吉屋チルー(共通語)

概要

吉屋チルーは家が貧乏なために遊女になるため首里へ行った。そして比謝橋を渡る時に歌を詠んだ。「渡る比謝橋や誰がかきてぃうちぇが 私渡すとぅむてぃかきてぃうちぇさ」今、私が渡っている比謝橋は誰が造ったのか、私を渡すために情け無い人が造ったのだろう。そして吉屋チルーは那覇の辻で葬られた。長いことがたってチルーの弟が二人、チルーの骨を持って家へ帰ろうと思いチルーの骨を家へ持って帰る。帰る道は首里を通り、御茶屋御殿を通って行った。そこにはたくさんの人が集まっていた。その頃は御茶屋御殿という名前がついていなかったので、王様や家来が名前をつけようと騒いでいた。弟は骨を木に引っかけて御茶屋御殿に入ってみた。するとどこからともなく声が聞こえて来た。「拝でぃ拝み首里のてぃんじゃなし 遊でぃうちゃがいる御茶屋御殿」、そして家来たちがあの声は吉屋チルーの声であるといい、死んでも歌を詠むことに感動した。それから御茶屋御殿という名がついた。

再生時間:7:25

民話詳細DATA

レコード番号 47O378291
CD番号 47O37C342
決定題名 吉屋チルー(共通語)
話者がつけた題名
話者名 当真シズ
話者名かな とうましず
生年月日 19170110
性別
出身地 那覇市首里崎山
記録日 19910825
記録者の所属組織 南風原町口承文芸調査団
元テープ番号 南風原町T108A04
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 吉屋チルー,家が貧乏,遊女,首里,比謝橋,歌を詠んだ,那覇の辻,弟が二人,骨,御茶屋御殿
梗概(こうがい) 吉屋チルーは家が貧乏なために遊女になるため首里へ行った。そして比謝橋を渡る時に歌を詠んだ。「渡る比謝橋や誰がかきてぃうちぇが 私渡すとぅむてぃかきてぃうちぇさ」今、私が渡っている比謝橋は誰が造ったのか、私を渡すために情け無い人が造ったのだろう。そして吉屋チルーは那覇の辻で葬られた。長いことがたってチルーの弟が二人、チルーの骨を持って家へ帰ろうと思いチルーの骨を家へ持って帰る。帰る道は首里を通り、御茶屋御殿を通って行った。そこにはたくさんの人が集まっていた。その頃は御茶屋御殿という名前がついていなかったので、王様や家来が名前をつけようと騒いでいた。弟は骨を木に引っかけて御茶屋御殿に入ってみた。するとどこからともなく声が聞こえて来た。「拝でぃ拝み首里のてぃんじゃなし 遊でぃうちゃがいる御茶屋御殿」、そして家来たちがあの声は吉屋チルーの声であるといい、死んでも歌を詠むことに感動した。それから御茶屋御殿という名がついた。
全体の記録時間数 7:33
物語の時間数 7:25
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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