ダイコククヮン、その男は、ここのずっと山たったですよ。土山ねぇ、そして、これ沖縄大体、支那から来ておるとゆう話聞いておるんですよぉ、あんた方も、それでから、やっぱ支那と関係(くわぁんけい)あるかもしれないね、沖縄は。まぁ、こっちの人で支那から来た人は大分いらっしゃるんですよ。どこおしん、そして、この山がね、自分のもうおられやったら、二百ぐらいなるおじいさんですよ。自分のファーフジ、それも八十余ってから亡くなられたんですよ。うちんまた、夫婦ともね、今自分の親父も、いちゅも、ここじごろ亡くなるねそして、自分のぉおふくろが、九十八歳で亡くなられた。もうやがて二カ年前。あぁ、自分のおふくろが、そして、あんなしておったもんだから、その話知って、これは、うちのじいさんが、じいさんが、この蘇鉄はね、沖縄に初められて、沖縄に、津嘉山に何故津嘉山に植えたかと言うと、首里からね、命令されてぇ、支那から持ってきてね、津嘉山に植えたらしいですよ。その、津嘉山の人は、成、成績がいいから、むこうも植えた方がいいだろう、支那から持ってきたものを津嘉山のここにね植えたらしい。沖縄で蘇鉄はないから、そして、こっちはもう何十年、何百年なってから増やしてね、増やしておるところ、まぁ、うちでも高い蘇鉄ができておったですよ。その後から、よそからね、泥棒きたらしいですよ。蘇鉄の泥棒。それで、昔の人、泥棒する人、どうしても、だぁ、元気な人だからね、ぐてぇがいいからね、そいでこっちにまた、人を殺、殺した場合、自分死んだと思えと言って、あぁ、その言葉話しておるんだからね、それで、こっちまた、一番強い人がね、これ聞いて、誰にも言わんで、よし、今度つかまえてきてよぅと六尺棒持ってね、それで、次(つき)やぁむこうが出てくるときにね、また、泥棒もん来たらしいですよ。それで、分かっているこっちの人は、津嘉山の人は、六尺棒持って、人を打ったらも、自分も死ぬと思えと言いおった。これにかなう人、おらな、おらんですよ。その六尺棒持ってね、そして、山にてっぺんに行ってね、むこう来るの見ておるんですよ。よし、これは今度やっつけてやる、そして、こっちに蘇鉄がね、ごっくゎん蘇鉄がね、五尺ぐらいもんが、あったらしいですよ。大きな声でね、今でも蘇鉄泥棒が来たら、こんなんして、切ってあげようと言ってね、この六尺棒でね、蘇鉄切ったらしいですよ。もうこっちに来たら大変だと、あんときから泥棒来なかった、切られたら大変だからね、まっ、こっちの番しておる人は、自分の部落の人はね、これ考えて、人を殺したら大変だ、口でね、逃がすようにする、すっ、六尺棒持って下りてね、こんなして、うったぁ切り、七、八けん下がっておるんですよ。そっ、六尺棒持ってね、あれに聞こえるように、おぉう、今でも泥棒がこっちに来るとゆう話だから、今でも来たらこの蘇鉄のように切ってあげるの、すぐこ、これ切ったらしいですよ。六尺棒で、で、あんなぁしたらもう日本刀で切るよぉのぐらいな人だからねぇ、もう腕も大、大きい、こうゆうふうにして泥棒来なかった。頭の良かった。で、いつもの首里にねぇ、仕事しに行っておるから、人を殺したらいかないゆう、言葉(くとぅば)で、逃がすように、あんときは、こんな人で命令されておった。これは、ねぇ、だから蘇鉄とゆうものは、丁度どこに植えてもね、上等だからとゆうてね、支那から植え、植えないか、それで、首里の方にね、王様にゆうたらしい、あげるから、お土産としてあげるから、植えて下さい。むこうからゆうたからね、あぁ、いいですよぉと言ってむこうからまぁ、何百本持って来たか、これは分からんけど、あんときゆっくり、帆かけ船だからねゆっくり来るでしょう。
| レコード番号 | 47O378757 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C367 |
| 決定題名 | 津嘉山蘇鉄(シマグチ混) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 新垣盛栄 |
| 話者名かな | しんがきせいえい |
| 生年月日 | 19081104 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 南風原町津嘉山 |
| 記録日 | 19910825 |
| 記録者の所属組織 | 南風原町口承文芸調査団 |
| 元テープ番号 | 南風原町T147A02 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | ダイコククヮン,支那,津嘉山,首里,蘇鉄,蘇鉄泥棒,帆かけ船 |
| 梗概(こうがい) | ダイコククヮン、その男は、ここのずっと山たったですよ。土山ねぇ、そして、これ沖縄大体、支那から来ておるとゆう話聞いておるんですよぉ、あんた方も、それでから、やっぱ支那と関係(くわぁんけい)あるかもしれないね、沖縄は。まぁ、こっちの人で支那から来た人は大分いらっしゃるんですよ。どこおしん、そして、この山がね、自分のもうおられやったら、二百ぐらいなるおじいさんですよ。自分のファーフジ、それも八十余ってから亡くなられたんですよ。うちんまた、夫婦ともね、今自分の親父も、いちゅも、ここじごろ亡くなるねそして、自分のぉおふくろが、九十八歳で亡くなられた。もうやがて二カ年前。あぁ、自分のおふくろが、そして、あんなしておったもんだから、その話知って、これは、うちのじいさんが、じいさんが、この蘇鉄はね、沖縄に初められて、沖縄に、津嘉山に何故津嘉山に植えたかと言うと、首里からね、命令されてぇ、支那から持ってきてね、津嘉山に植えたらしいですよ。その、津嘉山の人は、成、成績がいいから、むこうも植えた方がいいだろう、支那から持ってきたものを津嘉山のここにね植えたらしい。沖縄で蘇鉄はないから、そして、こっちはもう何十年、何百年なってから増やしてね、増やしておるところ、まぁ、うちでも高い蘇鉄ができておったですよ。その後から、よそからね、泥棒きたらしいですよ。蘇鉄の泥棒。それで、昔の人、泥棒する人、どうしても、だぁ、元気な人だからね、ぐてぇがいいからね、そいでこっちにまた、人を殺、殺した場合、自分死んだと思えと言って、あぁ、その言葉話しておるんだからね、それで、こっちまた、一番強い人がね、これ聞いて、誰にも言わんで、よし、今度つかまえてきてよぅと六尺棒持ってね、それで、次(つき)やぁむこうが出てくるときにね、また、泥棒もん来たらしいですよ。それで、分かっているこっちの人は、津嘉山の人は、六尺棒持って、人を打ったらも、自分も死ぬと思えと言いおった。これにかなう人、おらな、おらんですよ。その六尺棒持ってね、そして、山にてっぺんに行ってね、むこう来るの見ておるんですよ。よし、これは今度やっつけてやる、そして、こっちに蘇鉄がね、ごっくゎん蘇鉄がね、五尺ぐらいもんが、あったらしいですよ。大きな声でね、今でも蘇鉄泥棒が来たら、こんなんして、切ってあげようと言ってね、この六尺棒でね、蘇鉄切ったらしいですよ。もうこっちに来たら大変だと、あんときから泥棒来なかった、切られたら大変だからね、まっ、こっちの番しておる人は、自分の部落の人はね、これ考えて、人を殺したら大変だ、口でね、逃がすようにする、すっ、六尺棒持って下りてね、こんなして、うったぁ切り、七、八けん下がっておるんですよ。そっ、六尺棒持ってね、あれに聞こえるように、おぉう、今でも泥棒がこっちに来るとゆう話だから、今でも来たらこの蘇鉄のように切ってあげるの、すぐこ、これ切ったらしいですよ。六尺棒で、で、あんなぁしたらもう日本刀で切るよぉのぐらいな人だからねぇ、もう腕も大、大きい、こうゆうふうにして泥棒来なかった。頭の良かった。で、いつもの首里にねぇ、仕事しに行っておるから、人を殺したらいかないゆう、言葉(くとぅば)で、逃がすように、あんときは、こんな人で命令されておった。これは、ねぇ、だから蘇鉄とゆうものは、丁度どこに植えてもね、上等だからとゆうてね、支那から植え、植えないか、それで、首里の方にね、王様にゆうたらしい、あげるから、お土産としてあげるから、植えて下さい。むこうからゆうたからね、あぁ、いいですよぉと言ってむこうからまぁ、何百本持って来たか、これは分からんけど、あんときゆっくり、帆かけ船だからねゆっくり来るでしょう。 |
| 全体の記録時間数 | 5:29 |
| 物語の時間数 | 5:22 |
| 言語識別 | 混在 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |