ここ馬場があったんですよ。そして、こっちにね、山ぐわぁがあったんですよね。こっから飛んだんらしいですよね。山、こうあったんですよ。よ、四本この大きい松があったんですよ、前は。はいそしたら、これから、しっ、下はもうしゃじっさくらい、下がっておるからね、飛ぶのを出来るんですよ。誰考えても、すぐ向こうにあれしたら、それでジノンの部落内の、おばあさんが飛んだら、どこに飛んでいくかわからんから、今、縄、縄ね、あっちゅの縄、あれをくびってね、やって、飛んだからね、すっ、すぐ引っ張ったらしいですよ。危ないとゆうて、そして、あんとき、ひっくり返ってね、怪我はなかったけれども、昔の人はね、もっ、飛んだら、もう危ないといって、どこに飛んでいくか分からんでしょ、すぐ飛んだから、すぐ引っ張って、すぐここに落ちたという、そういう話がある。で、そのまま落ちて、怪我したんですか。〕そうそう。そして、次には自分の屋敷ね、ここに屋敷があるんだが、この通りからね、真っ直ぐ、四軒ぐらい行ったらね、ここにまた、左に三軒め行ったら、こ、この男の人の屋敷ですよ。〔 今でも残っています。〕うんそれ、この隣にはね、屋敷に昔の大金持ちですよ。それで、ぬぅでぃが、この、屋敷の後ろに、大きながじゅまるがあったんですよ。これは、私達も分かりますよ。大きながじゅまるが、高い、もう二十尺くらいあったかね、あるのは、あるんですよね、人が上がるところまで二十尺くらいあったんですよ。もうこんなにしてね、根っこがひとつになって、ここに上がってね、隣の飛び安里は、自分の屋敷でしょ、そん屋敷に向かってね、飛んだところがね、わずか二十尺だが、飛ぶ力はないでしょ、誰が考えても、昔の人はこっからいったら飛ぶだろう、ただこれだけしか考えておらんしょ、飛んだところがね、自分の、豚小屋の、この壺があるんですよね、昔は、これ、歩く、道と同じ高さですよ。そして、飛んだ後、このひっくり返ったらね、うおう危ないとゆうてね、そしたらあ、足かなんか怪我、この、く、くうぇちぶぅとゆうか、これにね、おっ、触って手を突っ込んだところがね、よその人で、また、隣ではね、この、くうぇちぶぅに落ちたとゆう話があったんですよ。これは、落ちたものは、落ちてない、したら、ひっ、飛行機飛ばそうと、しっ、しておるから、飛んだから手を、ひっ、突っ込んだらしいですよ。肥え壺に、豚の肥やし壺ね、ここに、ただ落ちてから、ありとゆうて、突っ込んだらしい、そしたら、ここに落ちたとゆうて、それ、嘘ですよね。足と、これ、これだけ突っ込んだらしいですよ。次にはまた、この、ここに山があったんですよ。こっからね、えぇ、二十メートルくらい飛んでおったらしいですよ。はい、今は、ここは、下は、なんか品物置く、倉庫みたいにね、大分、今荒れておるんですがね、こっから飛ばれて、部落の、飛んだらしいですよ。ここが一番長かったでしょうね。そしてまた、次も、今、最近、碑文建ててあるんですよ。飛ばしたここの、ここ高津嘉山(たかちかざん)とゆう、ここも、うんと高いからね、こっから、また、飛ばす練習したらしいですよ。こっから、一番まぁ、十四、五メーターぐらいでしょうね、十メーターいかん、うん、だっ、高いからこうやったら、こう、落ちるまでね、それくらいいくからね、そんときもう羽なんか、あれですよ、その、おう、扇する、クバの葉とゆうかあれでね、あれを、ああして、二、三枚づつ作ってね、これにただ、簡単してつかまえて、すぐ、足で踏み潰して飛んだんですよね、こうゆうふうにやっておるんですよ。そして、次、次にあれしたのは、もうできるかもしれないから、自分の部落に行ってね、したら、行ったら、あんときはもうなんじゅうでも、足で歩いていくでしょ、車もないから、まぁ、日にちはかかって、自分の部落でまたそうゆうふうに飛ばす練習してね、そしてまた、だぁ、どこかね、津嘉山森(ちかざんむい)といってあるんですよ。中頭に、これまたあとから私たちが、しっ、使節に、探しにね、行ったらね、おぅ、こう津嘉山部落とゆうてないですよとゆうて、これ、津嘉山森(ちかざんむい)とゆうでしょと、はい、これ、ただ、これからね、飛ばす人が、これから飛ばす練習をしたからね、津嘉山森(ちかざんむい)と付けたらしいですよ。飛ばした、お家近く中頭だよね、具志川の方にある津嘉山森(ちかざんむい)っていう森。〕今、これがね、西側、政府が、なんかアパートかなんか造ってある去年から。ここを、部落はなかったらしいんですよ、ただ、この人が、津嘉山森(ちかざんむい)と付けたらしいですよ。自分は津嘉山におるから、高津嘉山があるから、そう津嘉山と、かい、自分で名前をつけただろうと思うところがあるんですがね、そして、この人がね、造ったのが、最近、北谷、北谷かね、向こうに終戦後もあったらしいですよ。これ、飛行機、あぁ、竹で造ったものかね、北谷、そしてね、このおばあさんかね、話、よその人が聞いてね、毎日来るでしょ、見に、本当かねぇといって、でたら、もう大変だといって崩して、焼いて捨てたらしいですよ。話聞いてみたら、なぁ、このおばあさんも、毎日来るから、もう大変とびっくりしたんですよ。こっちでよったらもうすぐ残しおったけどもね、それでこの後からね、この人は、こっちにきたもんがね、黒石、黒石ね、このくらいのもんね、四つ持ってこられたらしい、そのだぁ、こっちに一人ないでしょ、生まれたときは、もう二十七、八、三十歳ぐらいになってから、こっちにおいでになっておるから、あんたは、まぁ、沖縄から、あんたはこっちを指導しなさいねぇとゆうて、やっ、やられたらしいですよ。昔ははい、元々津嘉山の屋敷あるんだからね。
| レコード番号 | 47O378756 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C367 |
| 決定題名 | 飛び安里(シマグチ混) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 新垣盛栄 |
| 話者名かな | しんがきせいえい |
| 生年月日 | 19081104 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 南風原町津嘉山 |
| 記録日 | 19910825 |
| 記録者の所属組織 | 南風原町口承文芸調査団 |
| 元テープ番号 | 南風原町T147A01 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 馬場,大きい松,おばあさん,縄,豚小屋,壺,高津嘉山,飛行機 |
| 梗概(こうがい) | ここ馬場があったんですよ。そして、こっちにね、山ぐわぁがあったんですよね。こっから飛んだんらしいですよね。山、こうあったんですよ。よ、四本この大きい松があったんですよ、前は。はいそしたら、これから、しっ、下はもうしゃじっさくらい、下がっておるからね、飛ぶのを出来るんですよ。誰考えても、すぐ向こうにあれしたら、それでジノンの部落内の、おばあさんが飛んだら、どこに飛んでいくかわからんから、今、縄、縄ね、あっちゅの縄、あれをくびってね、やって、飛んだからね、すっ、すぐ引っ張ったらしいですよ。危ないとゆうて、そして、あんとき、ひっくり返ってね、怪我はなかったけれども、昔の人はね、もっ、飛んだら、もう危ないといって、どこに飛んでいくか分からんでしょ、すぐ飛んだから、すぐ引っ張って、すぐここに落ちたという、そういう話がある。で、そのまま落ちて、怪我したんですか。〕そうそう。そして、次には自分の屋敷ね、ここに屋敷があるんだが、この通りからね、真っ直ぐ、四軒ぐらい行ったらね、ここにまた、左に三軒め行ったら、こ、この男の人の屋敷ですよ。〔 今でも残っています。〕うんそれ、この隣にはね、屋敷に昔の大金持ちですよ。それで、ぬぅでぃが、この、屋敷の後ろに、大きながじゅまるがあったんですよ。これは、私達も分かりますよ。大きながじゅまるが、高い、もう二十尺くらいあったかね、あるのは、あるんですよね、人が上がるところまで二十尺くらいあったんですよ。もうこんなにしてね、根っこがひとつになって、ここに上がってね、隣の飛び安里は、自分の屋敷でしょ、そん屋敷に向かってね、飛んだところがね、わずか二十尺だが、飛ぶ力はないでしょ、誰が考えても、昔の人はこっからいったら飛ぶだろう、ただこれだけしか考えておらんしょ、飛んだところがね、自分の、豚小屋の、この壺があるんですよね、昔は、これ、歩く、道と同じ高さですよ。そして、飛んだ後、このひっくり返ったらね、うおう危ないとゆうてね、そしたらあ、足かなんか怪我、この、く、くうぇちぶぅとゆうか、これにね、おっ、触って手を突っ込んだところがね、よその人で、また、隣ではね、この、くうぇちぶぅに落ちたとゆう話があったんですよ。これは、落ちたものは、落ちてない、したら、ひっ、飛行機飛ばそうと、しっ、しておるから、飛んだから手を、ひっ、突っ込んだらしいですよ。肥え壺に、豚の肥やし壺ね、ここに、ただ落ちてから、ありとゆうて、突っ込んだらしい、そしたら、ここに落ちたとゆうて、それ、嘘ですよね。足と、これ、これだけ突っ込んだらしいですよ。次にはまた、この、ここに山があったんですよ。こっからね、えぇ、二十メートルくらい飛んでおったらしいですよ。はい、今は、ここは、下は、なんか品物置く、倉庫みたいにね、大分、今荒れておるんですがね、こっから飛ばれて、部落の、飛んだらしいですよ。ここが一番長かったでしょうね。そしてまた、次も、今、最近、碑文建ててあるんですよ。飛ばしたここの、ここ高津嘉山(たかちかざん)とゆう、ここも、うんと高いからね、こっから、また、飛ばす練習したらしいですよ。こっから、一番まぁ、十四、五メーターぐらいでしょうね、十メーターいかん、うん、だっ、高いからこうやったら、こう、落ちるまでね、それくらいいくからね、そんときもう羽なんか、あれですよ、その、おう、扇する、クバの葉とゆうかあれでね、あれを、ああして、二、三枚づつ作ってね、これにただ、簡単してつかまえて、すぐ、足で踏み潰して飛んだんですよね、こうゆうふうにやっておるんですよ。そして、次、次にあれしたのは、もうできるかもしれないから、自分の部落に行ってね、したら、行ったら、あんときはもうなんじゅうでも、足で歩いていくでしょ、車もないから、まぁ、日にちはかかって、自分の部落でまたそうゆうふうに飛ばす練習してね、そしてまた、だぁ、どこかね、津嘉山森(ちかざんむい)といってあるんですよ。中頭に、これまたあとから私たちが、しっ、使節に、探しにね、行ったらね、おぅ、こう津嘉山部落とゆうてないですよとゆうて、これ、津嘉山森(ちかざんむい)とゆうでしょと、はい、これ、ただ、これからね、飛ばす人が、これから飛ばす練習をしたからね、津嘉山森(ちかざんむい)と付けたらしいですよ。飛ばした、お家近く中頭だよね、具志川の方にある津嘉山森(ちかざんむい)っていう森。〕今、これがね、西側、政府が、なんかアパートかなんか造ってある去年から。ここを、部落はなかったらしいんですよ、ただ、この人が、津嘉山森(ちかざんむい)と付けたらしいですよ。自分は津嘉山におるから、高津嘉山があるから、そう津嘉山と、かい、自分で名前をつけただろうと思うところがあるんですがね、そして、この人がね、造ったのが、最近、北谷、北谷かね、向こうに終戦後もあったらしいですよ。これ、飛行機、あぁ、竹で造ったものかね、北谷、そしてね、このおばあさんかね、話、よその人が聞いてね、毎日来るでしょ、見に、本当かねぇといって、でたら、もう大変だといって崩して、焼いて捨てたらしいですよ。話聞いてみたら、なぁ、このおばあさんも、毎日来るから、もう大変とびっくりしたんですよ。こっちでよったらもうすぐ残しおったけどもね、それでこの後からね、この人は、こっちにきたもんがね、黒石、黒石ね、このくらいのもんね、四つ持ってこられたらしい、そのだぁ、こっちに一人ないでしょ、生まれたときは、もう二十七、八、三十歳ぐらいになってから、こっちにおいでになっておるから、あんたは、まぁ、沖縄から、あんたはこっちを指導しなさいねぇとゆうて、やっ、やられたらしいですよ。昔ははい、元々津嘉山の屋敷あるんだからね。 |
| 全体の記録時間数 | 17:55 |
| 物語の時間数 | 17:42 |
| 言語識別 | 混在 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |