〔方言原話〕 宝物(たからむのー)、子(くゎ)、孫(んまが)んでぃる話い。昔(んかし)、首里御城(すいうぐしく)うてぃ、なー各々(めーめー)ぬ持(む)ちょーる宝物(たからむん)誰(たー)むんぬがましやら、持(む)ち集(すらー)ち、勝負(すーぶ)しみてぃんーだな、んち、御主加那志前(うしゅがなしーめー)ぬ、言(い)みそーちゃくとぅ、皆(んな)、黄金(くがに)ん、銀(なんじゃ)ん、自分(どぅー)ぬ持(むっ)ちょーる宝物(たからむん)ぬ、一番上等(じょーとぅー)持(むっ)ち行(いん)ぢさくとぅ、一人(ちゅい)ぬ武士(さむれー)や、なー、学問(がくむぬ)ん優(すぐ)りてぃ、武芸(ぶじー)ぬ達者やしが、うぬ人(ちょー)、学問(がくむん)習(なら)たい、武芸(ぶじー)習(なら)たいする為(たみ)に、金銭(じのー)全部(むる)使(ちか)てぃねーらん。ちゃー貧乏(ふぃんすー)るそーる。あんしやしが、今度(くんどー)、男子供(いきがぼーじゃー)ぬ生(ん)まりてぃさくとぅ、「なー、私(わん)ねー、宝物(たからむん)でぃちぇーぬーんねーらんむん、私(わん)ねーくぬ子供(ぼーじゃー)そーてぃ行きはるやる。」んち、うぬ子供(ぼーじゃー)そーてぃ行(いん)ぢゃーなかい、皆(んな)ぬ一番後(くし)んかい並(なら)でぃさくとぅ、一番、二番し、番付(ばんぢき)する人(ちゅ)ぬ、「だーあんし、やー宝物(たからむのー)。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、うぬ人(ちょー)、「ありん学(ならー)はるやい、くりん習(ならー)はるやいし、習方(なれーかた)すんでぃ、自分(どぅー)ぬ持(むっ)ちょーる宝物(たからむのー)、全部(むる)売(う)ちうてぃぬーんねーびらんやしが、くぬ産子(なしぐゎー)一人(ちゅ)えーなーくれー、黄金産子(くがになしぐゎー)んち男子供(いきがぼーじゃー)いびーくとぅ、なー、私(わー)宝物(たからむのー)くりるやいびーる。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、うぬ番付(ばんぢき)さーや、なーうれー、番付(ばんぢきー)ならんなやーなかい、「とーなー、やー物(むのー)番付(ばんぢ)けー付(ち)きららん。」んでぃ言(いゃー)に、うぬ番付(ばんぢき)せーる帳(ちょー)持(むっ)ち、御主加那志前(うしゅがなしーめー)ぬ側(すば)んかい行(いん)ぢ、御見掛(うみか)きたくとぅ、一番終(う)わぬとぅくまうてぃ、「ぬーがくれー、名前(めーぜー)たっちょーしが、番付(ばんぢき)ぬ番(ば)のーたっちぇーねーらんしが。」んでぃ言(い)みそーちゃくとぅ、「くぬ武士(さむれー)や宝物(たからむのー)ねーらんでぃち持(むっ)ちぇー来(くー)ん、自分(どぅー)ぬ嫡子、子供(わらばー)一人(ちゅい)る抱(だ)ちちょーいびーる、やくとぅ、宝物(たからむのー)ぬーんねーびらん。」でぃちうなきたくとぅ、王(をー)や、「あんし、うぬ武士(さむれー)やぬーんでぃ言(いゅ)たが。」でぃ言(い)みそーちゃくとぅ、「うー、うぬ武士(さむれー)ぬ言い分や、『私(わん)ねーなー、ありんくりん習方(なれーかた)すんでぃ、全部(むる)売(う)ちうてぃ、くぬ子供(ぼーじゃー)一人(ちゅい)る宝やいびーる、くれー黄金子供(くがにわらばー)やいびーん。』でぃち、返答(ふぃんとー)そーいびーしが、だーうれー、子供(わらばー)るやいびーくとぅ番付(ばんぢ)けーないびらん。」でぃちうなきたくとぅ、うぬ話い聞(ち)ちみそーやーなかい、御主加那志前(うしゅがなしーめー)や、「とー、一番(いちば)のーくりやさ、国ぬ宝(たからー)、人民(しんか)るやる。」んでぃ言(い)みそーやーなかい、うぬ子供(わらばー)そーてぃ来(ちゃ)る武士(さむれー)や、番付(ばんぢき)ぬ一番なやーなかい、国ぬ宝(たからー)、人民(しんか)るやる、んち、褒美(ふーび)いーたんでぃる話い。〔共通語訳〕 宝物は自分の子や孫だという話。昔、首里城(しゅりじょう)で、「各人が所持している宝物、誰の所持品が良いか、皆、持ってきて勝負してみようではないか。」と王様が申されましたので、皆、黄金作りの品や、銀製品など、自分の持っている宝物の中、一番上等な品を持って集まりますと、一人の武士は学問も優秀で、武芸も達者だが、その人は学問を学んだり、武芸を習ったりするためにお金をみんな使い、常に貧乏暮らしをしていましたが、それでも今度、男の子が生まれましたので、「もう私は宝物は何も無いから、この子供を連れていく。」と考え、その子供を連れていって、みんなの一番後ろの方に並びました。すると、一番、二番と番付をする人が、「どれ、君の宝物は。」と尋ねますので、その人は、「あれも学ばんといけないし、これも習わんといけないと、いろいろな事を習うために、自分の持っている宝物を全部売り払って、何一つ残ってませんが、この子供一人は、もうこれは黄金子供というように男の子ですから、私の宝物はこれです。」と言いますと、その番付する人は、「もう番付はできませんので、あなたのものは受付はしても順位の番付はできません。」と言って順位の番付はしないで、その番付帳を持って、王様の側に行き差し出しますと、最後の方をご覧になって、「なんでこれは名前は書いてあるのに順位はないか。」と言われましたので、「この人は宝物は何一つも無いと申しまして持って来ていませんが、自分の嫡子の子供一人を抱いて来ていまして、宝物は何もありません。」と申し上げますと、王様は、「それでその武士はなんと申したか。」と問われますので、「はい、その武士の申すには、『私はもう、あれもこれも習い事が多くて、宝物は全部売り払ってこの子一人が宝物です。この子は黄金子供です。』と返答していますが、それは子供ですので番付することはできません。」と申し上げますと、その話を聞かれた王様は、「おお、一番はこれだ。国の宝は国民である。」と申されて、その子供を連れて来た武士は、番付で一番になりまして、国の宝は国民であると申して、沢山の商品を貰ったという話。平成9年2月17日 高江洲亮翻字 T3B2
| レコード番号 | 47O170024 |
|---|---|
| CD番号 | 47O17C003 |
| 決定題名 | 宝物(方言) |
| 話者がつけた題名 | 宝物(たからむん) |
| 話者名 | 阿波根昌栄 |
| 話者名かな | あはごんしょうえい |
| 生年月日 | 19210309 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県中頭郡北谷町字上勢頭 |
| 記録日 | 19970217 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | T03B03 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 本格昔話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 『想い出の昔話』 |
| キーワード | 宝比べ,黄金産子 |
| 梗概(こうがい) | 〔方言原話〕 宝物(たからむのー)、子(くゎ)、孫(んまが)んでぃる話い。昔(んかし)、首里御城(すいうぐしく)うてぃ、なー各々(めーめー)ぬ持(む)ちょーる宝物(たからむん)誰(たー)むんぬがましやら、持(む)ち集(すらー)ち、勝負(すーぶ)しみてぃんーだな、んち、御主加那志前(うしゅがなしーめー)ぬ、言(い)みそーちゃくとぅ、皆(んな)、黄金(くがに)ん、銀(なんじゃ)ん、自分(どぅー)ぬ持(むっ)ちょーる宝物(たからむん)ぬ、一番上等(じょーとぅー)持(むっ)ち行(いん)ぢさくとぅ、一人(ちゅい)ぬ武士(さむれー)や、なー、学問(がくむぬ)ん優(すぐ)りてぃ、武芸(ぶじー)ぬ達者やしが、うぬ人(ちょー)、学問(がくむん)習(なら)たい、武芸(ぶじー)習(なら)たいする為(たみ)に、金銭(じのー)全部(むる)使(ちか)てぃねーらん。ちゃー貧乏(ふぃんすー)るそーる。あんしやしが、今度(くんどー)、男子供(いきがぼーじゃー)ぬ生(ん)まりてぃさくとぅ、「なー、私(わん)ねー、宝物(たからむん)でぃちぇーぬーんねーらんむん、私(わん)ねーくぬ子供(ぼーじゃー)そーてぃ行きはるやる。」んち、うぬ子供(ぼーじゃー)そーてぃ行(いん)ぢゃーなかい、皆(んな)ぬ一番後(くし)んかい並(なら)でぃさくとぅ、一番、二番し、番付(ばんぢき)する人(ちゅ)ぬ、「だーあんし、やー宝物(たからむのー)。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、うぬ人(ちょー)、「ありん学(ならー)はるやい、くりん習(ならー)はるやいし、習方(なれーかた)すんでぃ、自分(どぅー)ぬ持(むっ)ちょーる宝物(たからむのー)、全部(むる)売(う)ちうてぃぬーんねーびらんやしが、くぬ産子(なしぐゎー)一人(ちゅ)えーなーくれー、黄金産子(くがになしぐゎー)んち男子供(いきがぼーじゃー)いびーくとぅ、なー、私(わー)宝物(たからむのー)くりるやいびーる。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、うぬ番付(ばんぢき)さーや、なーうれー、番付(ばんぢきー)ならんなやーなかい、「とーなー、やー物(むのー)番付(ばんぢ)けー付(ち)きららん。」んでぃ言(いゃー)に、うぬ番付(ばんぢき)せーる帳(ちょー)持(むっ)ち、御主加那志前(うしゅがなしーめー)ぬ側(すば)んかい行(いん)ぢ、御見掛(うみか)きたくとぅ、一番終(う)わぬとぅくまうてぃ、「ぬーがくれー、名前(めーぜー)たっちょーしが、番付(ばんぢき)ぬ番(ば)のーたっちぇーねーらんしが。」んでぃ言(い)みそーちゃくとぅ、「くぬ武士(さむれー)や宝物(たからむのー)ねーらんでぃち持(むっ)ちぇー来(くー)ん、自分(どぅー)ぬ嫡子、子供(わらばー)一人(ちゅい)る抱(だ)ちちょーいびーる、やくとぅ、宝物(たからむのー)ぬーんねーびらん。」でぃちうなきたくとぅ、王(をー)や、「あんし、うぬ武士(さむれー)やぬーんでぃ言(いゅ)たが。」でぃ言(い)みそーちゃくとぅ、「うー、うぬ武士(さむれー)ぬ言い分や、『私(わん)ねーなー、ありんくりん習方(なれーかた)すんでぃ、全部(むる)売(う)ちうてぃ、くぬ子供(ぼーじゃー)一人(ちゅい)る宝やいびーる、くれー黄金子供(くがにわらばー)やいびーん。』でぃち、返答(ふぃんとー)そーいびーしが、だーうれー、子供(わらばー)るやいびーくとぅ番付(ばんぢ)けーないびらん。」でぃちうなきたくとぅ、うぬ話い聞(ち)ちみそーやーなかい、御主加那志前(うしゅがなしーめー)や、「とー、一番(いちば)のーくりやさ、国ぬ宝(たからー)、人民(しんか)るやる。」んでぃ言(い)みそーやーなかい、うぬ子供(わらばー)そーてぃ来(ちゃ)る武士(さむれー)や、番付(ばんぢき)ぬ一番なやーなかい、国ぬ宝(たからー)、人民(しんか)るやる、んち、褒美(ふーび)いーたんでぃる話い。〔共通語訳〕 宝物は自分の子や孫だという話。昔、首里城(しゅりじょう)で、「各人が所持している宝物、誰の所持品が良いか、皆、持ってきて勝負してみようではないか。」と王様が申されましたので、皆、黄金作りの品や、銀製品など、自分の持っている宝物の中、一番上等な品を持って集まりますと、一人の武士は学問も優秀で、武芸も達者だが、その人は学問を学んだり、武芸を習ったりするためにお金をみんな使い、常に貧乏暮らしをしていましたが、それでも今度、男の子が生まれましたので、「もう私は宝物は何も無いから、この子供を連れていく。」と考え、その子供を連れていって、みんなの一番後ろの方に並びました。すると、一番、二番と番付をする人が、「どれ、君の宝物は。」と尋ねますので、その人は、「あれも学ばんといけないし、これも習わんといけないと、いろいろな事を習うために、自分の持っている宝物を全部売り払って、何一つ残ってませんが、この子供一人は、もうこれは黄金子供というように男の子ですから、私の宝物はこれです。」と言いますと、その番付する人は、「もう番付はできませんので、あなたのものは受付はしても順位の番付はできません。」と言って順位の番付はしないで、その番付帳を持って、王様の側に行き差し出しますと、最後の方をご覧になって、「なんでこれは名前は書いてあるのに順位はないか。」と言われましたので、「この人は宝物は何一つも無いと申しまして持って来ていませんが、自分の嫡子の子供一人を抱いて来ていまして、宝物は何もありません。」と申し上げますと、王様は、「それでその武士はなんと申したか。」と問われますので、「はい、その武士の申すには、『私はもう、あれもこれも習い事が多くて、宝物は全部売り払ってこの子一人が宝物です。この子は黄金子供です。』と返答していますが、それは子供ですので番付することはできません。」と申し上げますと、その話を聞かれた王様は、「おお、一番はこれだ。国の宝は国民である。」と申されて、その子供を連れて来た武士は、番付で一番になりまして、国の宝は国民であると申して、沢山の商品を貰ったという話。平成9年2月17日 高江洲亮翻字 T3B2 |
| 全体の記録時間数 | 3:21 |
| 物語の時間数 | 3:21 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |