〔方言原話〕 渡嘉敷(とかしち)ペークーぬ話い。くぬ人(ちょー)渡嘉敷兼倫(とかしちけんりん)ぬ三男(さんな)なてぃ、首里(すい)ぬ赤田村(あかたむら)ぬ生(ん)まりんち、渡嘉敷(とかしち)ペークーや、やるしじやしが、北谷間切(ちゃたんまぢり)んかいうてぃ、土地(じー)ん、畑(はる)ん、銭(じぬ)んねーらん、ちゃー、貧乏(ふぃんす)暮らしそーみせーる人(ちゅ)やたんでぃしが、手墨(てぃしみ)学問(がくむん)ぬ優(すぐ)りみそーち、ちゃー、首里城(すいぐしく)んかい呼(ゆ)ばってぃ、昔(んかし)ぬ帳簿(ちょーぶ)付(ち)きる人達(ちゅぬちゃー)係なてぃ、唐ぬ国んかいん、ぬーん書状(かちむん)送(うく)いる時(ばー)ねー、くぬ人(ちゅ)が、代筆(でーひつ)し送(うく)いるあたい、文字(じー)や大変(じこー)ちゅら書(が)ちしみせーる人(ちゅ)やたんでぃ。頭(ちぶ)んちりてぃ、知恵(ぢんぶん)ぬまんどーみせーる人(ちゅ)やたんでぃ。うぬ人(ちゅ)ぬ話いや、ちゃっさしん、切(ち)りらんあたい、北谷(ちゃたん)うてー有(あ)しが、うぬ人(ちゅ)ぬ子(くゎ)、孫(んまが)、今(なま)ぬ眞栄城(めーぐしく)まんぐらやんでぃしが、私(わん)ねー、さしちっちぬ事(くとー)わからん。ある時(ばー)に、何事(ぬーぐとぅ)しが、御主加那志前(うしゅがなしーめー)や御立腹(ぐりっぷく)しみそーちゃら、大変(じこー)御立腹(ぐりっぷく)しみそーち、なー、誰(たー)が言(いゅ)しん、聞(ち)ちみそーらんなてぃさくとぅ、側(すば)ぬ人達(ちゅぬちゃー)が、なーくれー、ペークーそーてぃ来(く)りはる、御立腹(ぐりっぷこー)修(うさ)まいる、御立腹(ぐりっぷく)ぬ修(うさ)まらん間(うぇー)だー、話しいんぬーんならん、大変(でーじ)なとーん、ち、ペークー呼(ゆ)びーが、行(いん)ぢゃくとぅ、ペークーや、「あんし、ちゃんぐとぅそーみせーが。」んち、うぬ人達(ちゅぬちゃー)んかい話いさくとぅ、「なー、庭(じょー)んかい軍鶏籠(みーばーら)出(んぢゃ)さーなかい、軍鶏(たうちー)入(いっ)てぃせーしが、うぬ軍鶏(たうちー)んかい向(ん)かてぃ、ちゃー見(みー)ちきし、なー動(んじゅ)ちんしみそーらん、物(むぬ)ん言(い)みそーらんなてぃ、なー、ぬー伺(うかが)いる事(くとぅ)ならんなとーん。」でぃち話いさくとぅ、ペークーや、「えー、あんやみ。」んでぃ言(いゃー)なかい、首里(すい)んかい行(いん)ぢゃーに、側(すば)から見(んー)ちゃくとぅ、んちゃなー、何時間(なんじかぬ)んなとーしが、んまんかいいみそーち、うぬ軍鶏(たうちー)びけーる見(みー)ちきとーる、側(すば)全部(むる)見(んー)じみそーらんなたくとぅ、ペークーや、着(ち)ちょーる着物(ちの)全部(むる)脱(は)じ捨(し)てぃやーに、丸裸なやーなかい、うぬ軍鶏籠(みーばーら)ぬ側(すば)んかい行(い)ちゃーなかい、しぐ、仕様、模様(むよー)し手拳(てぃじくん)固(くふゎ)らさーに、うぬ軍鶏(たうちー)とぅ闘(おー)てぃ、「だー、軍鶏(たうちー)んでぃる言(いゅ)る鶏(とぅい)や、毎日(めーにち)物(むぬ)食(くゎー)ちゃい、手入(てぃーい)りさいそーる人(ちゅ)ぬちーねー、しぐ、頭(ちぶる)ん擦(し)り付(ち)き付(ち)きし、大変(じこー)うっさすしが、知らん人(ちゅ)やたい、稀(まる)けーてぃーが近寄(ゆ)てぃちーねー、しぐ、首毛(くびぎー)ん立(た)てぃてぃ、喰(くぃー)付(ち)きらんでぃするあたい見(んー)光(ふぃか)らする鶏(とぅい)やくとぅ。」、「やーやや、うぬあたいぐゎーぬ位(くれー)ぬ者(むん)ぬ、人(ちゅ)んかい向(ん)かてぃ、やーや逆毛(さかぎー)立(た)てぃてぃ向(ん)からんでぃるするい、やーや、ちゃみしかぬ者(むん)が。」んち、しぐなー、んまうてぃ、いーひゃー、あんひゃーし、「丁度(ちょーどう)、武士(さむれー)ぬ下男達(じにんぬちゃー)ぬらいに、大変(じこー)、いーひゃー、あんひゃーそーるぐとぅし、うぬ軍鶏(たうちー)んかいあびやーてぃやーし、自分(どぅー)ぬ丸裸なてぃるうくとぅ、飛(とぅ)んぜー下(う)てぃ下(う)てぃし、うぬ軍鶏(たうちー)んかい蹴(き)り付(くゎー)ちぇーしーしーし闘(おー)てぃさくとぅ、御主加那志前(うしゅがなしーめー)や、いひーいひーしみそーやーなかい、「ペークーなーしむさ、私(わん)にん、今(なま)ねーわかたん。」でぃ言(い)みそーち笑(わら)みせーたんでぃ。さくとぅ、ペークーや、「私(わん)とぅ軍鶏(たうちー)やかにん、なーひん下(しちゃ)るやいびーんどー御主加那志前(うしゅがなしーめー)。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、「いー、あんやさ、今(なま)るわかたる。」んち、うっさしみそーやーなかい、うぬ褒美(ふーび)に、米俵(くみだーら)一俵(いっぷー)いーてぃさくとぅ、うぬ米俵(くみだーら)、しーてー馬(んま)ぐゎぬ片側(かたはら)んかいくんちさくとぅ、馬(んま)ぐゎーやちんけーりーげーりーし一向(てぃち)ん前(めー)ねー歩(あっ)かんなてぃさくとぅ、「やーやひゃー、御主加那志前(うしゅがなしーめー)からいーてーる米俵(くみだーら)ん地面(じー)んかい置(う)ちきねんなー、やーぐとーるむのー。」んち、馬(んま)ぐゎー蹴(きっ)ちゃい、殺(くる)ちゃいさんてーん。だー、うれー、鞍ぬ片側(かたはら)んかいくんちぇーくとぅ、馬(んま)ぐゎーや片側(かたはら)んかい滑(しん)でぃてーしーしーし、一向(てぃち)ん前(めー)ねー歩(あっ)かんなたくとぅ、御主加那志前(うしゅがなしーめー)が、「とー、ペークー、一俵(いっぷ)せー歩(あっ)からんさ、二俵(にふー)なさーに、反対側(あがた)にんくんち行(い)けー。」んでぃ言(い)みそーちゃくとぅ、「成平(なりふぃら)取(とぅ)みせーしる御主加那志前(うしゅがなしーめー)やいびーんどー。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、「いー、いー、わかとーん。」でぃち、笑(わら)みせーたんでぃ。片側(かたはら)びけー考(かんげー)いねー片側(かたはら)空(がら)なやなかい、ちんけーりすくとぅ、あねーしみそうんなようやーんでぃる事(くとぅ)やさやんち、後(あとぅ)からペークーんかい、「片側(かたはら)空(がら)なちぇーならん、両方(どぅーほー)、右(にぢり)ん、左(ふぃざい)ん、立(た)てぃらはるやっさーやーペークー。」んち、話いしみせーたんでぃ。うりが、馬(んま)ぐゎんかい米俵(くみだーら)一俵(いっぷー)載(うー)してぃ、ちんけーり、げーりさくとぅ、先刻(きっさ)ぬ、あぬ、軍鶏(たうちー)とぅぬ闘(おー)えー、今(なま)ぬ考(かんげ)えん、御主加那志前(うしゅがなしーめー)や感じみそーやーなかい、うぬペークー、かなさしみそうち碁(ぐー)打(う)ちゃいぬーさいぬ話いん、沢山(だちぇーん)あしが、うぬ他(ふか)ぬ話い。御殿(うどぅん)でぃせー、王(をー)ぬ兄弟達(ちょーでーぬちゃー)が、家(やー)分(わ)かいねーんえー御殿(うどぅん)、御殿(うどぅん)からぬ家(やー)分(わ)かやーや、殿内(どぅんち)やしが、御殿(うどぅん)ぬん、殿内(どぅんち)ん、王(をー)ぬ一族達(ちゅいちくぬちゃー)、王(をー)ぬ肉親ぬ親戚達(うぇーかぬちゃー)やくとぅ、んまんかい御祝(ぐすーじ)ぬ有(あ)てぃ、うぬが御祝(ぐすーじ)んかい行(い)ちゅる時(ばー)ねー、ホー火(ふぃー)ぬ話いや、せーならんでぃる事(くとぅ)、昔(んかせー)、自分達(どぅーたー)くる慎(ちちし)むんでぃる事(くとぅ)やたんでぃ沖縄(うちなー)や、守礼之邦(しゅれいぬくに)、相手(いぇーてぃ)重(うむ)んじーる邦(くに)やくとぅ、途中(みちなかー)やてぃん、話いせーならんでぃちやたんでぃしが、他(ふか)ぬ武士達(さむれーたー)ん一緒(まじゅん)行(い)ちゃがなー道ぬ側(すば)うてぃ、上部(うゎーべー)青(おー)るーやしが、裏(うらー)白(しる)なてぃ、あー、珍(みじら)しい木(きー)ぬ有(あ)ん、でぃち、引(ふぃっ)切(ちっ)ちぇー見(みー)見(みー)し、うり引(ふぃっ)切(ちー)ねー、だー、うれー、臭さるあくとぅ、かじゃせーはん投(な)ぎてぃしーしーし、上部(うゎーべー)青(おー)るー、裏(うらー)白(しる)、かじゃせや臭さぬ、とー、くれー、ぬーんでぃる木(きー)がやへー、んち、引(ふぃっ)切(ちっ)ちぇーかじゃせー、はん投(な)ぎてーしーしーさくとぅ、他(ふか)ぬ武士(さむれー)ぬ、「えー、ペークー、やーや、うりんわからんなー、うれーホー木(ぎ)んでぃ言(いゅ)しやさ。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、ペークーや、「ふうー、貴方(うんじょー)今(なま)、ぬーんでぃ言(い)みせーたが。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、うぬ武士(さむれー)や、うんなとぅくるんかいぬ御祝(ぐすーじ)んかえー、皆(んな)、なー各々(めーめー)慎(ちちし)どーるしじやしが、うびうじけー言(いゃー)なかい、赤面(あかぢらー)なてぃさくとぅ、なー、うれー打(う)ち止(や)みやーなかい、他(ふか)ぬ世間話(しきんばなし)い、色々(いるいる)しあとぅ、「あー、くりかーや木(きー)ん少(いきら)さぬ夏(なち)ないねー歩(あっ)ちぐりさぬ、道から歩(あっ)ちねー、太陽(てぃだ)んかい照(てぃ)りくゎーってぃ、山原(やんばる)まんからー木(きー)ぬまんでぃ、道ぬ側(すば)ん全部(むる)木(きー)ぬ生(みー)やーなかい、「木(きー)ぬ陰(かーぎ)から用事(ゆーじゅ)済(し)ましーが歩(あっ)ちゅんでぃしがやー、木(きー)ぬ多(うふ)さくとぅ、鍋(なーび)ん釜ん全部(むる)木鍋(きーなーび)しる、炊物(たちむぬ)ん炊(た)ち、食(か)むんでぃっさーやーさい。」んち、話いさくとぅ、一人(ちゅい)ぬ武士(さむれー)ぬ、「いぇーペークー、あんしうぬ鍋(なーべー)焼きらんたがやー。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、ペークーや、「ありあり、貴方(うんじょー)。」んでぃ言(い)ち、うぬ武士(さむれー)ん赤面(あかぢら)なちゃんでぃる話い。また、御城(うぐしく)うてぃ、鳩(ほーとぅ)ぬ肉(しし)煮(に)ちぇーくとぅ、食(か)みんでぃる事(くとぅ)んかいなてぃ、御膳(うじん)前(めー)なち食(か)だくとぅ、碗(まかい)んかい入(いっ)ちょーせー全部(むる)大根(でーくに)びけーなてぃさくとぅ、ペークーや、「大変(じこー)まーさいびーたしが、私達(わったー)とぅくまぬ鳩(ほーとぅ)ぬ肉(しし)ぬさこーねーやびらん。」でぃち話いさくとぅ、「あんせー、何時(いち)がな食(か)みーが行(い)かやー。」んち、さーに、うぬ後(あとぅ)、王(をー)ぬペークー達(たー)家(やー)んかいめんそーちゃくとぅ、全部(むる)大根(でーくに)びけー煮(に)ち出(んぢゃ)ちゃくとぅ、王(を)ぬ、「ペークー、鳩(ほーとぅ)ぬ肉(しせー)入(いっ)ちぇーねーらんでぃ。」んでぃ、言(い)みそーちゃくとぅ、ペークーや、「私(わー)が首里城(すいぐしく)うてぃ、食(か)だる鳩(ほーとぅ)ぬ肉(しせー)、全部(むる)うりるやいびーたる。」んちゃくとぅ、王(をー)や、あはーあはーし、笑(わら)みそーちゃくとぅ、家(やー)ぬ外(ふか)うてぃ、人(ちゅ)ぬがさがさすんねーさくとぅ、王(を)ぬ、「誰(たー)がな居(う)いるするい。」んち、問(とー)みそーちゃくとぅ、ペークーや微笑(うすわれー)し、友達(どぅしぬちゃー)とぅ賭(かーきー)し、御主加那志前(うしゅがなしーめー)、私(わん)にんかい御辞儀(ぐりー)しみそーらすんでぃち、さびたくとぅ、門(じょー)ぬ入口(いりぐちー)低(ふぃく)くさびたん。」でぃち、話いさくとぅ、王(を)や、「鳥(とぅい)ぐゎーぬ家(やー)ぬぐとぅるあるむんなーんでぃ思(うむ)たさ。」んでぃ、言(い)みそーやーなかい、「なー一回(ちゅけーん)ちーねー、前(めー)ぬ畑(はる)から飛(とぅ)ばぎーる鳩(ほーとぅ)捕(とぅ)やーに、煮(に)ち食(か)まやー。」ペークーんでぃ言(い)みせーたんでぃ。他(ふか)ぬ話い、ペークーや、初(はじ)めー大変(じこー)真面目(まくとぅー)なてぃ、女遊(いなぐあー)びん、全部(むる)さん、うんぐとーる事(くとー)さんてぃんしむんでぃち、うぬ様な事(くとー)さん、唐んかい学問(がくむん)習(なれー)いが行(い)ぢょーしが、うぬ朝旅(あさたび)さがなー、唐一倍(とーいちべー)し儲(もー)きてぃそーしが、女郎達(ぢゅりぬちゃー)が、女郎(ぢゅり)賭(がーき)し、私(わー)がないん、ならん、ち、さーに、ないんでぃる女郎(ぢゅり)ぬ腿(むむ)してぃ、掛(か)かい、縋(しが)いし、後(あとー)泣(な)ちゅんねーびーさくとぅ、「女(いなごー)、あんすか人情ぬあみ。」んち、うりから後(あとぅ)、一生涯(いちみとぅとぅま)うぬ女(いなぐ)とぅ一緒(まじゅん)なてぃ、後(あとー)、女郎(ぢゅり)んかい惚(ふ)りてぃ、うぬ女郎(ぢゅり)んかい全部(むる)搾(しぶ)らってぃ、唐旅(とうたび)し儲(もー)きてーる金銭(じのー)、全部(むる)ねーらんなたくとぅ、「私(わー)が唐旅(とうたび)し儲(もー)きてーる金銭(じん)、三島(みしま)ぬ女郎達(ぢゅりぬちゃー)んかい分(わ)きてぃくぃくとぅ、皆(んな)集(あち)まり。」んち、さくとぅ、あんせー、沢山(だちぇーん)なーが当(あ)たいら、分からんむんぬ、んち、女郎達(ぢゅりぬちゃー)、皆(んな)集(あち)まてぃさくとぅ、ちゃーすがやーんでぃ思(うむ)たれー、「金銭(じのー)百五十(ひゃくぐんじゅー)やしが、なー、私(わー)唐旅(とうたび)ぬ儲(もー)けー、うっさる残(ぬく)とーくとぅ、皆(んな)し分(わ)きてぃいーり。」んでぃ言(いゃー)に、海んかい投(な)ぎたくとぅ、皆(んな)見(みー)ぐるぐるそーたんでぃ。