はい、それじゃあ申し上げます。昔、私たち子供時代に、祖父さん祖母さんらに、「この物忌(モノミ)と言って、畑ごとにこうしてもう本当に、このサンを結んで、立てるのはどういう意味ですか。」と言って、聞きましたところ、昔は、こういう事があったからと教えてもらいました。
大昔、アーレーという人が魚釣りに行って、魚を釣ろうとしておるうちに、海から世果豊の神様が来られて、こう島を暗礁がずうっと取り巻いとるから、島に入る入口が分からんでいたらしい。そのアーレーという人はまた毎日自分の仕事が魚釣りだから、自分が舟を出す口も立派にこしらえて、こっちはもうアーレーフシと呼んで自分がいつも舟で通行している口があったので、「はいこっちはもうアーレーフシというフシで、私はいつもこっちはもうこういうふうに通って仕事をやっとります。どうかこの口を通って入って来て
ください。また、私は畑もたくさんあるからよろしくお願いします。」って言ったら、神様は、「はい、それじゃ、君の畑は何かこの印をやれ。印をやるなら、必ずあなたの畑には、被害は、起きさせない。もう豊作で、収穫たんとさせるから。」と言って、サンの結び方を教えてくれたそうだ。
で、そのアーレーという人は、「神様に教えられた印を自分一人の畑だけにして、自分だけ豊作してはいかない。これは住民の畑を全部共々に豊作させんといかん。」といったようなことで、その豊作の願いとして、各家庭ごとに年寄りちゃあんと、一人づつのこのサンを結び方を教えてでですね、これがもう各戸を回って、この畑ごとにこれを結んで、ずうっとこう立てさせたら、とても豊作だったそうです。それがサンの始まりです。この行事は、もう私たちの二〇年、二〇代ぐらいまでは、ずっとこう施行されておったのであ
ります。はい、終わり。
・物忌(ムヌン)‥‥二月のみずのえの日を選び、草葉物忌(クサバヌムヌン)と称して行われた虫送りの行事。その日は各戸一人ずつ出て田畑の作物についている害虫類を取り、ゴンガシャーの葉(クワズ芋の葉)に包んで海へ持っていく。そこには神司たちがいて、芭蕉の葉柄で作った小舟に害虫を積み、「パイノーラヌ島、ニーラスクの国に行って虫たちは生活せよ」と唱えて海に流した。昔は月ごとに行われたが、昭和になってからは二月の草葉物忌、四月の穂の物忌、八月の初穂物忌、一二月の止めの物忌の四回にとどめられた。祭政分権により一九四九(昭和二四)年に廃止された。
| レコード番号 | 47O200017 |
|---|---|
| CD番号 | 47O20C002 |
| 決定題名 | 物忌の日にサン(方言) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 前野長用 |
| 話者名かな | まえのちょうよう |
| 生年月日 | 18920405 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県八重山郡竹富町字竹富 |
| 記録日 | 19760805 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 竹富町字竹富T32A01 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 本格昔話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 沖国大国文学科平成8年度卒業論文 竹富島の民話 p28 |
| キーワード | 物忌,アーレー,豊作,サン |
| 梗概(こうがい) | はい、それじゃあ申し上げます。昔、私たち子供時代に、祖父さん祖母さんらに、「この物忌(モノミ)と言って、畑ごとにこうしてもう本当に、このサンを結んで、立てるのはどういう意味ですか。」と言って、聞きましたところ、昔は、こういう事があったからと教えてもらいました。 大昔、アーレーという人が魚釣りに行って、魚を釣ろうとしておるうちに、海から世果豊の神様が来られて、こう島を暗礁がずうっと取り巻いとるから、島に入る入口が分からんでいたらしい。そのアーレーという人はまた毎日自分の仕事が魚釣りだから、自分が舟を出す口も立派にこしらえて、こっちはもうアーレーフシと呼んで自分がいつも舟で通行している口があったので、「はいこっちはもうアーレーフシというフシで、私はいつもこっちはもうこういうふうに通って仕事をやっとります。どうかこの口を通って入って来て ください。また、私は畑もたくさんあるからよろしくお願いします。」って言ったら、神様は、「はい、それじゃ、君の畑は何かこの印をやれ。印をやるなら、必ずあなたの畑には、被害は、起きさせない。もう豊作で、収穫たんとさせるから。」と言って、サンの結び方を教えてくれたそうだ。 で、そのアーレーという人は、「神様に教えられた印を自分一人の畑だけにして、自分だけ豊作してはいかない。これは住民の畑を全部共々に豊作させんといかん。」といったようなことで、その豊作の願いとして、各家庭ごとに年寄りちゃあんと、一人づつのこのサンを結び方を教えてでですね、これがもう各戸を回って、この畑ごとにこれを結んで、ずうっとこう立てさせたら、とても豊作だったそうです。それがサンの始まりです。この行事は、もう私たちの二〇年、二〇代ぐらいまでは、ずっとこう施行されておったのであ ります。はい、終わり。 ・物忌(ムヌン)‥‥二月のみずのえの日を選び、草葉物忌(クサバヌムヌン)と称して行われた虫送りの行事。その日は各戸一人ずつ出て田畑の作物についている害虫類を取り、ゴンガシャーの葉(クワズ芋の葉)に包んで海へ持っていく。そこには神司たちがいて、芭蕉の葉柄で作った小舟に害虫を積み、「パイノーラヌ島、ニーラスクの国に行って虫たちは生活せよ」と唱えて海に流した。昔は月ごとに行われたが、昭和になってからは二月の草葉物忌、四月の穂の物忌、八月の初穂物忌、一二月の止めの物忌の四回にとどめられた。祭政分権により一九四九(昭和二四)年に廃止された。 |
| 全体の記録時間数 | 4:21 |
| 物語の時間数 | 3:33 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |