イリヌシーの人骨の祟り(共通語)

概要

イリヌシーには横に相当大きな穴があって、人骨が沢山入っていた。この人骨は何時ごろの物かはよく分からないが、多分そこを開墾した頃に入れたのか。イリヌシーの横には沢山の骨があった。昔はそこに三味線があったとか刀があったという話もあったが。北谷小学校といって、今の第一ゲートですよ。イリヌシーのなかの洞窟に骨がありましたよ。そこに私も四年生までいましたがね、子供たちや生徒があそこに登って骸骨のね、鼻の穴にひも通していたずらしたそうですよ。そうしたら、その晩から、もう熱出して、鼻、あるいは鼻うって、熱だしていたかも知れんが、親が、「お前どうしたか。」って聞いたそうですよ、そうしたら、「ああ、こうこうだった。」と言うので、「それじゃあ、ユタというのにたのんで見よう。」といって、酒を持って行って拝んだら、治ったという話ですよ。

再生時間:2:16

民話詳細DATA

レコード番号 47O418832
CD番号 47O41C455
決定題名 イリヌシーの人骨の祟り(共通語)
話者がつけた題名
話者名 喜友名朝鉄
話者名かな きゅうなちょうてつ
生年月日 19130617
性別
出身地 北谷町上勢頭
記録日 19881114
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 北谷町T07B02
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 上勢頭郷友会発刊『上勢頭誌』上巻・通史編
キーワード イリヌシー,横に相当大きな穴,人骨,三味線
梗概(こうがい) イリヌシーには横に相当大きな穴があって、人骨が沢山入っていた。この人骨は何時ごろの物かはよく分からないが、多分そこを開墾した頃に入れたのか。イリヌシーの横には沢山の骨があった。昔はそこに三味線があったとか刀があったという話もあったが。北谷小学校といって、今の第一ゲートですよ。イリヌシーのなかの洞窟に骨がありましたよ。そこに私も四年生までいましたがね、子供たちや生徒があそこに登って骸骨のね、鼻の穴にひも通していたずらしたそうですよ。そうしたら、その晩から、もう熱出して、鼻、あるいは鼻うって、熱だしていたかも知れんが、親が、「お前どうしたか。」って聞いたそうですよ、そうしたら、「ああ、こうこうだった。」と言うので、「それじゃあ、ユタというのにたのんで見よう。」といって、酒を持って行って拝んだら、治ったという話ですよ。
全体の記録時間数 2:21
物語の時間数 2:16
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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