本部赤嶺(共通語)

概要

本部赤嶺は金持ちで「精米かけて王様を通す」と、道に米を撒いた。そうすると「口に入れる物を撒くとは何ということだ。その上から歩かない」と言って帰った。宮平山口に行ったら、稲の穂の下をくぐって下さいと言ったら褒められて褒美もあった。本部赤嶺は打ち首になった。本部赤嶺は一日橋の隣に生きているうちからとても素晴らしい墓を作ってあった。中は三間ほどあってきれいだった。そこには避難民が住んでいた。亀壺にはたくさんの骨が入っていた。また、シシカシを担いで10月末の午の日にあたる日に本部龕祭りが本部赤嶺の所で行われた。

再生時間:8:38

民話詳細DATA

レコード番号 47O378575
CD番号 47O37C354
決定題名 本部赤嶺(共通語)
話者がつけた題名
話者名 大城清蒲
話者名かな おおしろせいほ
生年月日 19070320
性別
出身地 南風原町本部
記録日 19910827
記録者の所属組織 南風原町口承文芸調査団
元テープ番号 南風原町T131A03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 本部赤嶺,金持ち,精米,王様,道に米を撒いた,宮平山口,稲の穂,褒美,打ち首,一日橋,墓,骨,シシカシ,10月末の午の日,本部龕祭り
梗概(こうがい) 本部赤嶺は金持ちで「精米かけて王様を通す」と、道に米を撒いた。そうすると「口に入れる物を撒くとは何ということだ。その上から歩かない」と言って帰った。宮平山口に行ったら、稲の穂の下をくぐって下さいと言ったら褒められて褒美もあった。本部赤嶺は打ち首になった。本部赤嶺は一日橋の隣に生きているうちからとても素晴らしい墓を作ってあった。中は三間ほどあってきれいだった。そこには避難民が住んでいた。亀壺にはたくさんの骨が入っていた。また、シシカシを担いで10月末の午の日にあたる日に本部龕祭りが本部赤嶺の所で行われた。
全体の記録時間数 8:38
物語の時間数 8:38
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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