仲里子と摩文仁殿内の娘(共通語)

概要

摩文仁殿内の長女はね、謝名親方と結婚やったわけさ、〔謝名親方と〕謝名親方と、だからこれはみんな家族次女がいるさ、次男女子(じなんいなぐんぐゎ)、うちだから、男達はまた親の役員達も結婚祝いに行っている、いるさぁ、この仲里殿せえそれ家(やぁ)の番やっている男が家(やぁ)の番やっ次女、次女がいる、次男女子(じなんいなぐんぐゎ)がいるからね、またうちもあるから、いぃねぇ(いえば)家(やぁ)の番やっている別の人はみんなお祝いに行っているさぁ、〔あぁじやぁね、長女謝名親方と結婚するって行って、長女の結婚式に、じゃあみんなはお祝いするって出掛けていっけいるねぇで、この次女残ったの〕次女はうちにいるさぁ、〔次女は残ってで、その時に〕それ、この仲里がね、いぃねぇ(いえば)留守番さぁいぃねぇ(いえば)屋敷守わけさぁ、だぁ、盗人(ぬする)が来るから、いえば盗人(ぬする)がくるから男として家(やぁ)の番、留守番やっているわけさぁ、〔次女が男とあぁ、女だけど男になって留守番したんだねぇ〕女もいるから孫の次男の子もいるから、この男は家(やぁ)の番されているわけさぁ、〔そしてその時に〕女がこれは男はべっぴんさんであったらしい、〔男の人はとってもハンサムだった、かっこよかったわけぇ〕美人(ちゅらかぁぎい)だったらしいよ、この〔調査員何という男の人〕これは仲里だろう多分、仲里でないかなぁと思うんだがね、仲里だ、〔仲里という人が、こさは何処の人〕宮城さ〔宮城の仲里という人が〕それは摩文仁御殿の長女、いえば仕事、勤めているわけさぁ、〔うん、勤めて〕だから摩文仁御殿の長女が結婚式だからね、あなたは家の番やりなさいと命じられ、摩文仁御殿の親方が、「あなたは家の番しれひゃぁ」でぃいやぁに(といって)いるわけさぁ、いって、この次男女子(じなんいなぐんぐゎ)いるからね、摩文仁御殿にこの、摩文仁御殿の次男女子(じなんいなぐんぐゎ)が、夫婦になって子供ができたとさぁ〔じゃその間に、いない間に〕その一時(いっとき)は分からんけどねだ、次第次第女が腹が大きくなる、分かるから、そうしてこの男はこっち、摩文仁御殿から逃げたわけさぁ、〔逃げて一人で、それとも一緒に〕いや一人で、あいっ妻子(とぅじっくゎ)が関係ない男がだめだからね、逃げていくさぁ、だから逃げて、逃げてしてまた摩文仁御殿は、下の方にまだ家来があるから、「あなた方この、この男殺してこい。」ていったらしいよ、あちらこちらその、みんな捜したんだが、いることはいるがこの、この男は美男子(ちゅらかぁぎぃ)男はね、あっちから来る人は、私捜しに来るなぁと思って、あの畑が、ある時に畑にうんちんとぅぐゎ(しゃがむ)して、顔は見えないからね、いくらか帽子などはかぶっていただろ、たぶん昔でも、うんちんとぅぐゎ(しゃがむ)して、農民(はるんちゅ)の真似して、あの草引いたりなんかして、だぁ、また捜す人は後ろから来るから顔見えないさぁ、こうしているから誰であるか、だからそうしてある、あの人はそこの農民(はるんちゅ)といって、そこから戻ってまた別の部落行って、〔何処の部落に行ったかねぇ〕それは何処の部落か分からんなぁ、〔他の部落に逃げるねぇ〕みねっ嶺井あたりだったかなぁ、〔嶺井、何処の嶺井かねぇ〕えぇ、捕まっている所は分かる〔うん、で逃げるでしょ、捕まったんだじゃぁ〕捕まっている所はね、あるらしい。あの島袋村があるよ〔大里の島袋という所〕今はあっちは古源と思うんだが、昔はあれ島袋だからよ、字の名島袋あるさ、あっちは古源という所と知っているがね、こんくらいからどうしたか、私も分からん。しかし、戸籍には島袋、字島袋あるらしい大里には〔うん、じゃあね、この島袋で捕まったの〕うんそこで、にげていって、そのこの摩文仁御殿に勤めているちゅらかぁぎぃにぃせぇ(美男子)、じんぶなぁ(賢い)だったらしいよ、あっち行ったらこっち、あっちからまた来るっていって、また田圃がある所には田圃に入って、草引いたりしてうんちんとぅぐゎ(しゃがむ)してよ、あれだが、分からないからまたこの捜すまた人方は、また摩文仁御殿のうちに戻って行くさぁ、いなかったって申さぎるさぁ、そしてこの摩文仁御殿はあれさぁ、さが、そんなら歩けとみんな摩文仁御殿の親方も歩けといって、みんな連れて行ってよ、島袋、大里の島袋村にうんちんとぅぐゎ(しゃがむ)していたらしいよ、その摩文仁の御殿の親父は、その人は高い森に上がって、「と、あそこにいる人、あれあれ捕まえてこい。」といったらやっぱりその人、なっていたらしい、だから島袋の字なっているわけさぁ、〔あぁじゃあ何、島袋、この人は仲里という人でなかった、島袋姓なの〕いや、名前が島袋なっているから島袋なっしいる、本当の男は宮城仲里さぁ〔だけど島袋ってなんでなったの〕名前がその子から島袋なったらしい〔あぁだから島袋〕だからその大里の島袋、島袋字になったらしい〔あぁはいはい、じゃあっちで捕まって、あのこのじゃ捕まったお父さん、あぁ男の人はどうなったの仲里は〕あれは〔(そのあとどんななったかねぇ〕それが、あのそれは、あの摩文仁御殿のうちに、引っ張って行って、死刑は死刑、首斬りさあ、首は斬らないでねぇ、「あなたは宜野湾村を治めれ。」ていっているさぁ、〔じゃあここの宮城にはいないで宜野湾に〕いぃねぇ〔いえば〕本妻の所にはよこさないさぁ、「あなたは宜野湾村を治めなさい」といってこの方はいっているさぁ、あねぇ、この方が長男なっているから仲里の、「あなたは宜野湾村を治めなさい。」といってこの仲里の長男は宜野湾に祀られているさぁ、〔あっじゃこの仲里の、ほらねぇ、ノロ殿内(ぬるどぅんち)の次女と、一緒に結ばれた人は仲里の大国子の長男になるの〕たぶんそうだろう〔じゃあね、バデラ大国子が最初に来るでしょう。で、その次に来てなっ何、大国子だったもう一人の大国子は、バデラ大国子の子供なの〕いやこれがだぁ、これがこれさぁ、これが摩文仁御殿の次男の子と子供できたわけさぁ、だから捕まえられたから、「あなたは宜野湾村を治めなさい」とよこされているわけさぁ、だからこれが二号に、二号の妻の子供達に、僕らはなっているわけさぁ、だからこれは宮城に夫婦がいるから、宮城に行ったら喧嘩やるから、与那覇に来て、だから僕が拝むのは大国子、うちは御神屋さぁね拝むよ。だから与那覇の始まりの部落ができたんでないかなぁ、と思っている。

再生時間:10:22

民話詳細DATA

レコード番号 47O378199
CD番号 47O37C335
決定題名 仲里子と摩文仁殿内の娘(共通語)
話者がつけた題名
話者名 島袋春徳
話者名かな しまぶくろしゅんとく
生年月日 19140607
性別
出身地 南風原町与那覇
記録日 19910307
記録者の所属組織 南風原町口承文芸調査団
元テープ番号 南風原町T96A04
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード ,摩文仁殿内の長女,謝名親方,結婚,次女,結婚祝い,仲里殿,摩文仁御殿,夫婦,子供,腹,美男子,畑,農民,田圃,大里の島袋村,高い森,宮城仲里,死刑,宜野湾村,バデラ大国子,大国子,与那覇の始まり
梗概(こうがい) 摩文仁殿内の長女はね、謝名親方と結婚やったわけさ、〔謝名親方と〕謝名親方と、だからこれはみんな家族次女がいるさ、次男女子(じなんいなぐんぐゎ)、うちだから、男達はまた親の役員達も結婚祝いに行っている、いるさぁ、この仲里殿せえそれ家(やぁ)の番やっている男が家(やぁ)の番やっ次女、次女がいる、次男女子(じなんいなぐんぐゎ)がいるからね、またうちもあるから、いぃねぇ(いえば)家(やぁ)の番やっている別の人はみんなお祝いに行っているさぁ、〔あぁじやぁね、長女謝名親方と結婚するって行って、長女の結婚式に、じゃあみんなはお祝いするって出掛けていっけいるねぇで、この次女残ったの〕次女はうちにいるさぁ、〔次女は残ってで、その時に〕それ、この仲里がね、いぃねぇ(いえば)留守番さぁいぃねぇ(いえば)屋敷守わけさぁ、だぁ、盗人(ぬする)が来るから、いえば盗人(ぬする)がくるから男として家(やぁ)の番、留守番やっているわけさぁ、〔次女が男とあぁ、女だけど男になって留守番したんだねぇ〕女もいるから孫の次男の子もいるから、この男は家(やぁ)の番されているわけさぁ、〔そしてその時に〕女がこれは男はべっぴんさんであったらしい、〔男の人はとってもハンサムだった、かっこよかったわけぇ〕美人(ちゅらかぁぎい)だったらしいよ、この〔調査員何という男の人〕これは仲里だろう多分、仲里でないかなぁと思うんだがね、仲里だ、〔仲里という人が、こさは何処の人〕宮城さ〔宮城の仲里という人が〕それは摩文仁御殿の長女、いえば仕事、勤めているわけさぁ、〔うん、勤めて〕だから摩文仁御殿の長女が結婚式だからね、あなたは家の番やりなさいと命じられ、摩文仁御殿の親方が、「あなたは家の番しれひゃぁ」でぃいやぁに(といって)いるわけさぁ、いって、この次男女子(じなんいなぐんぐゎ)いるからね、摩文仁御殿にこの、摩文仁御殿の次男女子(じなんいなぐんぐゎ)が、夫婦になって子供ができたとさぁ〔じゃその間に、いない間に〕その一時(いっとき)は分からんけどねだ、次第次第女が腹が大きくなる、分かるから、そうしてこの男はこっち、摩文仁御殿から逃げたわけさぁ、〔逃げて一人で、それとも一緒に〕いや一人で、あいっ妻子(とぅじっくゎ)が関係ない男がだめだからね、逃げていくさぁ、だから逃げて、逃げてしてまた摩文仁御殿は、下の方にまだ家来があるから、「あなた方この、この男殺してこい。」ていったらしいよ、あちらこちらその、みんな捜したんだが、いることはいるがこの、この男は美男子(ちゅらかぁぎぃ)男はね、あっちから来る人は、私捜しに来るなぁと思って、あの畑が、ある時に畑にうんちんとぅぐゎ(しゃがむ)して、顔は見えないからね、いくらか帽子などはかぶっていただろ、たぶん昔でも、うんちんとぅぐゎ(しゃがむ)して、農民(はるんちゅ)の真似して、あの草引いたりなんかして、だぁ、また捜す人は後ろから来るから顔見えないさぁ、こうしているから誰であるか、だからそうしてある、あの人はそこの農民(はるんちゅ)といって、そこから戻ってまた別の部落行って、〔何処の部落に行ったかねぇ〕それは何処の部落か分からんなぁ、〔他の部落に逃げるねぇ〕みねっ嶺井あたりだったかなぁ、〔嶺井、何処の嶺井かねぇ〕えぇ、捕まっている所は分かる〔うん、で逃げるでしょ、捕まったんだじゃぁ〕捕まっている所はね、あるらしい。あの島袋村があるよ〔大里の島袋という所〕今はあっちは古源と思うんだが、昔はあれ島袋だからよ、字の名島袋あるさ、あっちは古源という所と知っているがね、こんくらいからどうしたか、私も分からん。しかし、戸籍には島袋、字島袋あるらしい大里には〔うん、じゃあね、この島袋で捕まったの〕うんそこで、にげていって、そのこの摩文仁御殿に勤めているちゅらかぁぎぃにぃせぇ(美男子)、じんぶなぁ(賢い)だったらしいよ、あっち行ったらこっち、あっちからまた来るっていって、また田圃がある所には田圃に入って、草引いたりしてうんちんとぅぐゎ(しゃがむ)してよ、あれだが、分からないからまたこの捜すまた人方は、また摩文仁御殿のうちに戻って行くさぁ、いなかったって申さぎるさぁ、そしてこの摩文仁御殿はあれさぁ、さが、そんなら歩けとみんな摩文仁御殿の親方も歩けといって、みんな連れて行ってよ、島袋、大里の島袋村にうんちんとぅぐゎ(しゃがむ)していたらしいよ、その摩文仁の御殿の親父は、その人は高い森に上がって、「と、あそこにいる人、あれあれ捕まえてこい。」といったらやっぱりその人、なっていたらしい、だから島袋の字なっているわけさぁ、〔あぁじゃあ何、島袋、この人は仲里という人でなかった、島袋姓なの〕いや、名前が島袋なっているから島袋なっしいる、本当の男は宮城仲里さぁ〔だけど島袋ってなんでなったの〕名前がその子から島袋なったらしい〔あぁだから島袋〕だからその大里の島袋、島袋字になったらしい〔あぁはいはい、じゃあっちで捕まって、あのこのじゃ捕まったお父さん、あぁ男の人はどうなったの仲里は〕あれは〔(そのあとどんななったかねぇ〕それが、あのそれは、あの摩文仁御殿のうちに、引っ張って行って、死刑は死刑、首斬りさあ、首は斬らないでねぇ、「あなたは宜野湾村を治めれ。」ていっているさぁ、〔じゃあここの宮城にはいないで宜野湾に〕いぃねぇ〔いえば〕本妻の所にはよこさないさぁ、「あなたは宜野湾村を治めなさい」といってこの方はいっているさぁ、あねぇ、この方が長男なっているから仲里の、「あなたは宜野湾村を治めなさい。」といってこの仲里の長男は宜野湾に祀られているさぁ、〔あっじゃこの仲里の、ほらねぇ、ノロ殿内(ぬるどぅんち)の次女と、一緒に結ばれた人は仲里の大国子の長男になるの〕たぶんそうだろう〔じゃあね、バデラ大国子が最初に来るでしょう。で、その次に来てなっ何、大国子だったもう一人の大国子は、バデラ大国子の子供なの〕いやこれがだぁ、これがこれさぁ、これが摩文仁御殿の次男の子と子供できたわけさぁ、だから捕まえられたから、「あなたは宜野湾村を治めなさい」とよこされているわけさぁ、だからこれが二号に、二号の妻の子供達に、僕らはなっているわけさぁ、だからこれは宮城に夫婦がいるから、宮城に行ったら喧嘩やるから、与那覇に来て、だから僕が拝むのは大国子、うちは御神屋さぁね拝むよ。だから与那覇の始まりの部落ができたんでないかなぁ、と思っている。
全体の記録時間数 10:30
物語の時間数 10:22
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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