塩(方言)

概要

〔方言原話〕 塩(まーす)ぬ話い。昔(んかし)、首里城(すいぐしく)うってぃ、「沖縄(うちなー)うてぃ一番まーさせーぬーやが。」んち、王ぬ問(とー)みそーちゃくとぅ、皆(んな)集(あち)まとーる人達(ちゅぬちゃー)や、あれーまし、くれーまし、し話いさくとぅ、一番終(う)わいんかい居(う)る武士(さむれー)ぬ、「沖縄(うちなー)うてぃ一番まーさせー塩(まーす)るやいびる。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、「やーやぬーんでぃー、あれー辛さぬ食(か)みんならんむんぬ、ありがまーさんでぃせーちゃーるばーが、私(わん)どぅうせーとーるい。」んち、八重山(えーま)、波照間(はてぃるま)んかい島流し言(いー)ちきらってぃ、あんしあんぬ島流しさりーんでぃる武士(さむれー)や、「なー、くれー仕方ならん。」でぃち、妻(とぅぢ)、子(くゎー)、置(う)ちきてぃ、自分一人(どぅーちゅい)あまんかいやらさりーんでぃる事(くとぅ)んかいなてぃさくとぅ、舟(ふに)んかい乗(ぬ)いがちーなー、「妻(とぅぢ)、子(くゎ)とぅ別り、私(わん)や島流しさりーが、くぬままがやゆら、またいちぇんすゆら。」んでぃち言(い)ち歌あびてぃ、あんさーに、泊高橋(とぅまいたかはし)から銀簪(なんじゃじーふぁ)投ぎてぃ、だーうれー、罪(ちみ)ぬ有る人(ちゅー)、泊高橋(とぅまいたかはし)ちーねー、打ち首ぬ咎(とぅが)ないしん、舟(ふに)んかい乗(ぬ)てぃ、島流しさりーしん、んまからー黄金簪(くがにじーふぁ)、銀簪(なんじゃじーふぁ)、全部(むる)抜(ぬ)ぢ行ちゅるぐとぅやたんでぃしが、あんし八重山(えーま)んかい流さってぃさくとぅ、今度(くんどー)七月(ななちち)干(ひゃー)てぃ、七月(ななちち)雨(あみ)降ってぃさくとぅ、なー燃(めー)する薪(たむぬ)んねーらんないるあたい雨(あみ)ぬ降いくじりてぃ、半年(はんにん)余い、雨(あみ)降い続(ちぢ)てぃさくとぅ、なーくれー、昔(んかし)ぬ話いるやしが、「天(てぃん)ぬ降ら降らや、雨(あみ)降らがやゆら、泊(とぅまい)塩(ます)たちゃが、褌(さなじ)抜かち。」んでぃるあたい、塩(まーす)たちゃーがや、天気(てぃんち)ぬ良(ゆ)たさいにる塩(まーそー)炊かりーる、雨(あみ)んでぃーぬ降いぎさーないねー、しぐ、褌(さなじ)ぬ抜ぎいしんわからんあたいうーさわぢし、広(ふぃる)ぎて、潮(すー)かきてー、しーしーし干(ふ)ちぇーる砂(くな)掻ちまぢむんでぃ、雨(あみ)んかい濡(ん)でぃらんぐとぅすんでぃ、しぐ褌(さなじ)ぬ抜ぎるかなー、うーはまいすしが、だーうれー、七月(ななちち)なーん雨(あみ)ぬ降いーねー、なー、塩(まーそー)全部(むる)炊からんなやーに、人達(ちゅぬちゃー)や皆(んな)あふぁー物(むん)びけー食(か)どーしが、公儀(くーじ)んかいん、なー貯(たくうぇー)てーる塩(まーそー)全部(むる)ねーらんなてぃ、また、薪(たむぬ)んねーらんなてぃ、竹(だき)割てぃ燃(めー)ち、竹(だけー)青(おー)さてぃん、割やーに、皮(ふぃじ)起(う)くしーねー さーらない、燃(めー)いーくとぅ、雨(あみ)降てぃん、屋敷(やしち)ぬ廻(まんまー)るぬ竹(だき)さーに、火(ふぃ)や起(う)くさりーしが、味(あじぇー)付(ち)かん、あふぁ物(むん)びけーる食(か)むる。あんしそーる時(ばー)に、な、うぬ王(を)ん、塩(まーそー)ねーんどぅあくとぅ、あふぁ物(むん)うさがとーるばーやしが、うぬ時(ばー)に、ふぃざなんかい置(う)ちぇーる塩樽(まーすだる)んかい、塩(まーす)入りーるばーやしが、なー、うりんかいん、塩(まーそー)ねーらんなてぃさくとぅ、ある時(ばー)に、うぬ塩樽(まーすだる)ぬ汁ぬ、開きてーる鍋(なーび)んかいちょんちょん垂てぃさくとぅ、なーじこー、うぬ汁ぬ味付(ち)ち、王(を)ぬうさがみそーやなかい、「くれーあんしまーさる、今日(ちゅー)ぬ、くぬ物(むぬ)煮ちぇーせー誰(たー)やが。」んち、問(とー)みそーちゃくとぅ、「毎日(めーにち)煮ちょーる料理人(むぬすがやー)がる煮ちぇーびーる。」んでぃうなきたくとぅ、ちゃし味付(ち)きたがんち問(とぅー)いふぃちするさんみんし、料理人(むぬすがやー)呼(ゆ)でぃ、「ちゃーし味付(ち)きたが。」んち問(とー)たくとぅ、「くれーなんくるる味えーちちょいびーる、ふぃじゃなんかい置(う)ちぇーる、乾燥樽(さりんでぃだる)から、汁ぬたやーなかい、開きてーる鍋(なーび)んかい、うりが残(ぬとー)る汁ぬ、ちょんちょん垂いんちゃくとぅる、うぬ味なとーいびーる。」んでぃうなきたくとぅ、「あんせーうぬ樽(たろー)ぬーやが。」んでぃ言(い)みそーちゃくとぅ、「塩樽(まーすだる)やいびーん。」でぃうなきたくとぅ、「本当(ふんとー)やみ。」んち、行(いん)ぢ見(んー)ちゃくとぅ、底(すく)んかい残(ぬく)とーる塩(まーす)ぬ、汁なとーしが、樽側(たるがー)や塩(まーす)ぬ入(いっ)ちょーいねー、塩分(すーく)くどーくとぅ、下(しちゃ)から火(ふぃー)燃(めー)ちんぬーんあらんしが、塩(まーす)ぬねーらんなてぃ、空桶(がらうーき)ないねー乾燥(さりんでぃ)てぃ、みーはーるーなてぃ、うりんかい水(みじ)入りーねー、ちょんちょん垂いくとぅ、塩(まーす)ぬねーらんなてぃ、底(すく)んかい残(ぬく)とーる塩(まーす)ぬ水(みじ)なやーなかい、乾燥(さりんでぃ)とーるくりとぅくりぬ合間(たばさ)から流(なげー)りやなかい、鍋(なーび)んかい入(いっ)ちゃくとぅ、まーくなとーんちわかたくとぅ、「塩(まーす)ぬる一番まーさる。」んでぃ言(い)ちゃる武士(さむれー)や、くりが言(いゅ)しる本当(ふんとー)やてーさやー、あんせー呼(ゆ)び戻(むどぅ)せーんでぃる事(くとぅ)んかいなやーに、呼(ゆ)びーが行(いん)ぢゃくとぅ、うぬ武士(さむれー)、既(しでぃ)になー、くぬ世(ゆー)しでぃてぃ居(う)らんなたくとぅ、王(をー)や、「えー、あんどぅやるい。」んち、彼(く)が遺骨(くちたま)あまから迎(んけー)らさーなかい、立派に葬(とーむ)い方(がた)さんでぃる話い。沖縄(うちなー)うてー塩(まーす)ぬる一番まーさんでぃる話い。〔共通語訳〕 塩の話。昔、首里城(しゅりじょう)で、「沖縄で一番美味しいものは何か。」と、王様が皆に問いますと、そこに集まっている人達はそれぞれ、あれが良い、これが美味しいと話し合っていました。そうして、一番終わりの座に座っていた武士は、「沖縄で一番美味しいものは塩です。」と申しますと、「君は今何と言った。あれは辛くて食えない物だのに、あれが一番美味しいとはいかなる事か、私を馬鹿にしているのか。」と大いに怒られて、八重山(やえやま)波照間(はてるま)に島流しを言いつけられました。そうして、その島流しにされるという武士は、「もうこれは仕方がない。」と思い、妻や子供を置いて自分一人あの地に行かせるという事になっていますので、舟に乗りながら、「妻や子と離れ島流しにされるが、そのままになるのだろうか、また会えるのだろうか。」