〔方言原話〕 真謝里主(まーじゃさとぅぬし)んでぃる方(かたー)、大変(じこー)馬乗(うまぬ)い上手(じょーじ)やみせーたんでぃ。また、昔(んかし)ぬ越来間切(ぐいくまぢり)んかい焼廻地(やきまーぢ)んち有(あ)しが、んまー、首里御城(すいうーぐしく)うてぃ使(ちか)いる馬(んま)育(すだ)てぃるとぅくまやたんでぃしが、んまうてぃある時(ばー)に、大変(じこー)いー馬(んま)ぬ生(ん)まりとーたんでぃ。あんしある時(ばー)に、んまうてぃ、火事(くゎじ)ぬ起(う)くりてぃさくとぅ、うぬ馬(んま)ぬ先(さち)なやーに、走(はー)えーさくとぅ、他(ふか)ぬ馬(んま)驚(うどぅる)ち、後(あとぅ)追(うー)てぃ走(はー)えーなてぃさくとぅ、うぬ馬(んま)、毛(もー)ぬ草ぬ中(なーか)うてぃ、真ん丸(まーるー)廻(みぐ)いさくとぅ、毛(もー)ぬ草全部(むる)くんぴらかちさーに、んまびけー焼(や)きー残(ぬく)てぃさくとぅ、焼廻地(やきまーぢ)んち名(なー)付(ち)ちょーんでぃる話い。うぬあたいぬいー馬(んま)やたんでぃ。うぬ後(あとぅ)、薩摩(さちま)ぬ琉球(りゆちゅー)んかい攻(し)み込(く)でぃちゃーに、うぬ馬(んま)そーてぃ行(いん)ぢゃくとぅ、馬主人(んまーぬーしー)見(みー)知りぬ強(ちゅ)さぬ、あまうてー、手(てー)付(ち)きららん、喰馬(くぃーんま)、蹴馬(きゃーんま)なてぃさくとぅ、立髪(かんじ)ん、脛毛(くにぎー)んゆるゆるし、獅子舞(しーしもー)らしぬ獅子(しーし)ぬぐとぅなてぃ、誰(たー)がん扱(あちけ)えゆーさんなてぃさくとぅ、琉球(りゆちゅー)うてぃ、くぬ馬(んま)扱(あちかとーたし呼(ゆ)ぶでぃ来(くー)んでぃる事(くとぅ)んかいなたくとぅ、琉球(りゆちゅー)うてー、ちゃー、真謝里主(まーじゃさとぅぬし)がる扱(あちか)とーみせーくとぅ、あんしめんそーちん、初(はじ)めー喰(くぇー)付(ち)きらんでぃすたんでぃしが、てぃーさーじさーに脇(わち)ぬ汗(あし)拭(ぬぐ)てぃ、馬(んま)んかい嗅(か)じやしみてぃ、「元(むとぅ)ぬ主人(ぬーし)ん忘(わし)たんばーい。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、馬(んまー)鼻ぬ強(ちゅー)さる動物(いちむし)やくとぅ、元(むとぅ)ぬ主人(ぬーし)思(うび)出(んぢゃ)さーに、大人(うふや)しくなてぃさくとぅ、薩摩(さちま)ぬ役人達(やくにんぬちゃー)が、「何月(いち)何日(いっか)、うぬ馬(んま)んかい乗(ぬ)てぃ見(み)しり。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、立髪(かんじ)ん、脛毛(くにぎー)んじょーぶん切(ち)りさらーち、馬場(んまなー)んかい行(い)ちゅる事(くとぅ)んかいなたくとぅ、真謝里主(まーじゃさとぅぬし)とぅ、友達(どぅし)なとーるんまぬ女中(じょーしちゃー)が、「あぬ馬場(んまなー)んかい落(う)とぅし穴掘(ふ)らっとーくとぅ、注意(ゆーしみ)しみそーり、私(わー)が木(きー)ぬ枝(ゆだ)置(う)きーくとぅ、二(たー)ちが間(いぇーざー)飛(とぅ)ん越(くぃ)みそーり、中(なーか)ねー竹槍(だきやい)ぬ立(たっ)ちょいびーん。」でぃちうぬ女中(じょーしちゃー)が教(なら)ちゃんでぃ。うぬ女中(じょーしちゃー)やくぬ人(ちゅ)死なちぇーならんでぃち、教(ならー)ちぇーたんでぃ。あんし、印ぬ有る所(とぅくまー)からー、「ひゃー。」んでぃち掛声(やぐぃ)掛(か)やーに、馬(んまー)飛(とぅ)ん越(くぃ)らちゃくとぅ、薩摩(さちま)ぬ役人達(たくにんぬちゃー)や、「何故(ぬーんち)飛(とぅ)んぢゃが。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、「私(わー)があいびらん、馬(んま)ぬる飛(とぅ)ん越(くぃー)とーいびーる、馬(んま)足音(あしうとぅ)し、穴ぬ有(あ)せーわかいびーん。」でぃ言(い)ちゃくとぅ、「うぬ馬(んま)そーてぃ帰(けー)り。」んでぃ言(いゃ)りやーに、琉球(りゆちゅー)んかいそーてぃ帰(けー)たんでぃ。うぬ後(あとぅ)、城内(しるうち)うてぃ、うぬ馬(んま)ぬ逃(ふぃん)ぎてぃ石垣(いしがち)ぬ上(うぃ)んかい上(ぬぶ)たくとぅ、外側(ふかばたー)崖(はんた)なてぃさくとぅ、馬(んまー)感ぬ強(ちゅー)さる動物(いちむし)やくとぅ、よーんなよーんな歩(あっ)ちょーしが、行(い)ちゅしんでー、両方(どぅーほー)崖(はんた)なてぃ、石垣(いしがちぇー)なー切(ち)りとーしが、石垣(いしがち)ぬ巾ぬ小(くー)さぬ、いー馬(んま)廻(みぐ)ゆーさんなてぃ、立(たっ)ちさくとぅ、馬当(んまたい)が真謝里主(まーじゃさとぅぬし)んかい連絡(あんねー)さくとぅ、真謝里主(まーじゃさとぅぬし)行(いん)ぢ見(ん)ぢゃーに、動(んじゅ)ちーゆーさんなとーるいん馬(んま)んかい、馬具掛(か)きてぃ乗(ぬ)やーに、「ひゃー。」んち掛声(やぐぃー)掛(か)やに、馬(んまー)後脚(しりーびさ)びけーし棒立ちしみやーに、よんなーよんなー廻(みぐ)らち、反対向(ん)けーしみてぃ立(た)てぃてぃ、歩(あっ)かちちゃーに、石垣(いしがち)から降(う)るちゃんでぃ。うぬ後(あとぅ)、真謝一門(まーじゃいちむん)ぬ人達(ちゅぬちゃー)や、馬(んま)んかい命(ぬち)助(たし)きらったるうんじとぅし、馬(んま)ぬ肉(ししー)や食(か)まんでぃ。〔共通語訳〕 真謝里主(まーじゃさとぅぬし)と言われるお方、大変馬術の上手なお方だったそうです。また、昔、越来間切(ごえくまぎり)には、焼廻地(やきまーぢ)という所があるが、そこは、首里城(しゅりじょう)で使う馬を育てる牧場だったそうだが、ある時そこに、大変な俊馬がうまれていたそうだ。そしてある時、牧場に家事が発生すると、その俊馬は先頭になって走り廻ると、他の馬達も驚いて後を追って走りますと、その俊馬は原っぱの草をまん丸に蹴り廻り、原っぱの草を踏み潰しますと、そこだけ焼け残ったので、焼廻地という名が付いたとの話で、それ位の俊馬だったとの事である。その後、薩摩が琉球に攻め込んで来て、その馬を連れて行くと、馬は人見知りの強い動物で、あそこでは手も付けられない荒れ馬になり、喰い付いたり蹴飛ばしたりするので誰も扱いきれなくなり、立て髪も脛毛もゆるゆる、丁度獅子舞の獅子の様になって、誰も扱いきれなくなると、琉球でこの馬を扱っていた者を呼んでこいということになりますと、琉球では常時、真謝里主が扱っておられたので、その人が行って見ると、なるほど、初めは喰い付こうとしましたので、手拭いで脇の汗を拭い、馬にその匂いを嗅がせて、「元の主人も忘れたのか。」と言いますと、馬は鼻の強い動物ですから元の主人であることがわかり、おとなしくなりますと、薩摩の役人達が、「何月何日にその馬に乗って見せろ。」と言いますので、立て髪や脛毛を綺麗に切り揃えて、馬場に行こうとしますと、真謝里主と友達になっているそこの女中が、「あそこの馬場には落とし穴が掘られているから注意して下さい。私が木の枝を置いておきますから、二つの間を飛び越しなさい。穴の中には竹槍が入っています。」と、その女中が教えてくれました。その女中はこの人を死なせてはいけないと思ったのです。そして馬場に行って乗っていながら、木の枝の印のある所では、「ひゃー。」と掛け声を掛けて飛び越えたのです。すると薩摩の役人達は、「なんで飛び越えたのか。」と言いますので、「私ではありません、馬が自分で飛び越えたのです。馬は足音で穴のあるのがわかります。」と、その役人達は、「その馬を連れて帰れ。」と言いますので、琉球に連れて帰ったそうです。その後、城内でその俊馬が逃げだして、石垣の上に登りますと、外側は崖になっていますが、馬は感の強い動物ですから驚かずにゆっくりゆっくり歩いていったのですが、先に行くにしたがって両方崖になり、先は石垣が切れていますが、石垣の巾が狭く、俊馬は廻ることができなくなり立ち止まっていますと、馬丁が真謝里主に連絡しますと、真謝里主は行って見て、動けなくなっている俊馬の背中に馬具を着けてそれに乗り、「ひゃー。」と掛け声を掛けて馬を後ろ足だけで棒立ちにさせてから、ゆっくりゆっくり廻して、反対方向にしてから立たせて歩かせて来て、石垣から降ろしたそうです。その後、真謝一門の人達は、馬に命を助けられた恩返しとして、馬の肉を食べないそうです。平成9年2月17日 高江洲亮翻字 T4A4
| レコード番号 | 47O170032 |
|---|---|
| CD番号 | 47O17C004 |
| 決定題名 | 馬乗真謝(方言) |
| 話者がつけた題名 | 馬乗真謝 |
| 話者名 | 阿波根昌栄 |
| 話者名かな | あはごんしょうえい |
| 生年月日 | 19210309 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県中頭郡北谷町字上勢頭 |
| 記録日 | 19970217 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | T04A04-T04B01 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 『想い出の昔話』 |
| キーワード | 真謝里主,名馬,薩摩,落とし穴,馬の肉を食べない |
| 梗概(こうがい) | 〔方言原話〕 真謝里主(まーじゃさとぅぬし)んでぃる方(かたー)、大変(じこー)馬乗(うまぬ)い上手(じょーじ)やみせーたんでぃ。また、昔(んかし)ぬ越来間切(ぐいくまぢり)んかい焼廻地(やきまーぢ)んち有(あ)しが、んまー、首里御城(すいうーぐしく)うてぃ使(ちか)いる馬(んま)育(すだ)てぃるとぅくまやたんでぃしが、んまうてぃある時(ばー)に、大変(じこー)いー馬(んま)ぬ生(ん)まりとーたんでぃ。あんしある時(ばー)に、んまうてぃ、火事(くゎじ)ぬ起(う)くりてぃさくとぅ、うぬ馬(んま)ぬ先(さち)なやーに、走(はー)えーさくとぅ、他(ふか)ぬ馬(んま)驚(うどぅる)ち、後(あとぅ)追(うー)てぃ走(はー)えーなてぃさくとぅ、うぬ馬(んま)、毛(もー)ぬ草ぬ中(なーか)うてぃ、真ん丸(まーるー)廻(みぐ)いさくとぅ、毛(もー)ぬ草全部(むる)くんぴらかちさーに、んまびけー焼(や)きー残(ぬく)てぃさくとぅ、焼廻地(やきまーぢ)んち名(なー)付(ち)ちょーんでぃる話い。うぬあたいぬいー馬(んま)やたんでぃ。うぬ後(あとぅ)、薩摩(さちま)ぬ琉球(りゆちゅー)んかい攻(し)み込(く)でぃちゃーに、うぬ馬(んま)そーてぃ行(いん)ぢゃくとぅ、馬主人(んまーぬーしー)見(みー)知りぬ強(ちゅ)さぬ、あまうてー、手(てー)付(ち)きららん、喰馬(くぃーんま)、蹴馬(きゃーんま)なてぃさくとぅ、立髪(かんじ)ん、脛毛(くにぎー)んゆるゆるし、獅子舞(しーしもー)らしぬ獅子(しーし)ぬぐとぅなてぃ、誰(たー)がん扱(あちけ)えゆーさんなてぃさくとぅ、琉球(りゆちゅー)うてぃ、くぬ馬(んま)扱(あちかとーたし呼(ゆ)ぶでぃ来(くー)んでぃる事(くとぅ)んかいなたくとぅ、琉球(りゆちゅー)うてー、ちゃー、真謝里主(まーじゃさとぅぬし)がる扱(あちか)とーみせーくとぅ、あんしめんそーちん、初(はじ)めー喰(くぇー)付(ち)きらんでぃすたんでぃしが、てぃーさーじさーに脇(わち)ぬ汗(あし)拭(ぬぐ)てぃ、馬(んま)んかい嗅(か)じやしみてぃ、「元(むとぅ)ぬ主人(ぬーし)ん忘(わし)たんばーい。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、馬(んまー)鼻ぬ強(ちゅー)さる動物(いちむし)やくとぅ、元(むとぅ)ぬ主人(ぬーし)思(うび)出(んぢゃ)さーに、大人(うふや)しくなてぃさくとぅ、薩摩(さちま)ぬ役人達(やくにんぬちゃー)が、「何月(いち)何日(いっか)、うぬ馬(んま)んかい乗(ぬ)てぃ見(み)しり。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、立髪(かんじ)ん、脛毛(くにぎー)んじょーぶん切(ち)りさらーち、馬場(んまなー)んかい行(い)ちゅる事(くとぅ)んかいなたくとぅ、真謝里主(まーじゃさとぅぬし)とぅ、友達(どぅし)なとーるんまぬ女中(じょーしちゃー)が、「あぬ馬場(んまなー)んかい落(う)とぅし穴掘(ふ)らっとーくとぅ、注意(ゆーしみ)しみそーり、私(わー)が木(きー)ぬ枝(ゆだ)置(う)きーくとぅ、二(たー)ちが間(いぇーざー)飛(とぅ)ん越(くぃ)みそーり、中(なーか)ねー竹槍(だきやい)ぬ立(たっ)ちょいびーん。」でぃちうぬ女中(じょーしちゃー)が教(なら)ちゃんでぃ。うぬ女中(じょーしちゃー)やくぬ人(ちゅ)死なちぇーならんでぃち、教(ならー)ちぇーたんでぃ。あんし、印ぬ有る所(とぅくまー)からー、「ひゃー。」んでぃち掛声(やぐぃ)掛(か)やーに、馬(んまー)飛(とぅ)ん越(くぃ)らちゃくとぅ、薩摩(さちま)ぬ役人達(たくにんぬちゃー)や、「何故(ぬーんち)飛(とぅ)んぢゃが。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、「私(わー)があいびらん、馬(んま)ぬる飛(とぅ)ん越(くぃー)とーいびーる、馬(んま)足音(あしうとぅ)し、穴ぬ有(あ)せーわかいびーん。」でぃ言(い)ちゃくとぅ、「うぬ馬(んま)そーてぃ帰(けー)り。」んでぃ言(いゃ)りやーに、琉球(りゆちゅー)んかいそーてぃ帰(けー)たんでぃ。うぬ後(あとぅ)、城内(しるうち)うてぃ、うぬ馬(んま)ぬ逃(ふぃん)ぎてぃ石垣(いしがち)ぬ上(うぃ)んかい上(ぬぶ)たくとぅ、外側(ふかばたー)崖(はんた)なてぃさくとぅ、馬(んまー)感ぬ強(ちゅー)さる動物(いちむし)やくとぅ、よーんなよーんな歩(あっ)ちょーしが、行(い)ちゅしんでー、両方(どぅーほー)崖(はんた)なてぃ、石垣(いしがちぇー)なー切(ち)りとーしが、石垣(いしがち)ぬ巾ぬ小(くー)さぬ、いー馬(んま)廻(みぐ)ゆーさんなてぃ、立(たっ)ちさくとぅ、馬当(んまたい)が真謝里主(まーじゃさとぅぬし)んかい連絡(あんねー)さくとぅ、真謝里主(まーじゃさとぅぬし)行(いん)ぢ見(ん)ぢゃーに、動(んじゅ)ちーゆーさんなとーるいん馬(んま)んかい、馬具掛(か)きてぃ乗(ぬ)やーに、「ひゃー。」んち掛声(やぐぃー)掛(か)やに、馬(んまー)後脚(しりーびさ)びけーし棒立ちしみやーに、よんなーよんなー廻(みぐ)らち、反対向(ん)けーしみてぃ立(た)てぃてぃ、歩(あっ)かちちゃーに、石垣(いしがち)から降(う)るちゃんでぃ。うぬ後(あとぅ)、真謝一門(まーじゃいちむん)ぬ人達(ちゅぬちゃー)や、馬(んま)んかい命(ぬち)助(たし)きらったるうんじとぅし、馬(んま)ぬ肉(ししー)や食(か)まんでぃ。〔共通語訳〕 真謝里主(まーじゃさとぅぬし)と言われるお方、大変馬術の上手なお方だったそうです。また、昔、越来間切(ごえくまぎり)には、焼廻地(やきまーぢ)という所があるが、そこは、首里城(しゅりじょう)で使う馬を育てる牧場だったそうだが、ある時そこに、大変な俊馬がうまれていたそうだ。そしてある時、牧場に家事が発生すると、その俊馬は先頭になって走り廻ると、他の馬達も驚いて後を追って走りますと、その俊馬は原っぱの草をまん丸に蹴り廻り、原っぱの草を踏み潰しますと、そこだけ焼け残ったので、焼廻地という名が付いたとの話で、それ位の俊馬だったとの事である。その後、薩摩が琉球に攻め込んで来て、その馬を連れて行くと、馬は人見知りの強い動物で、あそこでは手も付けられない荒れ馬になり、喰い付いたり蹴飛ばしたりするので誰も扱いきれなくなり、立て髪も脛毛もゆるゆる、丁度獅子舞の獅子の様になって、誰も扱いきれなくなると、琉球でこの馬を扱っていた者を呼んでこいということになりますと、琉球では常時、真謝里主が扱っておられたので、その人が行って見ると、なるほど、初めは喰い付こうとしましたので、手拭いで脇の汗を拭い、馬にその匂いを嗅がせて、「元の主人も忘れたのか。」と言いますと、馬は鼻の強い動物ですから元の主人であることがわかり、おとなしくなりますと、薩摩の役人達が、「何月何日にその馬に乗って見せろ。」と言いますので、立て髪や脛毛を綺麗に切り揃えて、馬場に行こうとしますと、真謝里主と友達になっているそこの女中が、「あそこの馬場には落とし穴が掘られているから注意して下さい。私が木の枝を置いておきますから、二つの間を飛び越しなさい。穴の中には竹槍が入っています。」と、その女中が教えてくれました。その女中はこの人を死なせてはいけないと思ったのです。そして馬場に行って乗っていながら、木の枝の印のある所では、「ひゃー。」と掛け声を掛けて飛び越えたのです。すると薩摩の役人達は、「なんで飛び越えたのか。」と言いますので、「私ではありません、馬が自分で飛び越えたのです。馬は足音で穴のあるのがわかります。」と、その役人達は、「その馬を連れて帰れ。」と言いますので、琉球に連れて帰ったそうです。その後、城内でその俊馬が逃げだして、石垣の上に登りますと、外側は崖になっていますが、馬は感の強い動物ですから驚かずにゆっくりゆっくり歩いていったのですが、先に行くにしたがって両方崖になり、先は石垣が切れていますが、石垣の巾が狭く、俊馬は廻ることができなくなり立ち止まっていますと、馬丁が真謝里主に連絡しますと、真謝里主は行って見て、動けなくなっている俊馬の背中に馬具を着けてそれに乗り、「ひゃー。」と掛け声を掛けて馬を後ろ足だけで棒立ちにさせてから、ゆっくりゆっくり廻して、反対方向にしてから立たせて歩かせて来て、石垣から降ろしたそうです。その後、真謝一門の人達は、馬に命を助けられた恩返しとして、馬の肉を食べないそうです。平成9年2月17日 高江洲亮翻字 T4A4 |
| 全体の記録時間数 | 4:15 |
| 物語の時間数 | 4:15 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |