屋良の阿麻和利(共通語)

概要

阿麻和利は非常に頓知に長けた人でもあるし、時代は中城護佐丸と一緒だと思う。阿麻和利は北谷村の屋良の出身で、あまりに有名になって、護佐丸は忠臣といわれていた。阿麻和利は小さい頃体が弱く寝てばかりいたが、その後しだいに体も強くなって、護佐丸が余りにも強くなったので、自分も農民のためになるようなことをしようと、農民のために働いて鍬などの農具を作って配った。また、魚を取る網も作って皆にあげた。屋良辺りでは阿麻和利の子孫だといわれるのを大変嫌がって、仏壇は後の裏座においてあったという話もあった。

再生時間:4:54

民話詳細DATA

レコード番号 47O418712
CD番号 47O41C451
決定題名 屋良の阿麻和利(共通語)
話者がつけた題名
話者名 瑞慶覧朝牛
話者名かな ずけらんちゅぎゅう
生年月日 19041815
性別
出身地 北谷町上勢頭
記録日 19880322
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 北谷町T01B04
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 阿麻和利,頓知,中城護佐丸,北谷村の屋良,網
梗概(こうがい) 阿麻和利は非常に頓知に長けた人でもあるし、時代は中城護佐丸と一緒だと思う。阿麻和利は北谷村の屋良の出身で、あまりに有名になって、護佐丸は忠臣といわれていた。阿麻和利は小さい頃体が弱く寝てばかりいたが、その後しだいに体も強くなって、護佐丸が余りにも強くなったので、自分も農民のためになるようなことをしようと、農民のために働いて鍬などの農具を作って配った。また、魚を取る網も作って皆にあげた。屋良辺りでは阿麻和利の子孫だといわれるのを大変嫌がって、仏壇は後の裏座においてあったという話もあった。
全体の記録時間数 5:07
物語の時間数 4:54
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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