町田組勢理客(共通語)

概要

私の所は町田といっているが本当は勢理客である。祖先が町田をなのっていたので、それから町田にした。系図には元京都・・と書いてあるので、京都の近くでサカイじゃないかと思う。尚寧王の時代だと思う、1600年代。一番最初は伊平宗円である。上勢頭に移ってくる前に、ハンジャーヌ上という屋取に移ってそこから上勢頭に来ている。だから100年ちょっとぐらいだと思う。町田、勢理客、宮城の三箇所が移ってきて、与那覇もあとから移ってきているから、開墾時代には四世帯ぐらいで、最初は与那覇組といって、与那覇組、勢理客組など合わせても20世帯ぐらい。勢理客門中も昭和初期までは8世帯ぐらいで、それから増えていった。終戦頃までは13世帯で、分家して本土へ行った家庭もあったが、そこにいたのはそれぐらい。井戸は柄杓で汲むニーブガー、浅い井戸が三つほどあった。私の小さい頃に、家の近くの堀り井戸、簡単な釣瓶井戸があった。私たちの祖先の墓は松川にあって、清明の時にはそこに集まって拝んでいるが、町田門中となっている。リュウ氏を名乗っている。ウマチー、旧6月15日に、ナカムートゥといって大里にあるがそこを拝んでいる。七年に一回はアガリマーイを行う。現在は親睦会として隔年ごとに沖縄中集まっている。今の野里村の人の土地を買って、そこを耕して譲りうけたという記録がある。

再生時間:19:14

民話詳細DATA

レコード番号 47O418704
CD番号 47O41C451
決定題名 町田組勢理客(共通語)
話者がつけた題名
話者名 町田宗敬
話者名かな まちだそうけい
生年月日 19120705
性別
出身地 北谷町上勢頭
記録日 19880322
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 北谷町T01A04
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 民俗
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 町田,勢理客,京都,伊平宗円,上勢頭に,ハンジャーヌ上
梗概(こうがい) 私の所は町田といっているが本当は勢理客である。祖先が町田をなのっていたので、それから町田にした。系図には元京都・・と書いてあるので、京都の近くでサカイじゃないかと思う。尚寧王の時代だと思う、1600年代。一番最初は伊平宗円である。上勢頭に移ってくる前に、ハンジャーヌ上という屋取に移ってそこから上勢頭に来ている。だから100年ちょっとぐらいだと思う。町田、勢理客、宮城の三箇所が移ってきて、与那覇もあとから移ってきているから、開墾時代には四世帯ぐらいで、最初は与那覇組といって、与那覇組、勢理客組など合わせても20世帯ぐらい。勢理客門中も昭和初期までは8世帯ぐらいで、それから増えていった。終戦頃までは13世帯で、分家して本土へ行った家庭もあったが、そこにいたのはそれぐらい。井戸は柄杓で汲むニーブガー、浅い井戸が三つほどあった。私の小さい頃に、家の近くの堀り井戸、簡単な釣瓶井戸があった。私たちの祖先の墓は松川にあって、清明の時にはそこに集まって拝んでいるが、町田門中となっている。リュウ氏を名乗っている。ウマチー、旧6月15日に、ナカムートゥといって大里にあるがそこを拝んでいる。七年に一回はアガリマーイを行う。現在は親睦会として隔年ごとに沖縄中集まっている。今の野里村の人の土地を買って、そこを耕して譲りうけたという記録がある。
全体の記録時間数 19:30
物語の時間数 19:14
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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