宮平うふぁ(共通語)

概要

宮平うふぁーは三線の大家で、子孫は大城姓で、今から約300年前の話である。志堅原のヒャーという遊女がいて、三線の名手で知られていた。知人のいる南風原間切り宮平に招かれて、宴会の席で持参して来た三線を引いて聞かせた。ここの部落の照屋という方も大変な三線の大家で、その人が宮平うふぁである。遊女が引いている三線が大変良い音が出て、それが有名だと分るとぜひ自分に譲ってくれと言う。最初は断っていた遊女も後は根負けして譲ってしまう。その後に遊女は亡くなり、三年忌が過ぎた後に遊女の亡霊が宮平に来て、「私の三線を見せて下さい」と言い、照屋の家まで連れて行ってくれと頼み連れて行くと門まで来るといなくなった。照屋は三線を取りだして、遊女の亡霊に見えるように三線を引き聞かせると、その亡霊は二度と来なくなった。

再生時間:5:04

民話詳細DATA

レコード番号 47O376749
CD番号 47O37C272
決定題名 宮平うふぁ(共通語)
話者がつけた題名 宮平うふぁ
話者名 仲村義永
話者名かな なかむらよしなが
生年月日 19120515
性別
出身地 南風原町宮平
記録日 19791023
記録者の所属組織 南風原民話の会
元テープ番号 南風原町T11B02
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 元教員で宮平志の編集委員長、すべて共通語で語っている。
キーワード 宮平うふぁー,三線の大家,子孫は大城姓,志堅原のヒャー,遊女,三線の名手,南風原間切り宮平,宴会の席,三線を譲った,遊女の亡霊
梗概(こうがい) 宮平うふぁーは三線の大家で、子孫は大城姓で、今から約300年前の話である。志堅原のヒャーという遊女がいて、三線の名手で知られていた。知人のいる南風原間切り宮平に招かれて、宴会の席で持参して来た三線を引いて聞かせた。ここの部落の照屋という方も大変な三線の大家で、その人が宮平うふぁである。遊女が引いている三線が大変良い音が出て、それが有名だと分るとぜひ自分に譲ってくれと言う。最初は断っていた遊女も後は根負けして譲ってしまう。その後に遊女は亡くなり、三年忌が過ぎた後に遊女の亡霊が宮平に来て、「私の三線を見せて下さい」と言い、照屋の家まで連れて行ってくれと頼み連れて行くと門まで来るといなくなった。照屋は三線を取りだして、遊女の亡霊に見えるように三線を引き聞かせると、その亡霊は二度と来なくなった。
全体の記録時間数 5:06
物語の時間数 5:04
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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