息子が二人いて、母親が危篤になったから、帰って来なさいと言ったのだが雀の方はボロを着たままでも、取るのもとりあえず来て、親の死に目に間にあった。ところがもう一人の川蝉はこのままでは行けない、金を設けて着飾って行ったら親の死に目にも会えなかった。それで川蝉は親不孝者ということで、出て行けということになっていつも川べりの方で餌を捜して生きるようになった。そして雀の方はボロを着たままでも来てくれた。親孝行者だということで、家の周りにいてもいい、倉の米も食べていいと許しを得たそうだ。
| レコード番号 | 47O377758 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C314 |
| 決定題名 | 雀孝行(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 与那嶺亀助 |
| 話者名かな | よなみねかめすけ |
| 生年月日 | 19160325 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 南風原町宮平 |
| 記録日 | 19910308 |
| 記録者の所属組織 | 南風原町口承文芸調査団 |
| 元テープ番号 | 南風原町T68B06 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 動物昔話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 息子が二,母親が危篤,雀,ボロ,親の死に目,川蝉,金,着飾る,親不孝者,川べり,親孝行者,家の周り,倉の米 |
| 梗概(こうがい) | 息子が二人いて、母親が危篤になったから、帰って来なさいと言ったのだが雀の方はボロを着たままでも、取るのもとりあえず来て、親の死に目に間にあった。ところがもう一人の川蝉はこのままでは行けない、金を設けて着飾って行ったら親の死に目にも会えなかった。それで川蝉は親不孝者ということで、出て行けということになっていつも川べりの方で餌を捜して生きるようになった。そして雀の方はボロを着たままでも来てくれた。親孝行者だということで、家の周りにいてもいい、倉の米も食べていいと許しを得たそうだ。 |
| 全体の記録時間数 | 1:42 |
| 物語の時間数 | 1:42 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |