北谷長老(方言)

概要

〔方言原話〕 北谷長老ぬ前(めー)や、北谷城(ちゃたんぐしく)ぬ近くんかい長老山(ちょうろうやま)んち有(あ)しが、んまー、今(なま)ーアメリカーぬ軍用地なとーしが、んまんかい祀(まち)らっとーみせーん。長老ぬ前(めー)や大変(じこー)徳(とぅく)ぬ高さみせーる坊主(ぼーじ)なみそーやーなかい、唐んかいなげー留学しみそーちゃる御方(うかた)やみせーたんでぃ。あんし寺(てぃら)うてぃ、集(あち)まてぃ来(ちゅー)る人達(ちゅぬちゃー)んかい色々(いるいる)物(むん)教(ならー)ししみせーたんでぃしが、ある時(ばー)に、一人(ちゅい)ぬ女(いなぐ)ぬ、子供(わらび)ぬ運勢(うんすー)判断(くい)そーらちゃくとぅ、「何月(いち)ぬ何日(いっか)、何時頃(なんどぅち)、運勢(うんすー)ぬわっさくとぅ、家(やー)から外(ふか)んかえー出(んぢゃ)すなよー。」んち、教(なら)しみせーたんでぃしが、うぬ日(ふぃ)ぬ時刻(じぶん)前(めー)なたくとぅ、子供(わらばー)や遊(あし)びーが行(いん)ぢ、帰(けー)てぃ来(くー)ん、家(やー)んかい子供(わらばー)や居(う)らんなたくとぅ、女(いなぐー)慌(あわ)てぃ寺(てぃら)んぢー話いさくとぅ、「あんせー、うぬ時刻(じぶん)ならわー、外(ふか)んかい向(ん)かてぃ、大声(ちゃっぴん)子供(わらばー)名(なー)、三回(みけーん)あびれー。」んでぃ言(い)みせーたんでぃ。うぬ女(いなごー)、家(やー)かい帰(けー)てぃさくとぅ、雨(あみ)ぬ降(ふ)てぃ、うぬ時刻(じぶん)なたくとぅ、女(いなごー)外(ふか)んか向(ん)かてぃ、大声(ちゃっぴん)子供(わらばー)名(なー)、三回(みけーん)あびたんでぃ。うんにんねー、子供(わらばー)や、友達(どぅし)とぅ一緒(まじゅん)遊(あし)どーしが、雨(あみ)ぬ降(ふ)たくとぅ、突出(とぅんぢ)とーる岩(しー)ぬ下(しちゃ)んかい隠(くゎっくぃ)てぃそーしが、「母(あんまー)があびーぎーん。」でぃ言(いゃー)なかい、飛(とぅ)ん出(ぢ)たくとぅ、上(うぃー)ぬ岩(しー)ぬ壊(くー)りてぃ落(う)てぃやーに、うぬ子供(わらばー)や助(たし)かとーしが、残(ぬく)いぬ子供(わらばびんちゃー)や助(たし)からんたんでぃ。うりが、魂(まぶやー)着(ぢ)きぬ始(はじ)まいやんでぃ。また、池(くむい)うてぃ、驚(うどぅる)ち魂(まぶやー)落(う)とぅしーねー、藤竹(でぇーく)んかい七節(ななふー)込(く)みてぃ橋作(ちゅく)やーに、うり入(いっ)てぃ魂(まぶやー)着(ぢ)きすん。うりからある時(ばー)に、い天気(うゎーちち)に、火事(くゎじ)んぬーんあらんしが、寺(てぃら)ぬ火事(くゎじ)やくとぅ、皆(んな)、水(みじ)掛(か)きりよーしあびやーなかい、水(みじ)掛(か)きらちさくとぅ、後(あとぅ)から、唐からぬ使(ちけ)えぬ来(ち)、「火事(くゎじ)ぬ時(ばー)ねー、火(ふぃー)働(ばたら)ちにふぇーでーびる、御蔭(うかじ)に大火事(うーくゎじ)ねーならんぐとぅちゃーいびたん。」でぃち御礼(りーじ)しーがめんそーちょーたんでぃ。うぬ火事(くゎぜー)長老ぬ前(めー)が、唐んかい留学しみそーちょーる時(ばー)に習方(なれーがた)しみそーちゃる寺(てぃら)ぬ火事(くゎじ)やたんでぃ。