屋敷の御願みの始まり(方言)

概要

〔方言原話〕 沖縄(うちなー)うってぃ今(なま)やてぃん年(にん)に三回(みけー)のー屋敷(やしち)ぬ御願(うぐゎ)すしが、うぬ屋敷(やしち)ぬ御願(うぐゎ)のーちゃーし始まったがやー、何故(ぬーんち)すがやーんでぃる話い。かーまかーま大昔(うーんかし)、沖縄(うちなー)うってぃー、家族(やーにんじゅ)ぬまーしーねー、うぬまーちょーる人(ちゅ)切(ち)やーなかい煮ち、赤さる肉(しせー)男(いきが)ぬ方ぬ親戚(うぇーか)〔真肉親戚(まししうぇーか)〕白(しる)さぬ肉(しせー)女(いなぐ)ぬ方ぬ親戚(うぇーか)〔油肉親戚(あんだししうぇーか)〕んかい分きてぃ食(か)むたんでぃ。あんし残(ぬく)いぬ骨(ふねー)、男(いきが)や屋敷(やしち)ぬ東側(あがりむてぃ)んかい、クバぬ木(きー)植(うぃ)とーてぃ、うぬクバぬ根(にー)んかい埋(う)すてぃ、また、女(いなぐ)やいねー、屋敷(やしち)ぬ西側(いりむてぃ)やるか、マーニ植(うぃ)とーてぃうりが根(にー)んかい埋(う)すたんでぃ。あんさーに、ちゃー自分(どぅー)ぬ家族(やーにんじゅ)、親戚(うぇーか)、一族(はろーじ)ぬんまんかい寝(に)んてぃ、肉(しせー)自分(どぅー)ぬ内んかい入ちょーくとぅ、ちゃー一緒(まじゅん)やんでぃち、やたんでぃしが、ある時(とぅち)、唐ぬ人(ちゅ)ぬうりんーじみそーやーなかい、「いったーや今(なま)ん、人(ちゅ)ぬまーしーねー食(か)みるすんなー。」んでぃ言(い)みそーちゃくとぅ、「うー、くれー昔(んかし)からぬ仕付(しち)きやいびーん。」でぃうなきたくとぅ、うぬ人(ちゅ)ぬ、「とー、あねーさんぐとぅ、人(ちゅ)ぬ代はい豚(うゎー)殺(くる)ち食(か)めー、あんさーに、くれー、豚(うゎー)ぬ肉(しし)るやいびーんどーんち、何事(ぬーぐとぅ)にんうさぎーる時(ばー)ねー、節句(くちび)にやてぃん、何(ぬー)にやてぃん、皮(かー)ぬ付(ち)ちょー豚(うゎー)ぬ肉(しし)、重箱(じゅうばく)んかい御馳走(くゎっちー)とぅ一緒(まじゅん)うさぎりよー。」んち、教(なら)しみそーちゃくとぅ、うんにんからー沖縄(うちなー)や、節句(くちび)なてぃん、御祝(すーじ)なてぃん、皮(かー)ぬ付(ち)ちょーる三枚肉(はらがーじーし)、皮(かー)や上(うぃー)なち、重箱(じゅうばく)んかい入ってぃ、親元祖(うぐゎんす)、トートーメーぬ前(めー)んかいうさぎーるぐとぅなとーんでぃ。あんさーに、うぬ後(あとぅ)からー、まーちょーる人(ちょー)、山ぬ洞窟(がま)やるか、畑(はる)ぬ側(すば)ぬ土手(あぶし)んかい穴掘(ふ)てぃ葬方(ほーむいがた)するぐとぅんかいなたんでぃ。くれー、墓ぬ始まいやしが、今(なま)ちきてぃ、火葬(くゎそー)ぬねーらんとぅくまー風葬んでぃち、墓ぬ中(なーか)んかい棚作(ちゅく)てぃ、棚ぬ上(うぃ)んかい宝箱(たからばく)置(う)ちきてぃ、白蟻(しらい)んぬーん上がらんぐとぅし葬方(ほーむいがた)すん。あんしが今(なま)火葬(くゎそー)ぬ多(うふ)くなてぃ、うんぐとぅんねーらんしが、何故(ぬーんち)屋敷(やしち)んかい、クバん、マーニん、植(うぃ)ゆがんでぃ言(いー)ねー、クバぬ葉(ふぁ)や扇(おーじ)作(ちゅく)たい、蓑(んーぬ)、クバ笠(がさ)、また、釣井戸(ちんがー)、手繰井戸(たぐいがー)ぬ釣瓶(ちーがめ)んぬーん作(ちゅく)いー、マーニんでぃせー、良(ゆ)う子(くゎ)植(ふぃー)くとぅ、子孫(くゎんまが)ぬ沢山(だちぇーん)増(ふぃるがい)るぐとぅんでい言(いゃー)に、子孫(くゎんまが)ぬ繁昌願(にが)てぃ植(うぃー)しが、うぬマーニぬ、スル皮(がー)や、ちぐぬスル皮(がー)やかにん頑強(がんじゅー)さぬ、うりし編(ゆ)てーる、黒綱(くるちな)んち、何時(いち)までぃ経(たっ)ちん、朽(くさ)りらんくとぅ、黒綱(くるちな)重(うむ)んじらっとーしが、また、子供達(わらばーたー)が、じーかぢ聞(ち)かん時(ばー)ねー、「黒綱(くるちな)縛(たば)いさりんどー。」んち、戒みーん。あんすくとぅ屋敷(やしちぇー)親御元祖(うやうぐゎんす)ぬ見守(みーまん)とーてぃ、豊(ゆた)に暮らしみてぃくぃみせーるとぅくまんち、また、ちゃー屋敷(やしち)ぬ側(すば)んかいめんせーんち、子孫(くゎんまが)ぬ達(ちゃー)や、うぬ親御元祖(うやうぐゎんす)んかい、四隅(ゆしみ)ぬ角(かどぅ)、うりから門口(じょーぐち)、戸口(とぅぐち)、火(ふぃ)ぬ神様(かんがなしー)んかい、御願(うにげー)し、くぬ家庭(ちねー)ぬ屋敷内(やしちうち)んかいや、邪気(やなかじ)、汚風(うたなかぜー)入りらんぐとぅし見守(みーまん)てぃうたびみそーりんち御願(うにげー)すしが屋敷(やしち)ぬ御願(うぐゎん)やんでぃ。〔共通語訳〕 沖縄では、今でも、年に三回は屋敷の御願をしますが、其の屋敷の御願はとの様にして始まったか、又何故屋敷の御願をやるのか、と、言う話し。ずーと、大昔沖縄では、家族の人が死亡すると、其の死亡した人を切って、煮いてからに、赤い肉は男の方の親戚(此れを真肉親戚)白い方の肉は、女の方の親戚(此れを油肉親戚)と、分けて食べて、其れで残った骨は、男の人は、屋敷の東側にクバの木を植えて、其のクバの根本に埋めて、又女である場合は、屋敷の北側か、或いは北側にマーニ(黒ツグ)の木を植えておいて、其の根本に埋めたそうです。それで、何時も自分の家族、親戚、一族の方達が、其処に寝ていて、其の肉は、自分達の身体の中に入っていて、何時も一緒に居ると言う事だったのですが、或る時、唐の国の人が、其の様子を御覧になられて、「君達は今でも人が死亡すると食べているのですか」と、聞かれましたので「はい、此れはもう、昔からの仕付ですから」と申し上げますと、其の方は「もう其の様な事はしないで、人の代りに豚を殺して食べなさい。そうして、此れは豚の肉です、と、何事を願ひ上る場合でも、節句や何かの場合でも、皮の付いた豚の肉を重箱に御馳走と一緒に上なさい」と、教えて下さいましたので、其れ以来、沖縄では、節句やいろんな御祝等には、皮の付いている三枚肉を重箱に入れて、親元祖、トートーメーの前に上げる様になったと、言う事である。其れで其の後からは、死亡した人は、洞窟か、畑の側の土手に穴を掘って埋葬する様になったのです。其れが墓の始まりなんですが、今でも火葬の無い地域では風葬が行っています。其れは、墓の中に棚を作り、棚の上に宝箱を置いて、白蟻や其の他の動物がとらない様にして埋葬します。だが近頃は、火葬が多くなって、其の様な事も少なくなっています。其れで何故屋敷にクバの木や、黒ツグの木を植えるのかと言えば、クバの葉は扇を作ったり、蓑、クバ笠、又は釣瓶井戸、手操井戸の釣瓶等も作るので、其の葉はとても調法です。又黒ツグは、良く子供が殖えるので、子孫が沢山増える様にとの願いで植るのですが、黒ツグのシュロ皮は、普通のシュロより強く朽ないので、其れで縄を綯って使うと何時迄経っても朽ちず大丈夫なので、重要な物に使はれます。すなはち、黒綱は何時迄経っても朽ちず大丈夫です。又子供達が、言う事を聞かない「黒綱で縛ってやるぞ」と縛めますだから屋敷は親御元祖の方が、見守って、豊に暮させて下さる処として、又何時でも屋敷の側に居られると言う事で、其の子孫達、其の御元祖に、四角の角、門口、戸口や、火の神様にお願いして、此の家庭の屋敷内に邪氣や汚氣が入り込まない様に見守って下さいます様に御願するのが屋敷の御願と言う事です。平成9年2月17日 高江洲亮・赤嶺素花女翻字 T1B4

再生時間:4:11

民話詳細DATA

レコード番号 47O170007
CD番号 47O17C001
決定題名 屋敷の御願みの始まり(方言)
話者がつけた題名 屋敷の御願みの始まり
話者名 阿波根昌栄
話者名かな あはごんしょうえい
生年月日 19210309
性別
出身地 沖縄県中頭郡北谷町字上勢頭
記録日 19970217
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 T01B04
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説、 民俗
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 『想い出の昔話』
キーワード 屋敷御願,赤い肉,白い肉,豚,クバ,マーニ
梗概(こうがい) 〔方言原話〕 沖縄(うちなー)うってぃ今(なま)やてぃん年(にん)に三回(みけー)のー屋敷(やしち)ぬ御願(うぐゎ)すしが、うぬ屋敷(やしち)ぬ御願(うぐゎ)のーちゃーし始まったがやー、何故(ぬーんち)すがやーんでぃる話い。かーまかーま大昔(うーんかし)、沖縄(うちなー)うってぃー、家族(やーにんじゅ)ぬまーしーねー、うぬまーちょーる人(ちゅ)切(ち)やーなかい煮ち、赤さる肉(しせー)男(いきが)ぬ方ぬ親戚(うぇーか)〔真肉親戚(まししうぇーか)〕白(しる)さぬ肉(しせー)女(いなぐ)ぬ方ぬ親戚(うぇーか)〔油肉親戚(あんだししうぇーか)〕んかい分きてぃ食(か)むたんでぃ。あんし残(ぬく)いぬ骨(ふねー)、男(いきが)や屋敷(やしち)ぬ東側(あがりむてぃ)んかい、クバぬ木(きー)植(うぃ)とーてぃ、うぬクバぬ根(にー)んかい埋(う)すてぃ、また、女(いなぐ)やいねー、屋敷(やしち)ぬ西側(いりむてぃ)やるか、マーニ植(うぃ)とーてぃうりが根(にー)んかい埋(う)すたんでぃ。あんさーに、ちゃー自分(どぅー)ぬ家族(やーにんじゅ)、親戚(うぇーか)、一族(はろーじ)ぬんまんかい寝(に)んてぃ、肉(しせー)自分(どぅー)ぬ内んかい入ちょーくとぅ、ちゃー一緒(まじゅん)やんでぃち、やたんでぃしが、ある時(とぅち)、唐ぬ人(ちゅ)ぬうりんーじみそーやーなかい、「いったーや今(なま)ん、人(ちゅ)ぬまーしーねー食(か)みるすんなー。」んでぃ言(い)みそーちゃくとぅ、「うー、くれー昔(んかし)からぬ仕付(しち)きやいびーん。」でぃうなきたくとぅ、うぬ人(ちゅ)ぬ、「とー、あねーさんぐとぅ、人(ちゅ)ぬ代はい豚(うゎー)殺(くる)ち食(か)めー、あんさーに、くれー、豚(うゎー)ぬ肉(しし)るやいびーんどーんち、何事(ぬーぐとぅ)にんうさぎーる時(ばー)ねー、節句(くちび)にやてぃん、何(ぬー)にやてぃん、皮(かー)ぬ付(ち)ちょー豚(うゎー)ぬ肉(しし)、重箱(じゅうばく)んかい御馳走(くゎっちー)とぅ一緒(まじゅん)うさぎりよー。」んち、教(なら)しみそーちゃくとぅ、うんにんからー沖縄(うちなー)や、節句(くちび)なてぃん、御祝(すーじ)なてぃん、皮(かー)ぬ付(ち)ちょーる三枚肉(はらがーじーし)、皮(かー)や上(うぃー)なち、重箱(じゅうばく)んかい入ってぃ、親元祖(うぐゎんす)、トートーメーぬ前(めー)んかいうさぎーるぐとぅなとーんでぃ。あんさーに、うぬ後(あとぅ)からー、まーちょーる人(ちょー)、山ぬ洞窟(がま)やるか、畑(はる)ぬ側(すば)ぬ土手(あぶし)んかい穴掘(ふ)てぃ葬方(ほーむいがた)するぐとぅんかいなたんでぃ。くれー、墓ぬ始まいやしが、今(なま)ちきてぃ、火葬(くゎそー)ぬねーらんとぅくまー風葬んでぃち、墓ぬ中(なーか)んかい棚作(ちゅく)てぃ、棚ぬ上(うぃ)んかい宝箱(たからばく)置(う)ちきてぃ、白蟻(しらい)んぬーん上がらんぐとぅし葬方(ほーむいがた)すん。あんしが今(なま)火葬(くゎそー)ぬ多(うふ)くなてぃ、うんぐとぅんねーらんしが、何故(ぬーんち)屋敷(やしち)んかい、クバん、マーニん、植(うぃ)ゆがんでぃ言(いー)ねー、クバぬ葉(ふぁ)や扇(おーじ)作(ちゅく)たい、蓑(んーぬ)、クバ笠(がさ)、また、釣井戸(ちんがー)、手繰井戸(たぐいがー)ぬ釣瓶(ちーがめ)んぬーん作(ちゅく)いー、マーニんでぃせー、良(ゆ)う子(くゎ)植(ふぃー)くとぅ、子孫(くゎんまが)ぬ沢山(だちぇーん)増(ふぃるがい)るぐとぅんでい言(いゃー)に、子孫(くゎんまが)ぬ繁昌願(にが)てぃ植(うぃー)しが、うぬマーニぬ、スル皮(がー)や、ちぐぬスル皮(がー)やかにん頑強(がんじゅー)さぬ、うりし編(ゆ)てーる、黒綱(くるちな)んち、何時(いち)までぃ経(たっ)ちん、朽(くさ)りらんくとぅ、黒綱(くるちな)重(うむ)んじらっとーしが、また、子供達(わらばーたー)が、じーかぢ聞(ち)かん時(ばー)ねー、「黒綱(くるちな)縛(たば)いさりんどー。」んち、戒みーん。あんすくとぅ屋敷(やしちぇー)親御元祖(うやうぐゎんす)ぬ見守(みーまん)とーてぃ、豊(ゆた)に暮らしみてぃくぃみせーるとぅくまんち、また、ちゃー屋敷(やしち)ぬ側(すば)んかいめんせーんち、子孫(くゎんまが)ぬ達(ちゃー)や、うぬ親御元祖(うやうぐゎんす)んかい、四隅(ゆしみ)ぬ角(かどぅ)、うりから門口(じょーぐち)、戸口(とぅぐち)、火(ふぃ)ぬ神様(かんがなしー)んかい、御願(うにげー)し、くぬ家庭(ちねー)ぬ屋敷内(やしちうち)んかいや、邪気(やなかじ)、汚風(うたなかぜー)入りらんぐとぅし見守(みーまん)てぃうたびみそーりんち御願(うにげー)すしが屋敷(やしち)ぬ御願(うぐゎん)やんでぃ。〔共通語訳〕 沖縄では、今でも、年に三回は屋敷の御願をしますが、其の屋敷の御願はとの様にして始まったか、又何故屋敷の御願をやるのか、と、言う話し。ずーと、大昔沖縄では、家族の人が死亡すると、其の死亡した人を切って、煮いてからに、赤い肉は男の方の親戚(此れを真肉親戚)白い方の肉は、女の方の親戚(此れを油肉親戚)と、分けて食べて、其れで残った骨は、男の人は、屋敷の東側にクバの木を植えて、其のクバの根本に埋めて、又女である場合は、屋敷の北側か、或いは北側にマーニ(黒ツグ)の木を植えておいて、其の根本に埋めたそうです。それで、何時も自分の家族、親戚、一族の方達が、其処に寝ていて、其の肉は、自分達の身体の中に入っていて、何時も一緒に居ると言う事だったのですが、或る時、唐の国の人が、其の様子を御覧になられて、「君達は今でも人が死亡すると食べているのですか」と、聞かれましたので「はい、此れはもう、昔からの仕付ですから」と申し上げますと、其の方は「もう其の様な事はしないで、人の代りに豚を殺して食べなさい。そうして、此れは豚の肉です、と、何事を願ひ上る場合でも、節句や何かの場合でも、皮の付いた豚の肉を重箱に御馳走と一緒に上なさい」と、教えて下さいましたので、其れ以来、沖縄では、節句やいろんな御祝等には、皮の付いている三枚肉を重箱に入れて、親元祖、トートーメーの前に上げる様になったと、言う事である。其れで其の後からは、死亡した人は、洞窟か、畑の側の土手に穴を掘って埋葬する様になったのです。其れが墓の始まりなんですが、今でも火葬の無い地域では風葬が行っています。其れは、墓の中に棚を作り、棚の上に宝箱を置いて、白蟻や其の他の動物がとらない様にして埋葬します。だが近頃は、火葬が多くなって、其の様な事も少なくなっています。其れで何故屋敷にクバの木や、黒ツグの木を植えるのかと言えば、クバの葉は扇を作ったり、蓑、クバ笠、又は釣瓶井戸、手操井戸の釣瓶等も作るので、其の葉はとても調法です。又黒ツグは、良く子供が殖えるので、子孫が沢山増える様にとの願いで植るのですが、黒ツグのシュロ皮は、普通のシュロより強く朽ないので、其れで縄を綯って使うと何時迄経っても朽ちず大丈夫なので、重要な物に使はれます。すなはち、黒綱は何時迄経っても朽ちず大丈夫です。又子供達が、言う事を聞かない「黒綱で縛ってやるぞ」と縛めますだから屋敷は親御元祖の方が、見守って、豊に暮させて下さる処として、又何時でも屋敷の側に居られると言う事で、其の子孫達、其の御元祖に、四角の角、門口、戸口や、火の神様にお願いして、此の家庭の屋敷内に邪氣や汚氣が入り込まない様に見守って下さいます様に御願するのが屋敷の御願と言う事です。平成9年2月17日 高江洲亮・赤嶺素花女翻字 T1B4
全体の記録時間数 4:11
物語の時間数 4:11
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP