瑞慶覧組(共通語)

概要

牛瑞慶覧といって、四代目くらいまでは分かるが、それ以前のことは分からない。首里から来たということは、七、八代目ぐらい前に来たと思う。私たちは上勢頭である。父が教員をしていたので、読谷などあちこち移り住んでいたが、後は上勢頭に住むようになった。当時は瑞慶覧姓は24、5軒ぐらいあったと思う。ムートゥヤーは東瑞慶覧であり。上勢頭の瑞慶覧組といわれている。清明にもそこに集まり、年に一回ぐらいは首里にも拝みに行く。親の時代までは家に井戸がなく、大きな共同井戸で汲んでいた。瑞慶覧組、与那覇組、稲組などがあった。与那覇組の前には北ヌカーがあって、母親についてよく水汲みに行った。大きくなってからは近くの母の実家に井戸があったが、余りにも深井戸で水汲みが大変で不便だった。北ヌカーから産水や若水も汲んでいた。

再生時間:12:00

民話詳細DATA

レコード番号 47O418703
CD番号 47O41C451
決定題名 瑞慶覧組(共通語)
話者がつけた題名
話者名 瑞慶覧朝牛
話者名かな ずけらんちゅぎゅう
生年月日 19041815
性別
出身地 北谷町上勢頭
記録日 19880322
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 北谷町T01A03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 民俗
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 牛瑞慶覧,首里,上勢頭,ムートゥヤーは東瑞慶覧,与那覇組,稲組,北ヌカー,産水,若水
梗概(こうがい) 牛瑞慶覧といって、四代目くらいまでは分かるが、それ以前のことは分からない。首里から来たということは、七、八代目ぐらい前に来たと思う。私たちは上勢頭である。父が教員をしていたので、読谷などあちこち移り住んでいたが、後は上勢頭に住むようになった。当時は瑞慶覧姓は24、5軒ぐらいあったと思う。ムートゥヤーは東瑞慶覧であり。上勢頭の瑞慶覧組といわれている。清明にもそこに集まり、年に一回ぐらいは首里にも拝みに行く。親の時代までは家に井戸がなく、大きな共同井戸で汲んでいた。瑞慶覧組、与那覇組、稲組などがあった。与那覇組の前には北ヌカーがあって、母親についてよく水汲みに行った。大きくなってからは近くの母の実家に井戸があったが、余りにも深井戸で水汲みが大変で不便だった。北ヌカーから産水や若水も汲んでいた。
全体の記録時間数 12:09
物語の時間数 12:00
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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