三津武嶽(共通語)

概要

もう一節は琉球国由来説にもあるものだが、これも久高に拝みに行く途中台風に遭い、大和に流された。そして、祝女たちが迎えに行くが殿様の妾になっていて、沖縄に帰ってきて与那原に殿を作り、そこに住んでいた。「私は死んだら北に向けて、大和に向けて葬ってくれ。」と遺言したので今の運玉森のふもとの三津武嶽に葬った。その中には石棺が一つあるということが由来記に記されているが、石棺ではなく300年前のズシガメである。どうしてそれがわかったかというと、与那城に少し頭のおかしい人がいて、暑いからと言って扇を持って墓を開けて出してあおいだという話があり、その時に見た人もおり、昔の三津武嶽は門は三つの格子があり、中は電燈で照らすと見えた。

再生時間:2:41

民話詳細DATA

レコード番号 47O361078
CD番号 47O36C038
決定題名 三津武嶽(共通語)
話者がつけた題名
話者名 城間源市
話者名かな しろまげんいち
生年月日 19121117
性別
出身地 沖縄県西原町字与那城
記録日 19830813
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 西原町字与那城調査4班T39A03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 与那城,三津武嶽,祝女,聞得大君,大城祝女,与那原祝女,子供,王女,運玉森
梗概(こうがい) もう一節は琉球国由来説にもあるものだが、これも久高に拝みに行く途中台風に遭い、大和に流された。そして、祝女たちが迎えに行くが殿様の妾になっていて、沖縄に帰ってきて与那原に殿を作り、そこに住んでいた。「私は死んだら北に向けて、大和に向けて葬ってくれ。」と遺言したので今の運玉森のふもとの三津武嶽に葬った。その中には石棺が一つあるということが由来記に記されているが、石棺ではなく300年前のズシガメである。どうしてそれがわかったかというと、与那城に少し頭のおかしい人がいて、暑いからと言って扇を持って墓を開けて出してあおいだという話があり、その時に見た人もおり、昔の三津武嶽は門は三つの格子があり、中は電燈で照らすと見えた。
全体の記録時間数 2:57
物語の時間数 2:41
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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