〔方言原話〕 くれえー、北谷間切(ちゃたんまぢり)、屋良村ぬ、陥没池(むるち)ぬ大蛇(ぢゃー)ぬ話(はな)しい。舜天王ぬ子(くゎ)、舜馬順熙王。舜天を一代(いちでぇー)んちかちみーねえー、二代目(にでぇーみ)やるしじゃしが、うぬ王ぬ即位(ゆーちぢ)しみーそうちゃせー、丁度西暦千二百三十八年(にん)やくとぅ、今(なま)千九百九十五年(にん)から、七百五十七年前(ななひゃくごじゅうしちにんめー)やしが、うぬ王や、十一年(にん)ぬ間(うぇーま)、王かきみそうちょーくとぅ、うぬ間(うぇーま)にあてぇーる事(くとぅ)やしが。屋良陥没池(やらむるち)んかい、まぎさる大蛇(ぢゃー)ぬんじてぃ、周囲(まーい)ぬむぢゅくいくぇー散らかち、人(ちゅ)んかいん害(げー)しならんなたくとぅ、ちゃーされえーましが、んち協議(ぢんみ)さくとぅ、一箇所(ちゅとぅくる)ぬ祝女(ぬーる)ぬ、「うぬ大蛇(ぢゃー)んかい、なーだ無傷(むきじ)ぬ、干支(んまりどぅし)ぬ当たとぉーる若娘(わかいなぐ)、うりんかいくゎーしわる、うりがーうさまいる。」んでぃ言ちゃくとぅ、首里城(すいぐしく)うてぃぬ協議(ぢんみ)んうりんかい決まてぃ、あんし、あまくま調査(しらび)たくとぅ、二人(たい)ぬ若娘(わかいなぐ)ぬ、うぬ干支(さー)当たとぉーしがうしが、一人(ちゅい)やじこーぬ富豪(うぇーきんち)、土地(ぢー)畑(はた)んまんでぃ、金銭(ぢんかに)んだてぇーんある富豪(うぇきんちゅ)やしが、うまぬ一人娘(ちゅいいなぐ)んぐゎ。また、なー一人(ちゅい)や、じこーぬ貧乏者(ふぃんすーむん)ぬ、土地畑(ぢーはた)ん、自分(どぅー)ぬ物(むの)でぃちぇーねーらん、全部(むる)かかいがねーし、他人(ちゅ)ぬ土地畑(ぢーはた)るかとぉーしが、うまー、親達二人(うやぬちゃーたい)とぅ、うぬ娘子(いなぐんぐゎ)とぅ、三人(みっちゃい)暮らしぬ家庭(ちねー)なてぃ、二箇所(たとぅくる)、一人娘子(ちゅいいなぐんぐゎ)なとぉーしが、うぬ貧乏者(ふぃんすーむん)ぬ当たとぉーる家庭(ちねー)や、母親(いなぐぬうや)ぬ重病(ちゅーびょーち)かかみそうさくとぅ、富豪(うぇーきんちゅ)ぬ親達(うやぬちゃー)が、貧乏者(ふぃんすーむん)ぬ父親(いきがぬうや)とぅ、娘子(いなぐんぐゎ)んかい相談し、「とぉー我々(わったー)がやー、うぬ籤引ち、むしか当たいる場合(ばー)ねえー、君達(いったー)んかい、だてぇーん財産(ぜーさ)ぬん金銭(ぢんかに)んくぃてぃ、母親(いなぐぬうや)ぬ病気(やんめー)んのーちとぅらち、裕福に君達(いったー)親達(うやぬちゃー)、今(なま)から後(あとぉー)暮らしみんやくとぅ、君(やー)やおー受きてぃとぅらさんがやー。」んでぃ言ちゃくとぅ、うぬ娘子(いなぐんぐゎー)泣ちゃがちーなー、「母親(いなぐぬうや)ぬ命(ぬち)んたしきてぃ、今(なま)から後(あとぅ)、裕福に暮らしみーるむんやれー、なー私(わん)ねゆたさいびーん。」でぃち、大蛇(ぢゃー)んかいくゎってぃんしまびーんでぃる事(くとぅ)んかいなてぃさくとぅ、あんし籤ふぃちゅる日(ふぃ)なてぃ、籤ふぃちゃくとぅ、予想(いゅんねー)すんねー、富豪(うぇーきんた)んかい当たてぃさくとぅ、富豪(うぇーきんちゅ)ぬ申しんぢてぃ、「くんぐとぅくんぐとぅし、くぬ貧乏者達(ふぃんすーむんぬちゃー)たしきいるたみに、うぬ娘子(いなぐんぐゎ)ぬ、おー受きとぉーしが、あんししまびいがやー。」