あんし、裸一貫(はだかいっくゎん)なてぃ、北谷(ちゃたぬ)んかい来(ち)、なー、金銭(じん)一銭(いっせぬ)んねーらんなたくとぅ、大変(じこー)見苦しい暮らしそーたんでぃ。あんさくとぅ、妻(とぅぢ)ぬ、「人(ちゅ)、人間(にんじん)ぬ暮らせーあらん、ちゃーすが。」んちゃくとぅ、「あんすか家(やー)ぬ欲(ふ)さんなー、あんせー私(わー)が作(ちゅく)いさ。」んち、自分(どぅー)ぬ家(やー)んかい火(ふぃ)着(ち)きやーに、妻(とぅぢ)とぅ一緒(まじゅん)ん、家(やー)から出(んぢ)てぃ、火(ふぃー)どー、火事(くゎじ)どーしさくとぅ、村ぬ人達(ちゅぬちゃー)や、自分(どぅー)くるし着(ち)きてーんでー思(うまー)んくとぅ、ちむぐりさし、山から木(きー)切(ち)り出(んぢゃ)ち、大屋(うふやー)作(ちゅく)てぃとぅらちゃくとぅ、「にふぇーでーびる。」んち、御辞儀(ぐりー)そーたんでぃ。うぬあたい、大変(じこー)滑稽(てーふぁ)な者(むん)やたんでぃ。また、ある時(ばー)に、御主(うすー)ぬ籠(かぐ)担(かた)みてぃ、散歩(ちながみ)しーが行(いん)ぢゃくとぅ、途中(みちなかー)うてぃ、雨(あみ)ぬぱーらない降(ふ)てぃさくとぅ、籠(かごー)はん投(な)ぎてぃ、自分(どぅー)や近くぬ家(や)んかい、隠(くゎっくぃ)てぃさーに、雨(あみ)ぬ晴(は)りてぃ後(あとぅ)から、「はーなー、親(うや)元祖(ふぁーふじ)ぬ御恩(うんぢぇー)今(なま)るわかいびたる、むしか、鼻ぬ穴ぬ上(うぃ)んかいんでー向(ん)かとーてーいねー、水(みじ)ぬ溜まてぃ、息(いーち)までぃーし、いちでーじないびーたん。」でぃち、話いさくとぅ、御主(うすー)や、「あはーはー。」し、笑(わら)とーみせーたんでぃ。本当(ふんとー)や罰(ばち)さりーしやしが、鼻ぬ穴ぬ上(うぃ)んかい向(ん)かとーる人(ちょー)んちぇー居(う)らんくとぅ、大物(うふむぬ)笑(われー)ぬ出(んぢ)てぃ、罰(ばちぇー)さらんぐとぅぬがーたんでぃ。うぬあたい冗談者(てーふぁーなむん)なてぃさくとぅ、御主加那志前(うしゅがなしーめー)や、ちゃー、ペークーとぅるないるないるし、まーんかいん一緒(まじゅん)やたんでぃ。うりから、北谷(ちゃたん)ぬ矼(はせー)なーだ掛からんたんでぃくとぅ、潮(うす)ぬ干(ふぃー)ねー尻(ちび)かなぎてぃ、男(いきが)ん、女(いなぐ)ん、川(かーら)渡(わた)てぃ首里(すい)、那覇(なーふぁ)かい行(い)ちゅたんでぃしが、ある日(ふぃー)、ペークーがちゅーしがにっかなてぃさくとぅ、御主(うすー)が 、「ぬーがペークー、今日(ちゅー)やうぬにっかなとーる。」んでぃ言(い)みそーちゃくとぅ、ペークーや、「はーなー、今日(ちゅー)ぬ潮(うそー)高満(たかみ)ちし、男(いきが)ん、女(いなぐ)ん、全員(うるっさ)尻(ちび)までぃ浸(ち)かてぃる渡(わた)いびたしが、あっさみよー、城間仲(ぐしくまなーか)ぬ婦人(あやー)陰毛(くーぎ)よーさい、上(うゎー)浮(う)ちゃーし引(ふぃ)ちょーびーたん。」ち、話いさくとぅ、御主(うすー)や、「あはー、はー。」し、笑(わら)みそーやなかい、うんぐとーる女(いなぐ)、あやかーてぃんでーやーんち、御主(うすー)や女(いなぐ)好(し)ちやみせーくとぅ、側室(わーべー)とぅぬ子(くゎ)ぬ十七人居(う)るあたい女(いなぐ)ぶらーやくとぅ、うぬ婦人(あやー)あやかてぃ、城間仲(ぐしくまなーかー)うりさーに、富豪(うぇーき)し、近辺(ちかふぃん)ぬ土地(じー)、全部(むる)いーたんでぃる話い。〔共通語訳〕 渡嘉敷(とかしき)ペークーという人の話。この人は渡嘉敷兼倫(とかしきけんりん)の三男で、首里(しゅり)赤田村(あかたむら)の生まれと渡嘉敷ペークーはなっているが、北谷間切(ちゃたんまぎり)に住んでいて、土地も畑もお金も無く、常時、貧乏暮らしをなさった人だったそうだが、習字や学問に大変優れておられて、常時、首里城(しゅりじょう)に呼ばれて、昔の帳簿を付ける人達の係になって、唐の国などに書状を送る時には、この人が代筆して送るぐらい習字は大変麗筆なお方だったとのことです。頭も良く、知恵も豊富なお方で、その人の話は数えきれないほど北谷にはありますが、その人の子孫は今の真栄城(まえしろ)などだそうですが、私は十分な事はわかりません。ある時、何の事で王様が御立腹なされたのか、御立腹なされておられまして、もう、誰が何と申し上げても聞き入れませんので、側近の人達がこの御立腹はペークーを連れて来なければ、御立腹は修まらない。御立腹が修まらない間は話も何もできない。大変な事になった、とペークーを呼びに行きますと、ペークーは、「どんな様子ですか。」とその人達に聞きますと、「もう、庭の方に軍鶏籠(みーばーら)を持ち出して、軍鶏(たうちー)を入れておき、その軍鶏に向かって身動きもせずにじーっと見つめて動きません。何もおっしゃいません。また、何を伺っても答えませんので、どうすることもできません。」と話しますとペークーは、「ええ、そうか。」と言って、首里に行ってみますと、もう何時間も経っていると思うのだが、そこにお座りになってその軍鶏だけを見つめておられて、側の方は全然見向きもなさらないので、ペークーは着ている着物を全部脱ぎ捨て裸になり、その軍鶏籠の側に行きまして、いろいろな仕様仕草で手拳を固めまして、その軍鶏と闘って、「そもそも軍鶏という鶏は、毎日、餌を食べさせて手入れをしている人が近寄ってくると、頭を擦り付けて大変喜ぶのですが、見知らぬ人や稀に来る人が近寄ると、首毛を立てて喰い付こうとするくらい目を光らせます。」すると、ペークーは、「お前貴様、そのくらいの階級の者が人に向かって、お前は逆毛を立てて向かおうとするが、君はなにほどの者か。」と籠の周りで罵倒叱責し、丁度武士が、下男達を叱って罵倒叱責しているように、その軍鶏に叫び続けて自分も丸裸になっていますから、飛び上がっては蹴り、飛び下りてはまた飛び上がって蹴り飛びして、その軍鶏に蹴り付けて闘っています。すると、王様はくすくす笑われまして、彼に向かい、「ペークー、もういいよ、私も今わかった。」と言われて、お笑いになったそうです。すると、ペークーは、「私と軍鶏より、もっと下の階級ですよ王様。」と申し上げますと、「ううんなるほどそうだ、今わかった。」と言われてとても喜ばれて、その褒美に米俵一俵貰ったのです。すると、その米俵を小さい馬の片側に結び付けて歩かそうとしますと、小さな馬は引っ繰り返るばかりで一向に前に進みません。すると、「お前みたいなやつ、王様から戴いた大事なお米を地面に着けるか、この野郎。」と言いながらその小さな馬を蹴ったり打ったりしますのですが、それは、鞍の片側に俵を結び付けてあるので、小さな馬は片方に滑って一向に前には進みません。すると、王様は「おいペークー、一俵では歩けないから二俵にして、反対側にも結び付けて行きなさい。」と申しますと、「平行を取るのが王様ですよ。」と申し上げると、「よいよい、わかったわかった。」と笑っておられました。だから、片側ばかりの出来事や物事を考えていると、片側は空になって引っ繰り返りますから、そのような事はなさらない様にして下さい、という事だなあと考えられ、後になってペークーに、「片側は空にしてはいけない、両方、右も左も立てんといかんねえペークー。」と話しておられたそうです。彼が小さな馬に米俵一俵載せて引っ繰り返しながら、先刻、丸裸になって軍鶏との闘いと今とを考えあわせて、王様はいろいろとお感じになり、ペークーを大変可愛がられて、囲碁を打つなどの話も沢山あるが、その他の話。御殿(うどぅん)とは、王様の兄弟達が分家すると、そこは御殿で、御殿からの分家は殿内(どぅんち)で、御殿や殿内は王の一族達、王の肉親の親戚(うぇーか)である。そこにお祝いがあり、そのお祝いに行く時には、ホー火の話はしていけないと、昔は自分達で慎んでいるのですが、沖縄は守礼之邦、相手を重んずる邦だから、途中でもそのような話はしていけないとの事だったそうですが、他の武士達とペークーも一緒に行きながら、道の側で、上の方は青なんだが裏は白くて、ああ、珍しい木があるものだ、と引っ切って見、何度もしていると、その葉は引っ切ると臭いので、匂いを嗅いでは投げ捨てながら、「上の方は青、裏の方は白くて、匂いをすれば臭い、いったいこれは何という木だろうなあ。」と言いながら、千切っては匂いを嗅いで投げ捨てますと、他の武士が、「おいペークー、君はそれも知らないか、それはホー木という木だよ。」と申しますと、「ええ、あなたは今何といわれました。」と言いますと、そのようなところにお祝いに行く時には、各人が各々に慎むことは良く知っていますが、つい思わず言ってしまって赤面したのです。すると、その話はそれで打ち切りにして、別のいろいろな世間話をした後に、「ああ、この辺は木も少なくて夏になると歩き難い、道から歩くと太陽に照りつけられるし、山原(やんばる)辺りは木も多く、道の側も全部木が生えていて、木陰から歩いて用事を済ますそうですがねえ、木が多いから鍋や釜も全部木で作り、木の鍋で炒め物も炊いて食べるそうですねえ。」と話しますと、一人の武士が、「おいペークー、それでその鍋は焼けないのか。」と言いますと、ペークーは、「あれあれ、あなたは。」と言いますと、その武士も赤面したそうです。また、お城で鳩の肉を煮てあるから食べるようにとの事なので、行ってお膳を前にして食べますと、お碗の中に入っているのは大根ばかりですので、ペークーは、「大変美味しかったのですが、私達のところの鳩の肉の方が美味でございます。」と申し上げますと、「それならいつか食べに行こうね。」と申して、その後、王様がペークーのところに参りますと、大根だけ煮て出しますと、王様が、「ペークー、鳩の肉は入ってないよ。」と申しますと、ペークーは、「私が首里城(しゅりじょう)で食べた鳩の肉は、みなそれでした。」と申し上げますと、王様は、一本やられたという顔で笑っておられますと、家の外でがさがさする様子ですので、王様が、「誰かいるのか。」と申されますので、ペークーは笑いながら、「友達と賭けをして、王様を私にお辞儀させるという賭けで、門の入り口を低くしました。」と申し上げますと、王様は、「まるで鳥小屋のようだと思ったよ。」と申された後に、いろいろ話をして帰りがけに、「もう一度来る時は、前の畑に飛んでいる鳩を捕まえて煮て食べようね、ペークー。」と言われたそうです。他の話、ペークーは初めは大変真面目な人で、女遊びなどは全然しないで、そのような事はしないでも良いと考え、唐に学問の勉強に行き、朝旅をしながら唐一倍で沢山儲けたのですが、女郎達が女郎賭けをして、私にはできる、できないと対立しますと、できると言う女郎が、腿を擦りつけ縋りついたりして後は泣く真似をしますと、「女そんなに人情が深いのか。」と申して、一生涯、その女と一緒になって、最後には女郎に惚れて、その女郎に全部搾り取られて、唐旅で儲けたお金は、全部無くなってしまったので、「私が唐旅で儲けたお金を三島(みしま)の女郎達に分けて取らせるから、全員集まれ。」と申しますと、各人、沢山貰えると思って集まりますと、いかにするかと思っていますと、「お金、百五十だが、もう私の唐旅の儲けはこれだけしか残ってないから、皆で分けて貰え。」と言って海に投げますと、集まった女郎達は皆、目をぱちくりさせていたそうです。それで裸一貫になって北谷に来たのですが、お金、銭、一銭もありませんので、非常に見苦しい生活をしていたそうです。すると、妻が、「とても人、人間の暮らしではない、いかにするか。」と言いますと、「それほど家が欲しいか、それでは私が造るよ。」と言って、自分の家に火を着けて、妻と一緒に家から出て、「火事だ、火事だ。」と叫びますと、部落の人達は、自分で着けたとは知りませんから、可哀相だと思い、山から木を切り出してきて大きな家を造ってやりますと、「有り難う。」とお辞儀してお礼をしたそうです。それくらい、大変滑稽な人だったそうです。またある時、王様の籠を担いで散歩に行きますと、途中で雨が降りだしますと、籠を放り投げて自分は近くの家に雨宿りをして、雨が晴れてから帰ってきて、「ああ、親や先祖の御恩は今よくわかりました。もし鼻の穴が上に向かっていたら、水が溜まり息が詰まり大変なことになるところでした。」と話しますと、王様は、「あはあ、はあ。」と笑っておられたそうです。本当だと罰を受けるのですが、鼻の穴が上に向いている人はいませんので、大笑いになって罰は受けずに済んだそうです。それぐらい冗談の上手な人だったので、王様は常に、「ペークーと共に、ペークーと共に。」と申して、どこに行くにも一緒だったそうです。それから、北谷の川にいまだ矼が掛かっていませんので、潮が引く時に着物の裾を端折って、男も女も川を渡って首里や那覇(なは)に行きよったそうですが、ある日、ペークーの登城が遅いので、王様が、「なんでペークー、今日はそんなに遅くなって。」と申されましたのでペークーは、「はあ、もう今日は潮が高く満ちまして、男も女も全員が尻まで浸かって渡りましたが、そうすると、驚いた事に、城間仲(ぐしくまなーか)の婦人の陰毛がですよ、浮き上がって長く引いていましたよ。」と話しますと、王様は、「ははは。」と笑われて、そのような女をあやかってみたいものだと思われたのです。王様は女好きですから、妻との子供達が十七人もいるぐらい女狂いですから、その婦人をあやかりて後、城間仲はそれで大金持ちになり、付近の土地も全部貰ったとの話。平成9年2月17日 高江洲亮翻字 T4B3
| レコード番号 | 47O170035 |
|---|---|
| CD番号 | 47O17C004 |
| 決定題名 | 渡嘉敷ペーク(方言) |
| 話者がつけた題名 | 渡嘉敷ペーク |
| 話者名 | 阿波根昌栄 |
| 話者名かな | あはごんしょうえい |
| 生年月日 | 19210309 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県中頭郡北谷町字上勢頭 |
| 記録日 | 19970217 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | T04B04 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 笑話、 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 『想い出の昔話』 |
| キーワード | 知恵者,書,褒美の片荷,鳩の肉,低頭門, |
| 梗概(こうがい) | 〔方言原話〕 渡嘉敷(とかしち)ペークーぬ話い。くぬ人(ちょー)渡嘉敷兼倫(とかしちけんりん)ぬ三男(さんな)なてぃ、首里(すい)ぬ赤田村(あかたむら)ぬ生(ん)まりんち、渡嘉敷(とかしち)ペークーや、やるしじやしが、北谷間切(ちゃたんまぢり)んかいうてぃ、土地(じー)ん、畑(はる)ん、銭(じぬ)んねーらん、ちゃー、貧乏(ふぃんす)暮らしそーみせーる人(ちゅ)やたんでぃしが、手墨(てぃしみ)学問(がくむん)ぬ優(すぐ)りみそーち、ちゃー、首里城(すいぐしく)んかい呼(ゆ)ばってぃ、昔(んかし)ぬ帳簿(ちょーぶ)付(ち)きる人達(ちゅぬちゃー)係なてぃ、唐ぬ国んかいん、ぬーん書状(かちむん)送(うく)いる時(ばー)ねー、くぬ人(ちゅ)が、代筆(でーひつ)し送(うく)いるあたい、文字(じー)や大変(じこー)ちゅら書(が)ちしみせーる人(ちゅ)やたんでぃ。頭(ちぶ)んちりてぃ、知恵(ぢんぶん)ぬまんどーみせーる人(ちゅ)やたんでぃ。うぬ人(ちゅ)ぬ話いや、ちゃっさしん、切(ち)りらんあたい、北谷(ちゃたん)うてー有(あ)しが、うぬ人(ちゅ)ぬ子(くゎ)、孫(んまが)、今(なま)ぬ眞栄城(めーぐしく)まんぐらやんでぃしが、私(わん)ねー、さしちっちぬ事(くとー)わからん。ある時(ばー)に、何事(ぬーぐとぅ)しが、御主加那志前(うしゅがなしーめー)や御立腹(ぐりっぷく)しみそーちゃら、大変(じこー)御立腹(ぐりっぷく)しみそーち、なー、誰(たー)が言(いゅ)しん、聞(ち)ちみそーらんなてぃさくとぅ、側(すば)ぬ人達(ちゅぬちゃー)が、なーくれー、ペークーそーてぃ来(く)りはる、御立腹(ぐりっぷこー)修(うさ)まいる、御立腹(ぐりっぷく)ぬ修(うさ)まらん間(うぇー)だー、話しいんぬーんならん、大変(でーじ)なとーん、ち、ペークー呼(ゆ)びーが、行(いん)ぢゃくとぅ、ペークーや、「あんし、ちゃんぐとぅそーみせーが。」んち、うぬ人達(ちゅぬちゃー)んかい話いさくとぅ、「なー、庭(じょー)んかい軍鶏籠(みーばーら)出(んぢゃ)さーなかい、軍鶏(たうちー)入(いっ)てぃせーしが、うぬ軍鶏(たうちー)んかい向(ん)かてぃ、ちゃー見(みー)ちきし、なー動(んじゅ)ちんしみそーらん、物(むぬ)ん言(い)みそーらんなてぃ、なー、ぬー伺(うかが)いる事(くとぅ)ならんなとーん。」でぃち話いさくとぅ、ペークーや、「えー、あんやみ。」んでぃ言(いゃー)なかい、首里(すい)んかい行(いん)ぢゃーに、側(すば)から見(んー)ちゃくとぅ、んちゃなー、何時間(なんじかぬ)んなとーしが、んまんかいいみそーち、うぬ軍鶏(たうちー)びけーる見(みー)ちきとーる、側(すば)全部(むる)見(んー)じみそーらんなたくとぅ、ペークーや、着(ち)ちょーる着物(ちの)全部(むる)脱(は)じ捨(し)てぃやーに、丸裸なやーなかい、うぬ軍鶏籠(みーばーら)ぬ側(すば)んかい行(い)ちゃーなかい、しぐ、仕様、模様(むよー)し手拳(てぃじくん)固(くふゎ)らさーに、うぬ軍鶏(たうちー)とぅ闘(おー)てぃ、「だー、軍鶏(たうちー)んでぃる言(いゅ)る鶏(とぅい)や、毎日(めーにち)物(むぬ)食(くゎー)ちゃい、手入(てぃーい)りさいそーる人(ちゅ)ぬちーねー、しぐ、頭(ちぶる)ん擦(し)り付(ち)き付(ち)きし、大変(じこー)うっさすしが、知らん人(ちゅ)やたい、稀(まる)けーてぃーが近寄(ゆ)てぃちーねー、しぐ、首毛(くびぎー)ん立(た)てぃてぃ、喰(くぃー)付(ち)きらんでぃするあたい見(んー)光(ふぃか)らする鶏(とぅい)やくとぅ。」、「やーやや、うぬあたいぐゎーぬ位(くれー)ぬ者(むん)ぬ、人(ちゅ)んかい向(ん)かてぃ、やーや逆毛(さかぎー)立(た)てぃてぃ向(ん)からんでぃるするい、やーや、ちゃみしかぬ者(むん)が。」んち、しぐなー、んまうてぃ、いーひゃー、あんひゃーし、「丁度(ちょーどう)、武士(さむれー)ぬ下男達(じにんぬちゃー)ぬらいに、大変(じこー)、いーひゃー、あんひゃーそーるぐとぅし、うぬ軍鶏(たうちー)んかいあびやーてぃやーし、自分(どぅー)ぬ丸裸なてぃるうくとぅ、飛(とぅ)んぜー下(う)てぃ下(う)てぃし、うぬ軍鶏(たうちー)んかい蹴(き)り付(くゎー)ちぇーしーしーし闘(おー)てぃさくとぅ、御主加那志前(うしゅがなしーめー)や、いひーいひーしみそーやーなかい、「ペークーなーしむさ、私(わん)にん、今(なま)ねーわかたん。」でぃ言(い)みそーち笑(わら)みせーたんでぃ。さくとぅ、ペークーや、「私(わん)とぅ軍鶏(たうちー)やかにん、なーひん下(しちゃ)るやいびーんどー御主加那志前(うしゅがなしーめー)。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、「いー、あんやさ、今(なま)るわかたる。」んち、うっさしみそーやーなかい、うぬ褒美(ふーび)に、米俵(くみだーら)一俵(いっぷー)いーてぃさくとぅ、うぬ米俵(くみだーら)、しーてー馬(んま)ぐゎぬ片側(かたはら)んかいくんちさくとぅ、馬(んま)ぐゎーやちんけーりーげーりーし一向(てぃち)ん前(めー)ねー歩(あっ)かんなてぃさくとぅ、「やーやひゃー、御主加那志前(うしゅがなしーめー)からいーてーる米俵(くみだーら)ん地面(じー)んかい置(う)ちきねんなー、やーぐとーるむのー。」んち、馬(んま)ぐゎー蹴(きっ)ちゃい、殺(くる)ちゃいさんてーん。だー、うれー、鞍ぬ片側(かたはら)んかいくんちぇーくとぅ、馬(んま)ぐゎーや片側(かたはら)んかい滑(しん)でぃてーしーしーし、一向(てぃち)ん前(めー)ねー歩(あっ)かんなたくとぅ、御主加那志前(うしゅがなしーめー)が、「とー、ペークー、一俵(いっぷ)せー歩(あっ)からんさ、二俵(にふー)なさーに、反対側(あがた)にんくんち行(い)けー。」んでぃ言(い)みそーちゃくとぅ、「成平(なりふぃら)取(とぅ)みせーしる御主加那志前(うしゅがなしーめー)やいびーんどー。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、「いー、いー、わかとーん。」でぃち、笑(わら)みせーたんでぃ。片側(かたはら)びけー考(かんげー)いねー片側(かたはら)空(がら)なやなかい、ちんけーりすくとぅ、あねーしみそうんなようやーんでぃる事(くとぅ)やさやんち、後(あとぅ)からペークーんかい、「片側(かたはら)空(がら)なちぇーならん、両方(どぅーほー)、右(にぢり)ん、左(ふぃざい)ん、立(た)てぃらはるやっさーやーペークー。」んち、話いしみせーたんでぃ。うりが、馬(んま)ぐゎんかい米俵(くみだーら)一俵(いっぷー)載(うー)してぃ、ちんけーり、げーりさくとぅ、先刻(きっさ)ぬ、あぬ、軍鶏(たうちー)とぅぬ闘(おー)えー、今(なま)ぬ考(かんげ)えん、御主加那志前(うしゅがなしーめー)や感じみそーやーなかい、うぬペークー、かなさしみそうち碁(ぐー)打(う)ちゃいぬーさいぬ話いん、沢山(だちぇーん)あしが、うぬ他(ふか)ぬ話い。御殿(うどぅん)でぃせー、王(をー)ぬ兄弟達(ちょーでーぬちゃー)が、家(やー)分(わ)かいねーんえー御殿(うどぅん)、御殿(うどぅん)からぬ家(やー)分(わ)かやーや、殿内(どぅんち)やしが、御殿(うどぅん)ぬん、殿内(どぅんち)ん、王(をー)ぬ一族達(ちゅいちくぬちゃー)、王(をー)ぬ肉親ぬ親戚達(うぇーかぬちゃー)やくとぅ、んまんかい御祝(ぐすーじ)ぬ有(あ)てぃ、うぬが御祝(ぐすーじ)んかい行(い)ちゅる時(ばー)ねー、ホー火(ふぃー)ぬ話いや、せーならんでぃる事(くとぅ)、昔(んかせー)、自分達(どぅーたー)くる慎(ちちし)むんでぃる事(くとぅ)やたんでぃ沖縄(うちなー)や、守礼之邦(しゅれいぬくに)、相手(いぇーてぃ)重(うむ)んじーる邦(くに)やくとぅ、途中(みちなかー)やてぃん、話いせーならんでぃちやたんでぃしが、他(ふか)ぬ武士達(さむれーたー)ん一緒(まじゅん)行(い)ちゃがなー道ぬ側(すば)うてぃ、上部(うゎーべー)青(おー)るーやしが、裏(うらー)白(しる)なてぃ、あー、珍(みじら)しい木(きー)ぬ有(あ)ん、でぃち、引(ふぃっ)切(ちっ)ちぇー見(みー)見(みー)し、うり引(ふぃっ)切(ちー)ねー、だー、うれー、臭さるあくとぅ、かじゃせーはん投(な)ぎてぃしーしーし、上部(うゎーべー)青(おー)るー、裏(うらー)白(しる)、かじゃせや臭さぬ、とー、くれー、ぬーんでぃる木(きー)がやへー、んち、引(ふぃっ)切(ちっ)ちぇーかじゃせー、はん投(な)ぎてーしーしーさくとぅ、他(ふか)ぬ武士(さむれー)ぬ、「えー、ペークー、やーや、うりんわからんなー、うれーホー木(ぎ)んでぃ言(いゅ)しやさ。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、ペークーや、「ふうー、貴方(うんじょー)今(なま)、ぬーんでぃ言(い)みせーたが。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、うぬ武士(さむれー)や、うんなとぅくるんかいぬ御祝(ぐすーじ)んかえー、皆(んな)、なー各々(めーめー)慎(ちちし)どーるしじやしが、うびうじけー言(いゃー)なかい、赤面(あかぢらー)なてぃさくとぅ、なー、うれー打(う)ち止(や)みやーなかい、他(ふか)ぬ世間話(しきんばなし)い、色々(いるいる)しあとぅ、「あー、くりかーや木(きー)ん少(いきら)さぬ夏(なち)ないねー歩(あっ)ちぐりさぬ、道から歩(あっ)ちねー、太陽(てぃだ)んかい照(てぃ)りくゎーってぃ、山原(やんばる)まんからー木(きー)ぬまんでぃ、道ぬ側(すば)ん全部(むる)木(きー)ぬ生(みー)やーなかい、「木(きー)ぬ陰(かーぎ)から用事(ゆーじゅ)済(し)ましーが歩(あっ)ちゅんでぃしがやー、木(きー)ぬ多(うふ)さくとぅ、鍋(なーび)ん釜ん全部(むる)木鍋(きーなーび)しる、炊物(たちむぬ)ん炊(た)ち、食(か)むんでぃっさーやーさい。」んち、話いさくとぅ、一人(ちゅい)ぬ武士(さむれー)ぬ、「いぇーペークー、あんしうぬ鍋(なーべー)焼きらんたがやー。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、ペークーや、「ありあり、貴方(うんじょー)。」んでぃ言(い)ち、うぬ武士(さむれー)ん赤面(あかぢら)なちゃんでぃる話い。また、御城(うぐしく)うてぃ、鳩(ほーとぅ)ぬ肉(しし)煮(に)ちぇーくとぅ、食(か)みんでぃる事(くとぅ)んかいなてぃ、御膳(うじん)前(めー)なち食(か)だくとぅ、碗(まかい)んかい入(いっ)ちょーせー全部(むる)大根(でーくに)びけーなてぃさくとぅ、ペークーや、「大変(じこー)まーさいびーたしが、私達(わったー)とぅくまぬ鳩(ほーとぅ)ぬ肉(しし)ぬさこーねーやびらん。」でぃち話いさくとぅ、「あんせー、何時(いち)がな食(か)みーが行(い)かやー。」んち、さーに、うぬ後(あとぅ)、王(をー)ぬペークー達(たー)家(やー)んかいめんそーちゃくとぅ、全部(むる)大根(でーくに)びけー煮(に)ち出(んぢゃ)ちゃくとぅ、王(を)ぬ、「ペークー、鳩(ほーとぅ)ぬ肉(しせー)入(いっ)ちぇーねーらんでぃ。」んでぃ、言(い)みそーちゃくとぅ、ペークーや、「私(わー)が首里城(すいぐしく)うてぃ、食(か)だる鳩(ほーとぅ)ぬ肉(しせー)、全部(むる)うりるやいびーたる。」んちゃくとぅ、王(をー)や、あはーあはーし、笑(わら)みそーちゃくとぅ、家(やー)ぬ外(ふか)うてぃ、人(ちゅ)ぬがさがさすんねーさくとぅ、王(を)ぬ、「誰(たー)がな居(う)いるするい。」んち、問(とー)みそーちゃくとぅ、ペークーや微笑(うすわれー)し、友達(どぅしぬちゃー)とぅ賭(かーきー)し、御主加那志前(うしゅがなしーめー)、私(わん)にんかい御辞儀(ぐりー)しみそーらすんでぃち、さびたくとぅ、門(じょー)ぬ入口(いりぐちー)低(ふぃく)くさびたん。」でぃち、話いさくとぅ、王(を)や、「鳥(とぅい)ぐゎーぬ家(やー)ぬぐとぅるあるむんなーんでぃ思(うむ)たさ。」んでぃ、言(い)みそーやーなかい、「なー一回(ちゅけーん)ちーねー、前(めー)ぬ畑(はる)から飛(とぅ)ばぎーる鳩(ほーとぅ)捕(とぅ)やーに、煮(に)ち食(か)まやー。」ペークーんでぃ言(い)みせーたんでぃ。他(ふか)ぬ話い、ペークーや、初(はじ)めー大変(じこー)真面目(まくとぅー)なてぃ、女遊(いなぐあー)びん、全部(むる)さん、うんぐとーる事(くとー)さんてぃんしむんでぃち、うぬ様な事(くとー)さん、唐んかい学問(がくむん)習(なれー)いが行(い)ぢょーしが、うぬ朝旅(あさたび)さがなー、唐一倍(とーいちべー)し儲(もー)きてぃそーしが、女郎達(ぢゅりぬちゃー)が、女郎(ぢゅり)賭(がーき)し、私(わー)がないん、ならん、ち、さーに、ないんでぃる女郎(ぢゅり)ぬ腿(むむ)してぃ、掛(か)かい、縋(しが)いし、後(あとー)泣(な)ちゅんねーびーさくとぅ、「女(いなごー)、あんすか人情ぬあみ。」んち、うりから後(あとぅ)、一生涯(いちみとぅとぅま)うぬ女(いなぐ)とぅ一緒(まじゅん)なてぃ、後(あとー)、女郎(ぢゅり)んかい惚(ふ)りてぃ、うぬ女郎(ぢゅり)んかい全部(むる)搾(しぶ)らってぃ、唐旅(とうたび)し儲(もー)きてーる金銭(じのー)、全部(むる)ねーらんなたくとぅ、「私(わー)が唐旅(とうたび)し儲(もー)きてーる金銭(じん)、三島(みしま)ぬ女郎達(ぢゅりぬちゃー)んかい分(わ)きてぃくぃくとぅ、皆(んな)集(あち)まり。」んち、さくとぅ、あんせー、沢山(だちぇーん)なーが当(あ)たいら、分からんむんぬ、んち、女郎達(ぢゅりぬちゃー)、皆(んな)集(あち)まてぃさくとぅ、ちゃーすがやーんでぃ思(うむ)たれー、「金銭(じのー)百五十(ひゃくぐんじゅー)やしが、なー、私(わー)唐旅(とうたび)ぬ儲(もー)けー、うっさる残(ぬく)とーくとぅ、皆(んな)し分(わ)きてぃいーり。」んでぃ言(いゃー)に、海んかい投(な)ぎたくとぅ、皆(んな)見(みー)ぐるぐるそーたんでぃ。あんし、裸一貫(はだかいっくゎん)なてぃ、北谷(ちゃたぬ)んかい来(ち)、なー、金銭(じん)一銭(いっせぬ)んねーらんなたくとぅ、大変(じこー)見苦しい暮らしそーたんでぃ。あんさくとぅ、妻(とぅぢ)ぬ、「人(ちゅ)、人間(にんじん)ぬ暮らせーあらん、ちゃーすが。」んちゃくとぅ、「あんすか家(やー)ぬ欲(ふ)さんなー、あんせー私(わー)が作(ちゅく)いさ。」んち、自分(どぅー)ぬ家(やー)んかい火(ふぃ)着(ち)きやーに、妻(とぅぢ)とぅ一緒(まじゅん)ん、家(やー)から出(んぢ)てぃ、火(ふぃー)どー、火事(くゎじ)どーしさくとぅ、村ぬ人達(ちゅぬちゃー)や、自分(どぅー)くるし着(ち)きてーんでー思(うまー)んくとぅ、ちむぐりさし、山から木(きー)切(ち)り出(んぢゃ)ち、大屋(うふやー)作(ちゅく)てぃとぅらちゃくとぅ、「にふぇーでーびる。」んち、御辞儀(ぐりー)そーたんでぃ。うぬあたい、大変(じこー)滑稽(てーふぁ)な者(むん)やたんでぃ。また、ある時(ばー)に、御主(うすー)ぬ籠(かぐ)担(かた)みてぃ、散歩(ちながみ)しーが行(いん)ぢゃくとぅ、途中(みちなかー)うてぃ、雨(あみ)ぬぱーらない降(ふ)てぃさくとぅ、籠(かごー)はん投(な)ぎてぃ、自分(どぅー)や近くぬ家(や)んかい、隠(くゎっくぃ)てぃさーに、雨(あみ)ぬ晴(は)りてぃ後(あとぅ)から、「はーなー、親(うや)元祖(ふぁーふじ)ぬ御恩(うんぢぇー)今(なま)るわかいびたる、むしか、鼻ぬ穴ぬ上(うぃ)んかいんでー向(ん)かとーてーいねー、水(みじ)ぬ溜まてぃ、息(いーち)までぃーし、いちでーじないびーたん。」でぃち、話いさくとぅ、御主(うすー)や、「あはーはー。」し、笑(わら)とーみせーたんでぃ。本当(ふんとー)や罰(ばち)さりーしやしが、鼻ぬ穴ぬ上(うぃ)んかい向(ん)かとーる人(ちょー)んちぇー居(う)らんくとぅ、大物(うふむぬ)笑(われー)ぬ出(んぢ)てぃ、罰(ばちぇー)さらんぐとぅぬがーたんでぃ。うぬあたい冗談者(てーふぁーなむん)なてぃさくとぅ、御主加那志前(うしゅがなしーめー)や、ちゃー、ペークーとぅるないるないるし、まーんかいん一緒(まじゅん)やたんでぃ。うりから、北谷(ちゃたん)ぬ矼(はせー)なーだ掛からんたんでぃくとぅ、潮(うす)ぬ干(ふぃー)ねー尻(ちび)かなぎてぃ、男(いきが)ん、女(いなぐ)ん、川(かーら)渡(わた)てぃ首里(すい)、那覇(なーふぁ)かい行(い)ちゅたんでぃしが、ある日(ふぃー)、ペークーがちゅーしがにっかなてぃさくとぅ、御主(うすー)が 、「ぬーがペークー、今日(ちゅー)やうぬにっかなとーる。」んでぃ言(い)みそーちゃくとぅ、ペークーや、「はーなー、今日(ちゅー)ぬ潮(うそー)高満(たかみ)ちし、男(いきが)ん、女(いなぐ)ん、全員(うるっさ)尻(ちび)までぃ浸(ち)かてぃる渡(わた)いびたしが、あっさみよー、城間仲(ぐしくまなーか)ぬ婦人(あやー)陰毛(くーぎ)よーさい、上(うゎー)浮(う)ちゃーし引(ふぃ)ちょーびーたん。」ち、話いさくとぅ、御主(うすー)や、「あはー、はー。」し、笑(わら)みそーやなかい、うんぐとーる女(いなぐ)、あやかーてぃんでーやーんち、御主(うすー)や女(いなぐ)好(し)ちやみせーくとぅ、側室(わーべー)とぅぬ子(くゎ)ぬ十七人居(う)るあたい女(いなぐ)ぶらーやくとぅ、うぬ婦人(あやー)あやかてぃ、城間仲(ぐしくまなーかー)うりさーに、富豪(うぇーき)し、近辺(ちかふぃん)ぬ土地(じー)、全部(むる)いーたんでぃる話い。〔共通語訳〕 渡嘉敷(とかしき)ペークーという人の話。この人は渡嘉敷兼倫(とかしきけんりん)の三男で、首里(しゅり)赤田村(あかたむら)の生まれと渡嘉敷ペークーはなっているが、北谷間切(ちゃたんまぎり)に住んでいて、土地も畑もお金も無く、常時、貧乏暮らしをなさった人だったそうだが、習字や学問に大変優れておられて、常時、首里城(しゅりじょう)に呼ばれて、昔の帳簿を付ける人達の係になって、唐の国などに書状を送る時には、この人が代筆して送るぐらい習字は大変麗筆なお方だったとのことです。頭も良く、知恵も豊富なお方で、その人の話は数えきれないほど北谷にはありますが、その人の子孫は今の真栄城(まえしろ)などだそうですが、私は十分な事はわかりません。ある時、何の事で王様が御立腹なされたのか、御立腹なされておられまして、もう、誰が何と申し上げても聞き入れませんので、側近の人達がこの御立腹はペークーを連れて来なければ、御立腹は修まらない。御立腹が修まらない間は話も何もできない。大変な事になった、とペークーを呼びに行きますと、ペークーは、「どんな様子ですか。」とその人達に聞きますと、「もう、庭の方に軍鶏籠(みーばーら)を持ち出して、軍鶏(たうちー)を入れておき、その軍鶏に向かって身動きもせずにじーっと見つめて動きません。何もおっしゃいません。また、何を伺っても答えませんので、どうすることもできません。」と話しますとペークーは、「ええ、そうか。」と言って、首里に行ってみますと、もう何時間も経っていると思うのだが、そこにお座りになってその軍鶏だけを見つめておられて、側の方は全然見向きもなさらないので、ペークーは着ている着物を全部脱ぎ捨て裸になり、その軍鶏籠の側に行きまして、いろいろな仕様仕草で手拳を固めまして、その軍鶏と闘って、「そもそも軍鶏という鶏は、毎日、餌を食べさせて手入れをしている人が近寄ってくると、頭を擦り付けて大変喜ぶのですが、見知らぬ人や稀に来る人が近寄ると、首毛を立てて喰い付こうとするくらい目を光らせます。」すると、ペークーは、「お前貴様、そのくらいの階級の者が人に向かって、お前は逆毛を立てて向かおうとするが、君はなにほどの者か。」と籠の周りで罵倒叱責し、丁度武士が、下男達を叱って罵倒叱責しているように、その軍鶏に叫び続けて自分も丸裸になっていますから、飛び上がっては蹴り、飛び下りてはまた飛び上がって蹴り飛びして、その軍鶏に蹴り付けて闘っています。すると、王様はくすくす笑われまして、彼に向かい、「ペークー、もういいよ、私も今わかった。」と言われて、お笑いになったそうです。すると、ペークーは、「私と軍鶏より、もっと下の階級ですよ王様。」と申し上げますと、「ううんなるほどそうだ、今わかった。」と言われてとても喜ばれて、その褒美に米俵一俵貰ったのです。すると、その米俵を小さい馬の片側に結び付けて歩かそうとしますと、小さな馬は引っ繰り返るばかりで一向に前に進みません。すると、「お前みたいなやつ、王様から戴いた大事なお米を地面に着けるか、この野郎。」と言いながらその小さな馬を蹴ったり打ったりしますのですが、それは、鞍の片側に俵を結び付けてあるので、小さな馬は片方に滑って一向に前には進みません。すると、王様は「おいペークー、一俵では歩けないから二俵にして、反対側にも結び付けて行きなさい。」と申しますと、「平行を取るのが王様ですよ。」と申し上げると、「よいよい、わかったわかった。」と笑っておられました。だから、片側ばかりの出来事や物事を考えていると、片側は空になって引っ繰り返りますから、そのような事はなさらない様にして下さい、という事だなあと考えられ、後になってペークーに、「片側は空にしてはいけない、両方、右も左も立てんといかんねえペークー。」と話しておられたそうです。彼が小さな馬に米俵一俵載せて引っ繰り返しながら、先刻、丸裸になって軍鶏との闘いと今とを考えあわせて、王様はいろいろとお感じになり、ペークーを大変可愛がられて、囲碁を打つなどの話も沢山あるが、その他の話。御殿(うどぅん)とは、王様の兄弟達が分家すると、そこは御殿で、御殿からの分家は殿内(どぅんち)で、御殿や殿内は王の一族達、王の肉親の親戚(うぇーか)である。そこにお祝いがあり、そのお祝いに行く時には、ホー火の話はしていけないと、昔は自分達で慎んでいるのですが、沖縄は守礼之邦、相手を重んずる邦だから、途中でもそのような話はしていけないとの事だったそうですが、他の武士達とペークーも一緒に行きながら、道の側で、上の方は青なんだが裏は白くて、ああ、珍しい木があるものだ、と引っ切って見、何度もしていると、その葉は引っ切ると臭いので、匂いを嗅いでは投げ捨てながら、「上の方は青、裏の方は白くて、匂いをすれば臭い、いったいこれは何という木だろうなあ。」と言いながら、千切っては匂いを嗅いで投げ捨てますと、他の武士が、「おいペークー、君はそれも知らないか、それはホー木という木だよ。」と申しますと、「ええ、あなたは今何といわれました。」と言いますと、そのようなところにお祝いに行く時には、各人が各々に慎むことは良く知っていますが、つい思わず言ってしまって赤面したのです。すると、その話はそれで打ち切りにして、別のいろいろな世間話をした後に、「ああ、この辺は木も少なくて夏になると歩き難い、道から歩くと太陽に照りつけられるし、山原(やんばる)辺りは木も多く、道の側も全部木が生えていて、木陰から歩いて用事を済ますそうですがねえ、木が多いから鍋や釜も全部木で作り、木の鍋で炒め物も炊いて食べるそうですねえ。」と話しますと、一人の武士が、「おいペークー、それでその鍋は焼けないのか。」と言いますと、ペークーは、「あれあれ、あなたは。」と言いますと、その武士も赤面したそうです。また、お城で鳩の肉を煮てあるから食べるようにとの事なので、行ってお膳を前にして食べますと、お碗の中に入っているのは大根ばかりですので、ペークーは、「大変美味しかったのですが、私達のところの鳩の肉の方が美味でございます。」と申し上げますと、「それならいつか食べに行こうね。」と申して、その後、王様がペークーのところに参りますと、大根だけ煮て出しますと、王様が、「ペークー、鳩の肉は入ってないよ。」と申しますと、ペークーは、「私が首里城(しゅりじょう)で食べた鳩の肉は、みなそれでした。」と申し上げますと、王様は、一本やられたという顔で笑っておられますと、家の外でがさがさする様子ですので、王様が、「誰かいるのか。」と申されますので、ペークーは笑いながら、「友達と賭けをして、王様を私にお辞儀させるという賭けで、門の入り口を低くしました。」と申し上げますと、王様は、「まるで鳥小屋のようだと思ったよ。」と申された後に、いろいろ話をして帰りがけに、「もう一度来る時は、前の畑に飛んでいる鳩を捕まえて煮て食べようね、ペークー。」と言われたそうです。他の話、ペークーは初めは大変真面目な人で、女遊びなどは全然しないで、そのような事はしないでも良いと考え、唐に学問の勉強に行き、朝旅をしながら唐一倍で沢山儲けたのですが、女郎達が女郎賭けをして、私にはできる、できないと対立しますと、できると言う女郎が、腿を擦りつけ縋りついたりして後は泣く真似をしますと、「女そんなに人情が深いのか。」と申して、一生涯、その女と一緒になって、最後には女郎に惚れて、その女郎に全部搾り取られて、唐旅で儲けたお金は、全部無くなってしまったので、「私が唐旅で儲けたお金を三島(みしま)の女郎達に分けて取らせるから、全員集まれ。」と申しますと、各人、沢山貰えると思って集まりますと、いかにするかと思っていますと、「お金、百五十だが、もう私の唐旅の儲けはこれだけしか残ってないから、皆で分けて貰え。」と言って海に投げますと、集まった女郎達は皆、目をぱちくりさせていたそうです。それで裸一貫になって北谷に来たのですが、お金、銭、一銭もありませんので、非常に見苦しい生活をしていたそうです。すると、妻が、「とても人、人間の暮らしではない、いかにするか。」と言いますと、「それほど家が欲しいか、それでは私が造るよ。」と言って、自分の家に火を着けて、妻と一緒に家から出て、「火事だ、火事だ。」と叫びますと、部落の人達は、自分で着けたとは知りませんから、可哀相だと思い、山から木を切り出してきて大きな家を造ってやりますと、「有り難う。」とお辞儀してお礼をしたそうです。それくらい、大変滑稽な人だったそうです。またある時、王様の籠を担いで散歩に行きますと、途中で雨が降りだしますと、籠を放り投げて自分は近くの家に雨宿りをして、雨が晴れてから帰ってきて、「ああ、親や先祖の御恩は今よくわかりました。もし鼻の穴が上に向かっていたら、水が溜まり息が詰まり大変なことになるところでした。」と話しますと、王様は、「あはあ、はあ。」と笑っておられたそうです。本当だと罰を受けるのですが、鼻の穴が上に向いている人はいませんので、大笑いになって罰は受けずに済んだそうです。それぐらい冗談の上手な人だったので、王様は常に、「ペークーと共に、ペークーと共に。」と申して、どこに行くにも一緒だったそうです。それから、北谷の川にいまだ矼が掛かっていませんので、潮が引く時に着物の裾を端折って、男も女も川を渡って首里や那覇(なは)に行きよったそうですが、ある日、ペークーの登城が遅いので、王様が、「なんでペークー、今日はそんなに遅くなって。」と申されましたのでペークーは、「はあ、もう今日は潮が高く満ちまして、男も女も全員が尻まで浸かって渡りましたが、そうすると、驚いた事に、城間仲(ぐしくまなーか)の婦人の陰毛がですよ、浮き上がって長く引いていましたよ。」と話しますと、王様は、「ははは。」と笑われて、そのような女をあやかってみたいものだと思われたのです。王様は女好きですから、妻との子供達が十七人もいるぐらい女狂いですから、その婦人をあやかりて後、城間仲はそれで大金持ちになり、付近の土地も全部貰ったとの話。平成9年2月17日 高江洲亮翻字 T4B3 |
| 全体の記録時間数 | 14:20 |
| 物語の時間数 | 14:20 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |