蚕の始まり(方言)

概要

〔方言原話〕 昔(んかし)昔(んかし)、唐ぬ国ぬなーだ唐ぬ国んち名(なー)ん付(ち)かんまーどぅぬ話い。うぬ時(ばー)や、あまにん、くまにん、何十何百んでぃる按司ぬ居(うっ)たんでぃ。「唐や差傘(さしかさ)、大和(やまとー)馬(んま)ぬ蹄(ちまぢ)、沖縄(うちなー)や針先(はーいざち)。」んでぃ言(いゃ)りーぬあたい、まぎさる国やくとぅ、按司ん沢山(だちぇーん)めんせーたんでしが、うぬ時(ばー)にちゅとぅくまんかい城(しる)造(ちゅく)てぃ居(う)る按司(あぜー)、智略(ちろー)、知謀(ぢんぶん)、武勇(ぶゆー)ん優(すぐ)りてぃ、近隣(ちかふぃん)ぬ城(しろー)、次第(しでー)に攻(し)み落(う)とぅち、自分(どぅー)ぬ領地(かげー)うち広(ふぃる)ぎてぃ、行ちゃぎーる時(ばー)やしが、うぬ城(しる)んかえー、迚(じこう)、知恵(ぢんぶぬ)ん、武勇ん優りとーる大将(てーそー)から、兵員達(しんかぬちゃー)が沢山(だちぇーん)居(う)てぃ、次第(しでー)に領地(かげー)うちん広(ふぃる)くないぎーしが、うぬ按司んかえー、男子(いきがんぐゎー)居(う)らん、娘子(うぃなぐんぐゎ)一人(ちゅ)る居(う)しが、うぬ娘子(うぃなぐんぐゎー)男(いきが)勝(まさ)いなてぃ、馬(んま)あちかーちぇー、唐ぬ国中なかいん右(にじり)んかい並ぶせー二人(たい)、三人(みっちゃい)る居(う)る、んでぃ言(いゅ)るあたぬ、馬乗(んまぬ)い上手(じょーじ)やたんでぃ。あんやしが、容姿(かーぎ)しがたん美(ちゅら)さぬ、志情(しなさき)まんでぃ、親(うや)ぬ孝(こー)んゆーそーくとぅ、国中ぬ人(ちゅ)から、うみーかなさってぃ、望(ぬじゅ)まとーる娘子(うぃなぐ)やたんでぃ。ある時(とぅち)、近隣(ちかふぃん)ぬ城(しろー)、全部(むる)攻(し)み落(う)とぅち遠(とぅー)くんかい有る城(しる)攻(し)みらすんでぃち、大将達(てーそーぬちゃー)行(や)らちそーる時(ばー)にあったに敵(てぃち)ぬ大軍(てーぐん)ぬ側(すば)から押(う)し寄(ゆ)してぃちゃーに、うぬ城(しる)囲(かく)いまーちさくとぅ、うぬ城(しる)ぬ兵員達(しんかぬちゃー)や、半分以上(はんぶんうふこー)敵(てぃち)ぬ城(しる)攻(し)みーがんち行ちゃーに、城(しる)んかい残(ぬく)とーせー、城番(しるばーん)ぬ兵員達(しんかぬちゃー)びけーんどぅやくとぅ、ちゃっさいじんじてぃん、多勢(てーしー)に無勢(ぶしー)、攻(し)みらってぃ、なーくぬまっせー後(あとぅ)負きーがすらわからん、ばっぺーいねー、落城すんでぃるちはなたくとぅ、うぬ按司(あぜー)兵員達(しんかぬちゃー)集(あち)みやーに、「くんぐとぅせー、くぬ城(しる)ん落(う)てぃーがすらわらん、立ち倒(とー)りぬちはやしが、むしかくぬ城(しる)ぬ落(う)てぃーねー兵員(しんか)ん、領地(かげー)うちん、うりから敵(てぃち)ぬ城(しる)攻(し)みがんち、行じょーる兵員達(しんかぬちゃー)んむるねーらんなてぃ、元(むとぅ)ん子(くゎ)んねーらんないるちはやしが、誰(たー)がな敵(てぃち)ぬ大将(てーそ)ぬ首取(とぅ)ってちゆうする者(むの)居(う)らに、敵(てぃち)ぬ大将(てーそ)ぬ首取(とぅ)ってちーねーあったーや大騒動(うーそーどー)ぬ起(う)くりーる筈(はじ)やくとぅ、うぬ時(ばー)に攻(し)み込(く)でぃ行ちーねーくぬ戦(いくさー)必(かんな)じ勝ちゅーしが誰(たー)やらわんしむくとぅ、ないんでぃ思(うむ)いしが居(う)らちばいるぐとぅ、むし敵(てぃち)ぬ大将(てーそー)ぬ首取(とぅ)ってぃちゅーしが居(う)らー、娘子(うぃなぐんぐゎー)妻(とぅぢ)しみてぃ、くぬ城(しる)ぬ後(あとぅ)継(ち)がすん。」でぃち皆(んな)んかい話しーさくとぅ、兵員達(しんかぬちゃー)や城(しる)ぬ城門(じょーんた)開きて攻(し)みてぃ行ちゅしが、相手(いぇーてー)多(うふ)さぬ囲(かく)まーさってぃ、ちゃーんならん。さくとぅ娘子(うぃなぐんぐゎー)ぬ按司んかい、願(にげー)いぢてぃ、「城(しる)ぬ立ち、倒(とー)りぬちわやくとぅ、私(わん)にん戦んかいやらちくぃみそーり。」んでぃ言(い)ちょーしが、按司(あぜー)、「平常(ふぃーじー)やれー、前(めー)女(いなぐ)んちあしが、戦さー男(いきが)ぬすし、前(めー)男(いきが)るやる女(いなごー)城内(しるうち)うってぃ、兵員達(しんかぬちゃー)みーかんげーすしる勤(ちとぅ)みやる戦場(いくさば)んかい行(や)らする事(くとぅー)ならん。」でぃち、許しみそーらんなたくとぅ、うぬ娘子(うぃなぐんぐゎー)、今(なま)までぃう毎日(めーにち)乗(ぬ)てぃ、原(はる)ん、山ん、駆きめぐとーたる馬(んま)ぐゎーぬとぅくまんかい行(い)じゃーに、「私(わー)が男(いきが)やてーれーやー馬(んま)ぐゎー二人(ないし)し敵(てぃち)ぬ大将(てーそー)ぬ首取(とぅ)ってぃちゃーに勝ち戦すしが、私(わん)ねー女(いなぐ)るやくとぅちゃーんならん。」んち、馬(んま)ぬ首たたしてぃ、自分(どぅー)ぬ室(ぢゃー)んかい行んぢゃくとぅ、うぬ夜(ゆる)うぬ馬(んま)逃(ふぃん)ぎてぃ、暗闇(くらしん)ぬ中(なーか)城(しる)から忍(しぬ)びいぢてぃ、敵(てぃち)ぬ大将(てーそー)喰(くぃー)殺(くる)ち、うぬ首食(くー)てぃ、夜(ゆー)ぬ明方(あきがた)ねー城(しる)んかい戻(むどぅ)てぃさくとぅ、いわんねーすんねー敵(てぃちぇー)大騒動(うーそーど)ぬ起(う)くりてぃさくとぅ、城(しる)ぬ按司(あぜー)うり見(んー)ぢゃーに、「とー、今(なま)やさ。」んち、全員(んな)し切(ち)り込(く)でぃ行ぢゃくとぅ、大将(てーそー)うしなとーる人達(しんかー)蟻(あい)ぬ巣(しー)掻(か)ちくんちぇーんーんし皆(んな)逃(ふぃん)ぎてぃさくとぅ、城(しろー)勝ち戦そーん。うぬ後(あとぅ)按司(あぜー)うぬ馬(んま)ぬとぅくまんかい行(い)ぢ、「馬(んま)よう、君(やー)や、畜生るやしが、人間(にんじん)以上ぬ働ちそーくとぅ、私(わん)にん按司やくとぅ、二言(たくとー)ねーらん、君達(いったー)二人(たい)夫婦(みーとぅんだ)なさやー。」んでぃ言(いゃー)に、二人(たい)が一生涯(いっちみとうとう)ぬくぇーちゅー持(む)たち、城(しる)からいんぢゃちやらちゃくとぅ、肝(ちむ)ぬ治(うさ)まらんせー城(しる)ぬ兵員達(しんかぬちゃー)、「いかな敵(てぃち)ぬ大将(てーそー)ぬ首取(とぅ)ってぃちゃんてーん、相手(いぇーてー)畜生るやる、国中ぬ人達(ちゅぬちゃー)からうみーかなさっとーる按司ぬ娘子(うぃなぐんぐゎー)とぅ夫婦(みーとぅんだー)なする事(くとぅー)ならん。」でぃち、弓矢持(む)っち二人(たい)が後(あとぅ)追(うー)てぃ行んぢゃくとぅ、広野(ふぃるぬー)うってぃ、馬(んま)草食(くゎ)いぎー、女(いなごー)側(すば)んかいいち、うぬ馬(んま)見(んー)ちょーしが、木(きー)ぬ陰(かぎ)から弓ぬ矢(やー)やらち、うぬ馬(んま)殺(くる)さーに、生皮(なまがー)剥(は)ぢ、竹(だき)し張(は)やーに、太陽(てぃだ)んかい干(ふ)さぎーん。うぬ皮(かー)持(む)っち行んぢゃーに、「馬(んま)殺(くる)ちちゃーびたん。」でぃ、按司んかい言上(ぐんじょう)する考(かんげー)そーしが、うり見(んー)ちょーる娘子(うぃなぐんぐゎー)、泣ちぐぇーぐぇーし立っちょーる時(ばー)に、あったに竜巻(かじまち)ぬ起(う)くりてぃ干(ふ)ちぇーる馬(んま)ぬ皮(かー)や、ふぃらふぃら飛(とぅ)ばーに、泣ちぐぇーぐぇーし立っちょる娘子(うぃなぐんぐゎー)ふぃっちちまーに、ちゅらーく天(てぃぬ)んかい巻ち上ぎてぃねーらん。あんし落(う)てぃたっとぅくろーきーやがどぅんやれー、山ぬ中(なーか)ぬ桑木(くゎーぎ)ぬ又、あんさくとぅ、だあ、うれー、天(てぃん)から落(う)てぃてぃ、桑木(くゎーぎ)ぬ又んかい引っ掛(かっ)とーるくとぅ、娘子(うぃなぐんぐゎー)うまうてぃ、くぬ世(ゆー)うしなてぃさくとぅ、うぬ娘子(うぃなぐんぐゎー)ぬ遺体(んちたま)から虫ぬ出(いぢ)てぃ、桑木(くゎーぎ)ぬ葉(ふぁー)食(くゎ)てぃ繭作(ちゅく)たくとぅ、人達(ちゅぬちゃー)やうりから生糸(いとぅ)取(とぅ)やーに絹織物(いとぅぢん)作(ちゅく)たんでぃ。うりが蚕(かいぐ)ぬ始まいやしが、うぬ、娘子(うぃなぐんぐゎー)生(い)ちちょーる間(うぇーまー)、唐ぬ国中ぬ人達(ちゅぬちゃー)んかい望(ぬじゅ)まってぃうみーかなさってぃ、けーまーち後(あとぅー)、世界中ぬ人達(ちゅぬちゃー)から絹織物(いとぅぢん)でぃちうみーかなさっとーんでぃ。〔共通語訳〕 昔、昔、今の中国がいまだ国の名前を持っていない時期の話。その時は、かなたどこかに何十、何百という武将が、各々城を築いて争っている時代でした。俗に、「唐は差傘、大和は馬の蹄、沖縄は針の先」と言われる位広大な国ですから、武将たちも沢山いたそうですが。その時に、ある一か所の武将は、智略、智謀武勇に優れていて、近隣の城を攻め落として自分の領土を広げていきよる時なんだが、その城には、迚、知恵や、武勇に優れた大将や、兵員たちが沢山いて、次第に領地を広げていきよるのですが。その武将には、男の子はいなくて、娘一人しか居ないのだが、その娘が男勝りで、馬術にかけては唐の国中にも右に出るものは、二、三人はいるかと言われるくらいの馬術の優れた娘だったそうですが。容姿も端麗で美しく、人情も細やか、情愛も豊か、親孝行も良くするので、国中の人達から思慕され、可愛がられて、望まれている娘だったそうです。ある時、近隣の城は全部攻め落とし遠くにある城を攻めるために大将たちを行かせているときに、急に敵の大群が側から押し寄せてきて、城を取り囲んでしまったのです。するとその城は、将兵たちの敵の城を攻めにいき、城に残っているのは城の番をする少人数ですから、いくら健闘しても多勢に無勢攻められて、このままでは、負け戦争になり、一つ間違えれば、落城するか知れない瀬戸際になりますと、武将は兵員を集めて、「今のようでは、この城は落城するかもしれない。立つか倒れるかの瀬戸際だが、但しこの城が落城すると兵員も、領地も、それから的の城を攻めに行っている兵員たちも皆無くなり、元も子もなくなる瀬戸際だが、誰か敵の大将の首を取ってくるものは居らんか。敵の大将の首を取って来れば、彼らは大騒動になるだろう。その時に切り込んでいけば、この戦いは必ず勝つのだが、誰でもよいから出来ると思う者は頑張るように。但し敵の大将の首を取ってくるものがいたら、娘を妻にさせてこの城のあとを次がす。」と皆に話しますと、兵員たちは城の城門を開けて攻めていくのですが、相手が多くてどうにもなりません。すると娘が武将に願い出て、「城が浮くか沈むかの瀬戸際ですから、私も戦場に行かせてください。」と申し出ますと、武将は、「平常のときは、前女だが、戦は男がやるもの前男だ、女は城内で、平易員世話をするのが勤めだから、戦場にやることは出来ない。」と申し出て許してくれませんでした。するとその娘は、今まで毎日乗って、原っぱや山林を駆けめぐった愛馬のところに行き、「私が男だったらなー、愛馬、お前と二人で敵の大将の首を取ってきて、勝ち戦になるのだが。いかんせん、私は女だこれもせんないことだ。」と言いながら馬の平首をたたいて自分の部屋に行きました。するとその夜のこと、その馬は脱出して、暗闇のなか城から脱出して、敵の大将を喰い殺し、その首をくわえて夜明け前には城に戻ってきました。すると、案の定敵は大騒動になっているのです。城の武将は其れをみて「それ今だ」と、全員で切り込んで行きますと、大将を失った敵軍は、蜂の巣を掻き崩したように四方八方に逃げて行きましたので、城は勝ち戦になりました。そのあと武将は馬のところに行き、「馬よ、お前は畜生ながらも人間以上の働きをしたから、又、私も武将だ二言はない。君達二人を夫婦にしてやる。」と言われて、二人の一生涯の食い扶置を持たして、いくらか出して行かせました。すると心の治まらないのは、城の将兵たち「何故に敵の大将の首を取ってきたとはいえ、相手は畜生である。国中の人達から、思い憧れ、可愛がられている武将の娘と夫婦にすることは出来ない。」と弓矢を持って二人のあとを追っていきますと、広い野原で馬は草を食べています。娘は傍らに坐ってその馬を見ていますが、木陰から矢を放ち、馬を殺して生皮を剥ぎ、竹で張子にして天日に干しているのです。この皮を持って返り、武将に「馬を殺してきました。」と言上する考えです。それを見ていた娘はわんわん泣いて立っているのですが、その鬨急に竜巻が起こり、干してあった馬の皮はひらひらと飛び出し、泣きじゃくっている娘をぐるぐる巻きにしてずっと天に巻き上げてしまいました。そうして落ちたところは何処かと申しますと、山の木の桑の木の又、そうするともうそれは、天から落ちて桑の木の又に引っ掛かったのですから、娘はそれでこときれてしまいました。すると、その娘の遺体から、虫が出てきて桑の葉を食べて成長し、繭を作ったのです。人達ほそれから生糸を取り絹織物を作るようになったのです。これが蚕の始まりですが、その娘さんは生きている間は唐の国中から望まれ、思懐され、可愛がられたのですが、死して後は、絹織物となって世界中の人達から思され、可愛がられるようになったとのことです。平成9年2月17日 高江洲亮・上原智子翻字 T1B1

再生時間:7:28

民話詳細DATA

レコード番号 47O170004
CD番号 47O17C001
決定題名 蚕の始まり(方言)
話者がつけた題名 蚕の始まり
話者名 阿波根昌栄
話者名かな あはごんしょうえい
生年月日 19210309
性別
出身地 沖縄県中頭郡北谷町字上勢頭
記録日 19970217
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 T01B01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 動物昔話
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 『想い出の昔話』
キーワード 武将,娘,馬,桑,蚕
梗概(こうがい) 〔方言原話〕 昔(んかし)昔(んかし)、唐ぬ国ぬなーだ唐ぬ国んち名(なー)ん付(ち)かんまーどぅぬ話い。うぬ時(ばー)や、あまにん、くまにん、何十何百んでぃる按司ぬ居(うっ)たんでぃ。「唐や差傘(さしかさ)、大和(やまとー)馬(んま)ぬ蹄(ちまぢ)、沖縄(うちなー)や針先(はーいざち)。」んでぃ言(いゃ)りーぬあたい、まぎさる国やくとぅ、按司ん沢山(だちぇーん)めんせーたんでしが、うぬ時(ばー)にちゅとぅくまんかい城(しる)造(ちゅく)てぃ居(う)る按司(あぜー)、智略(ちろー)、知謀(ぢんぶん)、武勇(ぶゆー)ん優(すぐ)りてぃ、近隣(ちかふぃん)ぬ城(しろー)、次第(しでー)に攻(し)み落(う)とぅち、自分(どぅー)ぬ領地(かげー)うち広(ふぃる)ぎてぃ、行ちゃぎーる時(ばー)やしが、うぬ城(しる)んかえー、迚(じこう)、知恵(ぢんぶぬ)ん、武勇ん優りとーる大将(てーそー)から、兵員達(しんかぬちゃー)が沢山(だちぇーん)居(う)てぃ、次第(しでー)に領地(かげー)うちん広(ふぃる)くないぎーしが、うぬ按司んかえー、男子(いきがんぐゎー)居(う)らん、娘子(うぃなぐんぐゎ)一人(ちゅ)る居(う)しが、うぬ娘子(うぃなぐんぐゎー)男(いきが)勝(まさ)いなてぃ、馬(んま)あちかーちぇー、唐ぬ国中なかいん右(にじり)んかい並ぶせー二人(たい)、三人(みっちゃい)る居(う)る、んでぃ言(いゅ)るあたぬ、馬乗(んまぬ)い上手(じょーじ)やたんでぃ。あんやしが、容姿(かーぎ)しがたん美(ちゅら)さぬ、志情(しなさき)まんでぃ、親(うや)ぬ孝(こー)んゆーそーくとぅ、国中ぬ人(ちゅ)から、うみーかなさってぃ、望(ぬじゅ)まとーる娘子(うぃなぐ)やたんでぃ。ある時(とぅち)、近隣(ちかふぃん)ぬ城(しろー)、全部(むる)攻(し)み落(う)とぅち遠(とぅー)くんかい有る城(しる)攻(し)みらすんでぃち、大将達(てーそーぬちゃー)行(や)らちそーる時(ばー)にあったに敵(てぃち)ぬ大軍(てーぐん)ぬ側(すば)から押(う)し寄(ゆ)してぃちゃーに、うぬ城(しる)囲(かく)いまーちさくとぅ、うぬ城(しる)ぬ兵員達(しんかぬちゃー)や、半分以上(はんぶんうふこー)敵(てぃち)ぬ城(しる)攻(し)みーがんち行ちゃーに、城(しる)んかい残(ぬく)とーせー、城番(しるばーん)ぬ兵員達(しんかぬちゃー)びけーんどぅやくとぅ、ちゃっさいじんじてぃん、多勢(てーしー)に無勢(ぶしー)、攻(し)みらってぃ、なーくぬまっせー後(あとぅ)負きーがすらわからん、ばっぺーいねー、落城すんでぃるちはなたくとぅ、うぬ按司(あぜー)兵員達(しんかぬちゃー)集(あち)みやーに、「くんぐとぅせー、くぬ城(しる)ん落(う)てぃーがすらわらん、立ち倒(とー)りぬちはやしが、むしかくぬ城(しる)ぬ落(う)てぃーねー兵員(しんか)ん、領地(かげー)うちん、うりから敵(てぃち)ぬ城(しる)攻(し)みがんち、行じょーる兵員達(しんかぬちゃー)んむるねーらんなてぃ、元(むとぅ)ん子(くゎ)んねーらんないるちはやしが、誰(たー)がな敵(てぃち)ぬ大将(てーそ)ぬ首取(とぅ)ってちゆうする者(むの)居(う)らに、敵(てぃち)ぬ大将(てーそ)ぬ首取(とぅ)ってちーねーあったーや大騒動(うーそーどー)ぬ起(う)くりーる筈(はじ)やくとぅ、うぬ時(ばー)に攻(し)み込(く)でぃ行ちーねーくぬ戦(いくさー)必(かんな)じ勝ちゅーしが誰(たー)やらわんしむくとぅ、ないんでぃ思(うむ)いしが居(う)らちばいるぐとぅ、むし敵(てぃち)ぬ大将(てーそー)ぬ首取(とぅ)ってぃちゅーしが居(う)らー、娘子(うぃなぐんぐゎー)妻(とぅぢ)しみてぃ、くぬ城(しる)ぬ後(あとぅ)継(ち)がすん。」でぃち皆(んな)んかい話しーさくとぅ、兵員達(しんかぬちゃー)や城(しる)ぬ城門(じょーんた)開きて攻(し)みてぃ行ちゅしが、相手(いぇーてー)多(うふ)さぬ囲(かく)まーさってぃ、ちゃーんならん。さくとぅ娘子(うぃなぐんぐゎー)ぬ按司んかい、願(にげー)いぢてぃ、「城(しる)ぬ立ち、倒(とー)りぬちわやくとぅ、私(わん)にん戦んかいやらちくぃみそーり。」んでぃ言(い)ちょーしが、按司(あぜー)、「平常(ふぃーじー)やれー、前(めー)女(いなぐ)んちあしが、戦さー男(いきが)ぬすし、前(めー)男(いきが)るやる女(いなごー)城内(しるうち)うってぃ、兵員達(しんかぬちゃー)みーかんげーすしる勤(ちとぅ)みやる戦場(いくさば)んかい行(や)らする事(くとぅー)ならん。」でぃち、許しみそーらんなたくとぅ、うぬ娘子(うぃなぐんぐゎー)、今(なま)までぃう毎日(めーにち)乗(ぬ)てぃ、原(はる)ん、山ん、駆きめぐとーたる馬(んま)ぐゎーぬとぅくまんかい行(い)じゃーに、「私(わー)が男(いきが)やてーれーやー馬(んま)ぐゎー二人(ないし)し敵(てぃち)ぬ大将(てーそー)ぬ首取(とぅ)ってぃちゃーに勝ち戦すしが、私(わん)ねー女(いなぐ)るやくとぅちゃーんならん。」んち、馬(んま)ぬ首たたしてぃ、自分(どぅー)ぬ室(ぢゃー)んかい行んぢゃくとぅ、うぬ夜(ゆる)うぬ馬(んま)逃(ふぃん)ぎてぃ、暗闇(くらしん)ぬ中(なーか)城(しる)から忍(しぬ)びいぢてぃ、敵(てぃち)ぬ大将(てーそー)喰(くぃー)殺(くる)ち、うぬ首食(くー)てぃ、夜(ゆー)ぬ明方(あきがた)ねー城(しる)んかい戻(むどぅ)てぃさくとぅ、いわんねーすんねー敵(てぃちぇー)大騒動(うーそーど)ぬ起(う)くりてぃさくとぅ、城(しる)ぬ按司(あぜー)うり見(んー)ぢゃーに、「とー、今(なま)やさ。」んち、全員(んな)し切(ち)り込(く)でぃ行ぢゃくとぅ、大将(てーそー)うしなとーる人達(しんかー)蟻(あい)ぬ巣(しー)掻(か)ちくんちぇーんーんし皆(んな)逃(ふぃん)ぎてぃさくとぅ、城(しろー)勝ち戦そーん。うぬ後(あとぅ)按司(あぜー)うぬ馬(んま)ぬとぅくまんかい行(い)ぢ、「馬(んま)よう、君(やー)や、畜生るやしが、人間(にんじん)以上ぬ働ちそーくとぅ、私(わん)にん按司やくとぅ、二言(たくとー)ねーらん、君達(いったー)二人(たい)夫婦(みーとぅんだ)なさやー。」んでぃ言(いゃー)に、二人(たい)が一生涯(いっちみとうとう)ぬくぇーちゅー持(む)たち、城(しる)からいんぢゃちやらちゃくとぅ、肝(ちむ)ぬ治(うさ)まらんせー城(しる)ぬ兵員達(しんかぬちゃー)、「いかな敵(てぃち)ぬ大将(てーそー)ぬ首取(とぅ)ってぃちゃんてーん、相手(いぇーてー)畜生るやる、国中ぬ人達(ちゅぬちゃー)からうみーかなさっとーる按司ぬ娘子(うぃなぐんぐゎー)とぅ夫婦(みーとぅんだー)なする事(くとぅー)ならん。」でぃち、弓矢持(む)っち二人(たい)が後(あとぅ)追(うー)てぃ行んぢゃくとぅ、広野(ふぃるぬー)うってぃ、馬(んま)草食(くゎ)いぎー、女(いなごー)側(すば)んかいいち、うぬ馬(んま)見(んー)ちょーしが、木(きー)ぬ陰(かぎ)から弓ぬ矢(やー)やらち、うぬ馬(んま)殺(くる)さーに、生皮(なまがー)剥(は)ぢ、竹(だき)し張(は)やーに、太陽(てぃだ)んかい干(ふ)さぎーん。うぬ皮(かー)持(む)っち行んぢゃーに、「馬(んま)殺(くる)ちちゃーびたん。」でぃ、按司んかい言上(ぐんじょう)する考(かんげー)そーしが、うり見(んー)ちょーる娘子(うぃなぐんぐゎー)、泣ちぐぇーぐぇーし立っちょーる時(ばー)に、あったに竜巻(かじまち)ぬ起(う)くりてぃ干(ふ)ちぇーる馬(んま)ぬ皮(かー)や、ふぃらふぃら飛(とぅ)ばーに、泣ちぐぇーぐぇーし立っちょる娘子(うぃなぐんぐゎー)ふぃっちちまーに、ちゅらーく天(てぃぬ)んかい巻ち上ぎてぃねーらん。あんし落(う)てぃたっとぅくろーきーやがどぅんやれー、山ぬ中(なーか)ぬ桑木(くゎーぎ)ぬ又、あんさくとぅ、だあ、うれー、天(てぃん)から落(う)てぃてぃ、桑木(くゎーぎ)ぬ又んかい引っ掛(かっ)とーるくとぅ、娘子(うぃなぐんぐゎー)うまうてぃ、くぬ世(ゆー)うしなてぃさくとぅ、うぬ娘子(うぃなぐんぐゎー)ぬ遺体(んちたま)から虫ぬ出(いぢ)てぃ、桑木(くゎーぎ)ぬ葉(ふぁー)食(くゎ)てぃ繭作(ちゅく)たくとぅ、人達(ちゅぬちゃー)やうりから生糸(いとぅ)取(とぅ)やーに絹織物(いとぅぢん)作(ちゅく)たんでぃ。うりが蚕(かいぐ)ぬ始まいやしが、うぬ、娘子(うぃなぐんぐゎー)生(い)ちちょーる間(うぇーまー)、唐ぬ国中ぬ人達(ちゅぬちゃー)んかい望(ぬじゅ)まってぃうみーかなさってぃ、けーまーち後(あとぅー)、世界中ぬ人達(ちゅぬちゃー)から絹織物(いとぅぢん)でぃちうみーかなさっとーんでぃ。〔共通語訳〕 昔、昔、今の中国がいまだ国の名前を持っていない時期の話。その時は、かなたどこかに何十、何百という武将が、各々城を築いて争っている時代でした。俗に、「唐は差傘、大和は馬の蹄、沖縄は針の先」と言われる位広大な国ですから、武将たちも沢山いたそうですが。その時に、ある一か所の武将は、智略、智謀武勇に優れていて、近隣の城を攻め落として自分の領土を広げていきよる時なんだが、その城には、迚、知恵や、武勇に優れた大将や、兵員たちが沢山いて、次第に領地を広げていきよるのですが。その武将には、男の子はいなくて、娘一人しか居ないのだが、その娘が男勝りで、馬術にかけては唐の国中にも右に出るものは、二、三人はいるかと言われるくらいの馬術の優れた娘だったそうですが。容姿も端麗で美しく、人情も細やか、情愛も豊か、親孝行も良くするので、国中の人達から思慕され、可愛がられて、望まれている娘だったそうです。ある時、近隣の城は全部攻め落とし遠くにある城を攻めるために大将たちを行かせているときに、急に敵の大群が側から押し寄せてきて、城を取り囲んでしまったのです。するとその城は、将兵たちの敵の城を攻めにいき、城に残っているのは城の番をする少人数ですから、いくら健闘しても多勢に無勢攻められて、このままでは、負け戦争になり、一つ間違えれば、落城するか知れない瀬戸際になりますと、武将は兵員を集めて、「今のようでは、この城は落城するかもしれない。立つか倒れるかの瀬戸際だが、但しこの城が落城すると兵員も、領地も、それから的の城を攻めに行っている兵員たちも皆無くなり、元も子もなくなる瀬戸際だが、誰か敵の大将の首を取ってくるものは居らんか。敵の大将の首を取って来れば、彼らは大騒動になるだろう。その時に切り込んでいけば、この戦いは必ず勝つのだが、誰でもよいから出来ると思う者は頑張るように。但し敵の大将の首を取ってくるものがいたら、娘を妻にさせてこの城のあとを次がす。」と皆に話しますと、兵員たちは城の城門を開けて攻めていくのですが、相手が多くてどうにもなりません。すると娘が武将に願い出て、「城が浮くか沈むかの瀬戸際ですから、私も戦場に行かせてください。」と申し出ますと、武将は、「平常のときは、前女だが、戦は男がやるもの前男だ、女は城内で、平易員世話をするのが勤めだから、戦場にやることは出来ない。」と申し出て許してくれませんでした。するとその娘は、今まで毎日乗って、原っぱや山林を駆けめぐった愛馬のところに行き、「私が男だったらなー、愛馬、お前と二人で敵の大将の首を取ってきて、勝ち戦になるのだが。いかんせん、私は女だこれもせんないことだ。」と言いながら馬の平首をたたいて自分の部屋に行きました。するとその夜のこと、その馬は脱出して、暗闇のなか城から脱出して、敵の大将を喰い殺し、その首をくわえて夜明け前には城に戻ってきました。すると、案の定敵は大騒動になっているのです。城の武将は其れをみて「それ今だ」と、全員で切り込んで行きますと、大将を失った敵軍は、蜂の巣を掻き崩したように四方八方に逃げて行きましたので、城は勝ち戦になりました。そのあと武将は馬のところに行き、「馬よ、お前は畜生ながらも人間以上の働きをしたから、又、私も武将だ二言はない。君達二人を夫婦にしてやる。」と言われて、二人の一生涯の食い扶置を持たして、いくらか出して行かせました。すると心の治まらないのは、城の将兵たち「何故に敵の大将の首を取ってきたとはいえ、相手は畜生である。国中の人達から、思い憧れ、可愛がられている武将の娘と夫婦にすることは出来ない。」と弓矢を持って二人のあとを追っていきますと、広い野原で馬は草を食べています。娘は傍らに坐ってその馬を見ていますが、木陰から矢を放ち、馬を殺して生皮を剥ぎ、竹で張子にして天日に干しているのです。この皮を持って返り、武将に「馬を殺してきました。」と言上する考えです。それを見ていた娘はわんわん泣いて立っているのですが、その鬨急に竜巻が起こり、干してあった馬の皮はひらひらと飛び出し、泣きじゃくっている娘をぐるぐる巻きにしてずっと天に巻き上げてしまいました。そうして落ちたところは何処かと申しますと、山の木の桑の木の又、そうするともうそれは、天から落ちて桑の木の又に引っ掛かったのですから、娘はそれでこときれてしまいました。すると、その娘の遺体から、虫が出てきて桑の葉を食べて成長し、繭を作ったのです。人達ほそれから生糸を取り絹織物を作るようになったのです。これが蚕の始まりですが、その娘さんは生きている間は唐の国中から望まれ、思懐され、可愛がられたのですが、死して後は、絹織物となって世界中の人達から思され、可愛がられるようになったとのことです。平成9年2月17日 高江洲亮・上原智子翻字 T1B1
全体の記録時間数 7:28
物語の時間数 7:28
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP