〔方言原話〕 城間仲(ぐしくまなーか)ぬ話いやしが、「ある仲(なーかー)、城間仲(ぐしくまなーか)。」んち、他(ふか)ぬ人(ちゅ)んかい、まーさ物(むん)出(んぢゃ)しーねー、「あんし奢(ふぃでーてぃ。」んでぃ言(い)いねー、冗談(てーふぁ)さーなかい、「ある仲(なーか)、城間仲(ぐしくまなーか)。」んでぃ言(いゅ)ん。うぬあたい、世間(しきん)ぬ人達(ちゅぬちゃー)から敬(うやまっ)とーる家庭(ちねー)やしが、うぬ家庭(ちねー)ぬ話い。ある大晦日(とぅしぬゆるー)ぬ夕方(ゆーさんでぃ)、盗人(ぬすどぅ)ぬうぬ家(やー)ぬ天井(てぃんじょう)んかい登(ぬぶ)し、主人(ぬーし)ぬ見(んー)ぢゃーに、夕飯(ゆーばん)時刻(じぶん)になたくとぅ、主人(ぬーし)ぬ、「今夜(ちゅー)ぬ夕飯(ゆーば)のー二人前(たいだまし)。」んち二人(たい)が御膳(うじん)作(ちゅく)らちさーに、「天井(てぃんじょう)ぬ青年(にーせー)、降(う)りてぃ来(くー)。」んち、呼(ゆ)ばーに、一緒(まじゅん)夕飯(ゆーばん)くぃてぃ、「何故(ぬーんち)、大晦日(とぅしぬゆるー)にうぬ様な事(くとぅ)すが。」んち話いさくとぅ、「私達(わったー)や貧乏者(ふぃんすーむん)なてぃ、今夜(ちゅー)や大晦日(とぅしぬゆるー)やしが、子供達(わらばーたー)が多(うふ)さぬ、大晦日(とぅしぬゆるー)に食(か)むしがねーらん、くまからやれー、いふぇーうんちゅーむんないがすらんちちゃーびたん。」でぃち話いさくとぅ、「とーとー、人(ちゅ)、人間(にんじ)のーうんぐとぅするむのーあらん。うーはまい働(はたら)ちーねー、なんくるいー暮らしないくとぅ、うーはまい働(はたら)ちるする、うんな事(くとー)すな。」んち、御馳走(くゎっちー)ん、米(くみ)ん持(む)たちやらちゃくとぅ、うぬ青年(にーせー)や、うんにんから、うーはまい働(はたら)ち、世間並(ゆなみ)に暮らしゆーするぐとぅなたくとぅ、城間仲(ぐしくまなーか)んかい、御礼(りーじ)しーがちゃーに、「御陰(うかじ)に、今(なまー)人並(ちゅなみ)に暮らするぐとぅないびたん、にふぇーでーびる。」んち、御礼(りーじ)すたんでぃ。昔人(んかしんちゅ)ぬ話いに、「銭(じん)とぅ、ふぇーふちぇー、溜(た)まいしんでー、汚(はごー)くないん。」でぃる話いやしが、城間仲(ぐしくまなーか)、あねーあみそーら、いー人(ちゅ)やみせーたんでぃ。あんし、今(なま)ん立派に栄(さけー)とーみせーん。」〔共通語訳〕 城間仲(ぐしくまなーか)という家の話だが、「ある仲(なーか)は城間仲。」と言う、他人に美味しい物を出すと「そんなに奢って。」と言われると、冗談で、「ある仲(なーか)は城間仲。」という。それくらい、世間の人から敬われた家庭ですが、その家庭の話。ある大晦日の夕方、盗人がその家の天井裏に登って行くのを主人が見ていて、夕飯の時刻になりますと、主人が、「今夜の夕飯は二人前。」と申して、二人分のお膳を用意させて、「天井にいる青年、降りてきなさい。」と呼んで、一緒に夕飯もくれて、「何故、大晦日にそのような事をするか。」と話しますと、「私達あ貧乏者で、今夜は大晦日ですが、子供達が多くて大晦日になっても食べるものが無く、ここからだと少しお借りできるかと思って来ました。」と話しますと、「そうか、でも人、人間はそのような事をしてはいけない、一生懸命働いたならば自然に良い暮らしができるから、一生懸命働いて、そのような事はするな。」と、御馳走もお米も持たせて行かせますと、その青年はその時から一生懸命働いて、世間並みに暮らせるようになりますと、城間仲にお礼に来て、「お蔭様で、今は世間並みに暮らせるようになりました、有り難うございました。」とお礼したそうです。昔の人の話に、「お金とハイフキは溜まれば溜まるほど汚くなる。」との話ですが、城間仲はそうではなくて、とても良い人だったそうです。それで今も立派に栄えています。平成9年2月17日 高江洲亮翻字 T4B2
| レコード番号 | 47O170034 |
|---|---|
| CD番号 | 47O17C004 |
| 決定題名 | 城間仲(方言) |
| 話者がつけた題名 | 城間仲 |
| 話者名 | 阿波根昌栄 |
| 話者名かな | あはごんしょうえい |
| 生年月日 | 19210309 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県中頭郡北谷町字上勢頭 |
| 記録日 | 19970217 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | T04B03 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 本格昔話、 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 『想い出の昔話』 |
| キーワード | 大晦日,盗人 |
| 梗概(こうがい) | 〔方言原話〕 城間仲(ぐしくまなーか)ぬ話いやしが、「ある仲(なーかー)、城間仲(ぐしくまなーか)。」んち、他(ふか)ぬ人(ちゅ)んかい、まーさ物(むん)出(んぢゃ)しーねー、「あんし奢(ふぃでーてぃ。」んでぃ言(い)いねー、冗談(てーふぁ)さーなかい、「ある仲(なーか)、城間仲(ぐしくまなーか)。」んでぃ言(いゅ)ん。うぬあたい、世間(しきん)ぬ人達(ちゅぬちゃー)から敬(うやまっ)とーる家庭(ちねー)やしが、うぬ家庭(ちねー)ぬ話い。ある大晦日(とぅしぬゆるー)ぬ夕方(ゆーさんでぃ)、盗人(ぬすどぅ)ぬうぬ家(やー)ぬ天井(てぃんじょう)んかい登(ぬぶ)し、主人(ぬーし)ぬ見(んー)ぢゃーに、夕飯(ゆーばん)時刻(じぶん)になたくとぅ、主人(ぬーし)ぬ、「今夜(ちゅー)ぬ夕飯(ゆーば)のー二人前(たいだまし)。」んち二人(たい)が御膳(うじん)作(ちゅく)らちさーに、「天井(てぃんじょう)ぬ青年(にーせー)、降(う)りてぃ来(くー)。」んち、呼(ゆ)ばーに、一緒(まじゅん)夕飯(ゆーばん)くぃてぃ、「何故(ぬーんち)、大晦日(とぅしぬゆるー)にうぬ様な事(くとぅ)すが。」んち話いさくとぅ、「私達(わったー)や貧乏者(ふぃんすーむん)なてぃ、今夜(ちゅー)や大晦日(とぅしぬゆるー)やしが、子供達(わらばーたー)が多(うふ)さぬ、大晦日(とぅしぬゆるー)に食(か)むしがねーらん、くまからやれー、いふぇーうんちゅーむんないがすらんちちゃーびたん。」でぃち話いさくとぅ、「とーとー、人(ちゅ)、人間(にんじ)のーうんぐとぅするむのーあらん。うーはまい働(はたら)ちーねー、なんくるいー暮らしないくとぅ、うーはまい働(はたら)ちるする、うんな事(くとー)すな。」んち、御馳走(くゎっちー)ん、米(くみ)ん持(む)たちやらちゃくとぅ、うぬ青年(にーせー)や、うんにんから、うーはまい働(はたら)ち、世間並(ゆなみ)に暮らしゆーするぐとぅなたくとぅ、城間仲(ぐしくまなーか)んかい、御礼(りーじ)しーがちゃーに、「御陰(うかじ)に、今(なまー)人並(ちゅなみ)に暮らするぐとぅないびたん、にふぇーでーびる。」んち、御礼(りーじ)すたんでぃ。昔人(んかしんちゅ)ぬ話いに、「銭(じん)とぅ、ふぇーふちぇー、溜(た)まいしんでー、汚(はごー)くないん。」でぃる話いやしが、城間仲(ぐしくまなーか)、あねーあみそーら、いー人(ちゅ)やみせーたんでぃ。あんし、今(なま)ん立派に栄(さけー)とーみせーん。」〔共通語訳〕 城間仲(ぐしくまなーか)という家の話だが、「ある仲(なーか)は城間仲。」と言う、他人に美味しい物を出すと「そんなに奢って。」と言われると、冗談で、「ある仲(なーか)は城間仲。」という。それくらい、世間の人から敬われた家庭ですが、その家庭の話。ある大晦日の夕方、盗人がその家の天井裏に登って行くのを主人が見ていて、夕飯の時刻になりますと、主人が、「今夜の夕飯は二人前。」と申して、二人分のお膳を用意させて、「天井にいる青年、降りてきなさい。」と呼んで、一緒に夕飯もくれて、「何故、大晦日にそのような事をするか。」と話しますと、「私達あ貧乏者で、今夜は大晦日ですが、子供達が多くて大晦日になっても食べるものが無く、ここからだと少しお借りできるかと思って来ました。」と話しますと、「そうか、でも人、人間はそのような事をしてはいけない、一生懸命働いたならば自然に良い暮らしができるから、一生懸命働いて、そのような事はするな。」と、御馳走もお米も持たせて行かせますと、その青年はその時から一生懸命働いて、世間並みに暮らせるようになりますと、城間仲にお礼に来て、「お蔭様で、今は世間並みに暮らせるようになりました、有り難うございました。」とお礼したそうです。昔の人の話に、「お金とハイフキは溜まれば溜まるほど汚くなる。」との話ですが、城間仲はそうではなくて、とても良い人だったそうです。それで今も立派に栄えています。平成9年2月17日 高江洲亮翻字 T4B2 |
| 全体の記録時間数 | 2:05 |
| 物語の時間数 | 2:05 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |