与那城の大力者 イリーカミー(シマグチ)

概要

もう一つはね、もう今から五代ぐらい先の与那城の伊礼というところに、伊礼カミーと言って大変頑丈者がいたってよ。これは、明治の始めごろの話ですがね、首里の鳥堀の方に、クェーヌタンメーという武士がいらっしゃったって。もうこのクェーヌタンメーは生まれ武士であったってよ。また、この伊礼カミーというのは、いつもティサージ(手拭い)をして、この鳥堀辺りを馬に乗って歩いていたって。そしたら、この鳥堀の人達は、他の部落の人が歩くと言って、担いでいる肥をこんなして擦りつけるぐらい、根性の悪い者が多かったけだね。それだから、この伊礼が、この肥桶担いでいる人を転ばそうとしたときもあったってよ。それで、「この野郎は。」と言って、もう桃原の村遊びのときには、この伊礼をやっつけにと来たわけね。そして、青年達をチョーカサーでやっつけたってよ。それで、鳥堀から来た男達は、「もう伊礼カミータンメーはやられているはずだよ。」と言って退いたから、この伊礼カミーは、またティーサージして、馬に乗って来たら、もうこのぐらい腕力が強い人がいるからと言って、逃げ回ってもう田んぼに落ちてからに、全部泥だらけになって、家に帰って行ったという。そのとき、クェーヌタンメーという武士は、「青年達、お前達は、この伊礼カミーをやっつけたと言うが、もうお前達ではかなわないからね、あれには手を出してはいけないよ。」と鳥堀の人達に言っていたってよ。それまで何回か喧嘩をしに来よったんだが、もうそれからは「もう西原には大頑丈者がいるね。」と言って来なかったって。そういう昔話があるんですよ。

再生時間:3:20

民話詳細DATA

レコード番号 47O361093
CD番号 47O36C039
決定題名 与那城の大力者 イリーカミー(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 城間源市
話者名かな しろまげんいち
生年月日 19121117
性別
出身地 沖縄県西原町字与那城
記録日 19830813
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 西原町字与那城調査4班T39B06
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 西原町史 別巻西原の民話P518
キーワード イリーカミー,伊礼カミー,大力者,力持ち,与那城
梗概(こうがい) もう一つはね、もう今から五代ぐらい先の与那城の伊礼というところに、伊礼カミーと言って大変頑丈者がいたってよ。これは、明治の始めごろの話ですがね、首里の鳥堀の方に、クェーヌタンメーという武士がいらっしゃったって。もうこのクェーヌタンメーは生まれ武士であったってよ。また、この伊礼カミーというのは、いつもティサージ(手拭い)をして、この鳥堀辺りを馬に乗って歩いていたって。そしたら、この鳥堀の人達は、他の部落の人が歩くと言って、担いでいる肥をこんなして擦りつけるぐらい、根性の悪い者が多かったけだね。それだから、この伊礼が、この肥桶担いでいる人を転ばそうとしたときもあったってよ。それで、「この野郎は。」と言って、もう桃原の村遊びのときには、この伊礼をやっつけにと来たわけね。そして、青年達をチョーカサーでやっつけたってよ。それで、鳥堀から来た男達は、「もう伊礼カミータンメーはやられているはずだよ。」と言って退いたから、この伊礼カミーは、またティーサージして、馬に乗って来たら、もうこのぐらい腕力が強い人がいるからと言って、逃げ回ってもう田んぼに落ちてからに、全部泥だらけになって、家に帰って行ったという。そのとき、クェーヌタンメーという武士は、「青年達、お前達は、この伊礼カミーをやっつけたと言うが、もうお前達ではかなわないからね、あれには手を出してはいけないよ。」と鳥堀の人達に言っていたってよ。それまで何回か喧嘩をしに来よったんだが、もうそれからは「もう西原には大頑丈者がいるね。」と言って来なかったって。そういう昔話があるんですよ。
全体の記録時間数 3:33
物語の時間数 3:20
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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