外間村建て(共通語)

概要

昔、今帰仁城が不意打ちされた時、山川橋の南側に外間村があった。この外間村は元は今帰仁村と言った。いつのまにか部落が焼け、外間だけが焼けなかった。この外間は果報な家柄だということで、東に移転した時、この家の屋号をとって外間村と言うようになった。山川橋のカーラに山原船が通った。500年前の昔、古島時代、池の御嶽、仲間村、クニンドゥ、カラドゥ村、タン、ナハ(玉那覇)がある。その時、山原の漁民からカラスぐゎーを沢山積んで来た。村人総出で売りに出かけた。外間村の人は気が荒かったのでカラスぐゎーを海に投げ捨て瓶のみ持ち帰った。見回り役の古島の人が「チカザンからカラドゥがタンナハガ」と聞いていた。その時の言葉に「カラソーカマワン カ―メ―ムチクーワ」がある。

再生時間:3:11

民話詳細DATA

レコード番号 47O377981
CD番号 47O37C325
決定題名 外間村建て(共通語)
話者がつけた題名
話者名 大城浩紀
話者名かな おおしろこうき
生年月日 19311230
性別
出身地 南風原町津嘉山
記録日 19910306
記録者の所属組織 南風原町口承文芸調査団
元テープ番号 南風原町T80B03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 今帰仁城,不意打ち,山川橋の南側,外間村,今帰仁村,果報な家柄,東に移転,屋号,カーラに山原船,古島時代,池の御嶽,仲間村,クニンドゥ,カラドゥ村,タン,ナハ,山原の漁民,カラスぐゎー,海に投げ捨てた,瓶
梗概(こうがい) 昔、今帰仁城が不意打ちされた時、山川橋の南側に外間村があった。この外間村は元は今帰仁村と言った。いつのまにか部落が焼け、外間だけが焼けなかった。この外間は果報な家柄だということで、東に移転した時、この家の屋号をとって外間村と言うようになった。山川橋のカーラに山原船が通った。500年前の昔、古島時代、池の御嶽、仲間村、クニンドゥ、カラドゥ村、タン、ナハ(玉那覇)がある。その時、山原の漁民からカラスぐゎーを沢山積んで来た。村人総出で売りに出かけた。外間村の人は気が荒かったのでカラスぐゎーを海に投げ捨て瓶のみ持ち帰った。見回り役の古島の人が「チカザンからカラドゥがタンナハガ」と聞いていた。その時の言葉に「カラソーカマワン カ―メ―ムチクーワ」がある。
全体の記録時間数 3:11
物語の時間数 3:11
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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