という意味の歌を詠んで、それから泊高橋(とまりたかはし)では銀製の簪を抜いて投げたのです。それは、罪のある人は泊高橋に来ると、打ち首の咎になる人も、舟に乗って島流しになる人も、ここからは金の簪や銀の簪などを全部抜いていくようになっているので、八重山に流されますと、今度は七ヶ月旱魃が来た後に、七ヶ月雨が降り続きましたので、燃やす薪も無くなるぐらい雨が降り続きました。半年余りも降り続いたのです。俗に言う昔話ですが、「天の降り降らは、雨が降るのか、泊の塩炊き人が褌(さなじ)褌(ふんどし)抜かし。」というくらい、塩炊き人は天気の良い日にしか塩が炊けません。雨が降りそうになると、褌が脱げても気づかないぐらい一生懸命になって砂場に広げて、何回も何回も塩水をかけて、干してある砂をかき集めて積み、雨に濡れないようにするため、それこそ、褌の脱げるのもわからないぐらい一生懸命になりますが、もうそれは、七ヶ月の雨が降り続くと全然塩は炊けません。だから、諸人、皆、味の無い物ばかり食べたのです。首里の公儀も貯めた塩が全部無くなり、また、薪が無くなると、炊けは青くても割って皮を剥ぐと燃えますので、雨が降っても屋敷の周りの竹で火を起こして燃やせますが、味が付かない味の無い物だけ食べているのです。そんな時には、王様も塩けの無い味の無い物を召し上がっているのです。そんなある時、竈の上の棚に、何時もは塩樽の塩を入れておくのですが、それにも塩は入ってないのです。ある時、鍋の蓋を開けたまま炊いていると、塩樽からぽとぽとと汁が垂れ込んだのです。すると、その汁がとても味が付いているのを王様が召し上がって、「これはとても美味しいが、今日のこの料理を作った者は誰か。」と尋ねられますので、「毎日の料理人が炊いたのです。」と申し上げますと、いかにして味付けしたか聞くつもりでその料理人を呼んで、「いかにして味を付けたのか。」と聞きますと、「これは自然に味が付いたのです。竈の上の棚に置いてある乾燥樽から汁が垂れて、開けてある鍋にその汁がぽとぽとと垂れ込んでその味になったのです。」と申しますと、「それでは、その樽は何の樽か。」と言われましたので、「塩樽です。」と申し上げますと、「本当にそうか。」と申して、行って見ると、底に残っていた塩が苦汁になってしまっているのですが、樽の側板は塩が入っている時は塩分を含んでいるので、下から火を燃やしても何ともありませんが、塩が無くなると乾燥して、側板に隙間ができているのです。そこに残っていた塩が苦汁になり、その隙間から流れ出して塩樽の外部に流れ出て、料理をしている下の方の鍋にぽとぽとと流れ込んで美味しくなったのだとわかりますと、「沖縄では塩が一番美味しい。」と言った武士のこれの言ったのが本当だったとわかり、それでは呼び戻せということになり、八重山の方に呼び戻しに行ったのですが、その時、その武士はすでにこの世にはなく他界していたのです。それを聞いた王様は、「ああ、そうだったのか。」と言われて、彼の遺骨をあの地から迎えて立派に葬り方をやったという話。沖縄では塩が一番美味しいという話。平成9年2月17日 高江洲亮翻字 T2A4

再生時間:5:45

民話詳細DATA

レコード番号 47O170012
CD番号 47O17C002
決定題名 塩(方言)
話者がつけた題名 塩(マース)
話者名 阿波根昌栄
話者名かな あはごんしょうえい
生年月日 19210309
性別
出身地 沖縄県中頭郡北谷町字上勢頭
記録日 19970217
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 T02A04
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 本格昔話、 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 『想い出の昔話』
キーワード 塩,簪
梗概(こうがい) 〔方言原話〕 塩(まーす)ぬ話い。昔(んかし)、首里城(すいぐしく)うってぃ、「沖縄(うちなー)うてぃ一番まーさせーぬーやが。」んち、王ぬ問(とー)みそーちゃくとぅ、皆(んな)集(あち)まとーる人達(ちゅぬちゃー)や、あれーまし、くれーまし、し話いさくとぅ、一番終(う)わいんかい居(う)る武士(さむれー)ぬ、「沖縄(うちなー)うてぃ一番まーさせー塩(まーす)るやいびる。」んでぃ言(い)ちゃくとぅ、「やーやぬーんでぃー、あれー辛さぬ食(か)みんならんむんぬ、ありがまーさんでぃせーちゃーるばーが、私(わん)どぅうせーとーるい。」んち、八重山(えーま)、波照間(はてぃるま)んかい島流し言(いー)ちきらってぃ、あんしあんぬ島流しさりーんでぃる武士(さむれー)や、「なー、くれー仕方ならん。」でぃち、妻(とぅぢ)、子(くゎー)、置(う)ちきてぃ、自分一人(どぅーちゅい)あまんかいやらさりーんでぃる事(くとぅ)んかいなてぃさくとぅ、舟(ふに)んかい乗(ぬ)いがちーなー、「妻(とぅぢ)、子(くゎ)とぅ別り、私(わん)や島流しさりーが、くぬままがやゆら、またいちぇんすゆら。」んでぃち言(い)ち歌あびてぃ、あんさーに、泊高橋(とぅまいたかはし)から銀簪(なんじゃじーふぁ)投ぎてぃ、だーうれー、罪(ちみ)ぬ有る人(ちゅー)、泊高橋(とぅまいたかはし)ちーねー、打ち首ぬ咎(とぅが)ないしん、舟(ふに)んかい乗(ぬ)てぃ、島流しさりーしん、んまからー黄金簪(くがにじーふぁ)、銀簪(なんじゃじーふぁ)、全部(むる)抜(ぬ)ぢ行ちゅるぐとぅやたんでぃしが、あんし八重山(えーま)んかい流さってぃさくとぅ、今度(くんどー)七月(ななちち)干(ひゃー)てぃ、七月(ななちち)雨(あみ)降ってぃさくとぅ、なー燃(めー)する薪(たむぬ)んねーらんないるあたい雨(あみ)ぬ降いくじりてぃ、半年(はんにん)余い、雨(あみ)降い続(ちぢ)てぃさくとぅ、なーくれー、昔(んかし)ぬ話いるやしが、「天(てぃん)ぬ降ら降らや、雨(あみ)降らがやゆら、泊(とぅまい)塩(ます)たちゃが、褌(さなじ)抜かち。」んでぃるあたい、塩(まーす)たちゃーがや、天気(てぃんち)ぬ良(ゆ)たさいにる塩(まーそー)炊かりーる、雨(あみ)んでぃーぬ降いぎさーないねー、しぐ、褌(さなじ)ぬ抜ぎいしんわからんあたいうーさわぢし、広(ふぃる)ぎて、潮(すー)かきてー、しーしーし干(ふ)ちぇーる砂(くな)掻ちまぢむんでぃ、雨(あみ)んかい濡(ん)でぃらんぐとぅすんでぃ、しぐ褌(さなじ)ぬ抜ぎるかなー、うーはまいすしが、だーうれー、七月(ななちち)なーん雨(あみ)ぬ降いーねー、なー、塩(まーそー)全部(むる)炊からんなやーに、人達(ちゅぬちゃー)や皆(んな)あふぁー物(むん)びけー食(か)どーしが、公儀(くーじ)んかいん、なー貯(たくうぇー)てーる塩(まーそー)全部(むる)ねーらんなてぃ、また、薪(たむぬ)んねーらんなてぃ、竹(だき)割てぃ燃(めー)ち、竹(だけー)青(おー)さてぃん、割やーに、皮(ふぃじ)起(う)くしーねー さーらない、燃(めー)いーくとぅ、雨(あみ)降てぃん、屋敷(やしち)ぬ廻(まんまー)るぬ竹(だき)さーに、火(ふぃ)や起(う)くさりーしが、味(あじぇー)付(ち)かん、あふぁ物(むん)びけーる食(か)むる。あんしそーる時(ばー)に、な、うぬ王(を)ん、塩(まーそー)ねーんどぅあくとぅ、あふぁ物(むん)うさがとーるばーやしが、うぬ時(ばー)に、ふぃざなんかい置(う)ちぇーる塩樽(まーすだる)んかい、塩(まーす)入りーるばーやしが、なー、うりんかいん、塩(まーそー)ねーらんなてぃさくとぅ、ある時(ばー)に、うぬ塩樽(まーすだる)ぬ汁ぬ、開きてーる鍋(なーび)んかいちょんちょん垂てぃさくとぅ、なーじこー、うぬ汁ぬ味付(ち)ち、王(を)ぬうさがみそーやなかい、「くれーあんしまーさる、今日(ちゅー)ぬ、くぬ物(むぬ)煮ちぇーせー誰(たー)やが。」んち、問(とー)みそーちゃくとぅ、「毎日(めーにち)煮ちょーる料理人(むぬすがやー)がる煮ちぇーびーる。」んでぃうなきたくとぅ、ちゃし味付(ち)きたがんち問(とぅー)いふぃちするさんみんし、料理人(むぬすがやー)呼(ゆ)でぃ、「ちゃーし味付(ち)きたが。」んち問(とー)たくとぅ、「くれーなんくるる味えーちちょいびーる、ふぃじゃなんかい置(う)ちぇーる、乾燥樽(さりんでぃだる)から、汁ぬたやーなかい、開きてーる鍋(なーび)んかい、うりが残(ぬとー)る汁ぬ、ちょんちょん垂いんちゃくとぅる、うぬ味なとーいびーる。」んでぃうなきたくとぅ、「あんせーうぬ樽(たろー)ぬーやが。」んでぃ言(い)みそーちゃくとぅ、「塩樽(まーすだる)やいびーん。」でぃうなきたくとぅ、「本当(ふんとー)やみ。」んち、行(いん)ぢ見(んー)ちゃくとぅ、底(すく)んかい残(ぬく)とーる塩(まーす)ぬ、汁なとーしが、樽側(たるがー)や塩(まーす)ぬ入(いっ)ちょーいねー、塩分(すーく)くどーくとぅ、下(しちゃ)から火(ふぃー)燃(めー)ちんぬーんあらんしが、塩(まーす)ぬねーらんなてぃ、空桶(がらうーき)ないねー乾燥(さりんでぃ)てぃ、みーはーるーなてぃ、うりんかい水(みじ)入りーねー、ちょんちょん垂いくとぅ、塩(まーす)ぬねーらんなてぃ、底(すく)んかい残(ぬく)とーる塩(まーす)ぬ水(みじ)なやーなかい、乾燥(さりんでぃ)とーるくりとぅくりぬ合間(たばさ)から流(なげー)りやなかい、鍋(なーび)んかい入(いっ)ちゃくとぅ、まーくなとーんちわかたくとぅ、「塩(まーす)ぬる一番まーさる。」んでぃ言(い)ちゃる武士(さむれー)や、くりが言(いゅ)しる本当(ふんとー)やてーさやー、あんせー呼(ゆ)び戻(むどぅ)せーんでぃる事(くとぅ)んかいなやーに、呼(ゆ)びーが行(いん)ぢゃくとぅ、うぬ武士(さむれー)、既(しでぃ)になー、くぬ世(ゆー)しでぃてぃ居(う)らんなたくとぅ、王(をー)や、「えー、あんどぅやるい。」んち、彼(く)が遺骨(くちたま)あまから迎(んけー)らさーなかい、立派に葬(とーむ)い方(がた)さんでぃる話い。沖縄(うちなー)うてー塩(まーす)ぬる一番まーさんでぃる話い。〔共通語訳〕 塩の話。昔、首里城(しゅりじょう)で、「沖縄で一番美味しいものは何か。」と、王様が皆に問いますと、そこに集まっている人達はそれぞれ、あれが良い、これが美味しいと話し合っていました。そうして、一番終わりの座に座っていた武士は、「沖縄で一番美味しいものは塩です。」と申しますと、「君は今何と言った。あれは辛くて食えない物だのに、あれが一番美味しいとはいかなる事か、私を馬鹿にしているのか。」と大いに怒られて、八重山(やえやま)波照間(はてるま)に島流しを言いつけられました。そうして、その島流しにされるという武士は、「もうこれは仕方がない。」と思い、妻や子供を置いて自分一人あの地に行かせるという事になっていますので、舟に乗りながら、「妻や子と離れ島流しにされるが、そのままになるのだろうか、また会えるのだろうか。」という意味の歌を詠んで、それから泊高橋(とまりたかはし)では銀製の簪を抜いて投げたのです。それは、罪のある人は泊高橋に来ると、打ち首の咎になる人も、舟に乗って島流しになる人も、ここからは金の簪や銀の簪などを全部抜いていくようになっているので、八重山に流されますと、今度は七ヶ月旱魃が来た後に、七ヶ月雨が降り続きましたので、燃やす薪も無くなるぐらい雨が降り続きました。半年余りも降り続いたのです。俗に言う昔話ですが、「天の降り降らは、雨が降るのか、泊の塩炊き人が褌(さなじ)褌(ふんどし)抜かし。」というくらい、塩炊き人は天気の良い日にしか塩が炊けません。雨が降りそうになると、褌が脱げても気づかないぐらい一生懸命になって砂場に広げて、何回も何回も塩水をかけて、干してある砂をかき集めて積み、雨に濡れないようにするため、それこそ、褌の脱げるのもわからないぐらい一生懸命になりますが、もうそれは、七ヶ月の雨が降り続くと全然塩は炊けません。だから、諸人、皆、味の無い物ばかり食べたのです。首里の公儀も貯めた塩が全部無くなり、また、薪が無くなると、炊けは青くても割って皮を剥ぐと燃えますので、雨が降っても屋敷の周りの竹で火を起こして燃やせますが、味が付かない味の無い物だけ食べているのです。そんな時には、王様も塩けの無い味の無い物を召し上がっているのです。そんなある時、竈の上の棚に、何時もは塩樽の塩を入れておくのですが、それにも塩は入ってないのです。ある時、鍋の蓋を開けたまま炊いていると、塩樽からぽとぽとと汁が垂れ込んだのです。すると、その汁がとても味が付いているのを王様が召し上がって、「これはとても美味しいが、今日のこの料理を作った者は誰か。」と尋ねられますので、「毎日の料理人が炊いたのです。」と申し上げますと、いかにして味付けしたか聞くつもりでその料理人を呼んで、「いかにして味を付けたのか。」と聞きますと、「これは自然に味が付いたのです。竈の上の棚に置いてある乾燥樽から汁が垂れて、開けてある鍋にその汁がぽとぽとと垂れ込んでその味になったのです。」と申しますと、「それでは、その樽は何の樽か。」と言われましたので、「塩樽です。」と申し上げますと、「本当にそうか。」と申して、行って見ると、底に残っていた塩が苦汁になってしまっているのですが、樽の側板は塩が入っている時は塩分を含んでいるので、下から火を燃やしても何ともありませんが、塩が無くなると乾燥して、側板に隙間ができているのです。そこに残っていた塩が苦汁になり、その隙間から流れ出して塩樽の外部に流れ出て、料理をしている下の方の鍋にぽとぽとと流れ込んで美味しくなったのだとわかりますと、「沖縄では塩が一番美味しい。」と言った武士のこれの言ったのが本当だったとわかり、それでは呼び戻せということになり、八重山の方に呼び戻しに行ったのですが、その時、その武士はすでにこの世にはなく他界していたのです。それを聞いた王様は、「ああ、そうだったのか。」と言われて、彼の遺骨をあの地から迎えて立派に葬り方をやったという話。沖縄では塩が一番美味しいという話。平成9年2月17日 高江洲亮翻字 T2A4
全体の記録時間数 5:45
物語の時間数 5:45
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP