浦添真山戸と謝名親方(シマグチ混じり)

概要

この人はたいへんな武士でもう利口であったって。浦添前山戸といって、首里城の大将であったわけ。この浦添前山戸という人は王様の婿にあたるよ。その当時の王様の娘と許嫁やっておるんだ。そうして、王様の娘と許嫁やっておるもんだから、もうこの首里城明け渡しのときになったら、生きておっても駄目だからといって最後まで一生懸命に薩摩の国と戦って、その人は戦死したんだよ。これはね、いえば上納品、何万石、また兵隊をどのくらい、そこに送れって言っているのを沖縄はこれを聞かなかったからって、薩摩に言いつけて沖縄を征伐させられているわけよ。沖縄は独立国であるわけさ。そうしてから、沖縄は鹿児島から攻められているわけ。薩摩との戦のときにね、この人のカンプーが外れて、前が見えなくなったときにやられそうになって、もう前が見えなくなったから、薩摩が、「今だ、これは殺しきれるね。」と言ってよ、殺そうとしているときに、この人は自分の髪を断ち切ってからに、上に髪をあげて戦ったってよ。もう自分一人で多くの人たちと戦っているが、もう後は負けてしまっているって。そうして、この王様の娘は自分の許嫁をした侍は、戦争でなくなっておるが、一生涯嫁にも行かないで、死ぬ間その人を崇めて守っていたという話は聞いておるんだよ。また、この人は薩摩に捕虜として捕まえられて、油を入れた大きな鍋に放り込まれて焼いたというが、本当はそうじゃないと思うんだがね。昔は太刀もあるでしょう。これで殺すのが当たり前でしょう。必ず大きな鍋に油を入れて、そこに放り込むというのは、おかしいですよね。謝名親方という人が、薩摩の侍たち二人をつかまえられて、この油鎌へ飛び込んだという話もあるんだが。これはおかしいよ。

再生時間:1:38

民話詳細DATA

レコード番号 47O360892
CD番号 47O36C032
決定題名 浦添真山戸と謝名親方(シマグチ混じり)
話者がつけた題名
話者名 小波津武
話者名かな こはつたけし
生年月日 19050126
性別
出身地 沖縄県西原町字小波津
記録日 19820219
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 西原町字小波津調査7班T31A07
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情 お年寄りから聞いた
文字化資料
キーワード 謝名親方,浦添真山戸,戦争,侍,薩摩,油,鍋
梗概(こうがい) この人はたいへんな武士でもう利口であったって。浦添前山戸といって、首里城の大将であったわけ。この浦添前山戸という人は王様の婿にあたるよ。その当時の王様の娘と許嫁やっておるんだ。そうして、王様の娘と許嫁やっておるもんだから、もうこの首里城明け渡しのときになったら、生きておっても駄目だからといって最後まで一生懸命に薩摩の国と戦って、その人は戦死したんだよ。これはね、いえば上納品、何万石、また兵隊をどのくらい、そこに送れって言っているのを沖縄はこれを聞かなかったからって、薩摩に言いつけて沖縄を征伐させられているわけよ。沖縄は独立国であるわけさ。そうしてから、沖縄は鹿児島から攻められているわけ。薩摩との戦のときにね、この人のカンプーが外れて、前が見えなくなったときにやられそうになって、もう前が見えなくなったから、薩摩が、「今だ、これは殺しきれるね。」と言ってよ、殺そうとしているときに、この人は自分の髪を断ち切ってからに、上に髪をあげて戦ったってよ。もう自分一人で多くの人たちと戦っているが、もう後は負けてしまっているって。そうして、この王様の娘は自分の許嫁をした侍は、戦争でなくなっておるが、一生涯嫁にも行かないで、死ぬ間その人を崇めて守っていたという話は聞いておるんだよ。また、この人は薩摩に捕虜として捕まえられて、油を入れた大きな鍋に放り込まれて焼いたというが、本当はそうじゃないと思うんだがね。昔は太刀もあるでしょう。これで殺すのが当たり前でしょう。必ず大きな鍋に油を入れて、そこに放り込むというのは、おかしいですよね。謝名親方という人が、薩摩の侍たち二人をつかまえられて、この油鎌へ飛び込んだという話もあるんだが。これはおかしいよ。
全体の記録時間数 1:52
物語の時間数 1:38
言語識別 混在
音源の質
テープ番号
予備項目1

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