んでぃち話(はな)しいさくとぅ、「娘子(いなぐんぐゎ)ぬおー受きとぉーれーなーしみるする。やしがうぬ代わい、親達(うやぬちゃー)面倒(みんどぉー)や、うぬ娘子(いなぐんぐゎ)んかい代わてぃしはるやしが。」んち言ちゃくとぅ、「うーあんししまびーん。」でぃる事(くとぅ)んかいなてぃさくとぅ、今度(くんどぉー)うぬ日(ふぃー)なてぃさくとぅ、白衣装(しるいそう)くしてぃ、池(くむい)ぬ側(すば)んかいそーてぃんぢ、いしてぃさくとぅ、予想(いゅんねー)すんねー、なー大蛇(ぢゃー)ぬんぢてぃちゃーに、今(なま)にんうちくゎーんでぃさくとぅ、他(ふか)ぬ人達(ちゅぬちゃー)やたましぬぎてぃ、皆(んな)、後(くし)んかいとぅんしんち、ふぃっくでぃそうしが、うぬ娘子(いなぐんぐゎー)あんしんうまうとぉーてぃ、んぢゅちんさん、手(てぇ)合掌(うさー)ち、「してぃる身が命(いぬち)、露(ちゆ)ふどぅんうまん。明日(あちゃ)や母親(ふゎふゎうや)ぬ、泣ちゃらとぅみば。」んち、母親(いなぐぬうや)んかいや、ぬーちゅくとぅばん、話(はな)しいやせえーねえーらんくとぅ、私(わー)が大蛇(ぢゃー)んかい、うちくゎーったんでぃちちちぇねえー、病気(やんめー)やのーてぃん、泣ちる暮らするはじやーんちさくとぅ、うんにんねー、上(うぃー)から黒雲(くるくむ)ぬうりてぃち、うぬ黒雲(くるくむ)ぬ中(なーか)から、白衣装(しるいそー)ちち、髪(からじ)ん髭(ふぃじ)ん長ーく、真っ白(まっしーる)そうみせーる神ぬ、杖(ぐーさん)むっちめんそうやーなかい、口あきてぃ、娘子(いなぐんぐゎ)今(なま)にんうちくゎーんでぃちそーる大蛇(ぢゃー)ぬ頭(ちぶる)、むっちょーみせーる杖(じーさん)さーに、ちゅーく、ぱちみかち、すぐいちきたくとぅ、うまから電光(ふでぃ)ぬんぢてぃ、ちゅらーく、雷(かんない)ゴロゴロうてぃやーなかい、大口(うふぐち)あきとぉーたる大蛇(ぢゃー)や死亡(けーしじ)さくとぅ、いちょーたる貧乏者(ふぃんすーむん)ぬ娘子(いなぐんぐゎ)ぬ命(ぬち)んたしかてぃ、大蛇(ぢゃー)ん退治(しじみ)たんでぃる、親(うや)ぬこー娘子(いなぐんぐゎ)ぬ話(はな)しい。くれえー陥没池(むるち)ぬ大蛇(ぢゃー)ぬ話(はな)しいやしが、うぬ後(あとぅ)、今度(くんどぉー)義本王ぬ即位(ゆうちぢ)しみそうちゃくとぅ、うぬ翌年(あきどぅし)ねえー、七日(ななちち)雨(あみ)降てぃ、七日(ななちち)旱魃(ひゃーやー)なかい、今(なま)ぬ今(なま)までぃ枯穂年(かりふーどぅし)んでぃ言ゃっとぉーしが、うぬ枯穂年(かりふーどぅせー)、陥没池(むるち)ぬ大蛇(ぢゃー)退治(しじみ)そうたるゆいにる、枯穂(かりふー)んんぢとぉーるんでぃる話(はな)しいやしが、大蛇(ぢゃー)ぬいちちょーねー、ちゃーがないたら死ぢゃんてぇーまん、だーうれー枯穂(かりふー)当たてぃるうくとぅ、今(なま)ちきてぃ言ゅる枯穂年(かりふーどぅし)せー、今(なま)から七百五十年(にん)あまい前(めー)にうくるとぉーる話(はな)しいやしが、くいけーしげーし、今(なま)までぃん話(はな)しいちぢちょーん。あんしうぬ翌年(あきどぅし)ねえー、また、疫病(やなやんめー)ぬ流行(ふぇー)てぃ、琉球(りゅうちゅー)ぬ人民(しんか)ぬ半分ぐれーや、病気(やんめー)にまきてぃさくとぅ、義本王や、「私(わん)にんかい徳(とぅっくゎ)ぬねーらんぬるやる。」んち、隠居しみそうちゃんでぃる話(はな)しいやしが、私達(わったー)が今(なま)ちちん、なーだくねーだぬぐとぅしるちかりーる。屋良陥没池(やらむるち)ぇー今(なま)んあしが、私達(わったー)が小学生ぬ時(ばー)に遠足し、先生(しぇしい)んかいそーらってぃ行ちゃーに、陥没池(むるち)ぬ話(はな)しいちちゃる時(ばー)ねー、陥没池(むるち)ぇー、大松(うふまーち)ぬちゃーが、天(てぃ)ぬんうするかみーとぉーたしが、んぢゃる戦に皆(むる)ちりとぉーち、今(なまー)道ぬ側(すば)んかいある池(くむい)るなとぉーる。昔(むかせー)大蛇(ぢゃー)ぬんぢーたしん、なーアメリカーが大砲打ちくまーなかい、大蛇(ぢゃー)んうらんがなたら。陥没池(むるち)ぬ大蛇(ぢゃー)ぬ話(はな)しい。〔共通語訳〕 これは、北谷間切、屋良村にある、屋良陥没池(やらむるち)の大蛇の話。舜天王の第一子、舜馬順熙王。舜天王を一代目とすれば二代目の王様なんだが、その王様が即位なさったのが、丁度西暦千二百三十八年だから、今(千九百九十五年)から七百五十七年前なんだが、その王様は十一年間在位なされましたから、その間にあった事であるが。屋良陥没池(やらむるち)にとても大きな大蛇が出没して、周囲の畑の作物を食い散らかして荒らしたり、人にも害を与える様になりましたので、いかにすれば良いか協議しますと、一箇所の祝女(のろ)が、「その大蛇に、まだ生娘で、今年の干支に当たっている若い娘を人身供養して、その大蛇に喰わさないとこれは治まらない。」と申しますと、首里城においての協議もその通りに決まって、それであちらこちらを調べますと、二人の若い娘達が、その干支に当たっているのが居りますが、一人は大変な富豪で、土地畑もたくさんあり、お金もたくさん持っている富豪の一人娘で、またもう一人は、とっても貧乏者で、土地畑も自分の物は無く、全部他人の土地畑を、借りたり小作したりしている家庭だが、そこも親達二人とその娘との三人暮らしで、両方とも一人娘になっている家庭であるが、その貧乏者の娘子の当たっている家庭は、母親が重い病気にかかっているのです。すると、富豪の親達が、貧乏者の父親と娘子に相談して、「あのう、私達がその籤を引いてもしも当たった場合には、君達にたくさんの財産を分け与えて、金銭もあげ、また母親の病気も治してやり、裕福に君の親を暮らさせるから、君は應を受けてくれないかねえ。」と話しますと、その娘子はシクシク泣きながら、「母親の命も助けて、今から後は裕福に暮らさせてくれるのであれば、もう私はそれで良い。」と言って、大蛇に喰われても良いという事になって、いよいよその籤を引く日になり、籤を引きますと、予想通り富豪の娘に当たったので、富豪が申し出て、「こうこうで、この貧乏者達を助ける為にと思って、その娘が應を受けていますが、それで良いですか。」と申し上げますと、「その娘が承知しているならそれでも良いだろう。だがその代わり、親達の面倒はその娘子に代わってやらなければいけないが。」と言いますと、「はい。それでよろしいです。」という事になって、その後、今度はその日になりますと、娘に白衣装を着せて、池の側に連れていって座らせますと、予想通り大蛇が現れて、今にもその娘子を食べようとするのを見て、他の人達は度肝を抜かれて後ろに飛び退き引っ込んでいますが、その娘子は、そこで身動きもせず、両手で合掌をして、「捨てる我が命、露程も思わぬ、明日は母親が泣くと思えば。」と言ったのです。母親には、その事は何一つ言ってありませんので、私が大蛇に喰われたと聞いたならば、たとえ今後病気が治っても、泣いて暮らすだろうなあ、と思っていると、その時上空から、黒い雲が降りてきて、その黒雲の中から、白い衣装を着て、白髪白髭を長く生やした神様が杖を持って降りて参られて、大きな口を開けて、娘子を今にも食べようとする大蛇の頭を、持っていた杖でパチと殴りつけました。するとそこから電光が発生し、突然雷がゴロゴロと落ちてきて、大口を開けていた大蛇は死んでしまうと、座っていた貧乏者の娘子の命は助かって、大蛇も退治したという、孝行娘の話。これは陥没池(むるち)の大蛇の話なんだが、その後今度は、義本王が即位なさったのであるが、その翌年には、七ヵ月雨が降り、七ヵ月旱魃が続いて作物が枯れたので、今の今まで、枯穂年といわれているが、その枯穂年は、陥没池(むるち)の大蛇を退治した故に、枯穂が出たとの話も出ているが、だがしかし、もし大蛇が生きていたらどうなっていたか。死んでしまっても、その後には枯穂に当たるのだから、今に至るまで言われている枯穂年は、今から七百五十年余り前に起こった話だが、繰り返し返し語り継がれている。そして、その翌年には疫病が流行して、琉球の人民の役半分ぐらいが病気に負けて亡くなってので、義本王は、「私に徳が無いから、この様な事になった。」と言われて隠居なされたとの話だが、私達が今この話を聞いても、ついこの間の様に聞こえる。屋良陥没池(やらむるち)は今もあるが、私達が小学生の時に、遠足で先生に連れられて行って、陥没池(むるち)の側でその話を聞いた時は、池の周囲は松の大木がたくさん茂っていて、枝は天を覆っていたが、ある大戦で全部切り倒されて、今では道の側にある池になっている。昔は大蛇も出たのだが、今はもう、アメリカーが大砲を打ち込んで、大蛇も居なくなったのか。陥没池(むるち)の大蛇の話でした。識名隆人翻字 T6B1
| レコード番号 | 47O170045 |
|---|---|
| CD番号 | 47O17C006 |
| 決定題名 | 陥没池ぬ大蛇(方言) |
| 話者がつけた題名 | 陥没池ぬ大蛇(ムルチぬジャー) |
| 話者名 | 阿波根昌栄 |
| 話者名かな | あはごんしょうえい |
| 生年月日 | 19210309 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県中頭郡北谷町字上勢頭 |
| 記録日 | 19970217 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | T06A01 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 本格昔話、 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 『想い出の昔話』 |
| キーワード | 屋良,池,大蛇,舜馬順煕王,神女(ノロ),人身御供,神様,雷 |
| 梗概(こうがい) | 〔方言原話〕 くれえー、北谷間切(ちゃたんまぢり)、屋良村ぬ、陥没池(むるち)ぬ大蛇(ぢゃー)ぬ話(はな)しい。舜天王ぬ子(くゎ)、舜馬順熙王。舜天を一代(いちでぇー)んちかちみーねえー、二代目(にでぇーみ)やるしじゃしが、うぬ王ぬ即位(ゆーちぢ)しみーそうちゃせー、丁度西暦千二百三十八年(にん)やくとぅ、今(なま)千九百九十五年(にん)から、七百五十七年前(ななひゃくごじゅうしちにんめー)やしが、うぬ王や、十一年(にん)ぬ間(うぇーま)、王かきみそうちょーくとぅ、うぬ間(うぇーま)にあてぇーる事(くとぅ)やしが。屋良陥没池(やらむるち)んかい、まぎさる大蛇(ぢゃー)ぬんじてぃ、周囲(まーい)ぬむぢゅくいくぇー散らかち、人(ちゅ)んかいん害(げー)しならんなたくとぅ、ちゃーされえーましが、んち協議(ぢんみ)さくとぅ、一箇所(ちゅとぅくる)ぬ祝女(ぬーる)ぬ、「うぬ大蛇(ぢゃー)んかい、なーだ無傷(むきじ)ぬ、干支(んまりどぅし)ぬ当たとぉーる若娘(わかいなぐ)、うりんかいくゎーしわる、うりがーうさまいる。」んでぃ言ちゃくとぅ、首里城(すいぐしく)うてぃぬ協議(ぢんみ)んうりんかい決まてぃ、あんし、あまくま調査(しらび)たくとぅ、二人(たい)ぬ若娘(わかいなぐ)ぬ、うぬ干支(さー)当たとぉーしがうしが、一人(ちゅい)やじこーぬ富豪(うぇーきんち)、土地(ぢー)畑(はた)んまんでぃ、金銭(ぢんかに)んだてぇーんある富豪(うぇきんちゅ)やしが、うまぬ一人娘(ちゅいいなぐ)んぐゎ。また、なー一人(ちゅい)や、じこーぬ貧乏者(ふぃんすーむん)ぬ、土地畑(ぢーはた)ん、自分(どぅー)ぬ物(むの)でぃちぇーねーらん、全部(むる)かかいがねーし、他人(ちゅ)ぬ土地畑(ぢーはた)るかとぉーしが、うまー、親達二人(うやぬちゃーたい)とぅ、うぬ娘子(いなぐんぐゎ)とぅ、三人(みっちゃい)暮らしぬ家庭(ちねー)なてぃ、二箇所(たとぅくる)、一人娘子(ちゅいいなぐんぐゎ)なとぉーしが、うぬ貧乏者(ふぃんすーむん)ぬ当たとぉーる家庭(ちねー)や、母親(いなぐぬうや)ぬ重病(ちゅーびょーち)かかみそうさくとぅ、富豪(うぇーきんちゅ)ぬ親達(うやぬちゃー)が、貧乏者(ふぃんすーむん)ぬ父親(いきがぬうや)とぅ、娘子(いなぐんぐゎ)んかい相談し、「とぉー我々(わったー)がやー、うぬ籤引ち、むしか当たいる場合(ばー)ねえー、君達(いったー)んかい、だてぇーん財産(ぜーさ)ぬん金銭(ぢんかに)んくぃてぃ、母親(いなぐぬうや)ぬ病気(やんめー)んのーちとぅらち、裕福に君達(いったー)親達(うやぬちゃー)、今(なま)から後(あとぉー)暮らしみんやくとぅ、君(やー)やおー受きてぃとぅらさんがやー。」んでぃ言ちゃくとぅ、うぬ娘子(いなぐんぐゎー)泣ちゃがちーなー、「母親(いなぐぬうや)ぬ命(ぬち)んたしきてぃ、今(なま)から後(あとぅ)、裕福に暮らしみーるむんやれー、なー私(わん)ねゆたさいびーん。」でぃち、大蛇(ぢゃー)んかいくゎってぃんしまびーんでぃる事(くとぅ)んかいなてぃさくとぅ、あんし籤ふぃちゅる日(ふぃ)なてぃ、籤ふぃちゃくとぅ、予想(いゅんねー)すんねー、富豪(うぇーきんた)んかい当たてぃさくとぅ、富豪(うぇーきんちゅ)ぬ申しんぢてぃ、「くんぐとぅくんぐとぅし、くぬ貧乏者達(ふぃんすーむんぬちゃー)たしきいるたみに、うぬ娘子(いなぐんぐゎ)ぬ、おー受きとぉーしが、あんししまびいがやー。」んでぃち話(はな)しいさくとぅ、「娘子(いなぐんぐゎ)ぬおー受きとぉーれーなーしみるする。やしがうぬ代わい、親達(うやぬちゃー)面倒(みんどぉー)や、うぬ娘子(いなぐんぐゎ)んかい代わてぃしはるやしが。」んち言ちゃくとぅ、「うーあんししまびーん。」でぃる事(くとぅ)んかいなてぃさくとぅ、今度(くんどぉー)うぬ日(ふぃー)なてぃさくとぅ、白衣装(しるいそう)くしてぃ、池(くむい)ぬ側(すば)んかいそーてぃんぢ、いしてぃさくとぅ、予想(いゅんねー)すんねー、なー大蛇(ぢゃー)ぬんぢてぃちゃーに、今(なま)にんうちくゎーんでぃさくとぅ、他(ふか)ぬ人達(ちゅぬちゃー)やたましぬぎてぃ、皆(んな)、後(くし)んかいとぅんしんち、ふぃっくでぃそうしが、うぬ娘子(いなぐんぐゎー)あんしんうまうとぉーてぃ、んぢゅちんさん、手(てぇ)合掌(うさー)ち、「してぃる身が命(いぬち)、露(ちゆ)ふどぅんうまん。明日(あちゃ)や母親(ふゎふゎうや)ぬ、泣ちゃらとぅみば。」んち、母親(いなぐぬうや)んかいや、ぬーちゅくとぅばん、話(はな)しいやせえーねえーらんくとぅ、私(わー)が大蛇(ぢゃー)んかい、うちくゎーったんでぃちちちぇねえー、病気(やんめー)やのーてぃん、泣ちる暮らするはじやーんちさくとぅ、うんにんねー、上(うぃー)から黒雲(くるくむ)ぬうりてぃち、うぬ黒雲(くるくむ)ぬ中(なーか)から、白衣装(しるいそー)ちち、髪(からじ)ん髭(ふぃじ)ん長ーく、真っ白(まっしーる)そうみせーる神ぬ、杖(ぐーさん)むっちめんそうやーなかい、口あきてぃ、娘子(いなぐんぐゎ)今(なま)にんうちくゎーんでぃちそーる大蛇(ぢゃー)ぬ頭(ちぶる)、むっちょーみせーる杖(じーさん)さーに、ちゅーく、ぱちみかち、すぐいちきたくとぅ、うまから電光(ふでぃ)ぬんぢてぃ、ちゅらーく、雷(かんない)ゴロゴロうてぃやーなかい、大口(うふぐち)あきとぉーたる大蛇(ぢゃー)や死亡(けーしじ)さくとぅ、いちょーたる貧乏者(ふぃんすーむん)ぬ娘子(いなぐんぐゎ)ぬ命(ぬち)んたしかてぃ、大蛇(ぢゃー)ん退治(しじみ)たんでぃる、親(うや)ぬこー娘子(いなぐんぐゎ)ぬ話(はな)しい。くれえー陥没池(むるち)ぬ大蛇(ぢゃー)ぬ話(はな)しいやしが、うぬ後(あとぅ)、今度(くんどぉー)義本王ぬ即位(ゆうちぢ)しみそうちゃくとぅ、うぬ翌年(あきどぅし)ねえー、七日(ななちち)雨(あみ)降てぃ、七日(ななちち)旱魃(ひゃーやー)なかい、今(なま)ぬ今(なま)までぃ枯穂年(かりふーどぅし)んでぃ言ゃっとぉーしが、うぬ枯穂年(かりふーどぅせー)、陥没池(むるち)ぬ大蛇(ぢゃー)退治(しじみ)そうたるゆいにる、枯穂(かりふー)んんぢとぉーるんでぃる話(はな)しいやしが、大蛇(ぢゃー)ぬいちちょーねー、ちゃーがないたら死ぢゃんてぇーまん、だーうれー枯穂(かりふー)当たてぃるうくとぅ、今(なま)ちきてぃ言ゅる枯穂年(かりふーどぅし)せー、今(なま)から七百五十年(にん)あまい前(めー)にうくるとぉーる話(はな)しいやしが、くいけーしげーし、今(なま)までぃん話(はな)しいちぢちょーん。あんしうぬ翌年(あきどぅし)ねえー、また、疫病(やなやんめー)ぬ流行(ふぇー)てぃ、琉球(りゅうちゅー)ぬ人民(しんか)ぬ半分ぐれーや、病気(やんめー)にまきてぃさくとぅ、義本王や、「私(わん)にんかい徳(とぅっくゎ)ぬねーらんぬるやる。」んち、隠居しみそうちゃんでぃる話(はな)しいやしが、私達(わったー)が今(なま)ちちん、なーだくねーだぬぐとぅしるちかりーる。屋良陥没池(やらむるち)ぇー今(なま)んあしが、私達(わったー)が小学生ぬ時(ばー)に遠足し、先生(しぇしい)んかいそーらってぃ行ちゃーに、陥没池(むるち)ぬ話(はな)しいちちゃる時(ばー)ねー、陥没池(むるち)ぇー、大松(うふまーち)ぬちゃーが、天(てぃ)ぬんうするかみーとぉーたしが、んぢゃる戦に皆(むる)ちりとぉーち、今(なまー)道ぬ側(すば)んかいある池(くむい)るなとぉーる。昔(むかせー)大蛇(ぢゃー)ぬんぢーたしん、なーアメリカーが大砲打ちくまーなかい、大蛇(ぢゃー)んうらんがなたら。陥没池(むるち)ぬ大蛇(ぢゃー)ぬ話(はな)しい。〔共通語訳〕 これは、北谷間切、屋良村にある、屋良陥没池(やらむるち)の大蛇の話。舜天王の第一子、舜馬順熙王。舜天王を一代目とすれば二代目の王様なんだが、その王様が即位なさったのが、丁度西暦千二百三十八年だから、今(千九百九十五年)から七百五十七年前なんだが、その王様は十一年間在位なされましたから、その間にあった事であるが。屋良陥没池(やらむるち)にとても大きな大蛇が出没して、周囲の畑の作物を食い散らかして荒らしたり、人にも害を与える様になりましたので、いかにすれば良いか協議しますと、一箇所の祝女(のろ)が、「その大蛇に、まだ生娘で、今年の干支に当たっている若い娘を人身供養して、その大蛇に喰わさないとこれは治まらない。」と申しますと、首里城においての協議もその通りに決まって、それであちらこちらを調べますと、二人の若い娘達が、その干支に当たっているのが居りますが、一人は大変な富豪で、土地畑もたくさんあり、お金もたくさん持っている富豪の一人娘で、またもう一人は、とっても貧乏者で、土地畑も自分の物は無く、全部他人の土地畑を、借りたり小作したりしている家庭だが、そこも親達二人とその娘との三人暮らしで、両方とも一人娘になっている家庭であるが、その貧乏者の娘子の当たっている家庭は、母親が重い病気にかかっているのです。すると、富豪の親達が、貧乏者の父親と娘子に相談して、「あのう、私達がその籤を引いてもしも当たった場合には、君達にたくさんの財産を分け与えて、金銭もあげ、また母親の病気も治してやり、裕福に君の親を暮らさせるから、君は應を受けてくれないかねえ。」と話しますと、その娘子はシクシク泣きながら、「母親の命も助けて、今から後は裕福に暮らさせてくれるのであれば、もう私はそれで良い。」と言って、大蛇に喰われても良いという事になって、いよいよその籤を引く日になり、籤を引きますと、予想通り富豪の娘に当たったので、富豪が申し出て、「こうこうで、この貧乏者達を助ける為にと思って、その娘が應を受けていますが、それで良いですか。」と申し上げますと、「その娘が承知しているならそれでも良いだろう。だがその代わり、親達の面倒はその娘子に代わってやらなければいけないが。」と言いますと、「はい。それでよろしいです。」という事になって、その後、今度はその日になりますと、娘に白衣装を着せて、池の側に連れていって座らせますと、予想通り大蛇が現れて、今にもその娘子を食べようとするのを見て、他の人達は度肝を抜かれて後ろに飛び退き引っ込んでいますが、その娘子は、そこで身動きもせず、両手で合掌をして、「捨てる我が命、露程も思わぬ、明日は母親が泣くと思えば。」と言ったのです。母親には、その事は何一つ言ってありませんので、私が大蛇に喰われたと聞いたならば、たとえ今後病気が治っても、泣いて暮らすだろうなあ、と思っていると、その時上空から、黒い雲が降りてきて、その黒雲の中から、白い衣装を着て、白髪白髭を長く生やした神様が杖を持って降りて参られて、大きな口を開けて、娘子を今にも食べようとする大蛇の頭を、持っていた杖でパチと殴りつけました。するとそこから電光が発生し、突然雷がゴロゴロと落ちてきて、大口を開けていた大蛇は死んでしまうと、座っていた貧乏者の娘子の命は助かって、大蛇も退治したという、孝行娘の話。これは陥没池(むるち)の大蛇の話なんだが、その後今度は、義本王が即位なさったのであるが、その翌年には、七ヵ月雨が降り、七ヵ月旱魃が続いて作物が枯れたので、今の今まで、枯穂年といわれているが、その枯穂年は、陥没池(むるち)の大蛇を退治した故に、枯穂が出たとの話も出ているが、だがしかし、もし大蛇が生きていたらどうなっていたか。死んでしまっても、その後には枯穂に当たるのだから、今に至るまで言われている枯穂年は、今から七百五十年余り前に起こった話だが、繰り返し返し語り継がれている。そして、その翌年には疫病が流行して、琉球の人民の役半分ぐらいが病気に負けて亡くなってので、義本王は、「私に徳が無いから、この様な事になった。」と言われて隠居なされたとの話だが、私達が今この話を聞いても、ついこの間の様に聞こえる。屋良陥没池(やらむるち)は今もあるが、私達が小学生の時に、遠足で先生に連れられて行って、陥没池(むるち)の側でその話を聞いた時は、池の周囲は松の大木がたくさん茂っていて、枝は天を覆っていたが、ある大戦で全部切り倒されて、今では道の側にある池になっている。昔は大蛇も出たのだが、今はもう、アメリカーが大砲を打ち込んで、大蛇も居なくなったのか。陥没池(むるち)の大蛇の話でした。識名隆人翻字 T6B1 |
| 全体の記録時間数 | 7:06 |
| 物語の時間数 | 7:06 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |