雨蛙(方言)

概要

〔方言原話〕 雨蛙(あまがく)ぬ話い。アマガクんでぃん言(いゅ)ゆるアマガカー、んでぃん言(いゅ)しが、うれーなー雨(あみ)ぐゎーぬ降いがたーないねー、「ガークガーク。」し、みんちゃさるあたいなーあびーしが、うれーぬーやがどぅんやれー、昔(んかし)、うぬ雨蛙(あまがく)ぬ人(ちゅ)やたる時代(じぶん)、全部(むる)親(うや)ぬ言(いゅ)る事(くとぅ)反対びけーし、天の邪鬼なてぃ、、右(にぢり)んでぃ言(いー)ねー、左(ふぃざい)、あまんでぃ言(いー)ねーくまんでぃち、親(うや)ぬ言(いゅ)る事(くとぅ)全部(むる)聞(ち)かんたんでぃ。あんし親(うやー)ぬ病気(やんめー)かかてぃ、治(のー)らんぎさーなたくとぅ、うぬ子(くゎ)んかい、「私(わん)にんくぬ病気(やんめー)ぬ治(のー)らんむんやれー、あぬ世(ゆー)んかいる行ちゅくとぅ、やーやなーやん一人(ちゅい)暮らしるすくとぅ、私(わー)がむしか治(のー)らんむんやらー、川原(かーら)ぬ側(すば)んかい葬(ほーむ)りよー、墓(はかー)川原(かーら)ぬ側(すば)んかい造(ちゅく)りよー。」んでぃち言(いー)付(ち)きてぃ、長(なげー)さんぐとぅ親(うや)けーまーちさくとぅ、うぬ子(くゎー)、私(わん)ねー今(なま)までぃ親(うや)ぬ言(いゅ)る事(くとぅ)聞(ち)かん反対びけーし、天の邪鬼なてぃ、ただ一(てぃー)ちぇーちょーん聞(ち)かんてーくとぅ、けーまーちねーらん、私(わん)一人(ちゅい)るやくとぅ、くり一(てぃ)ちぇーちょーん聞(ち)きはるないる、親(うやー)ぬ言(いゅ)る事(くとぅ)聞(ち)ちゃーなかい、今(なま)までぃぬ親不孝(うやふこー)詫びりはるないる、んち、川原(かーら)ぬ側(すば)んかい葬(ほーむ)てぃさくとぅ、だー雨(あみ)降いがたーないねー、大水(うーみじ)出(んぢ)てぃ、うぬ墓ぬ流(なーげー)りーねーなー親(うや)んねーらん、子(くゎ)んねーらんないくとぅ心配(しわ)さーに、なー、「ちゃーすが、ちゃーすが。」しあびーんでぃ。うりが、「ガークガーク。」しあびーせー、人(ちゅ)ぬ、「ちゃーすが、ちゃーすが。」すし大水(うーみじ)ぬ出(んぢ)いねー、親(うや)ぬ入(いっ)ちょーる墓ぬ流(なげー)りらのあがやーえー、んでぃち、しぐ慌てぃてぃ、あまはい、くまはいあびてぃ歩(あっ)ちゅんでぃ。親不孝(うやふこー)雨蛙(あまがく)ぬ話い。〔共通語訳〕 雨蛙の話。方言ではアマガク、またはアマガカーとも言います。これは雨が降りそうになると、「ガークガーク。」と喧しいほど鳴り立てますが、それは何故かと申しますと、昔、雨蛙が人間であった時代、全然親の言う事を聞かず、反対ばかりしている天の邪鬼がいました。右と言えば左、あそこを言えばここと言って、親の言う事は全然聞かなかったそうです。そして、親が病気になり治りそうもないので、その子供に、「私もこの病気が治らなかったらあの世に行くのだが、お前はもう、お前一人暮らしをするようになるから、私がもし治らなかったら、私を川原の側に葬ってくれ。墓は川原の側に作りなさい。」と言いつけました。そうすると、山に作るだろうと思ったのです。しばらくしてその母親が死亡しますと、その子供は、「私は今まで、親の言うことも聞かず反対ばかりして天の邪鬼になり、何一つも聞いてないから、親は死亡してしまって私一人になったので、これ一つだけでも親の言う事を聞いてあげて、川原の側に埋葬して、今までの親不幸を詫びよう。」と思って川原の側に埋葬したのです。すると、雨が降りそうになると大水が出て、その墓を流してしまうと親も無くなり、子も無くなるのだがと心配して、「どうするか、どうするか。」して鳴いているそうです。あれが、「ガークガーク。」と鳴くのは、人間が「どうするか、どうするか。」で大水が出たら、親の入っている墓が流されはしないかと思って、とても慌ててあそこへ行ったりここへ行ったりして、心配して鳴きながら歩いているそうです。親不孝雨蛙の話。平成9年2月17日 高江洲亮翻字 T2B3

再生時間:2:13

民話詳細DATA

レコード番号 47O170016
CD番号 47O17C002
決定題名 雨蛙(方言)
話者がつけた題名 雨蛙(あまがく)
話者名 阿波根昌栄
話者名かな あはごんしょうえい
生年月日 19210309
性別
出身地 沖縄県中頭郡北谷町字上勢頭
記録日 19970217
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 T02B04
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 動物昔話
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 『想い出の昔話』
キーワード 天邪鬼,雨蛙
梗概(こうがい) 〔方言原話〕 雨蛙(あまがく)ぬ話い。アマガクんでぃん言(いゅ)ゆるアマガカー、んでぃん言(いゅ)しが、うれーなー雨(あみ)ぐゎーぬ降いがたーないねー、「ガークガーク。」し、みんちゃさるあたいなーあびーしが、うれーぬーやがどぅんやれー、昔(んかし)、うぬ雨蛙(あまがく)ぬ人(ちゅ)やたる時代(じぶん)、全部(むる)親(うや)ぬ言(いゅ)る事(くとぅ)反対びけーし、天の邪鬼なてぃ、、右(にぢり)んでぃ言(いー)ねー、左(ふぃざい)、あまんでぃ言(いー)ねーくまんでぃち、親(うや)ぬ言(いゅ)る事(くとぅ)全部(むる)聞(ち)かんたんでぃ。あんし親(うやー)ぬ病気(やんめー)かかてぃ、治(のー)らんぎさーなたくとぅ、うぬ子(くゎ)んかい、「私(わん)にんくぬ病気(やんめー)ぬ治(のー)らんむんやれー、あぬ世(ゆー)んかいる行ちゅくとぅ、やーやなーやん一人(ちゅい)暮らしるすくとぅ、私(わー)がむしか治(のー)らんむんやらー、川原(かーら)ぬ側(すば)んかい葬(ほーむ)りよー、墓(はかー)川原(かーら)ぬ側(すば)んかい造(ちゅく)りよー。」んでぃち言(いー)付(ち)きてぃ、長(なげー)さんぐとぅ親(うや)けーまーちさくとぅ、うぬ子(くゎー)、私(わん)ねー今(なま)までぃ親(うや)ぬ言(いゅ)る事(くとぅ)聞(ち)かん反対びけーし、天の邪鬼なてぃ、ただ一(てぃー)ちぇーちょーん聞(ち)かんてーくとぅ、けーまーちねーらん、私(わん)一人(ちゅい)るやくとぅ、くり一(てぃ)ちぇーちょーん聞(ち)きはるないる、親(うやー)ぬ言(いゅ)る事(くとぅ)聞(ち)ちゃーなかい、今(なま)までぃぬ親不孝(うやふこー)詫びりはるないる、んち、川原(かーら)ぬ側(すば)んかい葬(ほーむ)てぃさくとぅ、だー雨(あみ)降いがたーないねー、大水(うーみじ)出(んぢ)てぃ、うぬ墓ぬ流(なーげー)りーねーなー親(うや)んねーらん、子(くゎ)んねーらんないくとぅ心配(しわ)さーに、なー、「ちゃーすが、ちゃーすが。」しあびーんでぃ。うりが、「ガークガーク。」しあびーせー、人(ちゅ)ぬ、「ちゃーすが、ちゃーすが。」すし大水(うーみじ)ぬ出(んぢ)いねー、親(うや)ぬ入(いっ)ちょーる墓ぬ流(なげー)りらのあがやーえー、んでぃち、しぐ慌てぃてぃ、あまはい、くまはいあびてぃ歩(あっ)ちゅんでぃ。親不孝(うやふこー)雨蛙(あまがく)ぬ話い。〔共通語訳〕 雨蛙の話。方言ではアマガク、またはアマガカーとも言います。これは雨が降りそうになると、「ガークガーク。」と喧しいほど鳴り立てますが、それは何故かと申しますと、昔、雨蛙が人間であった時代、全然親の言う事を聞かず、反対ばかりしている天の邪鬼がいました。右と言えば左、あそこを言えばここと言って、親の言う事は全然聞かなかったそうです。そして、親が病気になり治りそうもないので、その子供に、「私もこの病気が治らなかったらあの世に行くのだが、お前はもう、お前一人暮らしをするようになるから、私がもし治らなかったら、私を川原の側に葬ってくれ。墓は川原の側に作りなさい。」と言いつけました。そうすると、山に作るだろうと思ったのです。しばらくしてその母親が死亡しますと、その子供は、「私は今まで、親の言うことも聞かず反対ばかりして天の邪鬼になり、何一つも聞いてないから、親は死亡してしまって私一人になったので、これ一つだけでも親の言う事を聞いてあげて、川原の側に埋葬して、今までの親不幸を詫びよう。」と思って川原の側に埋葬したのです。すると、雨が降りそうになると大水が出て、その墓を流してしまうと親も無くなり、子も無くなるのだがと心配して、「どうするか、どうするか。」して鳴いているそうです。あれが、「ガークガーク。」と鳴くのは、人間が「どうするか、どうするか。」で大水が出たら、親の入っている墓が流されはしないかと思って、とても慌ててあそこへ行ったりここへ行ったりして、心配して鳴きながら歩いているそうです。親不孝雨蛙の話。平成9年2月17日 高江洲亮翻字 T2B3
全体の記録時間数 2:13
物語の時間数 2:13
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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