あんし、色々(いるいる)ぬ話いぬ出(んぢ)てぃさくとぅ、御主加那志前(うしゅがなしーめー)が、布団(うーどぅ)作(ちゅく)てくぃみそーちゃくとぅ、冬ぬ寒(ふぃ)さいに、首里(すい)んかい呼(ゆ)び出しなたくとぅ、布団(うーどぅ)ぬ中(なーか)んかい、穴ふがち顔(ちぶる)出(んぢゃ)ち、首里(すい)んかいめんそーちょーしが、長老ぬ前(めー)や、蟻(あいこー)避(ゆ)でぃる歩(あっ)ちみせーくとぅ、時刻(じくく)ぬ合(あー)らんなたくとぅ、御主加那志前(うしゅがなしーめー)や、大綿入(ふぃたー)とう小綿入(わたいりー)作(ちゅく)てぃくぃみそーちゃんでぃ。うぬ後(あとぅ)、長老ぬ前(めー)や、人達(ちゅぬちゃー)んかい、「二、三カ月(じち)ぬ間(うぇーかー)、私(わん)ねー用事(ゆーじゅ)し出(んぢ)くとぅとぅめんなよー。」んち、出(んぢ)てぃめんせーたんでぃしが、五(ぐ)、六(るっ)カ月(じち)なてぃん戻(むどぅ)みそーらんなたくとぅ、「なー、くれー、ちゃーがななてぃるめんせーさに。」んち、皆(んな)しかめーたくとぅ、山ぬ中(なーか)ぬ赤木(あかぎー)ぬ又んかい、いちょーみせーしが、くぬ世(ゆー)うしなとーみせーたんでぃ。さくとぅ、人達(ちゅぬちゃー)や、たましぬぎやーに、下(しちゃ)んかい降(う)りみそーらち葬方(ほーむいがた)さくとぅ、長老ぬ前(めー)や、抱死(だちぢ)のーしーゆーしみそーらんたんでぃ。上(うぃー)ぬ人(ちょー)高さぬ、下(しちゃ)ぬ人(ちょー)低さぬ、追(うー)てぃ行(い)ちゆーさんどぅあくとぅ、仕方ねーん。むしかうぬまま拝(うが)み上(あ)ぎーねー、「抱死(だちぢん)。」し、「ミイラ」なみそーやーなかい、幾世(いくゆー)までぃん、生(い)ち姿(しがた)残(ぬく)しみせーたる筈(はじ)やしが、私達(わったー)が小学校ぬ頃(くる)れー、北谷長老祭(ちゃたんちょうろうさい)とぅ野国総官祭(のぐにそうかんさい)や、毎年(めーにん)行(い)ちゅたしが。〔共通語訳〕 北谷長老様というのは北谷城(ちゃたんぐすく)の近くのところに長老山というところがあるが、そこは今、米軍用地になっているがそこに祀られている。長老様は大変徳の高いお坊様でいらっしゃって、唐にも長い間留学なされたお方であられたそうです。そして、お寺に集まって来る人達に、いろいろ物事を教えておられたそうですが、ある時、一人の女が、子供の運勢を判断してもらったところ、「何月何日何時頃、運勢が悪いから家から外に出すなよ。」と教えられましたが、その日の時間前になりますと、子供は遊びに行って帰ってきませんので、子供は家にいませんので、女は慌てて寺に行き話しますと、「それでは、その時刻になったら外に向かって、大声で子供の名前を三回呼びなさい。」と言われましたので、その女は家に帰りますと雨が降ったのです。そして、その時刻になりますと、女は外に向かって大声で子供の名前を三回呼んだのです。その時刻に子供は友達の一緒に遊んでいましたが、雨が降ってきたので飛び出した岩の下に隠れていましたが、「母が呼んでいる。」と言って飛び出したのです。すると、上の岩が壊れ落ちて、その子供は助かりましたが、残りの子供達は助からなかったそうです。これが魂着けの始まりだそうです。なお、池で驚いて魂を落とす時には、藤竹に七節込めて切り、それを橋にして池に立て魂着けをする。それからある時、晴れた良い天気に、火事でも何でもないのだが、「お寺が火事だからみんなで水を掛けて下さい。」と呼び掛けますので、みんなで水を掛けますと、その後、唐の国から使者が来て、「消火活動、大変有り難うございました。お蔭様で大火にならずに消し止めました。」とお礼に来たそうです。その火事は、長老様が唐に留学なされている時、修行なされたお寺の火事だったそうです。そんな話がいろいろと出ましたので、王様は布団を作って授けたそうです。すると、ある冬の寒い日に、首里(しゅり)からの呼び出しが掛かりますと、布団の中心に穴を開けて、そこから頭を出して首里に行かれたのですが、長老様は蟻の子を避けて通るお方ですから時刻が合いません。すると、王様は大綿入れと小綿入れを作って授けたそうです。その後、長老様はみんなの人達に、「私は二、三カ月用事で出掛けるから、捜さないように。」と話されて出ていかれました。だが、五、六カ月になっても戻られませんので、もうこれは、何か異変が起きたのではないかと心配して、山の中を捜しますと、山の中の赤木の又の所に座られて成仏しておられたのです。すると、人達はびっくり仰天して、急いで下に降ろして葬方をしたのです。すると、長老様は抱死(だちぢん)はできませんでした。上の人はあくまで高く、下の人は低すぎて、追いついていけないのですから仕方がありません。もしそのまま拝み崇めますと、「抱死。」「ミイラ。」になられて幾世までも生姿を残された筈ですが、私達の小学校の頃は、北谷長老祭と野国総官祭は毎年行きよったが。平成9年2月17日 高江洲亮翻字 T4B1

再生時間:4:10

民話詳細DATA

レコード番号 47O170033
CD番号 47O17C004
決定題名 北谷長老(方言)
話者がつけた題名 北谷長老
話者名 阿波根昌栄
話者名かな あはごんしょうえい
生年月日 19210309
性別
出身地 沖縄県中頭郡北谷町字上勢頭
記録日 19970217
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 T04B02
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 『想い出の昔話』
キーワード 北谷長老,北谷城,長老山,坊様,子どもの運勢,魂づけ,唐の国の火事,蟻踏まず,ミイラ
梗概(こうがい) 〔方言原話〕 北谷長老ぬ前(めー)や、北谷城(ちゃたんぐしく)ぬ近くんかい長老山(ちょうろうやま)んち有(あ)しが、んまー、今(なま)ーアメリカーぬ軍用地なとーしが、んまんかい祀(まち)らっとーみせーん。長老ぬ前(めー)や大変(じこー)徳(とぅく)ぬ高さみせーる坊主(ぼーじ)なみそーやーなかい、唐んかいなげー留学しみそーちゃる御方(うかた)やみせーたんでぃ。あんし寺(てぃら)うてぃ、集(あち)まてぃ来(ちゅー)る人達(ちゅぬちゃー)んかい色々(いるいる)物(むん)教(ならー)ししみせーたんでぃしが、ある時(ばー)に、一人(ちゅい)ぬ女(いなぐ)ぬ、子供(わらび)ぬ運勢(うんすー)判断(くい)そーらちゃくとぅ、「何月(いち)ぬ何日(いっか)、何時頃(なんどぅち)、運勢(うんすー)ぬわっさくとぅ、家(やー)から外(ふか)んかえー出(んぢゃ)すなよー。」んち、教(なら)しみせーたんでぃしが、うぬ日(ふぃ)ぬ時刻(じぶん)前(めー)なたくとぅ、子供(わらばー)や遊(あし)びーが行(いん)ぢ、帰(けー)てぃ来(くー)ん、家(やー)んかい子供(わらばー)や居(う)らんなたくとぅ、女(いなぐー)慌(あわ)てぃ寺(てぃら)んぢー話いさくとぅ、「あんせー、うぬ時刻(じぶん)ならわー、外(ふか)んかい向(ん)かてぃ、大声(ちゃっぴん)子供(わらばー)名(なー)、三回(みけーん)あびれー。」んでぃ言(い)みせーたんでぃ。うぬ女(いなごー)、家(やー)かい帰(けー)てぃさくとぅ、雨(あみ)ぬ降(ふ)てぃ、うぬ時刻(じぶん)なたくとぅ、女(いなごー)外(ふか)んか向(ん)かてぃ、大声(ちゃっぴん)子供(わらばー)名(なー)、三回(みけーん)あびたんでぃ。うんにんねー、子供(わらばー)や、友達(どぅし)とぅ一緒(まじゅん)遊(あし)どーしが、雨(あみ)ぬ降(ふ)たくとぅ、突出(とぅんぢ)とーる岩(しー)ぬ下(しちゃ)んかい隠(くゎっくぃ)てぃそーしが、「母(あんまー)があびーぎーん。」でぃ言(いゃー)なかい、飛(とぅ)ん出(ぢ)たくとぅ、上(うぃー)ぬ岩(しー)ぬ壊(くー)りてぃ落(う)てぃやーに、うぬ子供(わらばー)や助(たし)かとーしが、残(ぬく)いぬ子供(わらばびんちゃー)や助(たし)からんたんでぃ。うりが、魂(まぶやー)着(ぢ)きぬ始(はじ)まいやんでぃ。また、池(くむい)うてぃ、驚(うどぅる)ち魂(まぶやー)落(う)とぅしーねー、藤竹(でぇーく)んかい七節(ななふー)込(く)みてぃ橋作(ちゅく)やーに、うり入(いっ)てぃ魂(まぶやー)着(ぢ)きすん。うりからある時(ばー)に、い天気(うゎーちち)に、火事(くゎじ)んぬーんあらんしが、寺(てぃら)ぬ火事(くゎじ)やくとぅ、皆(んな)、水(みじ)掛(か)きりよーしあびやーなかい、水(みじ)掛(か)きらちさくとぅ、後(あとぅ)から、唐からぬ使(ちけ)えぬ来(ち)、「火事(くゎじ)ぬ時(ばー)ねー、火(ふぃー)働(ばたら)ちにふぇーでーびる、御蔭(うかじ)に大火事(うーくゎじ)ねーならんぐとぅちゃーいびたん。」でぃち御礼(りーじ)しーがめんそーちょーたんでぃ。うぬ火事(くゎぜー)長老ぬ前(めー)が、唐んかい留学しみそーちょーる時(ばー)に習方(なれーがた)しみそーちゃる寺(てぃら)ぬ火事(くゎじ)やたんでぃ。あんし、色々(いるいる)ぬ話いぬ出(んぢ)てぃさくとぅ、御主加那志前(うしゅがなしーめー)が、布団(うーどぅ)作(ちゅく)てくぃみそーちゃくとぅ、冬ぬ寒(ふぃ)さいに、首里(すい)んかい呼(ゆ)び出しなたくとぅ、布団(うーどぅ)ぬ中(なーか)んかい、穴ふがち顔(ちぶる)出(んぢゃ)ち、首里(すい)んかいめんそーちょーしが、長老ぬ前(めー)や、蟻(あいこー)避(ゆ)でぃる歩(あっ)ちみせーくとぅ、時刻(じくく)ぬ合(あー)らんなたくとぅ、御主加那志前(うしゅがなしーめー)や、大綿入(ふぃたー)とう小綿入(わたいりー)作(ちゅく)てぃくぃみそーちゃんでぃ。うぬ後(あとぅ)、長老ぬ前(めー)や、人達(ちゅぬちゃー)んかい、「二、三カ月(じち)ぬ間(うぇーかー)、私(わん)ねー用事(ゆーじゅ)し出(んぢ)くとぅとぅめんなよー。」んち、出(んぢ)てぃめんせーたんでぃしが、五(ぐ)、六(るっ)カ月(じち)なてぃん戻(むどぅ)みそーらんなたくとぅ、「なー、くれー、ちゃーがななてぃるめんせーさに。」んち、皆(んな)しかめーたくとぅ、山ぬ中(なーか)ぬ赤木(あかぎー)ぬ又んかい、いちょーみせーしが、くぬ世(ゆー)うしなとーみせーたんでぃ。さくとぅ、人達(ちゅぬちゃー)や、たましぬぎやーに、下(しちゃ)んかい降(う)りみそーらち葬方(ほーむいがた)さくとぅ、長老ぬ前(めー)や、抱死(だちぢ)のーしーゆーしみそーらんたんでぃ。上(うぃー)ぬ人(ちょー)高さぬ、下(しちゃ)ぬ人(ちょー)低さぬ、追(うー)てぃ行(い)ちゆーさんどぅあくとぅ、仕方ねーん。むしかうぬまま拝(うが)み上(あ)ぎーねー、「抱死(だちぢん)。」し、「ミイラ」なみそーやーなかい、幾世(いくゆー)までぃん、生(い)ち姿(しがた)残(ぬく)しみせーたる筈(はじ)やしが、私達(わったー)が小学校ぬ頃(くる)れー、北谷長老祭(ちゃたんちょうろうさい)とぅ野国総官祭(のぐにそうかんさい)や、毎年(めーにん)行(い)ちゅたしが。〔共通語訳〕 北谷長老様というのは北谷城(ちゃたんぐすく)の近くのところに長老山というところがあるが、そこは今、米軍用地になっているがそこに祀られている。長老様は大変徳の高いお坊様でいらっしゃって、唐にも長い間留学なされたお方であられたそうです。そして、お寺に集まって来る人達に、いろいろ物事を教えておられたそうですが、ある時、一人の女が、子供の運勢を判断してもらったところ、「何月何日何時頃、運勢が悪いから家から外に出すなよ。」と教えられましたが、その日の時間前になりますと、子供は遊びに行って帰ってきませんので、子供は家にいませんので、女は慌てて寺に行き話しますと、「それでは、その時刻になったら外に向かって、大声で子供の名前を三回呼びなさい。」と言われましたので、その女は家に帰りますと雨が降ったのです。そして、その時刻になりますと、女は外に向かって大声で子供の名前を三回呼んだのです。その時刻に子供は友達の一緒に遊んでいましたが、雨が降ってきたので飛び出した岩の下に隠れていましたが、「母が呼んでいる。」と言って飛び出したのです。すると、上の岩が壊れ落ちて、その子供は助かりましたが、残りの子供達は助からなかったそうです。これが魂着けの始まりだそうです。なお、池で驚いて魂を落とす時には、藤竹に七節込めて切り、それを橋にして池に立て魂着けをする。それからある時、晴れた良い天気に、火事でも何でもないのだが、「お寺が火事だからみんなで水を掛けて下さい。」と呼び掛けますので、みんなで水を掛けますと、その後、唐の国から使者が来て、「消火活動、大変有り難うございました。お蔭様で大火にならずに消し止めました。」とお礼に来たそうです。その火事は、長老様が唐に留学なされている時、修行なされたお寺の火事だったそうです。そんな話がいろいろと出ましたので、王様は布団を作って授けたそうです。すると、ある冬の寒い日に、首里(しゅり)からの呼び出しが掛かりますと、布団の中心に穴を開けて、そこから頭を出して首里に行かれたのですが、長老様は蟻の子を避けて通るお方ですから時刻が合いません。すると、王様は大綿入れと小綿入れを作って授けたそうです。その後、長老様はみんなの人達に、「私は二、三カ月用事で出掛けるから、捜さないように。」と話されて出ていかれました。だが、五、六カ月になっても戻られませんので、もうこれは、何か異変が起きたのではないかと心配して、山の中を捜しますと、山の中の赤木の又の所に座られて成仏しておられたのです。すると、人達はびっくり仰天して、急いで下に降ろして葬方をしたのです。すると、長老様は抱死(だちぢん)はできませんでした。上の人はあくまで高く、下の人は低すぎて、追いついていけないのですから仕方がありません。もしそのまま拝み崇めますと、「抱死。」「ミイラ。」になられて幾世までも生姿を残された筈ですが、私達の小学校の頃は、北谷長老祭と野国総官祭は毎年行きよったが。平成9年2月17日 高江洲亮翻字 T4B1
全体の記録時間数 4:10
物語の時間数 4:10
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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