) もうしあげます
伝承事情
文字化資料
キーワード 大明加那志,於茂登神,石垣島,香炉
梗概(こうがい)  ええ、申しあげます。天の大明加那志という神様がおいでになって、「さあ、行って島を造って来い。村を建てて来い。」と於茂登神という神様と清明という神様との二柱を天から降ろしてお遣わしになったそうだ。そうしたところ石垣島の於茂登岳を造り、竹富の清明の神は小さな小さな竹富元の島というのを造って、竹富島は生まれたそうだ。そうしているうちに、天の神様は、「山は造って来たか。島も造ったか。」と於茂登の神と清明の神を呼んだので、「はい、私たちは造りました。」「島はどこだ。」と覗いてみると、小さな小さな鍋の蓋に似た竹富島が生まれ、造られていたそうだ。また、於茂登の神は八重山一の山を造ってその山の上に於茂登の神はおいでになったそうだ。それぞれの島と山を造り終えた後、於茂登の神様から、「おい、清明よ。お前は島を造ろうとしていたが、どうしてこんな鍋の蓋に似た小さな島を造ったのか。造るなら大きな島を造らなくちゃだめだ。」と言われたので、この清明の神は、「そんなことは俺の力には及ばない。初めてなので小さな小さな島を造ったんだ。お前と俺といっしょに力を合わせて造るなら大きな島ができるだろう。」と言ったので、「では、造ろう。」とそれから石垣島もできたそうだ。だから最初には竹富の島が造られ、その次にできたのが石垣島だと言われていて、島の始まりは竹富島、山の高さは於茂登岳と歌にも話にも残っているんだよ。それで、島の元の御嶽として、学校の側の島の真中に於茂登の香炉と清明の香炉と二つの香炉が兄弟神として並んでいるよ。この御嶽は、願いごとの始まりなので、村の結願祭、雨乞いの行事、豊作の祈願も島をお造りになったこの清明の神の前で行なわれるのですよ。
全体の記録時間数 4:08
物語の時間数 3:55
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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