継母(方言)

概要

〔方言原話〕 くれー、継母(ままうや)とぅ継子(ままくゎ)ぬ話い。昔(んかし)あるとぅくまんかい、女子(うない)、男子(うぃきい)産(な)ちから、母親(いなぐぬうや)ぬけーまーちちゃくとぅ、うぬ父親(いきがぬうやー)、また後妻(あとぅどぅみ)取(とぅ)めーてぃそーしが、うぬ後妻(あとぅどぅみ)とぅん娘子(うぃなぐんぐゎ)一人(ちゅい)産(な)ちさくとぅ、うぬ後妻(あとぅどぅめー)、先妻(さちとぅぢ)ぬ女子(うない)、男子(うぃきい)、産(な)ちるあくとぅ、後々(あとぅあとー)うぬ財産(ぜーさ)のー全部(むる)先妻(さちとぅぢ)ぬ子供達(くゎぬちゃー)びけーんかい、けー取(とぅ)らりーんでぃ思(うむ)てぃ、妬(にーた)さし、ちゃー継子供達(ままくゎぬちゃー)んかい、なんぬー、かんぬー、しじみとーしが、ある時(ばー)に、「大麦(うふむぢゃー)んち有しが、うれー、ポーポー作(ちゅく)たいーぬさいし、まーさる麦(むじ)やしが、うぬ麦(むぜー)、穂(ふー)や、しぐ落(う)てぃしが、沖縄(うちなー)うてー麦(むじ)搗(ち)ゆんでぃ言(いー)ねー、木臼(きーうーし)んかい杵(あじん)さーなかいる搗(ち)ちゅたくとぅ、うぬ麦(むじ)ぬ両方(どーほー)ぬ膨(ふっ)ちとーる中(なーか)んかい、なー一條(てぃー)ちぇー粕(かし)ぬ掛かとーん、うぬ粕(かし)んかえー褌(さなじ)んでぃ言(いゅ)しが、くれー搗(ち)ちゃんてーん、なかなか取(とぅ)いぐりさん、あんしうぬままし煮(に)ち食(か)みーねー、人(ちゅ)ぬ歯(はー)んかい掛かいくとぅ、うぬ褌(さなじ)ぬ抜ぎーる間(うぇーま)搗(ち)かはるやしが、しぐ搗(ち)ちねーほろーほろーんそーい、なんどぅるさんあくとぅ、うぬまま搗(ち)からん、褌(さなじ)ん抜ぎらん、水(みじ)かきやーなかい湿(しっ)たらかち、他(ふか)ぬ麦(むじ)ぬなんどぅさっとぅくまとぅ、してぃん、うりが落(う)ぃるぐとぅさはる大麦(うふむぢゃー)んでぃせー搗(ち)かりーる、しぐしーねーほろほろ飛(とぅ)び出(んぢ)るする、一向(てぃちん)搗(ち)からん。」うぬ大麦(うふむぢゃー)、「私(わん)ねー隣(とぅない)までぃ行(いん)ぢちゅーくとぅ、うぬ間(うぇーま)に搗(ち)ちょきよー。」んち継子供達(ままくゎぬちゃー)二人(たい)んかい言(いー)付(ち)きてぃさくとぅ、だーうれー搗(ち)ちゃんてーん、搗(ち)ちゃんてーんほろほろるそーくとぅ、うったーやなま子供(わらび)なやーに、水(みじ)かてぃ搗(ち)ちゅせーわからんどぅあくとぅ、さくとぅ二人共(たいむん)、泣ちょーてぃ麦(むじ)搗(ち)ちゃがなー、「育(すだ)てぃらん親(うやー)ぬ、ぬんでぃ私(わん)産(な)ちゃが産(な)さんうちうてぃ、年(とぅし)や寄(ゆ)らん。」りち、二人共(たいなむん)一人(ちゅい)搗(ぢ)ち搗(ぢ)ちそうてぃ搗(ち)ちゃくとぅ、うぬ二人(たい)が涙ぬ落(う)てぃとーるとぅくまー白(しるー)なてぃ、皮(かー)ん剥(あ)ぎやーに白(しるー)なてぃ、褌(さなじ)ん抜ぎたくとぅ、とー、くれー、水(みじ)入(いっ)てぃ搗(ち)ちゅしやさんち、うんにんから大麦(うふむぢゃー)搗(ち)ちねー水(みじ)入(いっ)てぃ搗(ち)ちょーしが。とー、今度(くんどー)、「チバナー草、刈てぃくー。」んち、言(いー)付(ち)きてぃ、チバナー草んでぃし有しが、自分(どぅー)ぬ子(くゎ)んかえー野菜(やせー)し作(ちゅく)てーるう汁煮(に)ち食(くぃ)やーに、くぬチバナーんでぃ言(いゅ)せー、葉(ふぁー)いっぺーむる刺(んじ)ぬ立(たっ)ちょーしやしが、牛ぬんゆー食(くゎ)いん。くぬチベナー刈てぃちーねー、うりが葉(ふぁー)、今度(くんどー)、炒物(いりちゃー)ぬーんかいんぬーん入りやーなかい食(くぃー)るさんみんさくとぅ、二人共(たいなむん)畚(おーだー)持(ふぃ)さぎてぃ、籠(ばーき)ん持(むっ)っち、手(てぃ)ちちくじー、足(ふぃさ)ちちくじーし、うんにんねー皆(んな)素足(からびさー)るやくとぅ、ぬーんくでぇねーらん。畚(おーだー)んかい籠(ばーけー)居(い)しやーなかい、刈いんちゃがなー、「あ痛(きた)、痛(きた)、チバナー踏(くだ)みりば痛(やむ)ぬ、継親(ままうやー)ぬ肝(ちむ)やかんがあゆら。」んでぃち歌詠(ゆ)まがちーなー、二人共(たいなむん)刈てぃ、持(むっ)っち帰(けー)たくとぅ、「とー、君達(いったー)やうりちゅくりやーに汁沸かせー。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、うりちゅくりーし、、葉(ふぁ)ぬ表(うむてぃ)ん、裏ん、全部(むる)刺(んぢ)ぬる立(たっ)ちょーくとぅ、仕方(しかたー)ならん、竹(だき)ぬ枝(ゆだ)掴(かち)みてぃ、火(ふぃー)んかい炙(あぶ)やーなかい、出(んぢ)とーる刺(んぜー)ぬ全部(むる)焼ち捨(し)てぃてぃさくとぅ、刺(んぢ)ぬとぅくまー固(くふぁ)さぬ、葉(ふぁー)や青(おー)さぬ、水(みじ)ん多(うふ)さくとぅ、焼きらん、刺(んぢ)びけー焼きてぃ、うり切(ち)り込(く)でぃ煮ち食(か)だくとぅ、「とーうったーや、うり食(か)でぃん、喉(ぬーでぃ)んかい掛からさん、くれー自分(どぅー)ぬ子(くゎ)んかいん、食(くぃ)てぃんーだはるないる。」んち、自分(どぅー)ん味さくとぅ、うっさ立(たっ)ちょたる刺(んぜ)、全部(むる)ねーらんなてぃさくとぅ、「とーくれー、珍(ふぃるま)しいむん、煮(にー)ねー全部(むる)ねーらんないさやー。」んち、焼ちぇーせーわからんどぅあくとぅ、残(ぬく)とーるチバナー煮(に)ち、自分(どぅー)ぬ子(くゎ)んかいあ食(くぇー)たくとぅ、自分(どぅー)ぬ子(くゎ)、ちゅらーく喉(ぬーでぃ)んかい刺(んぢ)ぬ立(たっ)ち、かからちさくとぅ。とーなー、うったーうぬまま置(う)ちょーてーならんむんでぃち、うったーんかい田草(たーぐさ)取(とぅ)いがやらしはるやるんちさーに、「うったー物(むん)食(か)みーねー、ぬーんあらんしが、自分(どぅー)ぬ煮(にー)ねーちゃっさ煮(に)ちん、刺(んぢ)立(たっ)っちるうくとぅ、珍(ふぃるま)しいむんやっさー。」んち、弁当入(いっ)っち置(う)ちぇーくとぅ持(むっ)っち行きよー。」んちさくとぅ、「珍(ふぃるま)しいむん、今日(ちゅー)やいふぇー違(ちが)とーんどー。」んち、「芋(んむ)持(む)たち朝からやらする時(ば)やあしが、弁当持(む)たちやらすんでぃる事(くとぅ)、珍(ふぃるま)しい事(くとぅ)、私達(わったー)親(うや)ぬ今(なま)までぃうんぐとぅさる事(くとぅ)ねーらんむんぬ。」んちさーに、今度(くんどー)田草(たーぐさ)取(とぅ)いが行(いん)ぢさくとぅ、田(たー)うてぃうぬ弁当開(あ)てぃ見(んー)ちゃくとぅ、ぬーん変わとーる物(むのー)入(いっ)ちぇーねーらんねーし、当たい前(めー)ぬ御飯(うぶ)どぅやんねーそーしが、「私達(わったー)んかい御飯(うぶん)ぬ当たいわけーねーらんしがやー。」んちさーなかい、「沖縄(うちなー)うてー蠅(ふぇー)ぬ止(しが)ねー毒(どぅこー)ねーらん。」でぃくとぅ、でぃーまぢ開きとーてぃんーだ、んでぃ言(いゃー)なかい、開きとーてぃ、二人共(たいなむん)田草(たーぐさ)取(とぅ)てぃさくとぅ、烏(がらさー)ぬちゃーに食(くゎ)たくとぅ、ありありし、二人(たい)し追(うー)てぃさくとぅ、うぬ烏(がらさー)や飛(とぅ)ぶんち、ぱたぱたやさぎーしが、倒(とー)てぇー起(う)き起(う)きさがなー、側(すば)んかい生(みー)とーる草ぬ葉(ふぁー)引(ふぃ)っ切(ち)り食(くゎ)やーに、水(みじ)飲(ぬ)いでぃから、ちゅてー、んまんかい立(たっ)ちょーてぃから、ぱたぱたし飛(とぅ)でぃ逃(ふぃ)んぎてぃ行(いん)ぢゃくとぅ、「あー、珍(ふぃるま)しいむん、今(なま)先(さち)、んまうてぃ、ちん倒(けー)り倒(げー)りーすたるむんぬ、えー、うぬ草ぬ葉(ふぁー)引(ふぃ)っ切(ち)り食(くゎ)やーなかい、水(みじ)飲(ぬ)でぃ、また飛(とぅ)でぃ行ちゃぎーたっさーやー。」んち、丁度(ちょーどぅ)、昼食(あさばん)じぶんなてぃさくとぅ、二人共(たいなむん)昼食(あさばん)食(か)でぃさくとぅ、いゅんねーすんねー腹(わた)ぬ痛(や)でぃさくとぅ、「とー、きっさぬ烏(がらさー)ん、あぬ草食(くゎ)てぃ水(みじ)飲(ぬ)むてーくとぅ、私達(わったー)んうんぐとぅしんだ。」んち、草ぬ葉(ふぁー)食(か)でぃ、水(みじ)飲(ぬ)でぃんまんかいとぅるばとーたくとぅ、弟(うっとぅ)ん、姉(しーじゃ)ん、治(のー)やーなかい、また田草(たーぐさ)取(とぅっ)てぃ、夕方(ゆーさんでぃ)なたくとぅ、家(やー)かい帰(けー)てぃ行(いん)ぢゃさくとぅ、「君達(いったー)や御飯(うぶ)のー食(か)でぃ、夕食(ゆーば)のー仕度(しこーい)ぎーしが。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、「うー御馳走(くゎっちー)さびたん。」ちそーるばーやしが、「珍(ふぃるま)しいむん、私(わー)が入(いっ)てーせー、毒(どぅく)るやくとぅ、うったーやあまうてぃ倒(とー)りーる筈(はじ)んちるそーたしが、うれー毒(どぅこー)あらんてーさやー、うったーや全部(むる)うち食(か)でぃ、空弁当箱(がらべんとーばく)る持(むっ)っちちゅーいむん。」でぃちさーなかい、また作(ちゅく)やーなかい、今度(くんどー)、自分(どぅー)ぬ子(くゎ)んかい、食(くぃ)たくとぅ、だー、うれー、毒(どぅく)るやくとぅ、自分(どぅー)ぬ子(くゎー)、ちゆらーくけーまーちねーたんでぃ。あんすくとぅ人(ちゅ)、人間(にんじ)のーどぅく欲(ゆく)がかいねー、欲(ゆく)ぬまた裂きんでぃ言(い)ち、だー、かんさる子(くゎ)んけーまーちねーん。また人(ちょー)、意欲(むちゆこー)有りはるやしが、悪欲(あくゆこー)有てぇーならんでぃる話い。あんさーに、「長延草(ながむくるぐさ)や命(ぬち)ぬ親(うや)とぅ思(む)り。黒羽烏(くるばがらさー)や、我親(わうや)とぅ思(む)り。」んでぃ言(いゅ)んでぃ。〔共通語訳〕 これは継母と継子の話。昔あるところに、女の子と男の子を産んでから母親が死亡したので、その父親は後妻を娶ったのですが、その後妻とも女の子が一人生まれたのです。それで、後妻は先妻の方が女の子も男の子も産んでいるから、後々、この財産は全部先妻の子供達だけに取られてしまうと思って妬んで、常に継子達をなんのかんのと苛めているのです。ある時、「大麦というのがあるが、それはいろいろな食い物を作る麦なんです。その麦は穂の方はすぐ落とせますが、沖縄で麦を搗くといえば、木臼に杵(きね)で搗くのですから、その麦は両側が膨らんでいて、中心の部分には一條の粕がかかっていて、その粕の事を褌と言っていますが、これは搗いてもなかなか取りにくいものです。そのまま炊いて食べますと、人の歯の間にかかりますので、その褌の抜け落ちるまで搗かないといけないのですが、そのまま搗くとつるつるしていますので、そのまま搗けず褌も抜けません。水をかけて湿らしてから他の麦の滑らかなところと擦り合わせてそれが落ちるようにしないと、大麦というのは搗けないのです。そのままだとつるつる滑って臼の外に飛び出すばかりで一向に搗けません。その大麦を、「私は隣まで行って来るからその間に搗いておけよ。」と継子達二人に言いつけて行きました。だがそれは、搗いても搗いても搗けません。つるつる滑るばかりです。これ達は子供でいまだ水を入れて搗くことは知らないのです。すると、二人共泣いて搗きながら、「育てもしない親がなんで私を産んだ、産み出さぬうちに身罷ればよいに。」と歌いながら、一人ずつ交代、杵を上げ下ろして搗いていますと、その二人の涙の落ちた部分は、皮が剥げて白くなり、褌も抜け落ちましたので、これは水を入れて搗くものだと悟りまして、その時から大麦を搗く時には、水を入れて搗いたのです。すると今度は、「チバナ草(あざみ)を刈りてこい。」と言いつけました。チバナ草というのがありますが、自分の子供には野菜を入れて作ったお汁を煮て食べさせ、このアザミは裏、表、葉の全面に刺が立っていますが、牛も良くこれを食べます。このチバナ草を刈りて来ると、その葉を炒め物などに入れたりして、これ達に食べさせる心算です。すると二人共、畚(もっこ)と籠を持って、手を刺に刺し、足を刺に刺しながら、その時は皆裸足ですから何にも履いていません。畚に籠をすえて刈り込みながら、「あいたた、チバナ踏めば痛い、継親の心はこのようなものか。」と歌を詠みながら、二人共刈り込んだチバナ草を持って帰りますと、、「よし、君達はそれを捌いてお汁を沸かしなさい。」と言われたので、それを捌く時、葉の表も裏も全面刺が立っているので、仕方なく竹の枝を取ってきて片方に差し込み、竹の枝を持って先の方を掴み、火に炙って葉の両面に出ている刺を全部焼き捨てたのです。すると、刺の部分は固くて葉は青く、水分も多量にあるので焼けずに、刺だけ焼けてしまったのです。それを切りこんで煮て食べますと、「おや、これ達はそれを食べても喉に引っ掛からないのか、それならば自分の子供にも食べさせてみよう。」と思って、自分も味見すると、沢山立っていた刺はみな無くなっていましたので、「これは珍しい事だ、煮ると無くなるのか。」と、焼いたのはわからないから、残りのチバナーを煮て自分の子供に食べさせますと、喉に刺が立って苦しんだのです。すると、もうこれ達をそのままにしてはおけないと思い、これ達を田の草刈りに行かそうと考えて、「これ達の物を食べると何事もないが、自分が煮ると、どんなに煮ても刺が立っているので珍しい事だ。」と言いながら、「弁当も入れて置いておるから持って行きなさい。」と言いますと、「珍しい事だ、今日はいつもと少し異なっている。」と思ったのです。「芋を持たして朝から行かせる事はあるが、弁当を持たして行かせる事は珍しい事だ、私達に継親が今までそのような事をしたことは一度もないが。」と思いながら、それを持って今度は、田の草取りに行きますと、田んぼに行ってその弁当を開けて見ますと、何も変わった物は入っていない、普通のご飯が入っているのですが、継子達二人は、「私達二人にご飯が当たるわけがないがなあ。」と思い、すると、沖縄では昔から、「蠅の止まる物には毒はない。」という言い伝えがあるから、「まず開けて置いてみよう。」と言って、開けて置いて、二人共草を取っていると、烏が来て食べよるので、あれあれと二人で追い払おうとしますと、その烏は飛ぼうとして羽根をばたばたさせるのですが、倒れては起き、倒れては起きしながら、側に生えている草の葉を引き千切って食べて、水を飲み、しばらくそこに立ってから、ばたばたと飛んで逃げて行きました。すると、「ああ、珍しい、今先までここで倒れては起き、倒れては起きしていたが、その草の葉を引き千切って食べてから、水を飲んでまた飛んでいきよったねえ。」と話し合うと、丁度昼食の時刻になったので、二人共昼食を食べますと、案の定、お腹が痛み出したので、「ああ、先刻の烏もあの草を食べて水を飲みよったから、私達もそのようにしよう。」と草の葉を食べて後に水を飲んで、そこに黙り込んでいると、弟も姉も治りましたので、また、田の草刈りをして、夕方になりますと家に帰って行きますと、「君達はご飯を食べたか、夕食の支度をしよるが。」と言いますので、「はい、御馳走さまでした。」と答えますと、「珍しい事もあるものだ、私が入れたのは毒だから、あれ達は今頃、あそこで倒れている筈と思っていたが、それではこれは毒ではなかったのか。あれ達は全部食べて、空の弁当箱を持ってきている。」と言って、また作ってそれを今度は自分の子に食べさせますと、本当はそれは毒ですから、その子は死亡してしまったのです。人、人間はあまり欲張ると、欲のまたが裂けると言います。それで自分の可愛い子供を死亡させたのです。また、人は物事に対して意欲はなければいけませんが、悪欲はあってはならないという話。ちなみに、「長筵草は命の親と思え、黒羽烏は自分の親と思え。」と言います。平成9年2月17日 高江洲亮翻字 T2B4

再生時間:9:13

民話詳細DATA

レコード番号 47O170017
CD番号 47O17C002
決定題名 継母(方言)
話者がつけた題名 継母(ままうや)
話者名 阿波根昌栄
話者名かな あはごんしょうえい
生年月日 19210309
性別
出身地 沖縄県中頭郡北谷町字上勢頭
記録日 19970217
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 T02B05
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 本格昔話、 ことわざ
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 『想い出の昔話』
キーワード 継母,麦搗き,アザミ,毒弁当,烏,薬草,オオタニワタリ
梗概(こうがい) 〔方言原話〕 くれー、継母(ままうや)とぅ継子(ままくゎ)ぬ話い。昔(んかし)あるとぅくまんかい、女子(うない)、男子(うぃきい)産(な)ちから、母親(いなぐぬうや)ぬけーまーちちゃくとぅ、うぬ父親(いきがぬうやー)、また後妻(あとぅどぅみ)取(とぅ)めーてぃそーしが、うぬ後妻(あとぅどぅみ)とぅん娘子(うぃなぐんぐゎ)一人(ちゅい)産(な)ちさくとぅ、うぬ後妻(あとぅどぅめー)、先妻(さちとぅぢ)ぬ女子(うない)、男子(うぃきい)、産(な)ちるあくとぅ、後々(あとぅあとー)うぬ財産(ぜーさ)のー全部(むる)先妻(さちとぅぢ)ぬ子供達(くゎぬちゃー)びけーんかい、けー取(とぅ)らりーんでぃ思(うむ)てぃ、妬(にーた)さし、ちゃー継子供達(ままくゎぬちゃー)んかい、なんぬー、かんぬー、しじみとーしが、ある時(ばー)に、「大麦(うふむぢゃー)んち有しが、うれー、ポーポー作(ちゅく)たいーぬさいし、まーさる麦(むじ)やしが、うぬ麦(むぜー)、穂(ふー)や、しぐ落(う)てぃしが、沖縄(うちなー)うてー麦(むじ)搗(ち)ゆんでぃ言(いー)ねー、木臼(きーうーし)んかい杵(あじん)さーなかいる搗(ち)ちゅたくとぅ、うぬ麦(むじ)ぬ両方(どーほー)ぬ膨(ふっ)ちとーる中(なーか)んかい、なー一條(てぃー)ちぇー粕(かし)ぬ掛かとーん、うぬ粕(かし)んかえー褌(さなじ)んでぃ言(いゅ)しが、くれー搗(ち)ちゃんてーん、なかなか取(とぅ)いぐりさん、あんしうぬままし煮(に)ち食(か)みーねー、人(ちゅ)ぬ歯(はー)んかい掛かいくとぅ、うぬ褌(さなじ)ぬ抜ぎーる間(うぇーま)搗(ち)かはるやしが、しぐ搗(ち)ちねーほろーほろーんそーい、なんどぅるさんあくとぅ、うぬまま搗(ち)からん、褌(さなじ)ん抜ぎらん、水(みじ)かきやーなかい湿(しっ)たらかち、他(ふか)ぬ麦(むじ)ぬなんどぅさっとぅくまとぅ、してぃん、うりが落(う)ぃるぐとぅさはる大麦(うふむぢゃー)んでぃせー搗(ち)かりーる、しぐしーねーほろほろ飛(とぅ)び出(んぢ)るする、一向(てぃちん)搗(ち)からん。」うぬ大麦(うふむぢゃー)、「私(わん)ねー隣(とぅない)までぃ行(いん)ぢちゅーくとぅ、うぬ間(うぇーま)に搗(ち)ちょきよー。」んち継子供達(ままくゎぬちゃー)二人(たい)んかい言(いー)付(ち)きてぃさくとぅ、だーうれー搗(ち)ちゃんてーん、搗(ち)ちゃんてーんほろほろるそーくとぅ、うったーやなま子供(わらび)なやーに、水(みじ)かてぃ搗(ち)ちゅせーわからんどぅあくとぅ、さくとぅ二人共(たいむん)、泣ちょーてぃ麦(むじ)搗(ち)ちゃがなー、「育(すだ)てぃらん親(うやー)ぬ、ぬんでぃ私(わん)産(な)ちゃが産(な)さんうちうてぃ、年(とぅし)や寄(ゆ)らん。」りち、二人共(たいなむん)一人(ちゅい)搗(ぢ)ち搗(ぢ)ちそうてぃ搗(ち)ちゃくとぅ、うぬ二人(たい)が涙ぬ落(う)てぃとーるとぅくまー白(しるー)なてぃ、皮(かー)ん剥(あ)ぎやーに白(しるー)なてぃ、褌(さなじ)ん抜ぎたくとぅ、とー、くれー、水(みじ)入(いっ)てぃ搗(ち)ちゅしやさんち、うんにんから大麦(うふむぢゃー)搗(ち)ちねー水(みじ)入(いっ)てぃ搗(ち)ちょーしが。とー、今度(くんどー)、「チバナー草、刈てぃくー。」んち、言(いー)付(ち)きてぃ、チバナー草んでぃし有しが、自分(どぅー)ぬ子(くゎ)んかえー野菜(やせー)し作(ちゅく)てーるう汁煮(に)ち食(くぃ)やーに、くぬチバナーんでぃ言(いゅ)せー、葉(ふぁー)いっぺーむる刺(んじ)ぬ立(たっ)ちょーしやしが、牛ぬんゆー食(くゎ)いん。くぬチベナー刈てぃちーねー、うりが葉(ふぁー)、今度(くんどー)、炒物(いりちゃー)ぬーんかいんぬーん入りやーなかい食(くぃー)るさんみんさくとぅ、二人共(たいなむん)畚(おーだー)持(ふぃ)さぎてぃ、籠(ばーき)ん持(むっ)っち、手(てぃ)ちちくじー、足(ふぃさ)ちちくじーし、うんにんねー皆(んな)素足(からびさー)るやくとぅ、ぬーんくでぇねーらん。畚(おーだー)んかい籠(ばーけー)居(い)しやーなかい、刈いんちゃがなー、「あ痛(きた)、痛(きた)、チバナー踏(くだ)みりば痛(やむ)ぬ、継親(ままうやー)ぬ肝(ちむ)やかんがあゆら。」んでぃち歌詠(ゆ)まがちーなー、二人共(たいなむん)刈てぃ、持(むっ)っち帰(けー)たくとぅ、「とー、君達(いったー)やうりちゅくりやーに汁沸かせー。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、うりちゅくりーし、、葉(ふぁ)ぬ表(うむてぃ)ん、裏ん、全部(むる)刺(んぢ)ぬる立(たっ)ちょーくとぅ、仕方(しかたー)ならん、竹(だき)ぬ枝(ゆだ)掴(かち)みてぃ、火(ふぃー)んかい炙(あぶ)やーなかい、出(んぢ)とーる刺(んぜー)ぬ全部(むる)焼ち捨(し)てぃてぃさくとぅ、刺(んぢ)ぬとぅくまー固(くふぁ)さぬ、葉(ふぁー)や青(おー)さぬ、水(みじ)ん多(うふ)さくとぅ、焼きらん、刺(んぢ)びけー焼きてぃ、うり切(ち)り込(く)でぃ煮ち食(か)だくとぅ、「とーうったーや、うり食(か)でぃん、喉(ぬーでぃ)んかい掛からさん、くれー自分(どぅー)ぬ子(くゎ)んかいん、食(くぃ)てぃんーだはるないる。」んち、自分(どぅー)ん味さくとぅ、うっさ立(たっ)ちょたる刺(んぜ)、全部(むる)ねーらんなてぃさくとぅ、「とーくれー、珍(ふぃるま)しいむん、煮(にー)ねー全部(むる)ねーらんないさやー。」んち、焼ちぇーせーわからんどぅあくとぅ、残(ぬく)とーるチバナー煮(に)ち、自分(どぅー)ぬ子(くゎ)んかいあ食(くぇー)たくとぅ、自分(どぅー)ぬ子(くゎ)、ちゅらーく喉(ぬーでぃ)んかい刺(んぢ)ぬ立(たっ)ち、かからちさくとぅ。とーなー、うったーうぬまま置(う)ちょーてーならんむんでぃち、うったーんかい田草(たーぐさ)取(とぅ)いがやらしはるやるんちさーに、「うったー物(むん)食(か)みーねー、ぬーんあらんしが、自分(どぅー)ぬ煮(にー)ねーちゃっさ煮(に)ちん、刺(んぢ)立(たっ)っちるうくとぅ、珍(ふぃるま)しいむんやっさー。」んち、弁当入(いっ)っち置(う)ちぇーくとぅ持(むっ)っち行きよー。」んちさくとぅ、「珍(ふぃるま)しいむん、今日(ちゅー)やいふぇー違(ちが)とーんどー。」んち、「芋(んむ)持(む)たち朝からやらする時(ば)やあしが、弁当持(む)たちやらすんでぃる事(くとぅ)、珍(ふぃるま)しい事(くとぅ)、私達(わったー)親(うや)ぬ今(なま)までぃうんぐとぅさる事(くとぅ)ねーらんむんぬ。」んちさーに、今度(くんどー)田草(たーぐさ)取(とぅ)いが行(いん)ぢさくとぅ、田(たー)うてぃうぬ弁当開(あ)てぃ見(んー)ちゃくとぅ、ぬーん変わとーる物(むのー)入(いっ)ちぇーねーらんねーし、当たい前(めー)ぬ御飯(うぶ)どぅやんねーそーしが、「私達(わったー)んかい御飯(うぶん)ぬ当たいわけーねーらんしがやー。」んちさーなかい、「沖縄(うちなー)うてー蠅(ふぇー)ぬ止(しが)ねー毒(どぅこー)ねーらん。」でぃくとぅ、でぃーまぢ開きとーてぃんーだ、んでぃ言(いゃー)なかい、開きとーてぃ、二人共(たいなむん)田草(たーぐさ)取(とぅ)てぃさくとぅ、烏(がらさー)ぬちゃーに食(くゎ)たくとぅ、ありありし、二人(たい)し追(うー)てぃさくとぅ、うぬ烏(がらさー)や飛(とぅ)ぶんち、ぱたぱたやさぎーしが、倒(とー)てぇー起(う)き起(う)きさがなー、側(すば)んかい生(みー)とーる草ぬ葉(ふぁー)引(ふぃ)っ切(ち)り食(くゎ)やーに、水(みじ)飲(ぬ)いでぃから、ちゅてー、んまんかい立(たっ)ちょーてぃから、ぱたぱたし飛(とぅ)でぃ逃(ふぃ)んぎてぃ行(いん)ぢゃくとぅ、「あー、珍(ふぃるま)しいむん、今(なま)先(さち)、んまうてぃ、ちん倒(けー)り倒(げー)りーすたるむんぬ、えー、うぬ草ぬ葉(ふぁー)引(ふぃ)っ切(ち)り食(くゎ)やーなかい、水(みじ)飲(ぬ)でぃ、また飛(とぅ)でぃ行ちゃぎーたっさーやー。」んち、丁度(ちょーどぅ)、昼食(あさばん)じぶんなてぃさくとぅ、二人共(たいなむん)昼食(あさばん)食(か)でぃさくとぅ、いゅんねーすんねー腹(わた)ぬ痛(や)でぃさくとぅ、「とー、きっさぬ烏(がらさー)ん、あぬ草食(くゎ)てぃ水(みじ)飲(ぬ)むてーくとぅ、私達(わったー)んうんぐとぅしんだ。」んち、草ぬ葉(ふぁー)食(か)でぃ、水(みじ)飲(ぬ)でぃんまんかいとぅるばとーたくとぅ、弟(うっとぅ)ん、姉(しーじゃ)ん、治(のー)やーなかい、また田草(たーぐさ)取(とぅっ)てぃ、夕方(ゆーさんでぃ)なたくとぅ、家(やー)かい帰(けー)てぃ行(いん)ぢゃさくとぅ、「君達(いったー)や御飯(うぶ)のー食(か)でぃ、夕食(ゆーば)のー仕度(しこーい)ぎーしが。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、「うー御馳走(くゎっちー)さびたん。」ちそーるばーやしが、「珍(ふぃるま)しいむん、私(わー)が入(いっ)てーせー、毒(どぅく)るやくとぅ、うったーやあまうてぃ倒(とー)りーる筈(はじ)んちるそーたしが、うれー毒(どぅこー)あらんてーさやー、うったーや全部(むる)うち食(か)でぃ、空弁当箱(がらべんとーばく)る持(むっ)っちちゅーいむん。」でぃちさーなかい、また作(ちゅく)やーなかい、今度(くんどー)、自分(どぅー)ぬ子(くゎ)んかい、食(くぃ)たくとぅ、だー、うれー、毒(どぅく)るやくとぅ、自分(どぅー)ぬ子(くゎー)、ちゆらーくけーまーちねーたんでぃ。あんすくとぅ人(ちゅ)、人間(にんじ)のーどぅく欲(ゆく)がかいねー、欲(ゆく)ぬまた裂きんでぃ言(い)ち、だー、かんさる子(くゎ)んけーまーちねーん。また人(ちょー)、意欲(むちゆこー)有りはるやしが、悪欲(あくゆこー)有てぇーならんでぃる話い。あんさーに、「長延草(ながむくるぐさ)や命(ぬち)ぬ親(うや)とぅ思(む)り。黒羽烏(くるばがらさー)や、我親(わうや)とぅ思(む)り。」んでぃ言(いゅ)んでぃ。〔共通語訳〕 これは継母と継子の話。昔あるところに、女の子と男の子を産んでから母親が死亡したので、その父親は後妻を娶ったのですが、その後妻とも女の子が一人生まれたのです。それで、後妻は先妻の方が女の子も男の子も産んでいるから、後々、この財産は全部先妻の子供達だけに取られてしまうと思って妬んで、常に継子達をなんのかんのと苛めているのです。ある時、「大麦というのがあるが、それはいろいろな食い物を作る麦なんです。その麦は穂の方はすぐ落とせますが、沖縄で麦を搗くといえば、木臼に杵(きね)で搗くのですから、その麦は両側が膨らんでいて、中心の部分には一條の粕がかかっていて、その粕の事を褌と言っていますが、これは搗いてもなかなか取りにくいものです。そのまま炊いて食べますと、人の歯の間にかかりますので、その褌の抜け落ちるまで搗かないといけないのですが、そのまま搗くとつるつるしていますので、そのまま搗けず褌も抜けません。水をかけて湿らしてから他の麦の滑らかなところと擦り合わせてそれが落ちるようにしないと、大麦というのは搗けないのです。そのままだとつるつる滑って臼の外に飛び出すばかりで一向に搗けません。その大麦を、「私は隣まで行って来るからその間に搗いておけよ。」と継子達二人に言いつけて行きました。だがそれは、搗いても搗いても搗けません。つるつる滑るばかりです。これ達は子供でいまだ水を入れて搗くことは知らないのです。すると、二人共泣いて搗きながら、「育てもしない親がなんで私を産んだ、産み出さぬうちに身罷ればよいに。」と歌いながら、一人ずつ交代、杵を上げ下ろして搗いていますと、その二人の涙の落ちた部分は、皮が剥げて白くなり、褌も抜け落ちましたので、これは水を入れて搗くものだと悟りまして、その時から大麦を搗く時には、水を入れて搗いたのです。すると今度は、「チバナ草(あざみ)を刈りてこい。」と言いつけました。チバナ草というのがありますが、自分の子供には野菜を入れて作ったお汁を煮て食べさせ、このアザミは裏、表、葉の全面に刺が立っていますが、牛も良くこれを食べます。このチバナ草を刈りて来ると、その葉を炒め物などに入れたりして、これ達に食べさせる心算です。すると二人共、畚(もっこ)と籠を持って、手を刺に刺し、足を刺に刺しながら、その時は皆裸足ですから何にも履いていません。畚に籠をすえて刈り込みながら、「あいたた、チバナ踏めば痛い、継親の心はこのようなものか。」と歌を詠みながら、二人共刈り込んだチバナ草を持って帰りますと、、「よし、君達はそれを捌いてお汁を沸かしなさい。」と言われたので、それを捌く時、葉の表も裏も全面刺が立っているので、仕方なく竹の枝を取ってきて片方に差し込み、竹の枝を持って先の方を掴み、火に炙って葉の両面に出ている刺を全部焼き捨てたのです。すると、刺の部分は固くて葉は青く、水分も多量にあるので焼けずに、刺だけ焼けてしまったのです。それを切りこんで煮て食べますと、「おや、これ達はそれを食べても喉に引っ掛からないのか、それならば自分の子供にも食べさせてみよう。」と思って、自分も味見すると、沢山立っていた刺はみな無くなっていましたので、「これは珍しい事だ、煮ると無くなるのか。」と、焼いたのはわからないから、残りのチバナーを煮て自分の子供に食べさせますと、喉に刺が立って苦しんだのです。すると、もうこれ達をそのままにしてはおけないと思い、これ達を田の草刈りに行かそうと考えて、「これ達の物を食べると何事もないが、自分が煮ると、どんなに煮ても刺が立っているので珍しい事だ。」と言いながら、「弁当も入れて置いておるから持って行きなさい。」と言いますと、「珍しい事だ、今日はいつもと少し異なっている。」と思ったのです。「芋を持たして朝から行かせる事はあるが、弁当を持たして行かせる事は珍しい事だ、私達に継親が今までそのような事をしたことは一度もないが。」と思いながら、それを持って今度は、田の草取りに行きますと、田んぼに行ってその弁当を開けて見ますと、何も変わった物は入っていない、普通のご飯が入っているのですが、継子達二人は、「私達二人にご飯が当たるわけがないがなあ。」と思い、すると、沖縄では昔から、「蠅の止まる物には毒はない。」という言い伝えがあるから、「まず開けて置いてみよう。」と言って、開けて置いて、二人共草を取っていると、烏が来て食べよるので、あれあれと二人で追い払おうとしますと、その烏は飛ぼうとして羽根をばたばたさせるのですが、倒れては起き、倒れては起きしながら、側に生えている草の葉を引き千切って食べて、水を飲み、しばらくそこに立ってから、ばたばたと飛んで逃げて行きました。すると、「ああ、珍しい、今先までここで倒れては起き、倒れては起きしていたが、その草の葉を引き千切って食べてから、水を飲んでまた飛んでいきよったねえ。」と話し合うと、丁度昼食の時刻になったので、二人共昼食を食べますと、案の定、お腹が痛み出したので、「ああ、先刻の烏もあの草を食べて水を飲みよったから、私達もそのようにしよう。」と草の葉を食べて後に水を飲んで、そこに黙り込んでいると、弟も姉も治りましたので、また、田の草刈りをして、夕方になりますと家に帰って行きますと、「君達はご飯を食べたか、夕食の支度をしよるが。」と言いますので、「はい、御馳走さまでした。」と答えますと、「珍しい事もあるものだ、私が入れたのは毒だから、あれ達は今頃、あそこで倒れている筈と思っていたが、それではこれは毒ではなかったのか。あれ達は全部食べて、空の弁当箱を持ってきている。」と言って、また作ってそれを今度は自分の子に食べさせますと、本当はそれは毒ですから、その子は死亡してしまったのです。人、人間はあまり欲張ると、欲のまたが裂けると言います。それで自分の可愛い子供を死亡させたのです。また、人は物事に対して意欲はなければいけませんが、悪欲はあってはならないという話。ちなみに、「長筵草は命の親と思え、黒羽烏は自分の親と思え。」と言います。平成9年2月17日 高江洲亮翻字 T2B4
全体の記録時間数 9:13
物語の時間数 9:13
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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