生身霊魂(方言)

概要

〔方言原話〕 霊魂(まぶい)んでぇせー、生ちちょーる人(ちゅ)んかいんあい、死ぢょーる人(ちゅ)んかいんあん。生ちちょーる人(ちゅ)んかいあせー、生身霊魂(いちまぶい)、死ぢょーる人(ちゅ)んかいあせー後生(ぐそー)霊魂(まぶい)んでぃ言ちゅん。人(ちゅ)ぬ死亡(まー)ち、葬式(だび)さーに、遺骨(くちたま)墓んかい納骨(いり)やーに、墓ぬ入口から皆(んな)んぢてぃ後(あとぅ)、墓ぬ入口から最後(あとぅ)からんぢたる人(ちょー)、うぬ入口うてぃ、「サン。」三回(みけーん)ぶいまーさーに、「後生(ぐそう)ぬ霊魂(まぶい)やいーちちみそうち。生身(いちみ)ぬ霊魂(まぶい)やんぢてぃくーよう。」んでぃち言ちから、平石(ふぃらち)立てぃてぃ、墓みちいしが、うぬ生身霊魂(いちまぶい)ぬ話(はな)しい。私(わー)が十歳位(とぅーびけー)ぬ時(ばー)に、読谷山(ゆんたんざ)ぬ祖母(んめー)が、私達(わったー)家(やー)んかいちゅーる途中(みちなかー)うてぃ、私達(わったー)祖母(んめー)生身霊魂(いちまぶい)ぬ、私達(わったー)墓んかい行ちゃぎーしとぅ、行ちゃたくとぅ、「君(やー)やなま、あまんかい行ちゅせーふぇーさくとぅ、家(やー)んかいむどぅれー。」んでぃ言ちゃくとぅ、私達(わったー)祖母(んめー)生身霊魂(いちまぶい)ぬ、「あんせー私(わん)代わい、君(やー)が行ちゅみ。」んでぃ言ち、私達(わったー)墓んかい行ちゅたんでぃ。仕方(しかたー)ならん、私達(わったー)んかいちゃーに、「いぇー、カマダー。君(やー)生身霊魂(いちまぶい)やなんとぅ私(わー)がかにまーちん、私(わー)代わえー君(やー)が行ちゅみんち、墓んかい行ちゅてぇーくとぅ、用心(ゆー)しいよう。」んち話(はな)しいさぎいたしが、うぬ後(あとぅ)祖母(んめー)や病気(やんめー)かかてぃ死亡(まー)ちゃしが、あんすくとぅ、人(ちゅー)ぬ死亡(まー)しいがたーないねえー、生身霊魂(いちまぶい)や、墓とぅ家(やー)とぅ、行ちむどぅやーすんでぃ。〔共通語訳〕 霊魂(まぶい)というのは、生きた人にもあれば死んでしまった人にもある。生きている人にあるのは生身霊魂(いちまぶい)で、死亡した人にあるのは後生の霊魂(まぶい)というのである。人が亡くなって葬式し、遺骨を墓の中に納骨し終わって、墓の入口から最後に出た人は、墓の入口でサンを三回振り回して、「後生の霊魂(まぶい)は居ときなさませ。生身の霊魂(まぶい)は出てきなさい。」と言ってから、入口の平石を立てて墓を閉めるのだが、その生身霊魂(いちまぶい)の話。私が十歳位の頃、読谷の祖母が私達の家にくる途中で、私の祖母の生身霊魂(いちまぶい)が私達の墓に行くのと行き合いましたので、「君はまだ後生に行くのは早いから、家に帰りなさい。」と言いますと、私達の祖母の生身霊魂(いちまぶい)は、「それでは、私の代わりに君が行くか。」と言って、私達の墓に行ったので、仕方なく私達の家に来て、「おいカマダー。君の生身霊魂(いちまぶい)は、いくら私が囲い廻しても、私の代わりに君が行くかと言って墓に行ったから、用心しなさいよ。」と話していましたが、私達の祖母はその後病気になり、亡くなりました。だから、人は皆、死期が近くなりますと、生身霊魂(いちまぶい)は、家を行ったり来たりするそうです。平成9年2月17日 識名隆人翻字 T6B2

再生時間:1:37

民話詳細DATA

レコード番号 47O170051
CD番号 47O17C006
決定題名 生身霊魂(方言)
話者がつけた題名 生身霊魂(いちまぶゐ)
話者名 阿波根昌栄
話者名かな あはごんしょうえい
生年月日 19210309
性別
出身地 沖縄県中頭郡北谷町字上勢頭
記録日 19970217
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 T06B02
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 俗信
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 『想い出の昔話』
キーワード 生霊
梗概(こうがい) 〔方言原話〕 霊魂(まぶい)んでぇせー、生ちちょーる人(ちゅ)んかいんあい、死ぢょーる人(ちゅ)んかいんあん。生ちちょーる人(ちゅ)んかいあせー、生身霊魂(いちまぶい)、死ぢょーる人(ちゅ)んかいあせー後生(ぐそー)霊魂(まぶい)んでぃ言ちゅん。人(ちゅ)ぬ死亡(まー)ち、葬式(だび)さーに、遺骨(くちたま)墓んかい納骨(いり)やーに、墓ぬ入口から皆(んな)んぢてぃ後(あとぅ)、墓ぬ入口から最後(あとぅ)からんぢたる人(ちょー)、うぬ入口うてぃ、「サン。」三回(みけーん)ぶいまーさーに、「後生(ぐそう)ぬ霊魂(まぶい)やいーちちみそうち。生身(いちみ)ぬ霊魂(まぶい)やんぢてぃくーよう。」んでぃち言ちから、平石(ふぃらち)立てぃてぃ、墓みちいしが、うぬ生身霊魂(いちまぶい)ぬ話(はな)しい。私(わー)が十歳位(とぅーびけー)ぬ時(ばー)に、読谷山(ゆんたんざ)ぬ祖母(んめー)が、私達(わったー)家(やー)んかいちゅーる途中(みちなかー)うてぃ、私達(わったー)祖母(んめー)生身霊魂(いちまぶい)ぬ、私達(わったー)墓んかい行ちゃぎーしとぅ、行ちゃたくとぅ、「君(やー)やなま、あまんかい行ちゅせーふぇーさくとぅ、家(やー)んかいむどぅれー。」んでぃ言ちゃくとぅ、私達(わったー)祖母(んめー)生身霊魂(いちまぶい)ぬ、「あんせー私(わん)代わい、君(やー)が行ちゅみ。」んでぃ言ち、私達(わったー)墓んかい行ちゅたんでぃ。仕方(しかたー)ならん、私達(わったー)んかいちゃーに、「いぇー、カマダー。君(やー)生身霊魂(いちまぶい)やなんとぅ私(わー)がかにまーちん、私(わー)代わえー君(やー)が行ちゅみんち、墓んかい行ちゅてぇーくとぅ、用心(ゆー)しいよう。」んち話(はな)しいさぎいたしが、うぬ後(あとぅ)祖母(んめー)や病気(やんめー)かかてぃ死亡(まー)ちゃしが、あんすくとぅ、人(ちゅー)ぬ死亡(まー)しいがたーないねえー、生身霊魂(いちまぶい)や、墓とぅ家(やー)とぅ、行ちむどぅやーすんでぃ。〔共通語訳〕 霊魂(まぶい)というのは、生きた人にもあれば死んでしまった人にもある。生きている人にあるのは生身霊魂(いちまぶい)で、死亡した人にあるのは後生の霊魂(まぶい)というのである。人が亡くなって葬式し、遺骨を墓の中に納骨し終わって、墓の入口から最後に出た人は、墓の入口でサンを三回振り回して、「後生の霊魂(まぶい)は居ときなさませ。生身の霊魂(まぶい)は出てきなさい。」と言ってから、入口の平石を立てて墓を閉めるのだが、その生身霊魂(いちまぶい)の話。私が十歳位の頃、読谷の祖母が私達の家にくる途中で、私の祖母の生身霊魂(いちまぶい)が私達の墓に行くのと行き合いましたので、「君はまだ後生に行くのは早いから、家に帰りなさい。」と言いますと、私達の祖母の生身霊魂(いちまぶい)は、「それでは、私の代わりに君が行くか。」と言って、私達の墓に行ったので、仕方なく私達の家に来て、「おいカマダー。君の生身霊魂(いちまぶい)は、いくら私が囲い廻しても、私の代わりに君が行くかと言って墓に行ったから、用心しなさいよ。」と話していましたが、私達の祖母はその後病気になり、亡くなりました。だから、人は皆、死期が近くなりますと、生身霊魂(いちまぶい)は、家を行ったり来たりするそうです。平成9年2月17日 識名隆人翻字 T6B2
全体の記録時間数 1:37
物語の時間数 1:37
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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