尚円王(共通語) 

概要

だから、あれよう、この話が出ているが、あれよぉ、丁度、第二尚氏、尚円王、尚円王が、ようは、尚円王の兄弟は、これは、すっ、尚円王は一応、伊是名島から出てくるがね、兄弟二人(ふたい)、自分の弟はまだ五、六歳になるが、出てくるが、まぁ、これを、まぁ、むっ、ずっと上の者を省いてねそして、国王の座に立って、尚円王が、ようは、この世を去るときに、尚真王を生んであるさぁ。尚真王は本当は四男になる。
 本当はもう長男、次男は、伊是名島からね、伊是名島が、たい、はっ日照りが出てね、そう、そうして、尚円王の、尚円、うち、この、この当時を尚円とゆうわけさぁ。尚円の、あれよ、祖(しょ)先代はどこから来たぁ、伊是名島に、ど、渡ったかぁとゆうものはね、いねさけもずっと、また戻って話するが、浦添(うらし)天孫氏のね、八男の系統から、尚円の祖(しょ)先代らは今帰仁天、今帰仁城に一応はあい、行くわけさぁ。
 そして、今帰仁城から、ん、あれよ、ん、伊是名里主(さとす)、伊是名里主(さとす)と言って、いい、出る、い、あっちで、伊是名で、伊是名里主(さとす)。これ里主(さとぬし)と言っても書くがね、里主(さとす)、伊是名里主(さとす)、そって、この、子供にはね、伊是名大主(うふぬし)と言ってでるわけさぁね。伊是名大主(うふぬし)、この伊是名大主(うふぬし)の子がね、えっと、まぁ、伊是名大主(うふぬし)の子が、ん、あっ、もう一人いるがね、今、覚え、考えを覚えに、ない、あのもう覚えをししとするがね、えぇ、その、子供が、まぁ、伊是名大主(うふぬし)の孫が、金丸(かにまん)になるわ、金丸(かにまん)になるわけさぁ。金丸(かにまん)に。このお父さんが今、あぁ、これは、えっと、尚稷(しょうそく)、尚稷(しょうそく)といわれる、お父さんは。内間金丸(かにまん)のね、お、お父さんは尚稷(しょうそく)。あ、伊是名里主(さとす)ね、今帰仁から行った人は、伊是名里主(さとす)。
 そして、子供が伊是名大主(うふぬし)、そして、尚稷(しょうそく)、尚稷(しょうそく)の親、子がね、金丸(かにまん)ね、この尚円になる金丸(かにまん)。そのときに、尚円がもう青年層になって、田んぼ耕して、いぃし、やるときにね、日照りが出たわけさぁ、日照りが。この尚円の田んぼはもう段々畑なって、上の田んぼだが、下の田んぼは水がないわけさぁ、水は。不思議ねぇと言って、伊是名辺りにもうもう皆民間人はもう頭を振って不思議だねぇ、窪(くぶ)んだところん水(みじ)んはない、高いところに水はある、金丸(かにまん)の田ん、田んぼは沢山ある。これぇどうかぁしようと言って、青年達はねぇ、そうして、この夜の夜中、もうしっ、見たらね、女の綺麗な女の方が、尚円王、内間からもうとても美しいから、ねぇ、美男子だから、そして、田ぁぐぬはい、湧く水か、くどぅはち、夜々ここに全部(むる)入、入れてあるらしいよ。高いところに、そっ、皆妻になる、なり、なり、なったいよ、これもう美男子だから。もうどこに行っても美男子だから、そうして、これをもう裏切ったと言ってねぇ、あっちの青年、若層にもうもうやられてね、もう罰に受けられそうになったからね、自分の弟宣威、宣威をいれてね、あんとき宣威とゆうわ、宣威、兄さんは金丸(かにまん)、宣威を連れて、そして、浜辺にからね、もう本島に、もう向かって、もう自分が、恩があったらどうにか、成功していくだろう、自分の意思で、意思の力でやっていこうと言ってね、弟にもゆうてね、このまま本島に目掛けて、サバニに乗ってね、これ、着いたところが、宜名真浜に着くわけさぁ、宜名真。
 そっして、宜名真についたら、あっちでもう一応、もうあっちの農民に、農業やったり、やって、しゅいぃ、やっているが、あまりにも美男子だから、またもう美しい娘だちがね、金丸(かにまん)、金丸(かにまん)と言って、夜も来るわけさぁね。これはこうしていかないと言ってもう宜名真の部落のもう若層だちにもう恨まれるから、こうしたらいかないと言ってね、とうしたらいいかねぇと言って、するときに、丁度もうこっちから出て、奥間(うくま)村に行くわけさぁ。奥間(うくま)、奥間(うくま)村奥間(うくま)、そしてこのときに奥間(うくま)、奥間大主(うくまうふすぅ)を鍛冶(かん)鍛冶屋やってい、いたらしい。この鍛冶屋の加勢(かしぃ)、加勢をやってね、するときに、
「金丸(かにまん)、若いうちにるぅ、うぬ一生(いっそう)の望み(ぬるめぇ)、果たする考えすせぇましどぉ、わぁ、今(なま)山国にやぐとぅやぁ、なぁひん中頭、島尻んかいうりてぃ、あの大(まが)さぬ城ぬ側んかいんじ、やぁが考えるぅしぃんでぇ。」
こうゆうたわけさぁ。この奥間大主(うくまうふすぅ)、やんりがやぁんでぃち、
「教えて(ならぁち)くみそうち、ありがとうごぜえます。」
りぢ、そうして、宣威を連れてね、また奥間からはもう東ぃ山から、まぁ、横切って、東ぃ海岸のところに差し掛かって、そして差しかって行くときは、もうティーマ村、セダケティーマ村辺りに差しかるわけさぁ。
 そのときにティーラ、祝女が、雨ちゅうじしていたわけさぁね、どこから川原らで、でぇも、どこからありかぁに、すり、これももう金丸(かにまん)は美しい、これはもううちにもう一応、このへんで一応滞在しよう、これを引っ掛けにといってやって、そしてこっちで、もうちちじ全部(むる)かなさけてね、自然に子供を生むわけさぁ。このときに長男は出るわけさぁ。生まれるわけさぁ。長男とね次男、そして女の子が生まれて、長男はね、セダケ按司(あんじ)になるわけさぁ、えぇ、ん、セダケだったかね、そして次男は、ティーマ子(しぃ)になってね、その長男は、えぇ、次女、えぇ、長女はティーマ祝女(のぉろ)になるわけさぁ。そうして、こっちからもうこっち、こっち、こっちをもうこの生んだ、お母さんにこのまま、あんたは育てなさいねぇと言ってね。
 また、金丸(かにまん)と宣威はね、また中頭に来るわけさぁ。中頭に。これもう理想高かったわけね、大きななじま、そうしてぇ、越来間切に来てね、越来、尚泰久王が、まだ、首里(しゅい)城の四男だからね、越来(ごえき)按司(あんじ)していたわけさぁ。
 この当時は、越来城の、越、越来按司(あんじ)。そのときに、尚徳(とくぅ)が越来で生まれて、そして、まぁ、六(どく)、七十歳ぐらいなっているからね、このときに、内間金丸(かにまん)、尚、尚泰久から、越来(ぎぃく)尚泰按司(あんじ)から、おぉ、やぁ、
「わんにん、ありやいびぃんさぁ、そう、越来(ぎぃく)按司(あんじ)加那志前(めぇ)、わんにんなぁ、あんぐとぅしぃ、なぁ、もうどぅぬ、しちゃらかかさぁしぃ、あぁ、どこが、ちゃあさがましがやぁちえぇびぃしが、わんうちかってきみしぇえがやんりち、そうゆうて、とぉ、越来按司(あんじ)尚泰はね、まだ、王はできないよぅ、あの当時は、兄さんが、首里城で、尚金福王だからね、兄さんが、だから、このこれは四男だから、越来按司(あんじ)尚泰と言って、あぁ、なぁ、なぁ、あぁ、あれっさぁ、やっぱし、体格、がっちりした体格、もう美男子、なんでも、もう教えた、できる人だから、これぇいつか、わん、弟子んかいなち、そうして、これを、うちの、尚徳を一応、治安にさせようと言って、これを教える役に、役にさせてね、これがもうデートをさせるわけさぁ、金丸(かにまん)が、そして、そのときに、首里城の兄さん、尚金福王は、のぅところに、尚宣、越来按司(あんじ)、尚泰はね、考え出したわけさぁ、うちが、うちが、わぁがつかいぃしやっか、つかるよりも、首里城の中央、兄さんの尚、尚金福国王のや、とくまんかいやらしいねぇ、うれぇ、沖縄(うちなぁ)の、きぇ、沖縄(うちなぁ)の救いる、くれぇ、ないそうくとぅ、うりまじぬばちんどぅわれやる、思ったわけさぁ。
 この越来按司(あんじ)尚泰は、そのときに手紙、密書、書いて、役、あのぅ役人に渡してね、すっ、首里城の兄さんの尚金、尚金福王に出したわけさぁ、体んがっちりしや、美男子やれぇ、ただのじんぬくせぇ、ないびらんぐとぅ、わぁ、にんじちかてぇうびぃしが、これ武術(ぶじつ)習あちゃい、学問習あちゃいんじょん、全部(むる)一回(くゎい)なかちょうてぃち、うりが習あしじこ上等ないびぃぐとぅや、これいずれいっぺぇ沖縄(うちなぁ)の宝ないんるぅむぅぐとぅ、わぁがちかてぇ、うちが使ったらもったいないだから、うんちかみそうれぇ、てね、密書、手紙を書いてね、よく、もっ、やっ、行かすわけさぁね、別の役に、手下に、そして尚金、尚金福王、これを受け取って、その、そんなゆかしなさいって、あっちからまた、密書が来てね、越来按司(あんじ)尚泰に、
「あぁ、やぁや、やぁ、あんたはもううちがもう見通しているから、あんたはもううちの兄さんやちめぇぬ、尚泰、尚、尚金福王のあんとくまんかいいじ、あのちゅの、おし、お世話し、立派ぬぅんりぃ学び、学びん。」
りち、そうしていて、
「あぁさい、あぁ、ぬうからぬうまでなにかもなんでもね、なぁ習ちくみそうり、にへぇでぇびる。」
そうして、尚宣威も連れてね、首里城に行くわけさぁ。そうして、首里城に行ったら、尚金福王も、よっ、よん、ますますもうこの金丸(かにまん)を使ってみて始めてね、はぁ、今まで使(ちゅ)かって、弟子んちゃあが、うっさ、ぬぅんきぃん、武術(ぶじつ)やら学問やらぬうんきぃんうきとぅんでぇじしぇ、知能も達する、これも、左、右にも縦にも、この顔、上等やっさぁ、ね、力強い青年、認めて。
 そうして、使って、これ三ヵ年だったかね、三ヵ月だったかね、まぁ、これを、まだ、矛盾しているがね、三ヵ年か、三ヵ、三ヵ年ぐらいかあらんがや、と思うがね、とっ、三ヵ月か三ヵ年のぐらいの矛盾しているが、そのときに尚金福王は病弱で、亡くなるわけさぁ、そして、こっちの首里城の摂政(しっし)三司官、親方(うえかた)び、ね、もう皆集まって、どうさら、ちゃあさらあがましがやぁ、と言って、考えたわけさぁ、そのときに、あぁ、うれあんしんでぇあれどぅ、あぁ、越来按司(あんじ)尚泰、うまんかい、うんじけぇしや、国王んかい、あのちゅがないびんどぉ、このときに越来按司(あんじ)からは、首里城に来て、〔テープB面へ移る〕もうこの金丸(かにまん)を見通しているわけさぁ。
 これはもう沖縄(うちなぁ)の、沖縄琉球国の、これは宝になる、これ、青、若層、青、もう青年(にぃせい)りち、このときに青年とは言わない、青年(にぃせい)、若、若青年(にぃせい)と言ってゆうたわけさぁ、あんし、こうして、もう四男、兄さんの尚金福王に使われて、尚金福王は、もう三年かぁ、もう三ヵ月か、三年ぐらい、この、まぁ、こっちは矛盾しているがね、このばぁにこの方は亡くなるわけさぁ、尚金福王は、兄さんが、このときに、あぁ、首里の摂政(しっし)三司官、ぐんしんの方はね、ちゃあさらましがやぁと言った、もうあんしんねぇあにえぇ、ある長老がね、越来按司(あんじ)尚泰うゆびし、兄さんの後継ぎしみれぇりち、尚泰久王になったわけさぁ、そのときに護佐丸の、まぁ、あれが出てくるわけさぁね、阿麻和利と、護佐丸ね、そって、このときに、安平田子というものも出てくるわけさぁね、安平田子、だからこ、このときには尚金福王の兄弟か、にぃっくゎね、国王、王政、王争いになるわけさぁ、王争いするよう、これが、あれよ。
 そうして、この争いや終わって、後は、尚(そう)、尚泰久に、いぃ、片づいてえぇ、尚泰久王になるが、この尚徳(そうとく)の子供、えぇ、尚泰久の子供、尚徳(そうとく)王と言ってね、これと、これもう越来按司(あんじ)のときに生まれてもんだからね、お父さんと一緒にこっちに来ているからね、まぁ、そうして、このまま、あっちで思えば、内間金丸(かにまん)から、学んで何かも、学問やら武芸やら、何かも習って上等だったが、これがもう青年層になったら、反感、反感の時期がきてよぅ、も、反感、内間金丸(かにまん)に、もう自分の先生にね、反感をやっている、む、やっている、反感をやっ、やったりするから、これはもう困ると言ってね、前々から、考えていただろうと思う、内間金丸(かにまん)は、そして、この内間金丸(かにまん)はね、このまま、今の、なっ、ねっ、那覇港、こっちの、明治橋のすぐ近くに、ぐんいんの近くに、島ぐゎぁがあるね、分かるかね、これムルミーグシクと言うわけさ、物をみをものをみろ、中国から、また、こっちからも、出入りするね、役人になるわけさぁ、鎖之側(ウジャシヌスバ)と言って、鎖之側(ウジャシノスバ)って、ね、役人、この鎖之側(ウジャシノスバ)ってゆう、この、このときに、内間ウジャシになるわけさぁ。
 この鎖之側(ウジャシノスバ)の位を貰って、すっ、今でゆうと、まぁ、大臣級、那覇市長の級、になっているわけさ、もう琉球国だから、そして、このときから、内間鎖(ウジャシ)に、内間、金丸(かにまん)というものはね、内間鎖(ウジャシ)といってかわるわけさぁ、そうして、もう西原に、最初は内間鎖(ウジャシー)の、もうならん前は、もう内間金丸(かにまん)と言ってね、西原にクシンウドゥン、三回(くゎい)ぐらい変わっている、クシンヌドゥン、嘉手苅(かでぃかる)のウドゥン、そして、三、番、番目に、鎖(ウジャシ)の位を貰ってから、内間ウジャラ、内間のウドゥンと言ってね、出てくるわけさぁ、内間のウドゥン。
 そうして、その尚徳(そうとく)が、もうまぁ、尚泰久も亡くなった、亡くなって、後、尚徳(そうとく)が、もう国王の座になるわけさぁ、益々この二人は、自分が教えた、あぁ、先生にも、あぁ、反抗も、鎖(ウジャシ)の位になっても、尚徳(そうとく)もう王の位だからね、もうやっているから、あまり、もう心合わなくなっているさぁ、で、このときにもううちはもうこっちうらもう首里城からも城内からも、内間のウドゥンにね、うちを出てもう隠居のように、一応はノータッチしてみようと言ってね、ノータッチして内間のウドゥンに帰ったわけ、そのときに、この内間鎖(ウジャシ)は、西原(にしばら)の浜辺に行って、ゆう、魚を取ってね、皆楽しみにやっていたさぁ。
 そうして、この海岸の前辺りに、まぁ、どのくらいの、自然の、しっ、岩、シィイと言うか、昔の言葉の、沖縄の言葉で、岩にはシィイ、ヒシ、シィイというよね。で、シィイがあるわけさぁね、ある程度の突き出た、盛り上がったシィイがあるわけさぁ、こっちでもう休んだり、何かしているからね、前々から、魚取りに行くとき、そのときに、尚徳(そうとく)は、もう喜界島で征伐も終わって、もう自分はもう自分ではもうおごりやってね、もう軍臣とも意見衝突をやっているわけさぁね、も、軍臣は内間鎖(ウジャシ)の、が、好き、好きになっているさ、これはいかんと言って、軍臣ももう前からもう反対、もう続々(じょくじょく)出ているわけさぁ、そうして、尚徳(そうとく)は、もう自分買ってだから、だぁ、誰かぁが、耳に聞かしたか分からん、これも、作、作戦だったかも分からん、側からこの尚徳(そうとく)王、王加那志、久高の島なかい、久高のうどぅんでぃち、じこいい顔(かぁぎぃ)のうえびぃんどぅ、美しい娘がいるようって言ってね、ゆうたわけさぁ、そして、そっ、そうかねぇと言って、そして、この耳はやっているから、一応は、あぁ、部下に確かめて、ねっ、やったら、あぁ、やっぱし、いい顔(かぁぎぃ)の娘の、美しい娘がういびぃっさぁ、いい顔(かぁぎぃ)の女(いなぐ)ぬ、祝女(のる)が、ういびぃっさぁりち、ゆうたわけさぁ、そうです。
 今度、今度、この尚徳(そうとく)は、久高に渡って、この祝女(のる)と睦ましくやって、ね、もう二、三、まぁ、三ヵ月やら、まぁ、あるいわ、三年やら来ないわけさぁ、国王た、国王の座に立って、このまま、琉球国のしいっ、しっ、指導も行い、ないで、摂政(しっし)三司官も、重臣の方はね、もうこれではいかなん、ぬうちゃあさがやましがやぁと言って、そのときに、軍臣の方の長、ある長老がね、全部(むる)ぴいしる我が御主やる、あねぇあいびらにっち、長老が立ってね、みんながら発表したわけさぁ、あぁ、王様(さり)うんじゅがうみせぇとぅるやいびぃんどぅ、もうひとりひとりゆうたわけさぁ、皆があちはてているから、この尚徳(そうとく)は、自まま、自分勝手しているから、そのときに、尚徳(そうとく)の、王、奥さん、王妃とゆうわけ、王妃、王妃とね、あれころ、子供を、だ、な、なんか、逃げ穴からね、出ていくときにね、討ち殺すわけさぁ、そして、残りの人はもう玉城辺りに逃げて行ってね、今あの辺りに、もう尚、尚泰久王も、後で、あっち、あっちからで、もう長男もあっちで。
 そうして、護佐丸んときに、まぁ、問題がおこりたん、百度踏揚(ももとふむあがり)、これも尚泰久の子供だからね、あれもあっちに、あの辺に祀られているさ、玉城辺りに。
 だから、そうして、もういよいよ、もう尚泰、尚徳王もうもうもう王の位からもう尚円に代わるわけさぁ、尚円のもう皆、味方になっているから、軍臣、尚円、そうして、尚円が、もう国王に第二尚氏になるわけさぁね、だから本当はそして、尚円は第二尚氏になるからね。
 このときに、内間の部落の辺りにね、側の女に、とにかく、ブノウヒは、ユスイウドゥンと言ってね、これの子が尚真だからね、尚真、尚真、そうして、このときに、尚円は内間鎖(ウジャシ)は、西原(にしばら)辺りの部落遣(ち)かいにね、女の子に子供を生ましてあるわけさ、おと、男の子を、だからこれの男の子だったら、耳に聞こえたわけさぁ、ユスイウドゥン、お母さんに、ユスイウドゥン、女ながら相当の力が強いわけさぁ、知識も強いしね、作戦が上手いよった、まだうちの大物は、後で生まれて、もしかこれは、男だったら、うちの尚、尚し、尚真は、あれが男だったら、王の位には、出来ないかもしれんから、これを作戦を早めにやろうと言ってね、そして、このときに、部下をに、内間の部落に子供を生んであるとゆうからね、内間鎖(ウジャシ)が、うちの旦那さんが、これが男だったら退治しなさいと言って、殺しなさいと言って、女だったらよせよぅと言ってね。
 そしてこれを、耳に聞いて、もう部下はね、ある部下はね、これはいかないだろうと言ってね、尚円に、お父さんにね、こうして、ユスイウドゥンは作戦やっている、だ、どぅ、やったらいいかねぇと言ったらね、こうしてはいかない、これしてはいかないよぅ、じゃあこの、とっ、隣の部落でも、この部落でも女の子が、生まれていたらこないつき、つきの子供が生まれていたら、これ取り替えて、この役人がユスイウドゥンの部下の、役人が殺しに来たらね、じょうぐちから入って来たら、すぐ女の子をはぁ、みんないかと言ってね、いろう人が来たらね、こっちはもうふぉみぐわぁ開きてぃや、おいおいおぅ、こっちゅ、ちゅまいて、うんだぁうんだぁやったわけさぁ、もう泣かして、必ず、ざっ、こっちゅう、うれぇ、女(いなぐん)ぐゎのしぃばやぁや、ほうしぃばいしぬうぬしぃよ、大きな声で言うわけさぁ。
 そして、このユスイウドゥンの部下は、もう殺しに行っても、かたもがらがらくるからね、男だから殺す計画だった、そして、これ先回りして、尚円はもうゆう、連絡して、とり交わしているからね、女、殺しなさいよぅ、そしてこのときに、もう女の子をなっ、取り替えてあるから、あぅ、うれ女(いなぐ)ぬやるやあや、うれゆる女(いなぐ)やるうりがぬうならんさと言って、何もできないよぅと言って、このまま帰って、このようにユスイウドゥンにね、尚真のお母さん、ユスイウドゥンにね、女(いなぐ)ぬやいびぃたっさぁ、ちゃあねぇびらんさと言って、安心させたわけさぁ、そうして、本当はこれを男だからね、尚真よりも少しは、上、ただ、なん、二、何箇月先に生まれている、うれが、あのね、まぁ、尚真はまぁ、他にね、これが大きくなるまでは、おさんはあげて、そばまわりさせて、これ嫌かぁ、乳母(ちーあん)を使ってね、これ育てるようにして、武芸、学問教えるようにして、これ秘密。そしてこれが、中城若松になるわけさぁ、中城若松と言ってね、中城安谷屋(あだんに)、かきだすわけさぁ。

再生時間:1:51

民話詳細DATA

レコード番号 47O378751
CD番号 47O37C366
決定題名 尚円王(共通語) 
話者がつけた題名
話者名 大城紀浩
話者名かな おおしろきこう
生年月日 19311230
性別
出身地 南風原町津嘉山
記録日 19910825
記録者の所属組織 南風原町口承文芸調査団
元テープ番号 南風原町T146A12 T146B01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 今帰仁城,伊是名里主伊是名大主,尚稷,宜名真浜,奥間大主,鍛冶屋,越来按司尚泰,尚金福王,尚宣威,首里城,安平田子,王争い,尚泰久,越来按司,内間金丸,那覇港,明治橋,ムルミーグシク,鎖之側,西原にクシンウドゥン,嘉手苅のウドゥン,内間ウジャラ,内間のウドゥン,尚徳,久高,祝女,琉球国,摂政三司官,尚泰久王,護佐丸,百度踏揚,玉城,尚徳王,内間の部落,内間鎖,西原,ユスイウドゥン,中城若松,中城安谷屋
梗概(こうがい) だから、あれよう、この話が出ているが、あれよぉ、丁度、第二尚氏、尚円王、尚円王が、ようは、尚円王の兄弟は、これは、すっ、尚円王は一応、伊是名島から出てくるがね、兄弟二人(ふたい)、自分の弟はまだ五、六歳になるが、出てくるが、まぁ、これを、まぁ、むっ、ずっと上の者を省いてねそして、国王の座に立って、尚円王が、ようは、この世を去るときに、尚真王を生んであるさぁ。尚真王は本当は四男になる。  本当はもう長男、次男は、伊是名島からね、伊是名島が、たい、はっ日照りが出てね、そう、そうして、尚円王の、尚円、うち、この、この当時を尚円とゆうわけさぁ。尚円の、あれよ、祖(しょ)先代はどこから来たぁ、伊是名島に、ど、渡ったかぁとゆうものはね、いねさけもずっと、また戻って話するが、浦添(うらし)天孫氏のね、八男の系統から、尚円の祖(しょ)先代らは今帰仁天、今帰仁城に一応はあい、行くわけさぁ。  そして、今帰仁城から、ん、あれよ、ん、伊是名里主(さとす)、伊是名里主(さとす)と言って、いい、出る、い、あっちで、伊是名で、伊是名里主(さとす)。これ里主(さとぬし)と言っても書くがね、里主(さとす)、伊是名里主(さとす)、そって、この、子供にはね、伊是名大主(うふぬし)と言ってでるわけさぁね。伊是名大主(うふぬし)、この伊是名大主(うふぬし)の子がね、えっと、まぁ、伊是名大主(うふぬし)の子が、ん、あっ、もう一人いるがね、今、覚え、考えを覚えに、ない、あのもう覚えをししとするがね、えぇ、その、子供が、まぁ、伊是名大主(うふぬし)の孫が、金丸(かにまん)になるわ、金丸(かにまん)になるわけさぁ。金丸(かにまん)に。このお父さんが今、あぁ、これは、えっと、尚稷(しょうそく)、尚稷(しょうそく)といわれる、お父さんは。内間金丸(かにまん)のね、お、お父さんは尚稷(しょうそく)。あ、伊是名里主(さとす)ね、今帰仁から行った人は、伊是名里主(さとす)。  そして、子供が伊是名大主(うふぬし)、そして、尚稷(しょうそく)、尚稷(しょうそく)の親、子がね、金丸(かにまん)ね、この尚円になる金丸(かにまん)。そのときに、尚円がもう青年層になって、田んぼ耕して、いぃし、やるときにね、日照りが出たわけさぁ、日照りが。この尚円の田んぼはもう段々畑なって、上の田んぼだが、下の田んぼは水がないわけさぁ、水は。不思議ねぇと言って、伊是名辺りにもうもう皆民間人はもう頭を振って不思議だねぇ、窪(くぶ)んだところん水(みじ)んはない、高いところに水はある、金丸(かにまん)の田ん、田んぼは沢山ある。これぇどうかぁしようと言って、青年達はねぇ、そうして、この夜の夜中、もうしっ、見たらね、女の綺麗な女の方が、尚円王、内間からもうとても美しいから、ねぇ、美男子だから、そして、田ぁぐぬはい、湧く水か、くどぅはち、夜々ここに全部(むる)入、入れてあるらしいよ。高いところに、そっ、皆妻になる、なり、なり、なったいよ、これもう美男子だから。もうどこに行っても美男子だから、そうして、これをもう裏切ったと言ってねぇ、あっちの青年、若層にもうもうやられてね、もう罰に受けられそうになったからね、自分の弟宣威、宣威をいれてね、あんとき宣威とゆうわ、宣威、兄さんは金丸(かにまん)、宣威を連れて、そして、浜辺にからね、もう本島に、もう向かって、もう自分が、恩があったらどうにか、成功していくだろう、自分の意思で、意思の力でやっていこうと言ってね、弟にもゆうてね、このまま本島に目掛けて、サバニに乗ってね、これ、着いたところが、宜名真浜に着くわけさぁ、宜名真。  そっして、宜名真についたら、あっちでもう一応、もうあっちの農民に、農業やったり、やって、しゅいぃ、やっているが、あまりにも美男子だから、またもう美しい娘だちがね、金丸(かにまん)、金丸(かにまん)と言って、夜も来るわけさぁね。これはこうしていかないと言ってもう宜名真の部落のもう若層だちにもう恨まれるから、こうしたらいかないと言ってね、とうしたらいいかねぇと言って、するときに、丁度もうこっちから出て、奥間(うくま)村に行くわけさぁ。奥間(うくま)、奥間(うくま)村奥間(うくま)、そしてこのときに奥間(うくま)、奥間大主(うくまうふすぅ)を鍛冶(かん)鍛冶屋やってい、いたらしい。この鍛冶屋の加勢(かしぃ)、加勢をやってね、するときに、 「金丸(かにまん)、若いうちにるぅ、うぬ一生(いっそう)の望み(ぬるめぇ)、果たする考えすせぇましどぉ、わぁ、今(なま)山国にやぐとぅやぁ、なぁひん中頭、島尻んかいうりてぃ、あの大(まが)さぬ城ぬ側んかいんじ、やぁが考えるぅしぃんでぇ。」 こうゆうたわけさぁ。この奥間大主(うくまうふすぅ)、やんりがやぁんでぃち、 「教えて(ならぁち)くみそうち、ありがとうごぜえます。」 りぢ、そうして、宣威を連れてね、また奥間からはもう東ぃ山から、まぁ、横切って、東ぃ海岸のところに差し掛かって、そして差しかって行くときは、もうティーマ村、セダケティーマ村辺りに差しかるわけさぁ。  そのときにティーラ、祝女が、雨ちゅうじしていたわけさぁね、どこから川原らで、でぇも、どこからありかぁに、すり、これももう金丸(かにまん)は美しい、これはもううちにもう一応、このへんで一応滞在しよう、これを引っ掛けにといってやって、そしてこっちで、もうちちじ全部(むる)かなさけてね、自然に子供を生むわけさぁ。このときに長男は出るわけさぁ。生まれるわけさぁ。長男とね次男、そして女の子が生まれて、長男はね、セダケ按司(あんじ)になるわけさぁ、えぇ、ん、セダケだったかね、そして次男は、ティーマ子(しぃ)になってね、その長男は、えぇ、次女、えぇ、長女はティーマ祝女(のぉろ)になるわけさぁ。そうして、こっちからもうこっち、こっち、こっちをもうこの生んだ、お母さんにこのまま、あんたは育てなさいねぇと言ってね。  また、金丸(かにまん)と宣威はね、また中頭に来るわけさぁ。中頭に。これもう理想高かったわけね、大きななじま、そうしてぇ、越来間切に来てね、越来、尚泰久王が、まだ、首里(しゅい)城の四男だからね、越来(ごえき)按司(あんじ)していたわけさぁ。  この当時は、越来城の、越、越来按司(あんじ)。そのときに、尚徳(とくぅ)が越来で生まれて、そして、まぁ、六(どく)、七十歳ぐらいなっているからね、このときに、内間金丸(かにまん)、尚、尚泰久から、越来(ぎぃく)尚泰按司(あんじ)から、おぉ、やぁ、 「わんにん、ありやいびぃんさぁ、そう、越来(ぎぃく)按司(あんじ)加那志前(めぇ)、わんにんなぁ、あんぐとぅしぃ、なぁ、もうどぅぬ、しちゃらかかさぁしぃ、あぁ、どこが、ちゃあさがましがやぁちえぇびぃしが、わんうちかってきみしぇえがやんりち、そうゆうて、とぉ、越来按司(あんじ)尚泰はね、まだ、王はできないよぅ、あの当時は、兄さんが、首里城で、尚金福王だからね、兄さんが、だから、このこれは四男だから、越来按司(あんじ)尚泰と言って、あぁ、なぁ、なぁ、あぁ、あれっさぁ、やっぱし、体格、がっちりした体格、もう美男子、なんでも、もう教えた、できる人だから、これぇいつか、わん、弟子んかいなち、そうして、これを、うちの、尚徳を一応、治安にさせようと言って、これを教える役に、役にさせてね、これがもうデートをさせるわけさぁ、金丸(かにまん)が、そして、そのときに、首里城の兄さん、尚金福王は、のぅところに、尚宣、越来按司(あんじ)、尚泰はね、考え出したわけさぁ、うちが、うちが、わぁがつかいぃしやっか、つかるよりも、首里城の中央、兄さんの尚、尚金福国王のや、とくまんかいやらしいねぇ、うれぇ、沖縄(うちなぁ)の、きぇ、沖縄(うちなぁ)の救いる、くれぇ、ないそうくとぅ、うりまじぬばちんどぅわれやる、思ったわけさぁ。  この越来按司(あんじ)尚泰は、そのときに手紙、密書、書いて、役、あのぅ役人に渡してね、すっ、首里城の兄さんの尚金、尚金福王に出したわけさぁ、体んがっちりしや、美男子やれぇ、ただのじんぬくせぇ、ないびらんぐとぅ、わぁ、にんじちかてぇうびぃしが、これ武術(ぶじつ)習あちゃい、学問習あちゃいんじょん、全部(むる)一回(くゎい)なかちょうてぃち、うりが習あしじこ上等ないびぃぐとぅや、これいずれいっぺぇ沖縄(うちなぁ)の宝ないんるぅむぅぐとぅ、わぁがちかてぇ、うちが使ったらもったいないだから、うんちかみそうれぇ、てね、密書、手紙を書いてね、よく、もっ、やっ、行かすわけさぁね、別の役に、手下に、そして尚金、尚金福王、これを受け取って、その、そんなゆかしなさいって、あっちからまた、密書が来てね、越来按司(あんじ)尚泰に、 「あぁ、やぁや、やぁ、あんたはもううちがもう見通しているから、あんたはもううちの兄さんやちめぇぬ、尚泰、尚、尚金福王のあんとくまんかいいじ、あのちゅの、おし、お世話し、立派ぬぅんりぃ学び、学びん。」 りち、そうしていて、 「あぁさい、あぁ、ぬうからぬうまでなにかもなんでもね、なぁ習ちくみそうり、にへぇでぇびる。」 そうして、尚宣威も連れてね、首里城に行くわけさぁ。そうして、首里城に行ったら、尚金福王も、よっ、よん、ますますもうこの金丸(かにまん)を使ってみて始めてね、はぁ、今まで使(ちゅ)かって、弟子んちゃあが、うっさ、ぬぅんきぃん、武術(ぶじつ)やら学問やらぬうんきぃんうきとぅんでぇじしぇ、知能も達する、これも、左、右にも縦にも、この顔、上等やっさぁ、ね、力強い青年、認めて。  そうして、使って、これ三ヵ年だったかね、三ヵ月だったかね、まぁ、これを、まだ、矛盾しているがね、三ヵ年か、三ヵ、三ヵ年ぐらいかあらんがや、と思うがね、とっ、三ヵ月か三ヵ年のぐらいの矛盾しているが、そのときに尚金福王は病弱で、亡くなるわけさぁ、そして、こっちの首里城の摂政(しっし)三司官、親方(うえかた)び、ね、もう皆集まって、どうさら、ちゃあさらあがましがやぁ、と言って、考えたわけさぁ、そのときに、あぁ、うれあんしんでぇあれどぅ、あぁ、越来按司(あんじ)尚泰、うまんかい、うんじけぇしや、国王んかい、あのちゅがないびんどぉ、このときに越来按司(あんじ)からは、首里城に来て、〔テープB面へ移る〕もうこの金丸(かにまん)を見通しているわけさぁ。  これはもう沖縄(うちなぁ)の、沖縄琉球国の、これは宝になる、これ、青、若層、青、もう青年(にぃせい)りち、このときに青年とは言わない、青年(にぃせい)、若、若青年(にぃせい)と言ってゆうたわけさぁ、あんし、こうして、もう四男、兄さんの尚金福王に使われて、尚金福王は、もう三年かぁ、もう三ヵ月か、三年ぐらい、この、まぁ、こっちは矛盾しているがね、このばぁにこの方は亡くなるわけさぁ、尚金福王は、兄さんが、このときに、あぁ、首里の摂政(しっし)三司官、ぐんしんの方はね、ちゃあさらましがやぁと言った、もうあんしんねぇあにえぇ、ある長老がね、越来按司(あんじ)尚泰うゆびし、兄さんの後継ぎしみれぇりち、尚泰久王になったわけさぁ、そのときに護佐丸の、まぁ、あれが出てくるわけさぁね、阿麻和利と、護佐丸ね、そって、このときに、安平田子というものも出てくるわけさぁね、安平田子、だからこ、このときには尚金福王の兄弟か、にぃっくゎね、国王、王政、王争いになるわけさぁ、王争いするよう、これが、あれよ。  そうして、この争いや終わって、後は、尚(そう)、尚泰久に、いぃ、片づいてえぇ、尚泰久王になるが、この尚徳(そうとく)の子供、えぇ、尚泰久の子供、尚徳(そうとく)王と言ってね、これと、これもう越来按司(あんじ)のときに生まれてもんだからね、お父さんと一緒にこっちに来ているからね、まぁ、そうして、このまま、あっちで思えば、内間金丸(かにまん)から、学んで何かも、学問やら武芸やら、何かも習って上等だったが、これがもう青年層になったら、反感、反感の時期がきてよぅ、も、反感、内間金丸(かにまん)に、もう自分の先生にね、反感をやっている、む、やっている、反感をやっ、やったりするから、これはもう困ると言ってね、前々から、考えていただろうと思う、内間金丸(かにまん)は、そして、この内間金丸(かにまん)はね、このまま、今の、なっ、ねっ、那覇港、こっちの、明治橋のすぐ近くに、ぐんいんの近くに、島ぐゎぁがあるね、分かるかね、これムルミーグシクと言うわけさ、物をみをものをみろ、中国から、また、こっちからも、出入りするね、役人になるわけさぁ、鎖之側(ウジャシヌスバ)と言って、鎖之側(ウジャシノスバ)って、ね、役人、この鎖之側(ウジャシノスバ)ってゆう、この、このときに、内間ウジャシになるわけさぁ。  この鎖之側(ウジャシノスバ)の位を貰って、すっ、今でゆうと、まぁ、大臣級、那覇市長の級、になっているわけさ、もう琉球国だから、そして、このときから、内間鎖(ウジャシ)に、内間、金丸(かにまん)というものはね、内間鎖(ウジャシ)といってかわるわけさぁ、そうして、もう西原に、最初は内間鎖(ウジャシー)の、もうならん前は、もう内間金丸(かにまん)と言ってね、西原にクシンウドゥン、三回(くゎい)ぐらい変わっている、クシンヌドゥン、嘉手苅(かでぃかる)のウドゥン、そして、三、番、番目に、鎖(ウジャシ)の位を貰ってから、内間ウジャラ、内間のウドゥンと言ってね、出てくるわけさぁ、内間のウドゥン。  そうして、その尚徳(そうとく)が、もうまぁ、尚泰久も亡くなった、亡くなって、後、尚徳(そうとく)が、もう国王の座になるわけさぁ、益々この二人は、自分が教えた、あぁ、先生にも、あぁ、反抗も、鎖(ウジャシ)の位になっても、尚徳(そうとく)もう王の位だからね、もうやっているから、あまり、もう心合わなくなっているさぁ、で、このときにもううちはもうこっちうらもう首里城からも城内からも、内間のウドゥンにね、うちを出てもう隠居のように、一応はノータッチしてみようと言ってね、ノータッチして内間のウドゥンに帰ったわけ、そのときに、この内間鎖(ウジャシ)は、西原(にしばら)の浜辺に行って、ゆう、魚を取ってね、皆楽しみにやっていたさぁ。  そうして、この海岸の前辺りに、まぁ、どのくらいの、自然の、しっ、岩、シィイと言うか、昔の言葉の、沖縄の言葉で、岩にはシィイ、ヒシ、シィイというよね。で、シィイがあるわけさぁね、ある程度の突き出た、盛り上がったシィイがあるわけさぁ、こっちでもう休んだり、何かしているからね、前々から、魚取りに行くとき、そのときに、尚徳(そうとく)は、もう喜界島で征伐も終わって、もう自分はもう自分ではもうおごりやってね、もう軍臣とも意見衝突をやっているわけさぁね、も、軍臣は内間鎖(ウジャシ)の、が、好き、好きになっているさ、これはいかんと言って、軍臣ももう前からもう反対、もう続々(じょくじょく)出ているわけさぁ、そうして、尚徳(そうとく)は、もう自分買ってだから、だぁ、誰かぁが、耳に聞かしたか分からん、これも、作、作戦だったかも分からん、側からこの尚徳(そうとく)王、王加那志、久高の島なかい、久高のうどぅんでぃち、じこいい顔(かぁぎぃ)のうえびぃんどぅ、美しい娘がいるようって言ってね、ゆうたわけさぁ、そして、そっ、そうかねぇと言って、そして、この耳はやっているから、一応は、あぁ、部下に確かめて、ねっ、やったら、あぁ、やっぱし、いい顔(かぁぎぃ)の娘の、美しい娘がういびぃっさぁ、いい顔(かぁぎぃ)の女(いなぐ)ぬ、祝女(のる)が、ういびぃっさぁりち、ゆうたわけさぁ、そうです。  今度、今度、この尚徳(そうとく)は、久高に渡って、この祝女(のる)と睦ましくやって、ね、もう二、三、まぁ、三ヵ月やら、まぁ、あるいわ、三年やら来ないわけさぁ、国王た、国王の座に立って、このまま、琉球国のしいっ、しっ、指導も行い、ないで、摂政(しっし)三司官も、重臣の方はね、もうこれではいかなん、ぬうちゃあさがやましがやぁと言って、そのときに、軍臣の方の長、ある長老がね、全部(むる)ぴいしる我が御主やる、あねぇあいびらにっち、長老が立ってね、みんながら発表したわけさぁ、あぁ、王様(さり)うんじゅがうみせぇとぅるやいびぃんどぅ、もうひとりひとりゆうたわけさぁ、皆があちはてているから、この尚徳(そうとく)は、自まま、自分勝手しているから、そのときに、尚徳(そうとく)の、王、奥さん、王妃とゆうわけ、王妃、王妃とね、あれころ、子供を、だ、な、なんか、逃げ穴からね、出ていくときにね、討ち殺すわけさぁ、そして、残りの人はもう玉城辺りに逃げて行ってね、今あの辺りに、もう尚、尚泰久王も、後で、あっち、あっちからで、もう長男もあっちで。  そうして、護佐丸んときに、まぁ、問題がおこりたん、百度踏揚(ももとふむあがり)、これも尚泰久の子供だからね、あれもあっちに、あの辺に祀られているさ、玉城辺りに。  だから、そうして、もういよいよ、もう尚泰、尚徳王もうもうもう王の位からもう尚円に代わるわけさぁ、尚円のもう皆、味方になっているから、軍臣、尚円、そうして、尚円が、もう国王に第二尚氏になるわけさぁね、だから本当はそして、尚円は第二尚氏になるからね。  このときに、内間の部落の辺りにね、側の女に、とにかく、ブノウヒは、ユスイウドゥンと言ってね、これの子が尚真だからね、尚真、尚真、そうして、このときに、尚円は内間鎖(ウジャシ)は、西原(にしばら)辺りの部落遣(ち)かいにね、女の子に子供を生ましてあるわけさ、おと、男の子を、だからこれの男の子だったら、耳に聞こえたわけさぁ、ユスイウドゥン、お母さんに、ユスイウドゥン、女ながら相当の力が強いわけさぁ、知識も強いしね、作戦が上手いよった、まだうちの大物は、後で生まれて、もしかこれは、男だったら、うちの尚、尚し、尚真は、あれが男だったら、王の位には、出来ないかもしれんから、これを作戦を早めにやろうと言ってね、そして、このときに、部下をに、内間の部落に子供を生んであるとゆうからね、内間鎖(ウジャシ)が、うちの旦那さんが、これが男だったら退治しなさいと言って、殺しなさいと言って、女だったらよせよぅと言ってね。  そしてこれを、耳に聞いて、もう部下はね、ある部下はね、これはいかないだろうと言ってね、尚円に、お父さんにね、こうして、ユスイウドゥンは作戦やっている、だ、どぅ、やったらいいかねぇと言ったらね、こうしてはいかない、これしてはいかないよぅ、じゃあこの、とっ、隣の部落でも、この部落でも女の子が、生まれていたらこないつき、つきの子供が生まれていたら、これ取り替えて、この役人がユスイウドゥンの部下の、役人が殺しに来たらね、じょうぐちから入って来たら、すぐ女の子をはぁ、みんないかと言ってね、いろう人が来たらね、こっちはもうふぉみぐわぁ開きてぃや、おいおいおぅ、こっちゅ、ちゅまいて、うんだぁうんだぁやったわけさぁ、もう泣かして、必ず、ざっ、こっちゅう、うれぇ、女(いなぐん)ぐゎのしぃばやぁや、ほうしぃばいしぬうぬしぃよ、大きな声で言うわけさぁ。  そして、このユスイウドゥンの部下は、もう殺しに行っても、かたもがらがらくるからね、男だから殺す計画だった、そして、これ先回りして、尚円はもうゆう、連絡して、とり交わしているからね、女、殺しなさいよぅ、そしてこのときに、もう女の子をなっ、取り替えてあるから、あぅ、うれ女(いなぐ)ぬやるやあや、うれゆる女(いなぐ)やるうりがぬうならんさと言って、何もできないよぅと言って、このまま帰って、このようにユスイウドゥンにね、尚真のお母さん、ユスイウドゥンにね、女(いなぐ)ぬやいびぃたっさぁ、ちゃあねぇびらんさと言って、安心させたわけさぁ、そうして、本当はこれを男だからね、尚真よりも少しは、上、ただ、なん、二、何箇月先に生まれている、うれが、あのね、まぁ、尚真はまぁ、他にね、これが大きくなるまでは、おさんはあげて、そばまわりさせて、これ嫌かぁ、乳母(ちーあん)を使ってね、これ育てるようにして、武芸、学問教えるようにして、これ秘密。そしてこれが、中城若松になるわけさぁ、中城若松と言ってね、中城安谷屋(あだんに)、かきだすわけさぁ。
全体の記録時間数 1:51
物語の時間数 1:51
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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