御茶多理真五郎(シマグチ)

概要

御茶多理真五郎は、生まれは西原間切掛保久村という所。尚円王は内間御鎖といって内間の総地頭であった。どういう関係かは知らないが、内間御鎖と親しくなって、その人の手足となって働いた。中城や勝連の偵察に夕食の後に行き、鶏が鳴く頃に戻ってきた。また角力をとっても、上方、下方にはこれに勝てる者はいなかった。内間御鎖は知恵者だから、尚徳王が喜界島に行き政治が乱れ、その上久高島の祝女といい仲になり、首里城では革命が起こった。皆が集まりマーウテーにより末席より「物キーシル我が御主、我が親デービル、ワッタ王や内間御鎖。」といった。その時の内間御鎖の手下は屈強な若者がおり、尚徳の仲間はしばられた。その時鬼大城は知花城で殺された。ウランサン、カゴをそろえかつぐ人はウチューファといい、鐘を打ちならして音楽隊が来たので内間御鎖は殺されると思い逃げてしまった。その共は御茶多理真五郎であった。それで首里から持ってきた国王の衣装を持ってきて着替えさせ首里に連れて行った。内間御鎖は奥間から来た男で尚泰久がとりもって御物城の長官までになり、それを守るのが御茶多理真五郎であったが、それをそのままにしておくと大変だと言って悪者扱いをした。それで御茶多理真五郎が折目の時に手を入れて腐らすので御茶多理道周辺は折目が一日早い。また北谷方面にもウーシヌハナというのがいてあそこも折目が一日早い。

再生時間:11:02

民話詳細DATA

レコード番号 47O361084
CD番号 47O36C039
決定題名 御茶多理真五郎(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 城間源市
話者名かな しろまげんいち
生年月日 19121117
性別
出身地 沖縄県西原町字与那城
記録日 19830813
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 西原町字与那城調査4班T39A09
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 御茶多理真五郎,尚円王,内間御鎖,尚徳王,喜界島,御茶多理,折目
梗概(こうがい) 御茶多理真五郎は、生まれは西原間切掛保久村という所。尚円王は内間御鎖といって内間の総地頭であった。どういう関係かは知らないが、内間御鎖と親しくなって、その人の手足となって働いた。中城や勝連の偵察に夕食の後に行き、鶏が鳴く頃に戻ってきた。また角力をとっても、上方、下方にはこれに勝てる者はいなかった。内間御鎖は知恵者だから、尚徳王が喜界島に行き政治が乱れ、その上久高島の祝女といい仲になり、首里城では革命が起こった。皆が集まりマーウテーにより末席より「物キーシル我が御主、我が親デービル、ワッタ王や内間御鎖。」といった。その時の内間御鎖の手下は屈強な若者がおり、尚徳の仲間はしばられた。その時鬼大城は知花城で殺された。ウランサン、カゴをそろえかつぐ人はウチューファといい、鐘を打ちならして音楽隊が来たので内間御鎖は殺されると思い逃げてしまった。その共は御茶多理真五郎であった。それで首里から持ってきた国王の衣装を持ってきて着替えさせ首里に連れて行った。内間御鎖は奥間から来た男で尚泰久がとりもって御物城の長官までになり、それを守るのが御茶多理真五郎であったが、それをそのままにしておくと大変だと言って悪者扱いをした。それで御茶多理真五郎が折目の時に手を入れて腐らすので御茶多理道周辺は折目が一日早い。また北谷方面にもウーシヌハナというのがいてあそこも折目が一日早い。
全体の記録時間数 11:15
物語の時間数 11:02
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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